金平糖のトゲトゲを削るお仕事をしています

柿尊慈

金平糖のトゲトゲを削るお仕事をしています

 人間のみなさま、はじめまして。

 なんて、仰々しい挨拶をしてみたが、僕も人間と変わらない姿をしている。僕は神々の世界――以下、神界と呼ぶ――で働く精霊だ。

 精霊と聞いてどのような印象を抱くかはわからないが、僕たちの住んでいる神界において「精霊」とは、より高位な存在である「神々」に使える精神体のこと。

 神々と複数形で扱ったが、僕たちよりも高位な精神体である「神」の間にもヒエラルキーがあって、結構ぐちゃぐちゃに複雑だったりする。

 そんな僕・精霊スルガのご主人様は、神々のひとりであるツバキバラ様。ツバキバラ様の元で、私は日々、様々な業務に勤しんでいる。

 つい先日、定期的な職務分掌シャッフルが行われた。面倒くさがりのツバキバラ様は参加しなかったので、交友のある他の神様が会議の内容を伝達してくれたのだが、どうやらツバキバラ様は「お茶出し」のような役割に就いたそうだ。

「まあ、お茶菓子出しと言った方が正解かもしれないな」

 耳にかかる深緑の髪を掻きあげて、ツバキバラ様が言う。

 先述の通り、神様の中にも階級があって、ツバキバラ様は下位に所属している。上位の神々は、それこそ人間の生活に関わるような立場だが、ツバキバラ様のような下位の神々は、その上位の神々のサポート役だ。

 ちなみに前回のツバキバラ様の職務は「前世の罪を償うために蚊として人間界に転生したものの、秒で激突して死んでしまった魂に対する交通安全教室」だった。ほとんど仕事がないので、オススメしておく。蚊は結構、安全運転を心がけているらしい。


 僕たち精霊や神のみなさまは精神体なので、食事や排泄といった「不便な欲求」からは解放されている。

 とはいえ、おいしいものはおいしいので、必要はなくとも食事を楽しむ方が多い。ツバキバラ様が仕える、オオクラ様もそのおひとりだ。

「オオクラってのは、相当な食いしん坊でな」

 目上の神様であっても、裏では決して敬称を使わない。それがツバキバラ様だ。

「昔は、人々を暴飲暴食に誘う悪魔だったんだが、大量の食事を用意して接待したら、いとも簡単に神界側に寝返ったんだ。以来、やつはこっちでブクブクと太っている」

「元・悪魔、でありますか」

 悪魔と神は、完全な敵対関係にはない。人間にとっての嫌われ役を「悪魔」と呼んでいるようなもので、精神の質の高さでいえば、どちらもほぼ同等だ。同業者であり、ライバルでもある。そのため、お互いに人材を買収することがよくあった。オオクラ様も、そのひとりというわけである。

「まあ、俺らからすればあくどいことをやってきたやつだ。手懐けるのは厄介だが、向こう側にいる方がよほど面倒だったんだな。今はロクに仕事もせず、食の快楽に溺れているよ」

 着崩れた着物を正しつつ、ため息と一緒にツバキバラ様は続けた。

「そんなわけだから、悪魔時代に色んなところで恨みを買ってるだろうよ。命を狙われることもありうる。実質、俺たちの仕事はボディガードだな。お茶出しなんてのは、形式の話で――」

「えっ、わざわざ殺すんですか?」

 ツバキバラ様の言葉に、つい割り込んでしまう。鼻で笑われた。

「俺たちは精神体だ。殺したってどうせ、新しい神か精霊になるだけ」

「どうせ、生き返るのに」

「そうとわかってても、晴らさないではいられない負の感情がある。お前のような精霊でも、人間でもな」

「ツバキバラ様にも?」

「もちろん」

 即答するツバキバラ様の表情は、先ほどよりもやや曇っていた。

「まあ、俺の場合は殺すのが面倒って思っちまうけど」


「さて、スルガくん。今日から俺たちの仕事が正式に切り替わる」

「はい」

 目の前には、十数個のダンボール箱。僕とツバキバラ様は、腕を組んでそれを見下ろしていた。

「ツバキバラ様、これはいったい……?」

「業者から取り寄せた、金平糖だ」

「は?」

「金平糖、知らないか?」

 かなり前だが、僕も人間として生活していた時期があるので、金平糖は知っている。知ってはいるが……。

「これはまさか、ツバキバラ様がご自分で――」

 肘鉄を食らう。呻き声が漏れる。

「仕事だといっただろう。これは、オオクラへの献上品だ。俺は毎日、この金平糖を、労いの気持ちを込めてオオクラのところへ持っていく」

 オオクラ、ね。

 大丈夫かなぁ。この方は、身分というものを気にしないから、オオクラ様に怒られるんじゃなかろうか……。

 というか、それだけなら僕、いらないんじゃないか?

「えっと、僕の仕事はいったい何でしょう?」

 献上するのは、ツバキバラ様の仕事。なら僕は、ここからどうすればいい?

 ツバキバラ様は腕を組んだまま、顎で段ボールの山を示す。

「金平糖の形はわかっているな?」

「はい」

「球体に、無数の突起がついているような具合だ」

「はい」

「その、トゲトゲを削れ」

「はい」

 はい?

 一度は頷いたものの、あまりにも妙な注文だったので、つい聞き返す。

「金平糖のトゲトゲを削るお仕事、ということですか?」

「金平糖のトゲトゲを削るお仕事だ」

「どうしてまた――」

「いいからやれ」

 肘鉄を食らう。精神体とはいえ、僕は一応体と痛覚を薄くリンクさせている。無駄な肉のない彼の肘は、骨張っていて痛かった。

 ツバキバラ様は、僕を突いた右腕の袖から、硬そうな紙を1枚取り出す。

「ここに、ヤスリがある。これで金平糖の突起を全て削れ」

「全部ってまさか、この量を、ですか?」

 無言で頷くツバキバラ様。ああ、無情。

「安心しろ。目安としては、段ボールひとつが1日分だ。1日1箱で止めるもよし。多めに削って、翌日の負担を減らすもよし。裁量は任せる。ただし、俺がその日の分を持って行くのは、午後の3時だ。それまでには、その日の分を削っておくように」

「では、早速――」

 僕はひとつの段ボールを引き寄せて、テープを剥がそうとした。

「開けるな!」

 しかし、突然怒鳴られてびくりとする。声の主はもちろん、ツバキバラ様だ。少しだけ、顔色が悪くなっていた。

「まだ、手順の全てを説明していない」

 ツバキバラ様は、左の袖から、お猪口ちょこでフタをした徳利とっくりを取り出す。酒を入れる、アレだ。

「この徳利に酒を入れてある。その酒をお猪口に移しておき、削った金平糖を洗うんだ。これで、削れた砂糖が、金平糖の見た目を悪くすることがない」

 トゲトゲがない段階で、だいぶ見た目の悪い金平糖だと思うのですが。

 その言葉を飲み込むように、こくりと頷く。再びテープに手を伸ばし、勢いよく手前に引いた。

「それからぁ!」

 少しだけ、段ボールが開く。中は見えない。

「その作業は、俺が見えないくらい離れてからにしろ。わかったな」

「え、ええ。わかりました」

 ツバキバラ様が、離れてから。

 その言葉を受けて、僕は作業を中断する。ツバキバラ様は片手を突き出して、動くなと僕に示しつつ、じりじりと後退していった。


 10分ほど経過して、ツバキバラ様が見えなくなる。息を吐いてから、フタを開けた。

「なんだろう、これは」

 紙に包まれた、薄い何かが、箱の中の一番上に乗せられていた。

 包み紙を外していく。ガサガサという音が心地いい。中から出てきたのは、さかずきだった。包み紙の内側に「金平糖はこちらに乗せてから献上してください」と綺麗な字で書いてある。

 で、問題の金平糖だけれども。

 杯の下にはさらに、小さな箱がびっしりと4かける3で12箱詰められていた。小さな箱のひとつを持ち上げる。意外と重量があった。爪をかけて、その箱も開ける。フタのついたビンに、色とりどりの小さな星が詰まっていた。

「まさかと思うけど、これの突起を一つひとつ、削れってこと?」

 誰のため? 何のため?

 ため息が出る。何のためかはわからないが、他ならぬツバキバラ様の命令だ。彼のため、ご主人様のため、僕は諦めてあぐらを組む。

 ひとまず、1箱。1箱といっても、実際には1ダース。1ダースといっても、ビンひとつにいったい、どれだけの金平糖が……。

 気が遠くなる。僕はお猪口にお酒を注いで、こっそり徳利から直にお酒を飲んだ。飲んでなきゃ、こんな仕事やってられない。


 新しい職務について、1週間ほど経過した。相変わらず、この作業は地獄だ。

 金平糖は球状であるが、何よりもその突起の数が厄介だった。全然、削り終わらないのである。終わらないこともないが、前回の「交通安全教室」が嘘のように感じる、退屈なハードワーク。

 そんなわけで今日は、救世主となりうるお方を呼んでおいた。

「いやぁ。これはたしかに、酷いねぇ」

 赤黒い2本の角を耳の上から生やしたシダキ様が、僕のあり様を見てクスクスと笑った。その笑いで、美しい銀髪がサラサラと揺れる。質量を感じさせないが豊かな髪。それはまさに、糸のようであった。

 一緒にしゃがんでくれる――格下であっても目線を同じにしてくれるその姿勢。上司としての質の高さ。正直、シダキ様のお付きの精霊が羨ましい。

「いったいどうして、ツバキバラ様はこんなことを命令するんでしょうか」

「全くだよねぇ。いったいどうして――」

 シダキ様の言葉が途切れる。シダキ様は少しだけ、神妙な顔になった。赤い瞳が、熱量を落とす。考えごとをされているのだろうか。

「なるほどね。なんとなく、わかった気がするよ」

 シダキ様はケラケラ笑うが、僕には何のことかわからない。

 教えてくださいと想いを込めて、視線を投げかける。シダキ様は、ふるふると首を振った。

「彼のためにも、言わないでおいてあげようかな。ごめんね」

 ため息を吐く僕。ヤスリで突起を削る。その脇で、シダキ様が立ち上がった。

「なるほど、相当根に持っているようだ。きっと彼は命令を撤回しないから、ひとつ遡ってお願いをしておこうか」


 前回の街づくり担当が設計したままの、僕たちの街。

 青白い地面がただただ広がっていて、ぽつりぽつりと、木造の建物が並んでいる。人間の世界の地面のように、砂や土、アスファルトといった質感はなく、継ぎ目のないコンクリートみたいな、顔色の悪い大地。その上をふたりで、ツバキバラ様の話をしながら歩いて行く。

「さて、ここが仕入れ場所だ」

 甘味処マモネ。例の金平糖は、ここでつくられているようだった。建物の中心にはショーケースが横向きに置かれていて、カステラやどら焼き、大福などが陳列されている。僕がさっきまで削っては洗っていた、金平糖も並んでいた。

「ちょっといいかな?」

 店の奥に向かって、シダキ様が声を飛ばす。女性の元気な声が、すぐに返ってきた。パタパタと、足音が近づいてくる。目隠し用の紺色のカーテンを分けて出てきた女性は、シダキ様を見てハッとした顔になり、その場に跪いた。すっぽりとケースの影に隠れてしまい、姿が見えなくなる。

「失礼いたしました! シダキ様だとは思わず、お見苦しい対応を――」

「いいよ、そんなことしなくて。それよりも、僕たちはお願いしに来たんだ。顔を見せてくれるかい?」

 やさしいシダキ様の声に、おそるおそる女性が立ち上がる。

 白い肌に、紺色のバンダナ。耳は上に尖り、大きな瞳は爬虫類のようだ。僕たちと同様に着物を着ているが、藍色の生地は僕たちのものよりも薄く、精霊の中でも身分が低いことが見て取れる。

「ええと、彼はツバキバラの従者で――」

「スルガです。はじめまして」

 僕が頭を下げると、女性も首を少し落とした。感じのいい女性だ。おしとやかな雰囲気で、まさに和菓子屋というオーラ。

 シダキ様が続ける。

「ツバキバラは、オオクラのところに金平糖を献上している。こちらの――マモネさんのところの金平糖で合ってるかな?」

「は、はい」

 マモネさんは、体をやや小さくして返事をした。何かに脅えているようにも見えるが、きっとシダキ様の前でかしこまっているのだろう。

「重量は、変えなくていい。そうだな……ビン1つ分の金平糖を、丸々ひとつの金平糖にできないかな」

 マモネさんと僕は、目を丸くする。シダキ様が、僕に囁く。

「実際に見てみないとわからないけど、金平糖の数が減れば、その分突起が減ると思うんだ。君の仕事もね。トゲトゲの数や体積は、球の表面積に比例しているだろうから、球の数を減らせば減らすほど突起の数が減るはずなんだ。基本的に、球を分割すればするほど表面積は増えていくからね。その逆というわけさ」

 なるほど、わからん。

 しかし、ビン1つの金平糖をまるごと1個にするというのは、さすがに無理があるのではないだろうか。

「ええと……お言葉ですが、それはいったい、どうして……?」

「オオクラはかなり体が大きいからね。通常サイズだと、食べた心地がしないらしいんだ。だからこう、キングサイズというか、大きい方がいいなってことなんだけど……」

 マモネさんは、しばらく考え込む。そして、申し訳なさそうに言った。

「さすがに、1ビンの量を1粒にすることはできませんが、通常よりもかなり大きくすることは、可能だと思います」

「まあ、それなら仕方ないかな……」

 シダキ様は、こくりと頷く。

「スルガくん。金平糖はもう、在庫がなくなりそうなんだよね?」

「あ、はい」

 ダンボールも、あと数箱しか残っていなかった。それだけ、僕が苦しんだということでもある。

「つ、追加の発注ということですか?」

 信じられないというような顔で、マモネさんが言った。

「そうだけど……何か問題でもあったかな?」

 シダキ様が、首を傾げる。マモネさんは、強く首を振って否定した。

「いえ! では、サイズを大きくしたものを、すぐにお送りします」

「うん、よろしくね」

 くるりとシダキ様が翻り、僕も会釈をして店を出る。深々と頭を下げるマモネさんの顔は、僕たちが店を出るまで下を向いていた。


「さて、これでいくらか楽になると思うよ」

「ありがとうございます、シダキ様」

 頭の悪い僕は、表面積がどうのと言われてもわからなかったが、シダキ様が言うのなら心配いらない。これで次回の発送分からは、いくらか削る作業が楽に――。

 急に、目の前で煙が立つ。袖で口を押さえて、目を細める。

 煙が晴れると、そこにいたのはシダキ様の従者のひとりだった。小さくはあるが、シダキ様と同じような角を生やしている。生やすことを許されている、というのが本当のところだが。

「どうしたんだい?」

 シダキ様が、従者に尋ねる。竜の面を被った幼い女の子は、膝をついて報告した。


「オオクラさまが、危篤状態にあります」


(続く)

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