第14話

 「いっっったあああああああいいいいいい」

 まん丸の月が映されている、綺麗な夜空にシャハルの悲鳴が響く。

 「当たり前だ。ったく、ただでさえ傷だらけの足に、なんで捻挫まで加えてくるんだよ。アホかお前は。まっ、軽い捻挫だから、全治一週間かかるか、かからないかだろう」

 そう言って、カルロソはシャハルの足首に包帯を巻く。「ふん」とシャハルがそっぽを向くと、下を向いて立っているマヌスの姿。

 「……あの、ごめん、なさい」

 そう、声を振り絞るマヌスに、シャハルは息を吐く。

 「別にいいわよ。安心して。怪我の代わりにニグムを治して、なんてせこい事言わないから」

 「……」

 シャハルは「おやすみ」と言って、不格好にゆっくりと歩き、リイバさんに寝室へと案内された。



 朝日が上り、シャハルは大きく口を開け欠伸をする。重い瞼を擦りながら体を起こすと、遠くから金属を叩く音や、擦り上げる高い音がきこえてきた。その音に目を覚まし、首を傾げながら、足を引きずって寝室から作業場へと歩く。すると、そこにはマヌスがゴーグルをつけて、ニグムの肩を修理している姿。

 「……なに、して……んの?」

 そう言うシャハルに、マヌスはゴーグルを外し、そっぽを向く。

 「か、勘違いすんな! あんたの怪我のお詫びじゃねえから!」

 「は、はあ? じゃあ、なんで?」

 「……っ」

 マヌスは少し頬を赤く染め、ギュッと拳を握る。

 「初めて、聞いた」

 「え?」

 「アルマンを壊して、ここに来る人たちはみんな機械だって言うけど、家族だって言ったのはあんたが初めてだ」

 シャハルは昨晩、自分が言った言葉を思い出す。

 『私のたった一人の家族なの』

 マヌスは、そっと立ち上がり、シャハルの前に移動し、両膝をつく。マヌスは、足の指でかかとを上げ、そのかかとの上に腰を乗せる。そして、シャハルの瞳を真っすぐ見つめ、言葉を続けた。

 「感動したんだ、あんたの言葉に。俺は、アルマンが大好きで、いつかアルマンを自分の手でつくるのが俺の夢だ」

 そう言って、マヌスは右拳を左胸へと当てる。

 「ここの職人、マヌス・ノックスとして、あんたに頼む。あんたのアルマン、ニグムを俺の腕で治させてくれ。必ず、完璧に治すと誓う。頼む」

 そう頭を下げるマヌスに、シャハルは目をまん丸にさせる。そして、そっと微笑み、段差に腰を下す。

 「顔をあげて」という、シャハルの言葉にマヌスはゆっくりと顔をあげる。

 「こちらこそ、お願いします」

 そう、シャハルは頭を下げた。その姿にマヌスは目を丸くし、「おうよ、まかせろ」と笑ってみせた。マヌスは再び立ち上がり、ニグムを治す作業へと戻った。

 「おーおー、まともなガキになっちまって」

 その言葉に振り返ると、リイバさんがケラケラと笑っている。

 「あいつが頭を下げるのを、俺は初めてみたよ。相当、シャハルちゃんを気に入ったんだろうな」

 そんなリイバさんの言葉に、シャハルはギュッと唇をつぐんだ。



 「お、なんだくそガキ」

 眩しいほどの太陽が空の真ん中で照らしている中、バイクに寄りかかっているカルロソ。そのカルロソから少し離れた、お店の日陰からシャハルは真っすぐとカルロソを見つめる。

 「マヌスの坊主に治してもらえるらしいじゃねえか、良かったな」

 「……今日が、あんたとの約束の最後の日、だったよね」

 「約束、か。まあ、そうだな。答えは、見つかったのか?」

 カルロソの問いに、シャハルはコクリと頷く。

 「じゃあ、もう一度問おう。シャハル、お前はこれからどうしたい? どうなりたい?」

 「私は……ニグムと、一緒にいたい。ずっと」

 シャハルは、ギュッと右拳を握る。

 「……」

 「また、あいつらが襲ってくるかもしれない。また、ニグムに怪我をさせてしまうかもしれない。また、誰かを失うことになるかもしれない。でも……それでも、私はニグムと一緒にいたいの」

 シャハルの真っすぐな瞳が、カルロソの瞳を捕らえる。

 一歩、足を前に出し、シャハルの体は日陰から日向へと。

 「そのためなら、人殺しになっても構わない」

 シャハルは、目を逸らさず、言葉を続ける。

 「ニグムのことをもっと知りたい。アルマンがどのようにできて、どのように思って生きているのか。そのために、私はアルマンをつくったところに行くの」

 「……アルマンの作り方を探す、か。そりゃ、また難問だな。どうやって探す? ニグムに抱えてもらいながら歩くのか?」

 「んなわけないじゃない。あんたの力を借りるの」

 「俺の?」

 「ええ。あんたの腕はギルドの中でもトップクラスなんでしょ。その腕を見込んで、頼むわ。私に力を、貸して」

 そう頭を下げるシャハルを見て、カルロソは目を丸くする。そして、喉を鳴らして笑い始める。

 「ほんっと……お前は良い女だねえ。いいだろう。とりあえず仕事は放置できないから、仕事を終わらせてからになるが、あんたとアルマンの作り方とやらを探そうじゃないか」

 「……いい、の?」

 「ああ。ギルドの仕事は、他の誰かがやってくれるだろーし。俺はチームも組んでないから、あんたといることに関しては何の問題もない。よろしくな、シャハル」

 カルロソはそうニッと笑って、右拳を前に出す。シャハルは一瞬目を丸くするが、すぐに口元を上にあげて、「こちらこそ、カルロソ」と自分の右拳をカルロソの拳に当てた。

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