額に第3の目を持つその男、魔王の血を引く伝説の勇者なり

日和かや

第1話 その男、カインなり

カララギ王国と大国であるギリア王国は、古くからの友好国であった。

その関係に終止符を打ったのは今から15年前。

ギリア王国に現在の国王が即位してからである。

魔族と契約したギリア王国はカララギ王国に災いをもたらし、隷属としたのである。

呪われたカララギ王国は、それ以降、子を授かることはなかった。




◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇


ルイティは15年前に生まれたカララギ王国最後の子であり、第一王子である。

王子といっても、貧困を極めるこの国では贅沢な暮らしなど出来はしなかった。

城の中にもギリア王国の息のかかった者がおり、気も許せない日々であった。



彼の日課は、遠乗りと称して領地の外れへ赴き、弓の稽古をすること。

この国を継ぐ者として、いつかは民に平穏を取り戻したい。

そのいつかに向けて、彼はひとり日々鍛錬をしていた。



今日も朝から弓の稽古に打ち込んでいた。

途中、城から持ち出していたパンと果実で腹を満たそうとした時、茂みの中から腹の鳴る音が聞こえた。

自分とあまり変わらない年頃の少年が、空腹のため動けないのだという。

己よりも民を優先するルイティは、少年に手持ちの食料を与え、城へ戻ることにした。




「ピュー」


甲高い鳴き声がする。


「ピューピューピューッ!」


怒っているように聞こえるが、か細くて迫力はない。

声のする方へ行くと、まだ子どもと思われる竜が首に紐をかけられ、5人組の男たちに連れ去られようとしていた。


ここから少し離れた所にある竜の谷から、うっかり出てきてしまったのかもしれない。

ルイティの背丈よりやや小さい、珍しい白銀の竜だった。


竜の捕獲は禁じられている。

竜の谷まで入る無謀者はいないが、こうしてたまに迷い込んできた竜が、密猟者の格好の餌食となることは稀にあった。


竜を救いたいが、相手は揃いも揃って2mはあろうかという大男たちだ。

ルイティ1人では敵いようもない。

今から城に兵を呼びに行っていたのでは間に合わないだろう。

ここから少し遠ざかり弓で射るのが一番だと思い、愛馬に跨ろうとした時、奴らに見つかってしまった。


瞬時に大男に捕まり、身動きが取れぬようにと両腕を後ろで捻り上げられてしまった。


「竜の密猟は罪が重いぞ!今すぐその竜を離すんだ!」


腕は痛むが、ルイティは毅然として彼らに訴える。


「自分の心配より竜の心配か。ご立派だねえ。…ん?」

「どうした?」

「こいつ、ルイティ王子様じゃね?」

「え、まじ? おーホントだ。王子様じゃん」


王子様とは言っているが、それは敬うものではなく、嘲笑した口調だった。


困窮しているカララギ王国で、このように体躯の良い者たちは珍しい。

それも密猟者ともなれば、不法に侵入したギリア王国民か、他国へ魂を売ったならず者であろう。


殺される、と思った。


しかしそういった様子はなく、彼らは薄ら笑いを浮かべている。


「竜と王子様、どっちが高く売れるんだろうな」


選りに選って、ルイティを竜と同様に市場へ流そうとしているのだ。

殺されるよりも最悪だ。


ルイティは腕を振り解こうと懸命に暴れた。

それで敵う相手ではないが、奴らの意識が自分に向いているのはチャンスだった。


視界の端に捉えた竜の子どもに合図を送る。

今のうちに逃げろと。

竜は少し戸惑っていたが、すぐに首の紐を引きちぎって走り出した。


まだうまくは飛べないのだろう。

助走をつけて少し宙に浮いては地に足を着け、それを3回繰り返してようやく気流に乗って飛び立った。


男たちは追いかけたが捕らえられず、怒ってルイティの喉をぐっと締めてきた。

苦しいが、後悔はない。

父から常に正しくあれと教えられてきた。

例え貧しくとも、王子として、人としての誇りは失いたくはなかったのだ


「チクショウ!あんな上等な竜もう手に入らねえぞ!大金がパァだ」

「こりゃ王子様には頑張ってもらわねえとな」

「――いっそのこと、ギリアの王室にでも売っちまうってのはどうだ? 俺、ちょーっといいルート知ってるんだよねぇ」

「そんなこと出来んのかよ。バレたらヤバくねえか?」

「大丈夫大丈夫。ルイティ王子によく似た奴隷ともなれば、大喜びで高値を付けてくれるさ。王様、こういう男の子好きだからねえ」


男がいやらしい笑いを浮かべる。


もしそのような事態になれば、ルイティは自ら命を断つ覚悟であった。


ルイティは第一王子にして唯一の王子ではあるが、姉がいる。

もしもの時は姉に国を託すことになるだろう。

自分には果たせなかったが、願わくば、良き夫を迎えて王国の再建を…。


「ピューッ」


聞き覚えのある声が近づいてくる。

まさかさっき逃した竜がまた戻ってきたというのか。


男たちも気付いて声のした方を見たが、そのまま固まってしまった。


ルイティたちは、あっという間に大きな影の中に入った。


影を作っているのは、恐ろしくも美しい金色こんじきの巨竜。

一目で分かる。

これはただの竜ではない。

その後ろから、こっそり先ほどの子竜が顔を覗かせている。


「くそ。化け物を連れてきやがった」


男の1人が忌々しそうに呟くと、金色の竜がそいつに向かってブレスを吹きかけた。

途端に男は苦しみ出し、その場に倒れて痙攣している。


「レディに向かって化け物はないよなあ」


言いながら笑いを浮かべているのは、空腹で動けなくなっていたあの少年だった。

少年の方もルイティに気が付いたらしい。

こちらに笑って手を振った。


「さっきはありがとうな。おかげで生き返った」


ルイティと年齢は近いだろうに、ずっと大人っぽい落ち着いた声だった。


「なんだ。このガキ」

「俺の恋人の妹に手を出した罪も大きいが、そっちの坊主にも恩があるんでね」


少年が竜をも殺せそうな巨剣を片手に、男たちに問う。


「俺は優しいから一応聞いておいてやろう。一瞬で死ぬのと、じわじわと死んでいくの、どっちが好みだ?」


それに答えることもなく、ルイティを抱えている男がそのまま逃げ出した。

仲間は置いていくつもりのようだ。

大男にとってルイティは大して重くはないらしく、逃げ足は速かった。


少年はひとつ息を吐く。


「せっかちは、命を縮めるんだぜ」


後ろ向きに抱えられているルイティには、少年の周りに見えない何かがとぐろを巻いているのが分かった。

風に煽られるように少年の黒い前髪が浮き上がり、額が露わになった。

そしてそこにあったのは、もうひとつの目であった。

左右の目は黒いが、額の目は真っ赤な光を放っている。


そして、ルイティを抱えていた男の腕から力が抜けたと思ったら、そこにいた男全員が倒れてピクリとも動かなくなった。


巨大な剣を担いではいるが、この少年は魔法使いなのだろうか。

剣も、魔法の力で軽くしてあるのかもしれない。


「ありがとう」


礼を言うと、白銀の竜が金色の竜の後ろから飛び出してルイティの元にやってきた。


「君が助けを呼んできてくてたんだね」


頭を撫でると、嬉しそうに擦り寄ってきた。


「人間嫌いのユリアが珍しいな」

「ユリア?女の子なんだ。――君の恋人っていうその美しい金色の竜も、レディって言ってたよね」

「ああ、リリィも女だ。美人姉妹だろう?」


リリィという金色の竜は、少年に寄り添うようにそばにいた。

少年のことが好きなのだと、すぐに分かった。


「お礼をするから、よかったら城に来てくれないか?お腹が空いていただろう。御馳走させてくれ」

「城?お前は城に住んでいるのか?」

「ああ。僕はこう見えても王子のルイティなんだよ」

「…ルイティ?王子?」


少年は不思議そうな顔をして何か考えているようだった。


「――今、世界暦何年だ」

「2375年だけど」

「うわ。マジか。さすがに寝過ぎたな」


少年は頭を抱え込んだ。


「にしても、この国も随分変わったな。前はもっと豊かだったと思うが…。それに今は王子に側近も付いていないもんなのか」

「君は、この国の人ではないの?」

「ん?ああ、確かにこの国の人間ではないな。そもそもここへ来たのも久しぶりだ」

「そっか」


ルイティはカララギ王国とギリア王国の状況を説明した。

少年が難しい顔をして「俺が寝てる間に好き勝手しやがって」と小さな声で呟いたような気がする。

ユリアは心配するようにルイティの近くにいて、その表情を見つめていた。


「そうだ。君の名前を教えてもらってなかった。訊いてもいいかな?」


「俺の名は――カイン。ただのカインだ」


「カイン。 ねえ、そういえばさっき君の額に目があったのが見えたけど…」


ルイティがカインの前髪に手を伸ばす。


「前髪が目に入って痛くなることはないの?」


カインはプッと吹き出して、お腹を抱えて笑い出した。


「お前面白いなあ。痛くは、うん。痛くはないな。たまにチクチクするけど、普段は目を閉じてるし」


カインは左目の端に浮かんだ涙を拭いながらそう答えた。

そして、「そうか、もう知らないか」と口の中で呟いた。


「ねえ、カイン。僕は君と友達になりたいんだ。今まで歳の近い男の人って周りにいなかったから」

「友達…。友達か。いいな。そういうのも面白そうだ。――だけど、それは城の人たちには秘密にしておいてくれないか?王子様の友達となると大変そうだからな」


カインは唇の前に人差し指を立てて妖しげな笑みを浮かべた。


「うん、そうだね。でも困ったことがあったら言ってね。力になるから」

「――ああ。ルイティも助けが必要な時は俺を呼ぶといい」


2人は固く握手を交わして別れた。


ルイティを見送った後、カインは大きく伸びをして、恋人である金色のリリィに言った。


「面白くなりそうだな」






◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇



――金色の竜を連れ、額に第3の瞳の持つカインという名の少年。

彼が300年ほど前に世界を救った伝説の勇者だとルイティ王子が知るのは、まだ先のことなのである。

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