第六話 メルルの役割
「リュウ様、よくもあそこまで嘘を連発できますね!! ある意味尊敬しちゃいました!! むしゃむしゃ……、もぐもぐ……」
このような町ではろくなレストランがなく、とりあえず個室のある酒場で腹を満たすことにした。ビジネスの話はどんな情報であれ、他言無用だ。公に出すことが安全だという保障がない限り極力外部に漏らさないのが鉄則。レストランであれど、個室で食事をするのが好ましい。
「ああ、とても残念なことに、昔から頭だけは変によく回るんでな」
俺は羊肉のステーキをフォークで刺し、口へ運ぶ。
生臭さが残っているが、まあ食べられなくはない。ただ、旨いか不味いかでいえば、明らかに不味い。ここにもこの町の生活水準の低さが伺える。
「今のリュウ様も中々素敵ですが、貴族のリュウ様も中々悪くはなかったですよ! 今のリュウ様よりも紳士的で、優しくて、礼儀正しくて、すごくかっこよかったですよ! 今のリュウ様と比べて!!」
「……間接的に今の俺の悪口を言っているように聞こえるんだが、空耳なのだろうか?」
「はい! 空耳に違いありません! むしゃもぐ……、むしゃもぐ……」
メルルは一心不乱に出される食べ物を食べまくっていく。
何なんだ、食欲が全く落ちないこの生き物は。
「う、ピーマン……。ちょっと苦手なんですよね。リュウ様食べてください!」
そう言うと、メルルは俺の皿にピーマンを投げ入れる。俺はしぶしぶフォークでピーマンをすくい、口に入れる。
「好き嫌いすると大きくなれんぞ。ピーマンなんておいしい部類だろう」
「大きくなれなくてもいいんです、小さいのが好きな人に嫁がせて頂きます!」
「相当なポジティブ思考だが、危険そうなおじさんに騙されないようにしてくれ……」
「むちゃむちゃ、はーい、くちゃ、わか、くちゃくちゃ、……りました!!」
「絶対わかってないだろう、君。……全く、食うかしゃべるかどっちかにしたらどうだ」
ごっくん、と口に含んだ食べ物を一気に飲み込むとメルルが神妙な顔になった。
「でも、まさか大金貨100枚なんて……。流石のリュウ様でもそんなお金持ってないですし……」
どうやら先ほどの商談を思い出したようだ。
「そうだな。流石に俺も大金貨100枚なんて大金持っていない。ただ、現時点のあの鉱山の収益性を考えるとそれぐらいの価格で当然だ。あの司令官が変に俺たちをぼったくろうとしているわけではない。ちょっと盛っているかもしれないが、おおよそ適正価格だ」
「そんな……。どうやって大金貨100枚を集めればいいの……」
モリモリと皿をきれいに掃除していた時の元気さが消え、少し気分が沈んでしまったようだ。確かに大金貨100枚なんて、常人で集められる金額ではない。この世界ではそもそも一生で大金貨5枚ほどの収入があれば、いいほうである。
普通の方法で大金貨100枚を集めることは不可能だ。
「……俺は大金貨100枚を集めるつもりはない。そもそもあそこでディールする予定はなかった。あの中年司令官の中に、『鉱山の利用権を俺らに売る』という選択肢を与えられただけで成功だ」
「どういうことですか……?」
メルルは俺の発言の意図をくみ取り切れていないようだ。
「モノを買うのに自分がその商品代金分の金を稼がなければいけないという考えを持っている人が多いが、それは半分正しくて半分間違いだ。金がなければ何かしらの方法で金を集めなければならないが、商品代金が下がるのを待つというのも一つの有効な方法だ」
「それはつまり……?」
「……あの鉱山の価格を下げる。そして俺が作成したあの契約書にサインさせる。それもしっかり3か月後にな」
メルルは口を開いたまま握っていたフォークを床に落とす。
「ほ、本当にそれが可能なんでしょうか? しかも3か月で……!?」
「ああ、可能だ。契約書で大金貨10枚という金額を吹っ掛けたが、それぐらいであれば美術商からもらった金で買い取れるからというだけだ。3か月後にはあの中年司令官は鉱山を売りたくて売りたくてしょうがなくなっているだろう」
俺はナイフとフォークを皿に置く。味のせいであまり食は進まなかったが、十分すぎるほどの満腹感を得ている。
俺は硬直しているメルルの目を見つめる。
「これから俺が依頼することをやってくれるか、メルル君?」
「……はい! 任せて下さい!!」
「いい返事だ。メルル君の頑張り次第でパレッタの町は必ずよくなる」
俺は会計を済ませるため、金が入った布袋を取り出す。
メルルはキラキラした目で俺を眺めている。
「安心したまえ。――あとは、神の見えざる手が君を導いてくれる」
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