第28話先読み

「あ、あれは……ライン⁉ なぜ二人いる⁉ 勇者魔法で調べても、お前は間違いなく、ライン一回生だったはずなのに⁉」


 まさか現象に、レイチェル=ライザールは言葉を失っていた。

 アホな顔で二人のボクを見回している。


「では種明かしといこうか、レイチェル先生」「そこで寝ているボクは、ボクでありながらボクではない」


魔族拘束デーモン・アクセサリー】で拘束され、死の淵にあるのは魔道人形。

 そう《怠惰たいだベルフェ》の作り上げた芸術品だ。


 今回もボクの特殊能力の【性質創造リ・クリエイト】も併せて発動。

 魔道人形を“勇者候補ラインそのもの”に変質させたのだ。


 今回はレイチェル=ライザールの罠を先読み。ボクが事前に用意して、“エサ”として放っておいたのだ。


「な、ば、馬鹿な……“存在そのものを変質”させただと⁉ あり得ない! 私の研究でも、上級魔族ですら、そんな異質な能力は使えないはずだ⁉」


 詳しく説明してもレイチェル=ライザールは、状況を受け入れずにいた。

 自分のことを賢いと思っている奴に、よくある現象だ。

 更に上の存在であるボクの特殊能力を、信じられないのであろう。


「まぁ、別に信じてもらえなくても構わない。お前はもうすぐ地獄を見るのだから、レイチェル=ライザール」


「くっ……舐めるなよ、若造が! たかが義体で騙したぐらいで調子に乗るなよ! むしろ本体のお前が出てきて、好都合! 忘れたのか、この研究室の中では、魔族の力は使えないんだぞ!」


 レイチェル=ライザールは混乱から狂気へと、再び表情を変える。

 魔法を発動して、ボクの入ってきた後ろの扉を閉鎖。


「くっくっく……“存在を変質させる力”……必ず手に入れてみせるぞ、ライン。キサマのはらわたを引きずり出して、精液を吸収してあげるわ!」


 本体であるボクに、レイチェル=ライザールは次のターゲットを定める。

 異質な形の杖を出現させ、ゆっくりとボクに近づいてきた。


「“魔族の力が使えない結界”か、たしかに、そのようだな」


 流石は人類が誇る勇者の中でも、魔術を得意とする《大賢者》の称号を持つ者。

 頭の中は狂気に侵されているとはいえ、かなりの対魔術結界だった。


 この中で“新たな魔族の能力”を発動することはは難しい。


「……【魔穴展開ヘル・ゲート・オープン】!」


 だがボクは事前に用意しておいた、暗黒魔法を発動。

 魔界へ続く“漆黒の穴”を出現させる、特殊な転移魔法だ。


「はっはっは⁉ キサマ、アホか、ライン⁉ この研究所の中では、魔族の魔法は使えないんだぞ!」


「ああ、知っている。魔族の力が使えないのは、“この研究所の中”だけ。つまり簡単なことだ」


「――――な⁉」


 レイチェル=ライザールが絶句した直後だった。


 転移が始まる。

 巨大な“漆黒の穴”な、研究所の下に出現。

 建物ごと飲み込んでいく。


 ――――シュン!


 次の瞬間、研究所の外の雰囲気が一変。

 魔素と瘴気が強くなっていた。


「ば、ばかな……“研究所を丸ごと転移させた”だと⁉ 理論的にあり得ない……」


 外の気配を感じとり、レイチェル=ライザールは言葉を震わせていた。


 何故なら魔界への転移は、普通の転移魔法とは、桁違いに難しい。

 一人の肉体を転移させるのでも、普通はやっと。巨大な建物ごと転移など、不可能だと思っていたのだ。


 だが今回はボクと《怠惰たいだベルフェ》で、事前に研究所の転移の準備をしておいた。

 少し疲れたが、特に問題はない作業だった。


「さて、レイチェル=ライザールよ、魔界へ、ようこそ。いや、《七大地獄セブンス・ヘル》の第二階層、《第二地獄モアブ》にようこそ! 歓迎するぞ!」


魔穴展開ヘル・ゲート・オープン】で移動して先は、魔族の本拠地である魔界。


 こうして復讐の宴の第二幕が、華やかに開宴するのであった。

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