第二章 鉱山の町

第一話 メルルの町

 メルルが泣きじゃくりながら、断片的に語られた内容を要約するとこうだ。


 ……全くなぜ俺がこんな非効率なことをしなければならないのだ。


 メルルはエルフの町であるパレッタという、シュテールの南東に位置するところに住んでいたらしい。

 パレッタは鉱山地帯ではあったものの、帝国軍というここら一帯を牛耳る王家傘下の軍隊に鉱山の利用権を安く買いたたかれ、町の人々は低賃金で労働することを強いられていたとか。


 そもそも鉱業しか分からない人々は他の町へ出稼ぎに行くこともできず、やむなく帝国軍のもとで働いていたのだという。

 ……無教育の弊害だな、やれやれ。


 メルルも最初は採掘作業で生活していたらしいが、体が弱かったメルルは力仕事だらけの採掘作業で度々倒れることが多く、意識を失っていた時にあの奴隷商に売り飛ばされてしまったのだ。


「……全く嘆かわしいな、同意もなしに奴隷として売り飛ばすというのは」


 他の奴隷が店主に対して従順なのにも関わらず、この娘だけやたら店主を睨みつけるのは何かがおかしいと感じてはいたが、確かに恨む気持ちもわかる。

 商売は対等な会話から始まるのに、店主がやったことは『始める前に終わらせた』のだ。商売のルールに著しく背いている。


「そうなんです! 酷いんです、ご主人様!! あの奴隷商、私の寝込みを狙って……」


 メルルはワナワナと震えながら、歯ぎしりをしている。


「寝こみって……。まあ正しいんだが……。あと、ご主人様っていうのはちょっと気持ち悪いな、りゅういちろ……。いや、リュウでいい。俺のことはリュウと呼んでくれ。呼び捨てでかまわない」


「そ、そうですか……。ご、ご主人様のご命令とあらば! ……コホン。り、リュウ、リュウ様……。なんか恥ずかしいですね、えへへ……!」


 リュウ様……か。

 まだ違和感のある表現だが、何はどうであれ『ご主人様』と呼ばれるよりかはましだ。


「リュウ様、私のお願いを聞いて頂きありがとうございます!」


 俺たちは今、パレッタ行きの馬車に乗っていた。

 御者が手馴れているか、馬二匹分の馬車は思っていたほど揺れていない。


 晴天だ、お出かけ日和である。


「いや、お願いではない。これは等価交換だ。俺は決してボランティアでやっているわけではない。……商談の内容、しっかり覚えているだろうな」


「ええ、もちろん!! ご主人……、じ、じゃなかった。り、リュウ様!! そう、り、リュウ様がパレッタへ鉱山の権利を取り戻す代わりに、私はパレッタで町長へ打診して、リュウ様に市民権と拠点をお譲りする……。でしたっけ?」


 メルルは空を見上げながら、記憶を少しずつたどるように話す。


「……ああ、正しい。覚えているのであればいい」


 何とか商談の内容はメルルの頭の中に叩き込まれたようだ。

 俺が無駄骨を折ることはなさそうである。


 馬車基本的に木製の車輪を使っているため、走行中の揺れが激しくなるはずなのだが想定よりも滑らかだ。窓から見下ろすと整地された道が見える。恐らくシュテールと交易が盛んなのだろう。


「ふふーん! リュウ様、ほら! 外を見てください、アマリアスの木が沢山ですよ!! 美味しそうな実がなってます!!」


「馬車の中であまり話しすぎるな、舌を噛むぞ」


「リュウ様心配性だなあ、この馬車揺れないから、大丈夫ですよお」


 メルルははしゃぎながら、ブドウの木を指さしていた。


 基本的には俺はこの世界で同じ言語を話すことはできるようになっているが、固有名詞は地道に覚えていかなければならないらしい。

 ……アマリアスはブドウ、か。

 体系的にまとまっている図鑑のようなものがあればよいのだが、そんなものこの世界に置いてあるわけがない。


「……メルルくん、君は少しキャラが代わってないか?」


「へえ? 私はもともとこんな性格ですよ。一晩寝たらなんかすっきりしちゃいました!!」


「そうか……。まあ、いい」


 もう少し大人しい奴隷なのかと思っていたが、いやはや、人を見る目というのは難しいものだ。

 馬車の中でもあちらこちら動き回る様はまるで犬を放し飼いしている感じに等しい。動きを目で追うだけでかなり神経を使う。


「それに、もしこの性格が嫌なら……」


 メルルは左手の薬指にはめられた、紫色の水晶がはめ込まれた指輪を指す。


「この指輪に命令してください。そうすれば従いますので」


 奴隷を買い取った際に店主にもらった指輪だ。俺も右手の薬指にはめている。

 この指輪を通じて念じれば、奴隷は耐え難い苦痛を味わい、所有者が望めば奴隷を殺すこともできる。奴隷が所有者に歯向かわないように抑止するのが目的で、一度指輪をはめたら奴隷の所有者しかその指輪を外すことが出来ない。……らしい。


「……そんなことはしない。お前はそのままでいい。……そのままで、いてくれ」


 俺がそう返すと、メルルはにっこりとほほ笑む。


 野原を暫く進んでいると、大きな鉱山を背景に、簡易的な木造の壁で仕切られた町が見えてきた。

 村というほど小さくはないが、シュテールの町と比べたら大分小ぶりだ。 


 馬車が止まると、メルルは真っ先に荷台から飛び降り、メルルは町を指さした。


「着きました! ここが鉱山の町、パレッタです!」

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