第17話:宴の後

 ゲス勇者バーナード=ナックルとの祝宴が終わり、一週間が経つ。


 ボクは勇者候補ラインとして、前と同じように学園生活を送っていた。


「えー、それではこれより授業を始めるぞ!」


「「「はい、ナックル先生!」」」


 今日も近接戦闘の授業が始まる。

 担任は“バーナード=ナックルの姿をした存在”だ。


 生徒たちに戦闘を教えていく。

 彼らは誰も違和感に気がついていない。

 担任の別人に入れ替わっていることに。


 そんなクラスメイトの光景をボクは、制服姿のレヴィを観察する。


「さすがはライン様の特殊能力ですね。どう見てもバーナード=ナックルそのものですね」


「ああ、そうだな。あれだと家族ですら、気がつかないだろうな」


 バーナード本人は今や最終地獄の地の底。

 だから今こうして教師をしているバーナード=ナックルは、実はベルフェの魔道人形だ。


 今回はボクの特殊能力の【性質創造リ・クリエイト】も併せて発動。

 魔道人形を“バーナード=ナックルそのもの”に変質させたのだ。


「アレは今までの記憶を有して、戦闘能力もほとんどバーナード=ナックルと同じ。たぶん勇者同士でも気がつかないだろうな」


「えっ……同じ戦闘能力ですか? それはちょっと、マズくないですか? また敵になったり、とか?」


「その辺は大丈夫だ、レヴィ。性格はかなり改造しているからな。いざという時は、逃げ隠れする」


 新生バーナード=ナックルからは裏の顔……性欲の塊は消去している。

 基本的には教師として、今後は真面目に仕事をしていくプログラム。

 屋敷に帰っても清廉潔白な主として、生活をしていくだろう。


「なるほど。さすが、ライン様。あっ、そういえばベルフェから聞きました。ライン様は、娼館の被害者を救済してあげたんですよね?」


 バーナード=ナックルには無数の被害者がいた。

 その中でも一番酷いのは性のオモチャにされて、そのままミナエルの娼館に売られた少女たち。


 彼女たちは勇者魔法によって記憶を操作。

 バーナード=ナックルの金儲けのために、買春されていたのだ。


「ああ、そうだ。彼女たちは解放してやった」


 バーナードとの宴の後、ボクは娼館に潜入。

 全ての被害者に対して、【性質創造リ・クリエイト】を発動。


 見るに堪えない、少女の身体と心を改変。

 バーナード=ナックルと出会う前の“乙女の身体”に、彼女たちを戻してやったのだ。


 あとは記憶も消して操作。学園や娼館あった記憶も消去。

 そのまま彼女たちの故郷へ、転移魔法で返してやったのだ。


 後はどうなるかは、本人と家族次第だろう。


「なるほど。でも、どうして、そんなことをしたのですか?」


「彼女たちをそのまま放っておいたら、バーナード=ナックルの勲章のようなもの。だから消してやったのさ」


 今回のボクの目的は、勇者たちの悪行も消し去ること。

 そのための一仕事だったのだ。


「なるほど。でも、そう言いながらもライン様は、優しいですね 被害者の子たちを助けて」


「ふん。何とでも言え。魔人の主らしかぬと、軽蔑でもしていろ。ボクの目的は勇者六人の完全な復讐だからな」


 被害者を助けるなど、自分でも甘いと思っている。


 だがボクの心の中には、常に母の言葉が残っていた。

 ……『ライン、聞いてちょうだい。弱いモノや、傷ついているモノは、出来る限り助けてあげるのよ』という慈愛に満ちた言葉が。


「いえ、むしろ尊敬して、寛大な存在に嫉妬いたします、我が主! さて、これにて一人目の勇者への復讐は完了ですね」


「ああ、そうだな。だが今回のことで、三つの気になることも見つかった」


 バーナード=ナックルとの宴では、多くの情報を得られた。


「まず一つ目は“母の魔核”。その詳細な場所の探索だ」


 バーナード=ナックルを誘導尋問して、母さんの魔核の場所を聞きだせた。

 王都のどこかにある、と言っていた。

 母の存在意義でもある魔核。最優先で奪還したい。


「それなら私かベルフェで、王都に奪還してきますか?」


「いや、それには及ばない。すでに魔人の一人を向かせている」


 七大魔人の一人に、命令を出していた。

 内容は母の魔石の詳細な場所と、それに関わる情報の全て。

 ただし奪還はボクの手で行う予定だ。


「なるほどです。あとの二つの気になることは?」


「“情報屋”の存在だ。七年前に勇者共に情報を売った、忌まわしき存在だ」


 バーナード=ナックルの話では『“ある情報屋”から情報を得た、私たち栄光の六人は、辺境の山中に向かった』と言っていた。


 つまり我が家の情報を、意図的に漏らした存在がいるのだ。


「情報屋ですか? 人族か……もしくは魔族に?」


「ああ、そうかもな。母さんの情報を知る者だ」


 母さんは警戒心が強く、完璧に隠れ住んでいた。

 用心深い性格で、絶対にバレる失敗などしていない。


 つまり第三者が……母さんが信じて話をした相手が、情報屋と繋がっているのだろう。


「なるほどですね。その調査も他の魔人に既に?」


「ああ、命令済みだ。ボクの存在もエサにして、必ず釣り出してやる」


 今ボクが勇者学園にいることは極秘。

 魔界でも一部の者しか知らない。


 だから情報屋は、また動き出すはず。

 ボクの情報を勇者サイドに流すだろう。そのタイミングを狙い、今度は情報屋を見逃さない。


「なるほど。自分がエサになって大物を釣るとは、さすがライン様です。ちなみに、最後の一つの気になることは?」


「それは“勇者システム”の存在だ」


「勇者システム……ですか?」


「ああ、そうだ。新生バーナード=ナックルの左手の甲には、“勇者刻印”が無くなっていただろう?」


 バーナード=ナックルと宴をしていた時、気がついたことがあった。

 奴が正気を失った時に、勇者刻印が消滅。

 まだ死亡していないのに、勇者としての資格を失っていたのだ。


 新生バーナード=ナックルの手に今あるのは、偽りの“勇者刻印”だ。


「たしかに。でも、どういう気になる点が?」


「勇者学園の資料によると、“勇者刻印”は、いきなり消えることは無いらしい。必ず女神からの啓示があった後に、次世代の勇者候補に受け継がれていくのだ」


「そういえば、そうですたね。つまり、女神が?」


「ああ、そうだ。“女神と呼ばれる存在”が、今回は強制的に介入してきたのだろう。ボクに奪われる前に、“勇者刻印”を回収したのだろう」


 ここだけの話、バーナード=ナックルの勇者刻印は狙っていた。

 ボクの《七魔剣セブンス・ソード》で吸収する計画。

 だが、おそらく女神によって阻まれてしまったのだ。


「えー、それって、もしかして……」


「ああ、そうだ。勇者システムを作り上げている“女神”とも、いつかは対峙するかもな」


 女神という存在は、確実に実在している。

 だが、その姿は今まで誰も見たことがないという。

 真の勇者ですら、啓示による声を聞くだけ。


 だが今回は女神は実際に、介入してきた。

 しかも魔界の最深部である《七大地獄セブンス・ヘル》に、誰にも気がつかれないように。

 かなり厄介な存在なことは、今回のことで判明した。


「女神とやり合うですか、。流石に私たち魔人でも、それはちょっと、かもです」


「大丈夫だ、レヴィ。女神対策も考えている。お前たちは今のところ、勇者にだけ集中していればいい」


 女神は勇者などよりも、遥かに厄介な存在。

“今のボク”をもってしても、直接やり合うのは危険。

 だから既に布石は打っていた。


「……という、訳だ。ベルフェも肝に命じおいてくれ」


 ……『はい、承知しました』


 いつものように自室に籠って遠距離魔法で聞いていた、《怠惰たいだのベルフェ》にも釘を刺しておく。

 これでミナエル学園にいる、仲間の意思は統一された。


 ……『そういえばライン様。二人目が、明日でもミナエル学園に、戻ってきます』


「ほほう、そうか。それは楽しみだな」


 ミナエル学園では二人の勇者が、教師をしていた。

 バーナード=ナックル既に地獄に旅行中。


 残り一人。

 出張中だった二人目の勇者と、ついに対面できるのだ。


「明日か……これは楽しみだな!」


 こうして復讐は第二ステージに移行するのであった。

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