第三話 天才貴族
メルルに魔術書の読み方を教えてもらった俺は無事に生産魔法を習得することが出来た。
一晩中かけて非常に紆余曲折したものだが、割愛しよう。そもそも魔法すらない世界から来た人間に。
『魔力を本に注入しながら、気合いを入れて読むんです! ほら! 魔力を通じて本と自分の体がつながるような感覚です。あとは根性です! 自分は出来る子だと自分のことを信じるんです!! 来てますよー、来てますよー!!』
……といわれても、何をどうすればよいのか全く分からない。
とは言え、結果的に気合いと根性で魔力とやらの感覚をつかむことが出来たのだが、とてつもないほど非生産的な時間を過ごしてしまった気がする。もう少し質の良い教師がいればこんなことにはならなかったのだろうが、まあ致し方あるまい。
この世界に学校も学者もいないのである。
「どうだ? この服、様になっていると思うのだが」
俺が習得した生産魔法は素材さえ整えば、創造したものを作成できる『クリエイト』という魔法だ。
ただし、魔術書の老婆が言った通り、俺は魔法への適性が低いため、創造するには事細かに作成ステップを思い描かないといけないが、自分でものを作れるというのは効率がいい。場合によっては、この世界にないものを作ることも可能かもしれない。
何事も実践である。
試しに服を生成してみることにしたのだ。
「うーん、もう少し顔を変えたほうがいいかもしれませんね。特に眉間のしわとか」
「服をレビューしてくれ。顔はクリエイトのしようがない」
「服でしたか! かなりいい感じだと思いますよ、かっこいいです!」
「それは良かった。……しかし、魔力を消耗するとかなり疲労感を覚える。多用できなそうだな……」
「魔力を使うのは運動をするのと同じです! 無理せず自分の許容範囲内で魔力を使いましょう!」
魔力を使うたびに形容しがたい脱力感が体中を襲う。
特に服飾品は想像以上に作業ステップが複雑で、クリエイトする際にかなりの魔力を消費せざるを得なかった。魔法適性が高ければ何度クリエイトしてもさほどの反動は伴わないのかもしれないが、俺にはこれぐらいが限界だ。
「あと、貴族っぽく見えるか?」
「そうですね……。『親から自分の足で世界を見るように言われて旅に出たけれど、あまり外に出たことがないからあまり世の中のことを理解していないさわやか系異国貴族』……みたいな感じに見えますね」
「非常に具体的だな……。まあ大体そんな設定だ。合格点としよう」
とはいえ、俺の場合は『さわやか系異国貴族』という設定だけで服を作ったので、前半部分は全く意識していなかったのだがな。
想像力だけは豊かなエルフである。
「でも、リュウ様。本当に帝国軍の基地に乗り込むんですか? 流石に無謀です!! 奴ら絶対私の顔覚えてますし……」
「乗り込むんじゃない。商談しに行くのだ、この格好でな。安心しろ、メルル。君にも『親から自分の足で世界を見るように言われて旅に出たけれど、あまり外に出たことがないからあまり世の中のことを理解していないさわやか系異国貴族』の妹という設定で服を作ってやる」
「そんなことで、本当にばれないのでしょうか……?」
「安心したまえ。服や髪形を変えれば別人のように見栄えが変わる。人間は一日に何人もの他人とすれ違っているが、大して一人ひとりの顔を覚えていない。所詮人間の記憶力など、それぐらいのものだ。欲を言えば化粧もしたいところだが、化粧道具をクリエイトしたところで俺が君を化粧できないからな……」
「けしょう?」
この異世界では化粧は一部貴族の特権らしく、町の人々の女性はノーメイクだ。
化粧品ももちろん売られていない。あんな化学製品、この異世界の文明レベルで作れるはずもない。
「いや、気にするな、とりあえずこれから君の服を作ってやるから、ちょっと待っていてくれ。……あと、メルルくん、これから商談に行くにあたっていくつか君に守ってほしいルールがあるが、いいか」
「はい、なんでしょう、リュウ様!」
メルルは元気に返事をし、ペンを取り出す。
「一つ目、一切発言をしないこと。話す言葉で階級はすぐにバレてしまう。俺はシュテールの宿に泊まっていた時、貴族の話す言葉を聞いた。完ぺきとは言わないが、違和感がない程度に真似することはできる。だが、メルル、君にはまだそのような訓練をしていないだろう。だから、商談の間は黙っていてくれ」
「わかりました、黙ってます!」
「二つ目、一度座ったら途中で立ち上がらないこと。あと、飲み物や食事が出てきても、手を付けるな。歩き方や食事の作法も階級の差が見えてしまう」
「ええええええ!!! 食べ物を食べないなんて、単なる『物』じゃないですか……」
「そこは我慢しろ、あとでライ麦パンを好きなだけ食わせてやる」
「え? 本当ですよ!? やったああああ!!」
安いエルフめ。あんなもので買収できるのであればいくらでも買収してやる。
「三つ目、会話の途中でタイミングよく頷くこと。俺たちの話を理解しているようにふるまうんだ。バカな貴族だと思われた瞬間になめられて終わりだ」
「なるほど……。ちょっとメモしてもいいですか?」
「ああ、書いて覚えてくれ」
メルルは頷きながら紙にすべてメモをする。
メルルがメモを書ききったタイミングで、俺も丁度メルル用の貴族服をクリエイトすることが出来た。白をベースとした布に、青い飾りを装飾した簡易的なドレスだ。それをメルルに着せる。
「うん、中々似合っているな。上々だ」
「あ、ありがとうございます……! なんだか、照れちゃいますね」
メルルは笑顔のまま、頬を赤く染めていた。
俺は必要なものの準備をする。
紙とインクとペン、最低限の食料を荷物袋に入れた。荷物袋も流石に薄汚い布袋だと品がないということで、革製の袋に交換している。金もすべて持っていく必要ない。必要な分だけ金を取り出してポケットの中に入れることにした。
「……さて、準備は以上だ、例の帝国軍の基地に連れて行ってくれ」
「わっかりました! リュウ様!」
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