第四話 初期商談

 帝国軍の基地というのは、その名の通り軍用基地だった。パレッタの町からさほど遠くない野原の中にそれはあった。


 中には無数のテントがあり、そのテントの一つが帝国軍司令官のテントとなっているようだ。

 カモフラージュのために司令官がどのテントにいるかはわからず、内部の兵士に案内してもらわないと司令官と会えない仕組みになっている。外部の人間は相当の立場で、よほどのことがない限り合わせてもらえないだろう。


 しかし権力というものは簡単にルールを捻じ曲げることが出来る。


 俺は門番の兵士に適当に偽造した貴族の紋章を見せつけ、そのまま司令官のもとへ案内してもらった。もちろん、ただの紋章ではない。金貨を使って日本の家紋をイメージして『クリエイト』したものだ。細かい細工がなされた宝飾品はそれだけでステータスの象徴なのである。


 あとは『ここで門前払いしたら、ただじゃおかねえからな』というおまけである。

 門番の兵士には申し訳ないが、何とか司令官のもとへ案内してもらうことに成功した。


「あなたがドルー公爵の息子のリュウ殿でございますか、聞いたこともない家ですが、随分とお若い」


 一つのテントに入ると司令官らしき人物に出迎えられた。


 人間で中年のおじさん。頭部はハゲ始めており、お腹も出てきている。学会の集まりを思い出してしまうほど典型的なおじさんである。


「誠にご丁寧な挨拶、恐縮の至りでございます、バルマンテ殿。テントへお招き頂き、私リュウ、誠に光栄でございます」


 俺は貴族らしくお辞儀をする。


 貴族の言葉遣いを意識しながら思っていることを話すというのは、あたかも外国語で話すようなものだ。自分の思考と言語が一致しないので、一度脳内で翻訳作業をしなければならない。緊張感もあるし、軍人相手に話したことがないので、仮に見破られたらどのような仕打ちを受けるかわからない。


「ふむ。リュウ殿、一度私に紋章とやらを見せてもらってもよろしいかな」


「ええ、かまいません。こちらに」


 俺は胸元のポケットに入れていた紋章を取り出し、バルマンテに見せる。


 近くで紋章をマジマジと確認をする。見かけによらず慎重な人物そうだ。


「私、63年間生きておりますが、このような紋章見たことございません。しかし、細かい金細工が施されていて、随分と高い代物であると見た。これはドルー家の家紋になるのですかな?」


 実際は徳川家の家紋だが、この瞬間ドルー家の家紋になってもらおう。


「流石バルマンテ殿、お目が高い。こちらの紋章は我がドルー家お抱えの職人によって作らせた紋章でございます。固さを保つために金だけではなく他の金属も混ざっておりますが、ほとんどが金で作られております。旅に出る前に父上に身分を表すお守りとして肌に放さず持ち歩いているのでございますが……。流石にここまで遠くに来るとドルー家の名を知らぬものも多いとは……」


 俺は困った表情を浮かべ、バルマンテの反応をうかがう。


「……いや、私の知識不足でしょう。これほど凝った金紋章が作れる公爵家は多くはない。疑ってしまい申し訳ない」


「いえ、ドルー家のものとしてこれからも名を広げていかなければならないと学びました。こちらこそ感謝いたします」


 第一関門は突破した。だが、商談のスタートはここからが本番みたいなものだ。


「こちらへはどのようなご用向きかな? リュウ殿? ……おっと、立ちっぱなしでしたな。こちらの席へどうぞ。おい、お前らリュウ殿が座る席を拭け! ほら、早く!」


 下っ端兵士たちは突然の指示に焦った様子でふきんを探す。

 なんとも人使いが荒い司令官だ。どこに行っても高圧的な上司はいるということだ。


「お気になさらずに。この服も汚れたら新しいものを買えばよいだけです。兵士の皆様の手を汚す必要はございません。……こちらこそご挨拶が遅れてしまいました、こちら、私の妹のメルと申します」


 メルルは言葉を発さず、無言のままペコリとお辞儀をした。

 エルフの耳を隠すため、後頭部まですっぽりと入る大きめの帽子を被らせている。


「このように小さいころから家を出たことがなく、人見知りが激しいのです。父上も見てはおけぬということで、社会勉強がてら私の旅に同行しております。ご無礼があるかもしれませんが、宜しくお願いいたします」


「そうかそうか、気になさらずに! なんとも白くてきれいなお嬢様ですな! どうぞ一緒にお座りになってください」


 俺は軽く微笑みながら、メルルとアイコンタクトをする。


 ほら見たことか、服と髪形さえ変えれば、人間そんな簡単に認知できないのだ。ましてや売り飛ばした奴隷が貴族の服を着てやってくるなど、誰が想像したものか。


「ほら、見ての通りここは軍基地でしょう。男の軍人としか目を合わせる機会がないのです。ここ最近女性自体見ることがなくてでな、これほど美しい女性と会うことが出来ただけで、非常に嬉しいものでございます」


「それは良かった。バルマンテ殿を喜ばすことが出来て私も妹を連れてきたかいがあったというものです」


 俺はそのまま勧められた席に座る。


 さて、商談を開始しよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る