アルマンの心
第5話
「バカ!!」
シャハルのそんな荒い声と共に、シャハルの平手打ちがニグムの頬へと。その音が、荒らされた家の中に響く。
「……なんで……っ、なんで、アッシャを置いていったのよ……っ!!」
「……」
「何か言いなさいよ!! 言い訳があるんなら、私の右手が銃の引き金を引く前に聞いてあげる……っ」
「……」
シャハルは手元にあった銃を、ニグムにへと向けた。ニグムは、何も答えず、ただシャハルの瞳を見つめる。それに、シャハルは震えた手足で、ギュッと唇を噛み締める。
「……っ、あんたなんか……っ、あんたなんか……っ」
シャハルはスッと体から力抜け、ストンと床へとひざをつく。そして、声を振り絞る。
「わか、ってる、わよ……っ、あれは……っ、アッシャが決めたことだもの……っ。あんたの判断じゃないことくらい、わかってる……っ」
シャハルの小さな拳が、こつんこつんとニグムの足を叩く。ニグムはそっと腰をおろした。
「でも……っ、どうにか……どうにかしたかった……っ」
──あの……どうにもできないような状況を。
「何も浮かばなかった自分に……っ、腹が立つ……っ」
そう言ってニグムの体を叩くシャハルの拳を、ニグムはそっと掴む。そして、ゆっくりと、口にした。
「お、れも」
「……」
「ごめ、ん」
「……っ。あんたなんか……っ、何がわかるのよ……っ」
「……」
シャハルは、ふらついた足でゆっくりと立ち上がる。そして、声を振り絞った。
「アルマンなんかに……っ、わかるわけないでしょ」
荒れた部屋に、雨の音とシャハルの震えた声だけが響いた。
*
暗い自室のベッドの上で、シャハルは膝を抱えて座っている。シャハルの耳には、雨の音だけが響いていた。
そっと机へと視線を移せば、机には二枚の写真が飾られていて。一枚は、シャハルとアッシャ、両親との写真、もう一枚は、シャハルとアッシャ、そしてニグムの三人の写真。その指針は、アッシャを真ん中にして、三人で肩を組んでいて。アッシャの肩に、ニグムの腕はあるが、シャハルは少し嫌そうな顔をして腕を回していない。
そんな写真を見て、シャハルはギュッと目を瞑り、先ほどよりも強く膝を抱えた。すると、コンコンと二回ドアをノックする音が、シャハルの耳へと届く。
「……」
シャハルが何も返事を返さない。しかし、扉はゆっくりと開いた。シャハルが扉へと視線を移すと、扉の前にはニグムが立っていた。
「……レディーの部屋に、返事なしで入るなんて、失礼よ」
「……ミル、ク」
アッシャは、そう言って、シャハルに月のマークがついたマグカップを差し出す。シャハルは、マグカップを受け取り、中身を見れば、ホットミルクが湯気をだしていた。ふうふうと、ミルクを少し冷まし、ゆっくりと口へと流し込む。
「……あ、蜂蜜入り……」
ミルクは、シャハルの好きな蜂蜜入り。そして、ハッとニグムの方へと視線を移す。
「……あんた、もしかして……」
シャハルは、少し目を丸くしてニグムと目を合わせる。そして、前にニグムに言った言葉を思い出した。
『アッシャのは太陽のマークのやつだから。間違えないでよね』
シャハルは、ギュッと、口をへの字にして再びミルクを口にする。
(……もしかして……あのときこいつは、マグカップを間違えたわけじゃなくて、私に……)
マグカップをギュッと握り、シャハルは小さく呟いた。
「……ありがとう、美味しいよ」
「……」
シャハルは、少し頬を赤くして、先ほどよりも勢いよくミルクを口にした。シャハルのベッドの前で、ニグムはシャハルと同じように踞る。そんなニグムの唇は静かに震えていた。
*
「ねえ……あんた、どうすんの」
空になったマグカップを静かに回しながら、シャハルは静かにそう口にした。
「ここにずっといるの? ずっとここにいたら、絶対またあいつらが来るよ」
「……」
「あんた、古い型のアルマンだけどさ、戦いの能力は今のと互角なんだし、きっとギルドにも入れるよ」
「ギル、ド……?」
「6、7人のグループで行動するの。そうすると、みんなで助け合うから死ににくいのよ。人殺しになんかに、簡単に殺されないの」
「……」
「なんなら、私があんたをギルドに連れて行ってあげるし」
「……おれ、ここ、にいる。ここ、好き」
「……そう」
ニグムの言葉に、シャハルはそっと微笑む。そして、そっと窓へと視線を移せば、雨は病んでいて、半月が夜空を飾っていた。
「……今、何時だろ……」
「……」
「……あんたは、ずっとここにいて、どうするの?」
「……」
「ずっとここにいるだけ?」
「……シャ、ハル、は?」
「え? 私?」
シャハルは、ニグムの方に視線を移し、首を傾げる。
「おれ、は、約束、守る」
「約、束……? なにそれ。誰としたの」
「……アッシャ、と」
「……そっか。じゃあ、守ってやんな。そしたらあいつ、すっごい喜ぶよ。男同士の約束、とか好きそうだしさ」
(この家を守れ、とかかな……。アッシャ、そういうの好きそう)
そんな事を思いながら、シャハルは少し切なそうに笑みをこぼす。
「……おれ、ぜっ、たい、まも、る」
「……うん。……あんた、ほんとバカだよね。普通さ、あんなこと言った女の側に、こうやっていないわよ」
少し前に、シャハルは自分が言った言葉を思い出す。
『アルマンなんかに……っ、わかるわけないでしょ』
シャハルは苦笑いをしながら、ニグムの顔を覗きこむ。
「……あんた、傷つくって感情もないの?」
「……」
「……愚問、か」
「シャ、ハル、寝た、方が、いい」
「……うん」
シャハルは、ベッドの中に入る。すると、ニグムは、そっとシャハルの体に布団をかけた。
「……ありがと」と、シャハルは小さく呟き、ゆっくりと目を閉じた。
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