第3話
「ハル、機嫌なおせって」
「ふん」
剣を腰に備えながら、アッシャは苦笑いしながら森を歩く。その後ろを、シャハルは弓を背負って、ニグムは銃をもって歩いている。
「ニグムは俺が言ってたことをそのまま言ってたんだって」
「へー。アッシャ、私の事そんな風に思ってたんだー」
そうそっぽを向いて、頬を膨らまして言うシャハルに、アッシャは苦笑いをこぼす。
「っと……さっそく獲物発見」
アッシャはそう言うと、体を低くする。
「ハル、見えるか」と、アッシャがシャハルに聞けば、シャハルは鞄から双眼鏡を取り出し、目元へともっていく。双眼鏡から覗けば、鹿が二匹。
「うん。あっちは私たちに気づいてないし、このままアッシャは右から、私は左から回り込もう」
「よっしゃ。行くぜ、ニグム」
「……いく」
「ねえ、銃は置いてってよね。あんたら二人、銃へったくそなんだから」
「……おい、てく」
そう言って、ニグムはシャハルへ銃を渡した。そして、二手に別れて獲物を囲うように、できるだけ音はたてないように近づく。
そして、アッシャとニグムが一足早く獲物へとたどり着き、アッシャは剣を振りかざした。
「やいやいやいやい、俺はアッシャ・ティエラ!」
声を張り、アッシャはそう言いながら剣を上へとかざす。
「この世の神になるため、この手で幸せを掴むため、この剣を振りかざす男よ! よーく覚えとけ鹿共!」
そう言って剣を鹿へと向けるが、鹿は聞きもせず、軽やかな足で遠くへと逃げていっている。
「あちゃー」
アッシャはそう頭を抱えると、鹿二頭はゆっくりと倒れていく。鹿をよく見れば、鹿には左の方向から弓矢が刺されていた。
左側へと視線を移せば、シャハルが「まったく、変な口上言ってないで、しとめなさいよ」とため息まじりに、弓をもつシャハルが立っていた。
「ハル、ナイス!」
「もう、ちゃんとやってよね。早くその鹿もって帰ろう。最近、人殺し(ロンペラー)が増えてるって言うし」
「そうだな。ったく、動物を狩る事を楽しむんじゃなく、人を狩ることを楽しむ奴らが増えてきてるなんてな」
アッシャはそう言いながら、鹿をニグムに任せて、歩き出す。
「……まあ、アルマンが増えてから、狩りが楽になったしね。それで飽きて、って人かも」
「こうやって、しとめた獲物を、持ってってくれるからな。いつもサンキュ、ニグム」
「……まか、せろ」
「おう! 頼りにしてるぜ!」
「……そいつ、アッシャの言う事覚えてんだから、もっと言葉遣い良くしてよ」
「ははっ! ニグムが俺みたいになったら、それはそれでおもしれーな!」と笑いながら歩くアッシャに、シャハルは「笑い事じゃないよ、ばか」と小さく呟いた。
家へとつけば、鹿をさばき、鹿肉を少し持って街へと三人ででる。街へと着けば、鹿肉を売るため、いつものお店へと入った。
「おっちゃん、頼むよ」
「おっ、今日も大量だね」
「まーね。有望なアルマンと弓使いがいるからな。そんで、今日はどうよ」
「まっ、二千オーロだろ」
「おいおいおっちゃん、冗談つらいぜ。どうみても、一万オーロだろ」
「んなわけねえだろ! たったの3キロだぞ!」
そんなおじさんとアッシャの会話を、シャハルは後ろでため息をつきながらきいていた。そして、(おじさんの値段はどう見ても妥当……)なんて、思いながらどんどん値段を下げていくアッシャの背中を見つめる。
「んじゃ、おじさん、四千オーロでどうだい!」
「三千五百」
「よっしゃ! 売った!」
「……ふっ、随分立派になったなアッシャ」
お金を渡しながら、おじさんがそう言う。その言葉にアッシャは「そうかい?」と得意げに笑う。
「金に関してはちゃんとしてるし、後ろの妹ちゃんもべっぴんさんになったじゃねえか」
「やっぱ? ハル、可愛くなったろ! もう自慢の妹よ!」
そんなアッシャの言葉に、シャハルは目をまん丸にして、頬を赤くした。
「ちょっと! 用事終わったら、早く帰ろ!」
「はいはい。んじゃ、おっちゃん、またな」
「はいよ。っと、お前ら、人殺しには気をつけろよ。最近、毎日被害がでてるみたいだからよ」
おじさんの言葉に、シャハルは少し目を細めた。そんなシャハルとは反対に、アッシャは「おうよ。またな、おっちゃん」と手を振って、お店をでる。
「……狩人を殺す人って……ほんと、頭のおかしな人間っているものね」
「まっ、なんとかなるって」
「あのね……」
「俺等にだって、アルマンがいるんだしよ!」
そう右拳を左胸に当て、ニット笑うアッシャを見て、シャハルはため息をついた。
*
朝の日差しが、窓から差し込む。少し冷えた空気。シャハルはゆっくりと目を開け、体を起こし、グッと腕を伸ばす。ふわあっと欠伸をしながら、階段をゆっくりと降り、リビングへと入る。リビングでは、アッシャとニグムが朝食の準備をしている、いつもの見慣れた光景が広がっている。
「おはよ、ハル。飯、食うだろ?」
「……どうせ今日もオムレツでしょ。いらない。私、街にでて来るから」
そう言って、リビングをでるシャハルの背中を見て、アッシャは肩をすくませた。シャハルは、玄関をでて上を見上げる。上には、昨日とは違い、灰色の空が広がっている。
「……雨、降りそう。早く買って来ちゃおう」
そう呟き、シャハルはいつもより少し駆け足で街へと向かった。
慣れた道を通って街へとでれば、いつものように人が道を埋めている。しかし、シャハルとすれ違う人たちの顔は、いつもよりずっと暗い。耳を傾ければ、いつものように明るい声はきこえず、コソコソと少し低い声が耳にちらほらときこえてくる。
そんな周囲を不思議に思いながら、シャハルはいつものお店で「おばさん、いつものをお願い」と言う。そんなシャハルにおばさんは、「あいよ」と優しい声を返した。
「……ねえ、おばさん、みんないつもより暗いけど、何かあったの?」
「ああ……そっか、シャハルちゃんは森の方に住んでるもんね。情報が届くのは遅いか」
おばさんの言葉に、シャハルは首を傾げる。そんなシャハルに、おばさんは「これ、お兄さんと読みな」と一枚の紙を渡した。
「なにこれ、新聞?」
「今朝配られたやつだよ。みんなこれを見て、怯えちゃってねえ」
そう言いながら、紙袋に野菜を入れていくおばさんに、シャハルは「ふーん」と返しながら、新聞に目を移すと、そこに書かれた内容にシャハルは目を丸くした。そして、書かれた内容を、震えた声で小さく読み上げる。
「……人殺しは……アルマン……?!」
見出しの部分に書かれたその言葉に、シャハルは細かい内容を必死で読んだ。
「狩人殺しがずっと人間だって思われていたのに、まさかアルマンだったなんて、街のみんなはもうビックリだよ」
「そりゃそうですよ……っ! だって……今のアルマンに、人間が敵うわけ……っ」
「ああ。シャハルちゃんも、その新聞をお兄さんに見せて、しばらく狩りはやめな。それか、ギルドに入るとかしないと」
おばさんの言葉に、シャハルはそっと視線を逸らす。
「……ギルドには……お金が、必要です」
それも大金が、と付け加える。その言葉に、おばさんはそっと肩を落とし、「はい、いつもの」と紙袋を渡した。
「でも、ギルドはチームで狩りをするし、腕が立つ者ばかりだ。そんな人たちと狩りをするほうが、いまよりずっと安全だよ」
「……わか、ってます。兄と話してみて、きめますね」
「……何もできなくてごめんね」
「いえ! この前みたいに、時々りんごサービスしてください!」
そう笑顔で返すシャハルに、おばさんは「あいよ!」と元気よく笑って返した。シャハルは、一礼をして、人混みをかきわけ、森へと走る。
「……早くっ、伝えないと……っ」
シャハルは必死に走って街をでる。すると、空に一筋の煙が目に入る。
「……嘘」
そう小さく呟き、シャハルはさっきよりも速く、必死に走った。
(うそ……うそ……うそ……っ)
シャハルの頭に、小さい頃のある記憶が蘇る。
──暗い夜。真っ赤な炎。天に昇る灰色の線。帰ってこない母と父。残されたシャハルとアッシャ。
シャハルは瞳にうっすらと涙を浮かべながら、自分の家へと必死に走った。森へと入り、いつもの道を駆け足で進んでいく。そして、いつも通りの家があったことに、安堵の息を吐いた。
(あれ……でも、じゃあ、あの煙はどこから……?)
そう少し不安に思いながら、シャハルはゴクリと息をのみ、ゆっくりと家に近づく。そして、家の窓を覗くと、そこには思わぬ光景が広がっていた。そんな部屋を見て、シャハルはすぐに玄関へと向かい、警戒しながら入る。
(……声はきこえない。でも、縛られてる可能性もあるし)
シャハルは玄関のすぐ横にある棚を開ける。いつもそこにあるニグムとアッシャの剣はなく、弓矢と銃しか残っていない。
(考えられるパターンは二つ。剣を、部屋を荒らしたやつが持っていてこの家のどこかにいる場合。それか、どうにかしてここにある物をアッシャ達が持って森へと逃げた場合……)
思考を巡らし、シャハルはハッと先ほど見た煙を思い出す。そして、玄関から飛び出して、近くの木のテッペンまで上って煙の位置を確認した。確認ができれば、シャハルは木から降り、煙の方まで精一杯走った。
(どうか……っ、どうか間に合って……っ)
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