第48話 去年の話2

 私が美月と初めて話したのは、夏休みに入ってからだったわ。


 三澄に、その……しんどいって言われてまだちょっと引きずってた頃、急にSNSで『今日からりっちゃんって呼んでいい?』なんてメッセージが送られてきたの。もちろん『嫌』って返したんだけど、そしたら『りっちゃん今日暇?』って。


 ああこの子は、他人の意見を聞かない、まるで私みたいな人間なんだって悟って、それで思ったの。


 この子と一緒にいれば、振り回される側の人の気持ちも分かるかもしれない。


 相手のことを思いやっているつもりの行動が、ただの一人よがりなものになってしまっていないか。その区別が、私にできるようになるかもしれないって。


 それからは、美月と連絡を取り合いながら、お互いの家に行ったり一緒に出掛けたり、色々とまあ仲良く? やってたんだけど……。


 気付いたら、一緒にいるのが普通に心地良くなってて。


 振り回されること結構多かったと思うんだけど、どれも嫌な記憶としては残っていないのよね。人を振り回すのが上手いっていうか。


 ほら、何かをするだけの体力は十分あるんだけどなぜか行動に移す気にはならない、なんてことない? 私はあるんだけど、美月、そんな時に限って私を振り回そうとするのよ。


 まるで私の気持ちが見透かされてるみたいだった。


 私、三澄と喧嘩? してからずっと、自分勝手っていうものが許されないものなんだって思ってたけど、そうじゃないのね。きっと自分勝手にも、いい自分勝手と悪い自分勝手があって、美月はいい自分勝手の方を常に選んでたんだわ。


 でも私に分かったのはそこまでで、どうしたらいい自分勝手になるのか、直接美月に聞いてみたんだけど、微妙にはぐらかされたというか、美月自身もなんとなくやってるだけでよく分かってないみたいだった―






 俺がずっと同じところをぐるぐると回っていたあの一年の間にも、律はちゃんと思考し、前へと進んでいたのか。


 律の話を聞きながら、俺は彼女への尊敬の念を深かめると共に、少し安堵していた。俺の影響で律まで歩みを止めていないか、ずっと気がかりだったのだ。


 でも律は、あの一件をむしろ自らの糧として、今も成長をしようとしている。もはや俺は彼女を心配できる立場にないのかもしれない。


 僅かに寂しさを覚えつつも、それを振り払うように律の言葉に意識を戻すと、いい自分勝手と悪い自分勝手という単語たちが耳に届いた。


 その話しぶりと、この話が始まる前の律の言葉から考えて、彼女は自分のしてきたことを悪い自分勝手だと判断しているらしい。


 同意したくはない。でも、否定もできない。


 俺は色々と複雑な気持ちを抱えながらも、その後の話にも耳を傾け続けた。


 




「それで何か分かることあった?」


 ひと通りの話——美月との出会いから始まり、『自分勝手』について、その他美月と過ごした日常などなど、結構長々と、大体、俺の倍くらいだっただろうか。随分と濃い付き合い方をしていたようだ——を済ませた律が、俺と若菜にそう尋ねてくる。


「美月さんがすごいいい人で、三澄さんも律さんも助けられていたってことは分かったんですけど……」


「美月が謝らないといけないようなこと、若菜から見てもなさそうか?」


「はい……」


 うーん、まあそうだよなぁ。


 律の話には、当然と言えば当然だが、俺の知らないことも結構あった。それらを聞いてなお、美月に何か非があったようには思えなかったのだ。


 もはや俺たち三人だけでは、どうしようもないのかもしれない。


 律や若菜も同じ考えに至ってしまったのか、黙り込んでしまった。そんな静寂が嫌で、俺は律の話を聞いてちょっと気になったことを口にする。


「にしても律、美月に俺とのこと相談してたんだな」


「あ、う、うん。……まずかったかな」


「ああいやそうじゃなくて。俺、美月とは律の話全くしなかったからさ。律の方もそんななのかなって思ってたんだけど」


「あー、うん。そもそもが美月の方から話を振ってきたくらいだし」


「あれ、そうなの?」


 美月の方から、とは、少し意外だった。


 律の方も、俺ほどではないにせよ、当時会話もしたことのなかった美月からしてみれば十分に話かけ辛かったはず。まして、見えてる地雷をわざわざ自分から踏みに行くとか、俺ならちょっと考えられない、けど。


 まさか美月には、律の方は地雷に見えなかったということなんだろうか。


「流石に三澄のご両親のことは話さなかったけど、中学までのこととかは結構聞かれて、つい色々話しちゃった」


「……中学までのことは話したのか」


 少し考え事をしている時に、聞き捨てならない単語が聞こえてしまった。


 両親のことは、結局俺から美月へ話しているからいいとして、中学のことか。ちょっと、というか結構恥ずかしい。


 なるほど、俺のあずかり知らないところで、随分なネタを掴ませてしまったらしい。


 でも、このままではただ知っただけ。美月ならわざわざ他人に吹聴して回ることもないだろうし、活用されることなく風化していく情報だ。


 いや別に、美月に活用されたい——弄られたい——とか、そういうんじゃないんだけどさ。

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