第三話 天才の悪あがき

 王の間というだけあり、無駄に広々とした部屋に俺とメルルは誘導された。綺麗なガラス細工が施された窓や、重厚感のあるシャンデリアから、いかにもこの王が浮世離れした生活をしているかがわかる。


「……王よ、リュウを連れてまいりました」


 王冠を被り、玉座にドンと構えているその人こそ、かのルークベルク国王らしい。王冠も被らず、玉座にも座っていなかったら、単に長い髭を生やしている中年のおじさんである。


「……貴様がリュウ、か。よく目立った真似をしてくれたものだな。この行商人風情が」


 出会って早々、この王とやらは高圧的な態度で俺たちと接してくる。この王あっての帝国軍兵士と言ったところか。以前のバルマンテ司令官はわりと話が通じる人間だったが、残念な上司を持ったものだ。


「話は聞いている。パレッタで変な商売をやっている様ではないか」


「お言葉だが、王よ。俺は不当な商売をしているつもりはない。単に物を製造し、それを必要な人へ売っているだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」


「黙れ!! あの変な冷蔵庫とやらを作ったのはお前が変な知恵を働かせたからだろう!! パレッタの連中が変なことを学んで王国に謀反を仕掛けてきたらどうするつもりだ!!」


「王よ、研究開発は商売の基本だ。新しい商品を作ったからと言って、謀反を起こすことはない」


「行商人のくせに知った様な口を聞くな!! 王国の安泰のために市民を選別をしなければならないのは当然の理。我を忠実に信仰する市民を作りあげ、今の幸せを保つのが、この国家のあるべき姿なのだ。貴様の様な異分子は即座に排除しなければならん!!」


「……つまり、市民は馬鹿であれ、と。王はそうおっしゃるのか?」


「リュウ様!? ちょっと言い過ぎでは……!?」


 隣に立ったメルルが小声で俺に呟く。

 どうせこの様なタイプの人間は何を頼み込んでも、高圧的な態度で返してくるだけだ。であれば、自分を抑え込むより、思ったことをありのまま言ってしまった方が精神安定上良い。


「貴様、我に反抗するとは、命が惜しくなくなったのだな!! 気に食わん!! ……おい、そこの兵士。そいつらを処刑台に連れて行け!! 今すぐに、だ!!」


「はっ!! かしこまりました!!」


「や、やめてください!!」


 メルルの頼みを聞く訳もなく、王に指名された兵士は俺の腕を掴もうとする。俺は兵士の腕を掴み返すと、そのまま兵士を地面に叩きつけた。


 槍兵が俺に向けて槍を向ける。


「……な、何をするのだ、貴様!! おい、他の兵士よ、やつを取り押さえろ!」


 俺は胸元から一つの手紙を取り出す。それはアルメザークと商談する日の早朝、俺を迎えに来た守衛からもらった手紙だった。


「……王よ、本当に俺を処刑するおつもりか? 本当にいいのか?」


「……脅しか? そ、そんなブラフ、我に通じると思うなよ!!」


「おい、そこの兵士。この分かりの悪い王に、この手紙を渡してくれ」


 俺は手紙を床に放り投げると、一人の若い兵士が手紙を拾い、そのまま王へ手渡した。王は手紙を開き、一読する。みるみるうちに王の顔色が青ざめていった。


「どうやら、その手紙の意味がわかったみたいだな、王よ。流石にそれが理解できないほど、頭は空っぽではなかったか」


「貴様……、行商人風情で……!!」


 王は手紙を握りつぶし、俺の顔を食い入る様に睨みつける。


「……リュウ様、あの手紙は?」


「……本当はアルメザークに俺の身元を保証してもらえればよかったんだが、流石にそれだとアルメザークが首を縦に振らない可能性がある。だから、念のため一つ仕込ませてもらった」


 メルルは何が起こっているか見当がついていない様子だ。

 無理もない、使う必要がなければ使いたくなかった手だ。あまり口外もしたくなかった。 


「あれはな、――俺の遺書だ。本物は別のところにしまってあるが、これは役場の庶務係に複写してもらったものだ。ご丁寧に正式な複写であるという印も押されているだろう? 王よ?」


「遺書!?」


「ああ。アルメザークとあったあの日。契約書と一緒に俺の遺書を挟み込んでおいた。アルメザークは確かに契約書にはサインしなかったが、遺書にはしっかりサインしてくれたのさ。――あそこには俺が死んだら、俺の事業と財産。全ての所有権がアルメザーク公爵の手元に入ることになっている」


「アルメザーク公爵に!? ……それはなんで、ですか?」


「……王よ、その遺書にはしっかり記載があると思うが、念のため俺が所有し、相続する予定の財産を教えてやろう。俺が所有しているのはパレッタの一部土地とアニミストの工場。そして……」


 王は額に汗をかいており、動揺した様子を隠せなかった。

 まさかここまで効くと思っていなかった俺は、思わず表情が緩んでしまていた。


「――ここ一帯の井戸の所有権だ」


「……貴様ああああ!!」


 そういうことですか、とメルルは合点がいった様だ。

 それもそうだ、彼女も井戸を広めた当事者である。ここの仕組みを理解していないわけがない。


「井戸を開発し、井戸部品を作ったのは俺とメルルだ。ここらの商人は金もうけには目がないものでな、井戸を設置することに関しては快く引き受けてくれたよ」


「……そ、それならなぜ井戸がお前らのものになる! な、何をいい加減なことを!!」


 王は威圧的な態度で俺の発言を潰そうとする。

 だが、愚かだ。事実なのだから。


「俺らは部品を商人の連中に貸し、それを又貸しすることを許可した。ただそれだけだ。井戸の所有権はまだ俺らが持っている。……俺の言葉を信用しないのであれば設置に携わっていた商人にでも話を聞いてみるといい。俺のような異分子の話より、信頼できるんじゃないか?」


「……おいそこの兵士!! 井戸を設置した商人に吐かせろ!!」


 俺はメルルとアイコンタクトを取る。


 言いたいことは分かってる。


 ……『勝った』っと。

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