第14話
「いっっったあああああああいいいいいい」
まん丸の月が映されている、綺麗な夜空にシャハルの悲鳴が響く。
「当たり前だ。ったく、ただでさえ傷だらけの足に、なんで捻挫まで加えてくるんだよ。アホかお前は。まっ、軽い捻挫だから、全治一週間かかるか、かからないかだろう」
そう言って、カルロソはシャハルの足首に包帯を巻く。「ふん」とシャハルがそっぽを向くと、下を向いて立っているマヌスの姿。
「……あの、ごめん、なさい」
そう、声を振り絞るマヌスに、シャハルは息を吐く。
「別にいいわよ。安心して。怪我の代わりにニグムを治して、なんてせこい事言わないから」
「……」
シャハルは「おやすみ」と言って、不格好にゆっくりと歩き、リイバさんに寝室へと案内された。
*
朝日が上り、シャハルは大きく口を開け欠伸をする。重い瞼を擦りながら体を起こすと、遠くから金属を叩く音や、擦り上げる高い音がきこえてきた。その音に目を覚まし、首を傾げながら、足を引きずって寝室から作業場へと歩く。すると、そこにはマヌスがゴーグルをつけて、ニグムの肩を修理している姿。
「……なに、して……んの?」
そう言うシャハルに、マヌスはゴーグルを外し、そっぽを向く。
「か、勘違いすんな! あんたの怪我のお詫びじゃねえから!」
「は、はあ? じゃあ、なんで?」
「……っ」
マヌスは少し頬を赤く染め、ギュッと拳を握る。
「初めて、聞いた」
「え?」
「アルマンを壊して、ここに来る人たちはみんな機械だって言うけど、家族だって言ったのはあんたが初めてだ」
シャハルは昨晩、自分が言った言葉を思い出す。
『私のたった一人の家族なの』
マヌスは、そっと立ち上がり、シャハルの前に移動し、両膝をつく。マヌスは、足の指でかかとを上げ、そのかかとの上に腰を乗せる。そして、シャハルの瞳を真っすぐ見つめ、言葉を続けた。
「感動したんだ、あんたの言葉に。俺は、アルマンが大好きで、いつかアルマンを自分の手でつくるのが俺の夢だ」
そう言って、マヌスは右拳を左胸へと当てる。
「ここの職人、マヌス・ノックスとして、あんたに頼む。あんたのアルマン、ニグムを俺の腕で治させてくれ。必ず、完璧に治すと誓う。頼む」
そう頭を下げるマヌスに、シャハルは目をまん丸にさせる。そして、そっと微笑み、段差に腰を下す。
「顔をあげて」という、シャハルの言葉にマヌスはゆっくりと顔をあげる。
「こちらこそ、お願いします」
そう、シャハルは頭を下げた。その姿にマヌスは目を丸くし、「おうよ、まかせろ」と笑ってみせた。マヌスは再び立ち上がり、ニグムを治す作業へと戻った。
「おーおー、まともなガキになっちまって」
その言葉に振り返ると、リイバさんがケラケラと笑っている。
「あいつが頭を下げるのを、俺は初めてみたよ。相当、シャハルちゃんを気に入ったんだろうな」
そんなリイバさんの言葉に、シャハルはギュッと唇をつぐんだ。
*
「お、なんだくそガキ」
眩しいほどの太陽が空の真ん中で照らしている中、バイクに寄りかかっているカルロソ。そのカルロソから少し離れた、お店の日陰からシャハルは真っすぐとカルロソを見つめる。
「マヌスの坊主に治してもらえるらしいじゃねえか、良かったな」
「……今日が、あんたとの約束の最後の日、だったよね」
「約束、か。まあ、そうだな。答えは、見つかったのか?」
カルロソの問いに、シャハルはコクリと頷く。
「じゃあ、もう一度問おう。シャハル、お前はこれからどうしたい? どうなりたい?」
「私は……ニグムと、一緒にいたい。ずっと」
シャハルは、ギュッと右拳を握る。
「……」
「また、あいつらが襲ってくるかもしれない。また、ニグムに怪我をさせてしまうかもしれない。また、誰かを失うことになるかもしれない。でも……それでも、私はニグムと一緒にいたいの」
シャハルの真っすぐな瞳が、カルロソの瞳を捕らえる。
一歩、足を前に出し、シャハルの体は日陰から日向へと。
「そのためなら、人殺しになっても構わない」
シャハルは、目を逸らさず、言葉を続ける。
「ニグムのことをもっと知りたい。アルマンがどのようにできて、どのように思って生きているのか。そのために、私はアルマンをつくったところに行くの」
「……アルマンの作り方を探す、か。そりゃ、また難問だな。どうやって探す? ニグムに抱えてもらいながら歩くのか?」
「んなわけないじゃない。あんたの力を借りるの」
「俺の?」
「ええ。あんたの腕はギルドの中でもトップクラスなんでしょ。その腕を見込んで、頼むわ。私に力を、貸して」
そう頭を下げるシャハルを見て、カルロソは目を丸くする。そして、喉を鳴らして笑い始める。
「ほんっと……お前は良い女だねえ。いいだろう。とりあえず仕事は放置できないから、仕事を終わらせてからになるが、あんたとアルマンの作り方とやらを探そうじゃないか」
「……いい、の?」
「ああ。ギルドの仕事は、他の誰かがやってくれるだろーし。俺はチームも組んでないから、あんたといることに関しては何の問題もない。よろしくな、シャハル」
カルロソはそうニッと笑って、右拳を前に出す。シャハルは一瞬目を丸くするが、すぐに口元を上にあげて、「こちらこそ、カルロソ」と自分の右拳をカルロソの拳に当てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます