王国飛竜隊は本日も盛況

金田ミヤキ

第1話:最終的な面接

 南に海、北に山脈と森、西に砂漠、東にも海。自然の国境で区切られ、歪な長方形に似た領土を持つグローリア王国。大昔に世界を救った偉大なる魔法使いの名を冠した由緒あるその国には古来より飛竜が棲んでいた。

 グローリアの人々は彼ら飛竜を手懐け生活の助けとし、かつては戦や国境警備のため乗りこなしたのだという。

 しかし、戦乱の炎は王国を含む大陸から消え去って久しく——そのために新たな活用法が見出された。



「ここが【グローリア飛竜隊】……」

 国土南東の王都:フラメルにて、王国軍の拠点である砦の前で一人の少年が立ち尽くしていた。

 彼の名はジェイ。雑に切られた癖っ毛以外に目立つところはない普通の少年である。王国北西の山際という国民の誰もが認める出身で、右も左もわからぬまま、手に持った地図を頼りにここまでやってきた。

 今日はこの砦の一室で面接があるのだ。

 なんの面接かといえば飛竜隊の採用面接である。

 王国軍直轄の組織でありながら戦うことはなく、飛竜に乗って依頼者の荷物を届ける職業、それが飛竜隊隊員なのだ。

 受かれば国家直属の役人! 給料も高く福利厚生が充実!

 しかしその分倍率が高い!

「どうして僕みたいなのが最終面接まで来れたのか……うああ緊張するぅ……」

 弱音を吐きつつも、砦の入り口へと歩みを進め、警備兵に地図の裏面を見せる。この地図は最終面接を受ける資格を保証するものでもある。

 すんなりと通されて待合に入ると、身なりの良い男女が何人か座っており、思わず気圧される。特に上等な装いの一人二人は貴族出身らしく、特筆するところもないようなシャツとズボンのジェイを見て笑う者もいた。

 室内にあって笑われようと仕方がない。人様に見せて恥じない正装を用意する資金など、ジェイにはなかったのだ。

(……だってこれはもう僕が落ちるもんね……)

 自分は運良くここまでやってきたのだから、せめて選んでくれた人々に恥じぬように誠心誠意を心がけていよう。そう思い、面接受け答えの脳内練習で集中力を維持する。

 しばらく経って名前が呼ばれた時には背筋がピンと伸びた。

 呼吸を整え、部屋をノック。

 まずは一歩を踏み出す。

「失礼します!」

 一礼して顔を上げると、「元気がいいねえ」と呟く年若い茶髪の青年と彼を諌める金髪の少女が見えた。

 想像よりもひと回りふた回りほど若い面接官に驚くも、なんとか飲み込んで相対する。

 二人ともが胸に竜のバッジを縫い付けた飛竜隊制服を纏っているのだ。若くて驚こうとも気の抜けない緊張感がある。

「名乗ってくださいな」

 少女に促され、何度も練習してきた名乗りを声に乗せる。

「ニーズベル村から来ましたジェイと申します。よろしくお願いします!」

「はい。では着席なさって」

「失礼します」

 椅子に座ってからはもう、どんな受け答えをしたのだかわからないくらいに無我夢中だった。志望動機だとか、幼少のエピソードだとか。

 故郷はたいへんに貧しく、ジェイは手に職をつけて故郷に仕送りをせねばならない。

 その一念であった。

「なるほど。故郷のために働きたいと仰る」

「はい。育ててくださった人々に、お礼になるように」

「……良い心がけだと思いますわ」

「! ありがとうございます」

 少女は淡く苦笑いをする。……なぜだろう?

 きょとんとするジェイを前に少女は自身の隣の青年をつつく。すると、面接も終わりという間際である今のいままで、ほとんど口を開かなかったような青年が笑って質問した。

「宿はどこにとってるの?」

「へ……宿、ですか?」

 予想外の問いはまさに不意打ちで、反射的に聞き返してしまった。質問に質問で返すなんて……と落ち込むが、すぐに心を立て直して言葉を待つ。

「そう、宿。まさか日帰り往復じゃないだろうから三日後まで王都に滞在するだろ? どこらへんに宿泊するんだ?」

 三日後は結果発表だ。砦に張り出される予定とのこと。

 それまでは——

「野宿です! 迷惑にならない場所を探す予定です!」

 胸を張って答えると、青年は噴き出すなり楽しそうに笑い始めた。

「こいつ、根性がヤバい……!」

「……人には人の事情があるのですから、そんなふうに笑っては失礼ですわよ」

 またも少女が諌める。

 彼女は咳払いをしてから、髪と同じく金糸でできた眉をひそめて問うた。

「あなた……もしかして路銀が尽きたのかしら? 北西の端から来たのですものね」

「あっ、えっと! もともとゼロなので尽きていません。大丈夫です!」

「どこが大丈夫なのかわかりませんわ」

 少女にため息をつかれ、空元気を失ったジェイは途端におどおどする。

「……我らが飛竜隊は受験者の支援を行なっております。面接のためにかかった旅費や最低限の宿賃などはこちらが負担……と言っても、あなたの言葉を信じるならば費用の問題ではないご様子」

 資料のページをめくる彼女は、隣の青年の袖をくいっと引く。

 青年は頷き、満面の笑みで告げた。

「ジェイくんが良ければ寮の空き部屋を貸す」

「!! ほ、ほんとですか……?」

「本当だよ。本気も本気。ただし、部屋を使いたいなら働いてもらうけどね」

「わかりました、働かせてください!」

「やる気十分でいいね。ここにサインよろしく」

「はい!」

 差し出された『雇用契約書』に署名する。

 書類を受け取った青年は大きく頷く。

 そして、面接室にある3枚の扉のうち青年と少女の向こうにある扉を開け、元気いっぱいに飛び出して行った。

「提出してくるよー!」

 呆気にとられるジェイを前に、残された少女が嘆息する。

「はー……」

 残る2枚のうち、ジェイが入ってきた方とは異なる扉を開けた。ジェイからは飛竜隊の制服を着た男性二人が扉の陰に見える。

「あなたたち、面接官交代してくださいな」

「はーい」

「あいあい」

 どちらも青年と少女より年上に見えたが、対応を見るにもしや。あの青年とこの少女が偉い人なのでは……? という疑問が首をもたげる。

 すると、少女は青年が出ていった扉の方で手招き。

「ジェイさんはこちらへ。必要な書類ってあれだけではございませんし」

「はっ、はい! ……書類?」

 ショルイ、なんの?

 どんなショルイ??

 きっとこの疑問が顔に出ていたのだろう、少女が呆れたように教えてくれる。

「……。あなた受かりましたのよ」

「ど、どこの何事に受かったんですか?」

「グローリア飛竜隊の採用に」

「ひりゅうたい」

 それが本日面接を受けた職場の名前だと気づくのに10秒を要した。

「えええぇええええええええ!?」

 実感が湧くまでには少女の後ろを歩き始めて30秒。

 ジェイの心の動きなど知らない少女は耳を軽く塞ぎつつ嘆息する。

「うるさいですわよ」

「すみません……あの、でも、どうして、僕は何があって採用になったのかわからなくて! いつ採用って知らされたのかさえも……」

「さっき契約書を書かれましたでしょう? あの時です」

「あの時の……ありがとうございます……」

「はい。……ま。とりあえず、春の採用で一人引っかかって安心いたしましたわ。いつもは箸にも棒にもかからないような受験者ばかりですもの」

 倍率の高さの原因がそこにあるような気がした。

「あなた見込みありますわよ。文句を言う保護者は遠い地にあらせられますもの。ガッツリ働いてくださいませ」

「は、はは……はい……」

「うふふふっ。わたくしたちもちょうど純朴素朴な人材が欲しいところでしたの☆ あなたを見てピンときましてよ?」

「ありがとうございます……」

 寮へ向かう道中、『自分たちの要望にジェイが直感的にマッチした』という旨の採用理由を聞かされていた。

 面接って。

 採用って。

 あんなに軽い感じで決まるものなんだろうか……

 緊迫が解けた反動で悶々とする彼は、ニーズベルのジェイ。

 つい数分前にめでたく初就職した新人である。

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