第七話 競争原理

――3か月後。


 俺たちは約束の通り、司令官のいる軍基地に来た。既に顔見知りになった門番とともに司令官のテントへ向かっている最中だ。


「本当に大丈夫なのでしょうか」


 貴族服を再度身にまとったメルルは不安そうに俺の手を握る。


「……ああ。神の見えざる手はしっかり俺たちを導いてくれたはずだ」


 俺はメルルの手を握り返す。

 はたから見れば本当に兄妹に見えるのだろうか。


「リュウ殿、メル殿。こちらで御座います」


「いつも、ご苦労様です。ぜひ、これでタバコでも買ってきてください」


「リュウ殿、誠にありがとうございます!」


 俺は中銀貨1枚を兵士に渡す。このようなチップで少しでこの兵士内のコミュニティで自分の名が売れるのであれば安い買い物だ。


「リュウ様の変わり身の術も器用になりましたねー、メルル、感服です」


 メルルは小声でそうつぶやく。

 これでも心の中はかなり緊張している。これから本商談だというのに変なコメントしない欲しいものだ。司令官のテントが開く。


「リュウ殿、お待ちしておりましたぞ。……おい、そこの。茶と菓子を持ってこい! すぐにだ!!」


「はい、承知いたしました!!」


 相変わらず恰幅の良い中年のおじさんが俺たちを迎え入れる。


「では座ってください。どうぞどうぞ!」


「はい、では失礼いたします。メルも座りなさい」


 メルルはコクリと頷き、ゆっくり席に座った。 初期商談の時の約束をまだしっかり覚えているらしい。命令された兵士は前回の商談同様すぐさま紅茶とクッキーをテーブルに置く。


「バルマンテ殿、前回の契約は検討いただけましたでしょうか?」


「ああ、ああ! ち、丁度その話をしようとしていたのだ」


 バルマンテは額に汗を滲ませ、少し焦った口調だった。彼自身も自分の気分の高まりを感じているのだろう、コップの紅茶を一気に飲みほした。

 彼は折り目が無数についた契約書を取り出す。恐らく一度は捨てるも同然でぐしゃぐしゃにしたが、状況が変わって再度読み直したのだろう。


「この契約書の通り、大金貨10枚でいいのか……?」


 ――勝った。


「ええ、大金貨10枚であればこの場でお支払いできます。私のほうから提示した契約、この期に及んで値下げの交渉はいたしません。ただし、雇用する傭兵の数については別の契約書で取り決めいたしましょう」


「……わかった」


 俺は大金貨10枚を革袋から取り出し、バルマンテと会話をしながら傭兵の雇用契約書を書いた。そして、俺とバルマンテは鉱山の利用権売買と傭兵の雇用契約書にサインをする。


「――商談成立、ですね」


 そう俺がつぶやくと、バルマンテは安堵した表情を見せた。メルルも嬉しそうに足を揺らしている。


「さて、バルマンテ殿、なぜ考えがお代わりになったのかお伺いしてもよろしいでしょうか? まさかバルマンテ殿のほうから私共を探しに来るとは思いませんでしたので」


 契約は既に締結済みなので、多少雑談をするとしよう。二次会だ。こういう雑談もビジネスでは大事なのである。

 俺はクッキーを一口食べ、メルルにもクッキーを手渡す。もう既に仕事果たした。多少のご褒美を上げてもよいだろう。


「ああ、そうですな。リュウ殿にはお話したほうが良いでしょう。実はアニミストを購入する人が以前より大分減ってしまったのです」


「それはなんということでしょう!? 原因は一体?」


 メルルは念願のクッキーを頬張っている。まるでハムスターのようだ。


「以前もお話いたしましたが、この鉱山からはアニミストという水の魔石が取れるのです。純度は高くないものの、このアニミストは川のないここら一帯に水を供給する役割を担っていた。もちろん人間だろうと、獣人だろうと、エルフだろうと水は必要だ。だから誰もがこのアニミストを買っていたのです」


「ええ、それは以前もお伺いいたしました」


「ですが、突然各地の近隣の町で『井戸』というものが出来た」


 バルマンテはこぶしをワナワナと震わせ、テーブルをたたく。


「料理も、農業も、全て井戸から湧き出る水でまかなえてしまい、人々は水を買う必要がなくなってしまったのです。しかも井戸は一度設置してしまえば無料で使えてしまう……! 今やアニミストを買う人はごく一部井戸が届いていない人か、井戸水を信用していない人のみ。井戸が普及するのももう時間の問題です。早かれ遅かれアニミストを使う人は減っていくでしょう……」


「確かに、無料で手に入れられるのであれば誰もお金を払おうとはしませんね」


「先ほど契約して頂いたばかりのリュウ様にこのような話をするのは大変恐縮ですが、簡単に言えばもう採算が合わないのです。アニミストを取ればとるほど赤字です。軍資金をこの鉱山事業に頼っていたので、兵士に払う給料が滞る寸前でした。ですので、リュウ様のこの契約には非常に感謝しているのです」


「いえ、こちらこそ司令官と取引が出来て誠に光栄です。ドリー家の名に懸け、この鉱山事業を立て直してみせましょう!」


「リュウ殿の今後の発展を祈っている。うちらの兵士たちをよろしく頼むぞ!」


 バルマンテに差し出された手を、俺も握り返す。


「ええ、お任せください。ドルー家の名に懸けて」

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