二匹目!『風花のスノウホワイト・ウルフ』

戦う必要のない優しい世界

 始まりの街【アルカンシエル】から東、【芽吹きの草原】に出て辺りを見渡す。何人かが犬や猫、凄いところだと蛇とか小さな龍らしき聖獣を連れて歩いている。


 多分ピクニック気分というわけではなく、ところどころで黒いオーラを纏った獣との戦闘が起こっているので、あれは経験値稼ぎなんだろう。


 あの黒いオーラを纏ったやつが魔獣なのだと思う。

 戦闘を観察してみても、無難に攻撃して倒している人もいれば、スキルの【スカウト】を使って攻撃し、途中で宝玉を差し出してきた魔獣を仲間にしている人や、スカウトは成功しても逃げ出してしまう魔獣に追い討ちをかける人、そのまま見逃す人など様々みたいだ。


 予想通り、倒さなくてもいいのかもしれない。

 倒さなくてもいい……なら当然不殺プレイをするよね? 


 ということで私は不殺をなるべく貫いていくことにします! 舞姫だもの。聖女のように穏やかで、冷静で、優しくあらねば! 


「行きますよアカツキ」


 歩き出し、目の前に出現した黒いオーラを纏う狼を見据える。

 墨のように塗りつぶされた体毛が春風に撫でられて妖しく揺らめいていた。


「オオオオーン!」


 吠え声。次の瞬間、狼が襲いかかってきて横っ飛びに飛び退いた。だがこれで避けられるとは到底思えない。なんせ私は敏捷0で……あれ? 


 ステップを踏む。

 横を抜けていく狼。


 ああ、違う。そうだった。

 私とアカツキを覆うように緋色の燐光が溢れ出る。


 そうだ、そうだった。スキル【比翼】があるんだ。私達が一緒にいる限り、全能力10上昇! 敏捷値もこれで最低限確保できる。アカツキに守ってもらわなくても、これなら自分の身は守れる。


「アカツキ、行って!」


 言葉と共に腕の中からアカツキを解放する。


「ケェーッ!」


 頼もしい鳴き声を上げ、私の腕を踏み台に羽ばたく姿はまさに火の鳥のようだった。尻尾から火の粉をなびかせながら滑空していき、私の横を抜けていった狼の背中へ迫る。


「【スカウト】しますよ! 一度止まってもらわないと……そのまま手加減して【足蹴り】!」

「クックッ、ケェーッ!」


 任意発動の【スカウト】を使い、アカツキの足が白く光る。共存者の【スカウト】スキルは共存者自身でなく、パートナーに付与することも可能だ。


 羽ばたきながら滑空し、くるくる回ってアカツキはその白いかぎ爪を尖らせる。そして数拍の間を置いて、狼の背中へ見事に白く輝くかぎ爪が突き刺さった。


「キャウンッ!」


 悲鳴をあげる狼に心が痛む。けれどこういうゲームは弱らせてから行動するというのが定石じょうせきである。


 痛みに吠え、空中から行われた飛び蹴りの勢いで地面に転んだ狼のそばに寄っていく。頭上に見える体力のバーは今のでミリ単位まで減っていた。危ない危ない……手加減してって言わなければ倒しちゃっていたか? 


 アカツキの【足蹴り】の威力は素で40。

 基本値5に力の値をかけて器用値でプラス15となるのだが、現在は【比翼】が発動して更に全能力がプラス10。基本値にかける力の値が15。更に器用値も40になっているので、威力75に20を乗せて威力95。

 初期聖獣の体力が100だから、この辺に出る魔獣の体力もそれくらいかそれ以下しかないだろう。空中で回転もしているし、勢いが乗っていた。もしかしたらもう少し威力が出ていたのかもしれない……本当にギリギリだ。


「グルルルルウ……」


 さて、体力の急激な低下で動けない、しかも転倒状態の狼さんになにをするのか? 

 ふっふっふっ、そんなの決まっているじゃないですか。


「……取り出したりますはこちらの高級ブラシ」


 鳥類用だろうがなんだろうがブラシはブラシだ。

 ちなみにこのゲーム。スカウト方法に特に決まりはない。【スカウト】宣言をして交渉するなり、攻撃して脳筋同士で分かり合うなり、食べ物を与えるなり、遊んでみるなり本当に自由なのだ。


【スカウト】のスキル効果を付与した状態で殴ってもいいし、スキルを付与した木の棒で取ってこい! をするのもありなのである。ともかくスキル効果を付与したもので魔獣に接触する必要があるのだ。


 魔獣の負の感情を解きほぐすことができる。しかしそれができるのは共存者だけである。その設定こそが最も重要ということなんだね。


 聖獣の攻撃や説得でも、もちろんスカウトはできるが、要するに負の感情を解きほぐせるような行いをすればいいわけだ。


 この『神獣郷オンライン』は、必ずしも敵を倒す必要のない優しい世界なのだから。私の中にはもう、不殺プレイをしないという選択肢はない。このまま上手くいくならば、『不殺』の縛りを設けて遊び続けようと思う。この子達も可愛いし!


 で、これからこの無防備な狼になにをするのか?


 ――そんなの決まっているじゃないですか。


「あは、すぐに気持ちよくしてさしあげますからね?」

「ガウッ!?」


 コトリと、狼の額にはまった黒曜石のような宝玉が転がり落ちる。


 ブラッシングをしながら確認した魔獣の名前――グレイウルフは実に十分間という長い長い死闘みじかいじかんの末に陥落したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る