アルマンの心

第5話

 「バカ!!」

 シャハルのそんな荒い声と共に、シャハルの平手打ちがニグムの頬へと。その音が、荒らされた家の中に響く。

 「……なんで……っ、なんで、アッシャを置いていったのよ……っ!!」

 「……」

 「何か言いなさいよ!! 言い訳があるんなら、私の右手が銃の引き金を引く前に聞いてあげる……っ」

 「……」

 シャハルは手元にあった銃を、ニグムにへと向けた。ニグムは、何も答えず、ただシャハルの瞳を見つめる。それに、シャハルは震えた手足で、ギュッと唇を噛み締める。

 「……っ、あんたなんか……っ、あんたなんか……っ」

 シャハルはスッと体から力抜け、ストンと床へとひざをつく。そして、声を振り絞る。

 「わか、ってる、わよ……っ、あれは……っ、アッシャが決めたことだもの……っ。あんたの判断じゃないことくらい、わかってる……っ」

 シャハルの小さな拳が、こつんこつんとニグムの足を叩く。ニグムはそっと腰をおろした。

 「でも……っ、どうにか……どうにかしたかった……っ」

 ──あの……どうにもできないような状況を。

 「何も浮かばなかった自分に……っ、腹が立つ……っ」

 そう言ってニグムの体を叩くシャハルの拳を、ニグムはそっと掴む。そして、ゆっくりと、口にした。

 「お、れも」

 「……」

 「ごめ、ん」

 「……っ。あんたなんか……っ、何がわかるのよ……っ」

 「……」

 シャハルは、ふらついた足でゆっくりと立ち上がる。そして、声を振り絞った。

 「アルマンなんかに……っ、わかるわけないでしょ」

 荒れた部屋に、雨の音とシャハルの震えた声だけが響いた。



 暗い自室のベッドの上で、シャハルは膝を抱えて座っている。シャハルの耳には、雨の音だけが響いていた。

 そっと机へと視線を移せば、机には二枚の写真が飾られていて。一枚は、シャハルとアッシャ、両親との写真、もう一枚は、シャハルとアッシャ、そしてニグムの三人の写真。その指針は、アッシャを真ん中にして、三人で肩を組んでいて。アッシャの肩に、ニグムの腕はあるが、シャハルは少し嫌そうな顔をして腕を回していない。

 そんな写真を見て、シャハルはギュッと目を瞑り、先ほどよりも強く膝を抱えた。すると、コンコンと二回ドアをノックする音が、シャハルの耳へと届く。

 「……」

 シャハルが何も返事を返さない。しかし、扉はゆっくりと開いた。シャハルが扉へと視線を移すと、扉の前にはニグムが立っていた。

 「……レディーの部屋に、返事なしで入るなんて、失礼よ」

 「……ミル、ク」

 アッシャは、そう言って、シャハルに月のマークがついたマグカップを差し出す。シャハルは、マグカップを受け取り、中身を見れば、ホットミルクが湯気をだしていた。ふうふうと、ミルクを少し冷まし、ゆっくりと口へと流し込む。

 「……あ、蜂蜜入り……」

 ミルクは、シャハルの好きな蜂蜜入り。そして、ハッとニグムの方へと視線を移す。

 「……あんた、もしかして……」

 シャハルは、少し目を丸くしてニグムと目を合わせる。そして、前にニグムに言った言葉を思い出した。

 『アッシャのは太陽のマークのやつだから。間違えないでよね』

 シャハルは、ギュッと、口をへの字にして再びミルクを口にする。

 (……もしかして……あのときこいつは、マグカップを間違えたわけじゃなくて、私に……)

 マグカップをギュッと握り、シャハルは小さく呟いた。

 「……ありがとう、美味しいよ」

 「……」

 シャハルは、少し頬を赤くして、先ほどよりも勢いよくミルクを口にした。シャハルのベッドの前で、ニグムはシャハルと同じように踞る。そんなニグムの唇は静かに震えていた。



 「ねえ……あんた、どうすんの」

 空になったマグカップを静かに回しながら、シャハルは静かにそう口にした。

 「ここにずっといるの? ずっとここにいたら、絶対またあいつらが来るよ」

 「……」

 「あんた、古い型のアルマンだけどさ、戦いの能力は今のと互角なんだし、きっとギルドにも入れるよ」

 「ギル、ド……?」

 「6、7人のグループで行動するの。そうすると、みんなで助け合うから死ににくいのよ。人殺しになんかに、簡単に殺されないの」

 「……」

 「なんなら、私があんたをギルドに連れて行ってあげるし」

 「……おれ、ここ、にいる。ここ、好き」

 「……そう」

 ニグムの言葉に、シャハルはそっと微笑む。そして、そっと窓へと視線を移せば、雨は病んでいて、半月が夜空を飾っていた。

 「……今、何時だろ……」

 「……」

 「……あんたは、ずっとここにいて、どうするの?」

 「……」

 「ずっとここにいるだけ?」

 「……シャ、ハル、は?」

 「え? 私?」

 シャハルは、ニグムの方に視線を移し、首を傾げる。

 「おれ、は、約束、守る」

 「約、束……? なにそれ。誰としたの」

 「……アッシャ、と」

 「……そっか。じゃあ、守ってやんな。そしたらあいつ、すっごい喜ぶよ。男同士の約束、とか好きそうだしさ」

 (この家を守れ、とかかな……。アッシャ、そういうの好きそう)

 そんな事を思いながら、シャハルは少し切なそうに笑みをこぼす。

 「……おれ、ぜっ、たい、まも、る」

 「……うん。……あんた、ほんとバカだよね。普通さ、あんなこと言った女の側に、こうやっていないわよ」

 少し前に、シャハルは自分が言った言葉を思い出す。

 『アルマンなんかに……っ、わかるわけないでしょ』

 シャハルは苦笑いをしながら、ニグムの顔を覗きこむ。

 「……あんた、傷つくって感情もないの?」

 「……」

 「……愚問、か」

 「シャ、ハル、寝た、方が、いい」

 「……うん」

 シャハルは、ベッドの中に入る。すると、ニグムは、そっとシャハルの体に布団をかけた。

 「……ありがと」と、シャハルは小さく呟き、ゆっくりと目を閉じた。

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