隠密過ぎる異世界転生 〜死神の加護を受けた俺は、楽してひっそり生きたい〜

朱ノ鳥

隠密系男子、異世界へ

第0話「お約束」

休日、昼。学校も無ければ宿題もやり終えた俺は、ベッドに寝転びながら書物の頁をめくっていた。


高校から一人暮らしを始めた俺を邪魔するものはもうない。ゆっくり好きな時に趣味に没頭出来るのだ。


因みに学校の友人にも知られていない、というか俺が隠している趣味は──


「──やっぱ異世界モノは良いよなぁ……」


そう、異世界モノのラノベを読み漁ることである。小学校五年から四年強、高校一年に至るまで俺が読んだ本の大半はラノベと言えるくらいにはかなりの種類のやつを読んだと思う。


とは言え、それだけ沢山読めば好きな系統が出来るわけで。現在もその好きな系統であるラノベを黙々と読んでいたところだ。


俺も、こんな摩訶不思議な体験してみたいもんだなぁ。面倒くさそうだけど。



──時折水を飲みながら本を読んでいると、不意に腹の虫が鳴る。慌てて壁に立てかけた時計に目を移すと、なんともう午後五時半ではないか。


一人暮らしの不便な所は自分で食事を調達しないといけない所だろう。俺も料理が出来ないことはないが、今日はコンビニ飯で済まそうとしていた為食材はない。


急いで服を着替え、財布を乱暴にポケットに詰めて玄関から外に出る。この時期だと、既に外は暗くなってしまっている。街灯が頼りになるだろう。


家賃安め、しかしそこそこに設備の揃ったアパートの階段を駆け下りた。階段が長いところが唯一の欠点だな、これは。


なんて下らないことを考えながら道路に飛び出したその時───眩むような光と、ブザーのような音が鳴り響いた。


「…………ぇ?」


直後、全身凄まじい衝撃が走る。その余りの強さに危うく意識が吹き飛ぶところだった。けど、一体何が……ッ!?


ガクン、と奇妙な浮遊感を感じる。ジェットコースターとかで感じるものとはまるで違う、空中からそのまま自然に落下するかのような──途端、頭蓋が大きく揺さぶられゴシャリと不吉な音が聞こえた。


「…………ぁが……」


痛い、と声を出そうとしたけど、呻くような音だけが口から出てくる。そして数拍遅れて、全身を途方もない鈍痛が襲った。


痛い。痛い。痛すぎる。頭も痛い、身体も痛い。ギリッと歯を食いしばる。


それでも痛みは収まらなくて、自分の呻き声が虚しく聞こえる。しかし、十数秒かそれ以上か耐えていると、段々と痛みが引いていくのが分かった。


と、同時に身体に氷水を被せられているかのようにじわじわと指先が冷たくなっていく。それはゆっくりと、確実に全身に伝播していった。


「…………さ……むい……」


ホント、訳が分からない。痛いし、痛くなくなったら寒いし……あぁ、もう、何も考えたく、ない。


凄い唐突だけど、眠い。三徹した後よりも尚眠い。抗うことも出来ないそれに、俺は勿論抵抗することはせず。


電源が切れたかのように、俺の意識は薄れる。ただ、意識が途切れる直前。脳裏に知人達の顔が浮かんだのは何だったんだろう。






──パチリ。スッキリと8時間ピッタリ眠ったあとのように、身体に怠さも残さず俺は目を覚ます。随分と気持ちよく眠っていたみたいだ。


ぐぐっ、と伸びをして俺はなんとはなしに周りを見渡した。


「…………ん?」


そう、見渡した。当然目を覚まして見渡したとなればそこは俺の部屋なわけで本棚に収納された大量のラノベやらが見える筈なのだ。


だと言うのに、俺の視界に映ったのは『白』。それだけしか目に映らない。寝て起きたら視力が死にやがったのだろうか。


だとしたら最悪だ。日常生活に支障が出る……どころか一人暮らしの俺だと野垂れ死ぬ可能性ほぼ100%だし、何よりラノベを読めなくなってしまう。


寝起き直後に自分を襲う重苦しい事実に、深く深くため息を吐き出す。病院に行って治ったら良いんだけどなぁ……どうしようか。


どんよりとしながら、俺は自分の両の手のひらを


「…………」


俺はもしかして、凄い勘違いをしているのではなかろうか。俺は自分が失明したと思っていたけど、自分の手は間違いなく見えている。


ということは見渡した景色が白いのは……その言葉の通り、今俺がいるのがただ白いだけの場所ということ……?


いやいやいや、おかしいだろう。なんで目を覚ましたら真っ白い場所にいるんだ!? そもそも影すらない真っ白い景色とか存在するのか? 俺の足元にすら影はないんたぞ?


見えるってことは光源があるんだろうけど、別に眩しい訳じゃないし……光源があったら光の偏りとか出るよな? でも見える景色は絵の具で塗り潰したみたいな不偏の白……


……いや、もしかしたら夢なのかも。夢だったらこんな現実離れした光景だってありえる。取り敢えず頬を抓ってみるか……普通に痛いな。


ということは現実……だとしたらなんでこんな場所にいるんだ? それに服装だって、この景色と同じくらい白いローブみたいなのしか着てないし。


寝る直前の記憶、靄がかかったみたいになって思い出せないんだよな。


むむむ、と一人悩んでいると遠くから何か音が聞こえてくる。ヒタ、ヒタと裸足で床を歩くような音だ。前方から聞こえてくるらしいそれに、耳をすませて目を凝らす。


けれど、見えるのはやはりどこまでも白い、奥行きすら分からない光景。音も近づいてきているのか、離れているのかすらも分からない。


取り敢えず、歩いていってみるか。


『人の子』


「おわっ!?」


な、なんだ。突然後ろから声が……さっきまで周りに誰もいなかった筈だけど……


恐る恐る後ろを振り返ると、そこには人が立っていた。それも、透き通るような白い人が。


なに、この空間白しかないの? 凄い目に悪いような優しいような微妙なライン突かれてない?


一旦気持ちを落ち着けよう。うん、慌てていたって何もできないじゃないか。ここは手遅れかもしれないけど平静を取り繕って返事をしよう。


「え、えっと。何でしょうか」


うんめちゃくちゃ吃ってしまった。だって仕方ないじゃないか、俺みたいな影薄い奴って人と話す機会少ないし……何より目の前に立つ人が美人過ぎる。


失礼にならない程度にこっそり彼女の容姿を確認する。


この景色の中でも際立つ腰にまで届く白い髪。まるで自ら輝いているかのような白い肌。そして美人と言ったその通り、二次元の美女美少女真っ青な美麗な顔。


背は……俺が175くらいだから160くらいの結構小柄な人だ。少女と呼んだほうが良いかもしれないのだけど、何故かそう呼ぶことは憚られた。


彼女は感情の欠落したような表情で口を開く。不気味とも言えるその表情が、彼女の纏う独特な雰囲気にとてもよく合っていた。


『人の子。謝罪をします』


「……えっと、何のですか?」


あれ、さっき聞き間違いとかそういうので流したけどこの人、今俺の事人の子って言った?


うーむ……なんかこの光景と相まって、俺の記憶にあるラノベ知識が凄い可能性を示唆してくる。いやまだ確定じゃない、もう少し話を聞こう。


しかしなんだ。彼女が声を発しているのは確かなんだけど、どうも耳から聞こえてくる感じがしない。こう、頭に直接響いてくるような……ハッ!


こいつ直接脳内に……!


『人の子。その方の世界から、死神の誤認により死した貴方を神界へ招いてしまいました。誠に申し訳ありません』


彼女は表情も身体も動かさず、不動のままそう言う。


「……え、死んだ?」


そっかー、俺死んだのかー……ううん?


「えっと、死んだっていうのは……」


『人の子。どの世界においても、そこには死の列があります。老いた魂ほど列の前にあり、若い魂ほど列の後ろにあるのです。無論争いなどによりそれらは絶え間なく変わりますが、その戦争も順序だてられたものなのです。しかし此度の貴方の死は予期せぬものだった故、此方に招かせて頂きました』


「な、なるほど。つまり、その死神の手違いで死んだから事情説明とかの為に呼んだってことですか」


『人の子。それは相違ありません』


なるほどな……死神さんが仕事をミスしたから俺死んだのか……いや本当に死んだのか? この人が嘘をついているという可能性も無きにしも非ず。というかこんな荒唐無稽な話を信じる方がおかしいというものだ。


はぁ……どうやってこの状況を切り抜けたら良いんだ? 一番手っ取り早いのはこの人の話に乗っかるっていうのもなんとなく癪だしな……


『人の子。今の貴方は魂だけの存在。記憶も無いまま信じるというのも無理な話でしょう』


魂だけの存在、ねぇ。それも気になるけどそれよりも……


「……やっぱり記憶無かったのか」


『はい。故、特例として貴方に記憶の授与を行います』


そう言いながら、ここに来て初めて彼女が動く。白磁のような指を俺の額へ伸ばし、僅かに触れた。


途端、俺の脳裏にある光景がフラッシュバックする。目も眩むような光、ブザー音、衝撃、痛み、寒さ……そうか、なるほどな。


『人の子。信じて頂けましたか?』


「ええ、まあ。なんか典型的な死に方したみたいですね……」


記憶からもわかる通り、どうやら俺は車に轢かれて死んだらしい。生々しくその時の感覚が蘇ってきた。同時にこの人の話も現実味を増してくる。


これはあれかな、うん。ラノベ知識が示した可能性がグングン高まってきてるなこれ。


「……それで、俺はこの後どうなるんですか?」


どちらにせよ、俺の今後を左右するのはこの人の意志だろう。多少推測出来るけども、それでも未来を示してもらった方が色々楽だ。


『人の子。貴方には行先を選ぶ権利があります。このまま元の世界の輪廻へ戻るか、異界へ渡り新たな生を得るか』


「……どうして異界へ行ける権利が?」


元の世界に戻るのは何となく分かる。でも、異世界とかに渡る権利がどうして授与されたのか分からない。


『人の子。私は貴方が予期せぬ死を迎えたと言いました。貴方に異界へ渡る道が示されているのは、本来死んでいた筈の者が、異界へと渡る予定だったからです』


「あー……なるほど」


一応、この人的には無理やりでもいいから予定通り異世界に行かせたいのかな。そういう状況には憧れてたから渡りに船と言えばそうなんだけど……


かと言って元の世界に未練が無いわけじゃないしな……というか未練ありまくりだよ。彼女は未だにいないし、大学にも行けてないし、親孝行だって不完全。そもそも死んだ時点で親不孝過ぎる。


むぅ…………


「あの、元の世界に戻る時って完全に別の人間に生まれ変わる感じですか?」


『人の子。その通りです。新たな生を得るということ、それはつまり赤子から生を歩むことなのです。その場合混乱を避ける為記憶は全て抹消されます』


ですよねー。前世の記憶持ちの赤ん坊とか見たくないよ俺。ということは、俺は元の世界に戻ったところで親孝行は愚か、元の意思すら消失するってことか。


記憶がないんだったら生まれ変わった後母さん達を探すのも無理ってことか……


「……では、異界に転生した場合は?」


正直な話、こっちが本命。元の世界に戻るメリットが殆ど無くなった以上、自分の興味が唆る方に行くというのが人間というものだろう。知らんけど。


『人の子。異界にて新たな生を得る場合、貴方には前世の記憶の保持が認められます。また、完全に異なる世界へ渡るため、神格──私からの加護が与えられます』


「……なるほど」


俺なるほどしか言ってない気がする。コミュニュケーション能力がないのは分かってたけどこうも喋らないかね……自分で自分が悲しくなる。


さて……異世界転生、そこまでデメリットないような気もするなぁ。というか無理矢理理由つけてでも異世界行きたくなってきた。


あ、そうだ。ひとつ聞き忘れてたな。


「もし異世界に行ったとして、俺が元の世界に戻ることは出来るんですか?」


『人の子。それは不可能ではありません。しかし、非常に特殊な条件を必要とします。一度異界へと渡った魂を戻すと、その世界に歪みが生じるためです。それ故、異界に渡った後は戻れないものと考えてください』


「……分かりました。じゃあ俺は……」


……俺は、異世界に行きたい。けど、もしラノベのようにとんでもない世界だったら? あの主人公達のように悠々とご都合主義が展開するのか? それだったら、記憶や元の意思を失ってでも元の世界に戻るのが賢明な判断なんじゃないか?


「……ふぅ」


いやいや、一度死んだ俺が何を怖がることがあるのか。もし向こうに行ってすぐ死んでも輪廻の云々で同じ世界に生まれ変われるだろ。よし、目的は達成出来るな。


よーし! 男は度胸!


「異界に行きます」


俺がそう言うと、彼女はコクリと頷いた。その仕草が妙に少女っぽくて少し和んだのは秘密だ。いやロリコンちげぇし。


『人の子。承諾しました。それでは、異界に行くにあたり貴方に10の能力スキルを選定する権利を与えます』


「……能力スキル?」


お、なんだか異世界って感じの単語が聞こえたぞ。能力……ラノベというか、ファンタジーもののやつだったらド定番のそれに胸が沸き立つ。


あくまで平静を装ってそう聞き返すと、俺の目の前に一冊の本が現れた。


うわぁ……ファンタジー……いきなり何も無いところから本が現れるって凄いな。その本はとても年季の入ったもののように見えるが、素人目から見てもその本の作りはとても美しいものに見える。


国語辞典くらいの厚みのそれを、そっと手に取る。


「……これは?」


『人の子。能力というのは神が人の魂に与えし救済の一つ。魔を滅し、人を救い、或いはその逆すら能力により起こりうるものです。そしてそれは貴方が行く世界に存在する、ありとあらゆる能力が記された書物です。貴方にはそれを用い10の能力を得る権利があります』


うん、何となく分かったようで分からない。まあ多分俺の持ってる解釈とそう変わらないだろう。


「……取り敢えず、これを読めば良いんですね?」


『人の子。時間は有限です。凡そ一時間の時をもって、貴方を異界へと転生させます』


そう彼女が言うと、彼女の背後に巨大な円盤が現れる。もう驚かないけど、それでもぽんぽん何も無いところから物が現れるっていうのは奇っ怪な光景だな……


と、よく見るとその円盤には何やら機構が備わっていることが分かる。俺が知っている中で当てはまるものとしては、まあ文脈からしても間違いなく時計だろう。


そうこうしているうちにも、巨大な針が僅かに右に傾く。いけない、この大きさの本を読み終わるにはそこそこ時間がかかってしまう。


「…………おぉ」


恐々としながら一頁目を開くと、紙の端から端までビッシリと文字の羅列が占めていた。その文量に、思わず嘆息する。この厚みで一頁がこれほどならば、国語辞典並か、或いはそれ以上の情報量だろう。


さて、これだけある中から10個か……最初聞いた時は多いと思ったけど、これを見ると少ないとも思えるな。いやしかし、なんの苦労もせずに10の能力が手に入るというのは割と破格なんじゃなかろうか。


これは神様に感謝しないとな。それにあんまり贅沢も言ってられないだろうし。


俺の異世界転生ライフを楽にする為にも、ここで有用な能力を選んでおかないと……農業とか商業系の能力の方が良いかなぁ。いや、やっぱり異世界モノ定番の戦闘向け能力の方が良いか……?



そんなことを考えている俺の手は止まることはなく、静かな白い空間に頁をめくる音だけが響いていた。





───最後の頁を読み終えた俺は、パタムと本を閉じる。かなり没頭してしまったから時間を確認していなかったけど、幸いまだ15分程度残っている。


さてと、それじゃあの人……というか、神様に話しかけに行くか。良さそうなスキルにはもう目星を付けて選別し切ったし、これで多少は楽になるだろう。


顔を上げて前を向くと、本を読み始める前と何一つ変わらない姿勢で、目を閉じていた。


「あの、どれにするか決めました」


話しかけると、パチリと目を開く。綺麗な二重だな……って見ている場合じゃないか。


フッ、と手元から本が消え失せる。もう驚かないけど、何も無いところから物が現れたり消えたりするっていうのは奇っ怪な光景だなぁ。


『人の子。承諾しました。それでは魂にその情報を刻みつける為、選定した能力を私に伝えてください』


「……はい」


ス、と手を伸ばして彼女が俺の額に手を当てる。多分、ここから俺の魂に情報が刻まれるとかなんとかされるんだろう。でもね、異次元な美少女に触れられると凄いいたたまれない気持ちになるんだ。


……よ、よし。後は言い間違えないように慎重に……いやこれフラグか? や、大丈夫大丈夫。流石に言い間違えたりは……だからフラグだって!


不味い、まさか俺が一級フラグ建築士だったとは。ええい、フラグクラッシュしてなんぼだろう。


一回だけ呼吸を整える。大丈夫、大丈夫だ。


「えっと……【鑑定ジャッジ】、【体術マーシャルアーツ】と……」


『人の子。一つ尋ねたいことがあります』


異世界に行くなら取っておいた方が良いであろう(偏見)【鑑定】と【体術】を口にした途端、ここで彼女から待ったがかかる。もしかして選んじゃいけないスキルを選んだのか? だとしたら急いで選別し直さないと……


『【鑑定】と【体術】は最初と最後の頁にそれぞれ記載されていた筈。貴方は、あの書物を読み終えたのでしょうか』


「え? え、まあ」


確かにそこそこ文量はあったけど、昔から本を読み漁っていた影響か、ただ『読んで』その内容を『記憶』するくらいならさして苦労はないのだ。


もしかして、普通あの量は一時間やそこらじゃ読み終わらないものなのだろうか。だとしたらちょっと意地が悪いのでは……いや、気にしないことにしよう。


『……人の子。中断に対する謝罪をします。申し訳ありません。そのまま続けてください』


「あ、はい」


何やら釈然としないままだったけど、問題ないなら大丈夫だろう。うん。……大丈夫だよな?




『───魂への刻印が終わりました。これより、貴方の魂を異界の輪廻へ組み込みます』


「……分かりました」


途端、全身に鳥肌が立つ。『異世界転生』という現実味のない事柄が、現実となって今自分の身に起ころうとしている……それがこれ程までに『怖い』とは思わなかった。


でも、自分で選んだことだ。不安こそあれ、後悔はない。


すると突然、目の前に金色の粒子のような物が漂い始める。それは瞬く間に数を増やしていき次第に視界を埋め尽くすほどになる。


「……これは……!?」


どうやら金色の粒子は、俺の体から生み出されたもののようだ。脚から分解していくように粒子が飛び立ち、先程見たように空中を漂う。


『人の子。最後に、貴方の名前を教えてください。それが、貴方が居たという何よりの証になります』


その光景に惚け、眺めていると彼女から声がかかる。


「……古橋賢司ふるはしけんじ。多分、向こうだと変わると思いますけど」


多分、この名前を名乗るのもこれで最後になるんだろうな。母さん達が願ったような頭のいい人間にはなれなかったのが、若干心残りだ。


そう言えばこの神様の名前、知らないままだったな。


『人の子……いいえ、ケンジ。貴方がこれより向かう世界の名は、アルセレナ。どうか貴方の旅路が良きものとなりますよう──私の加護を授けます』


そう言うと彼女は俺に向かって歩を進め、背伸びをして俺の額へ顔を近づける。既に体の大半が金色の粒子と化してしまった俺に動く術はなく。


額に、柔らかで不思議と暖かな感触が伝わる。


「…………ぇ……」


ま、まさか……この神様、俺の額に……!?


「ちょ、ちょっと───」


『ケンジ。貴方の往く未来に、限りなき幸福があらん事を』


その言葉を最後に俺の視界は真っ白に染まりあがり、意識もそれに連なるようにして薄れていく。


あの神、最後に思春期真っ盛りの高校生男子にとんでもないことしていきやがった……!!


視界が消え去る直前目に見えたのは、両手を祈るようにして組み合わせた神様の姿だったが……神様が、一体誰に祈るんだ───




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