第505話 情報収集――美紀の勘(後半)
だが小細工においてその程度でうろたえていては【深紅の美】ギルドの副ギルド長は務まらない。
冷静に瞼を閉じて集中。
日頃から奇策には色々な意味で慣れている。
全てはあの男が影響している。
だが、今はある意味感謝でもある。
昔なら多少なりとも動揺していたが、今はそこまでない。
これも一種の慣れ。
先ほどは一瞬焦ったが、視界が潰されたぐらいなら大きな問題ではない。
「ふ~ん。一回だけの奇策……やっぱり紅と比べると質が低いなぁ~」
耳を澄まして僅かな音と僅かに感じられる敵意に神経を研ぎ澄ませる。
微かに風を切る音が聞こえる。
美紀は風の音に合わせて、瞳を閉じたまま飛び込み槍を突き刺す。
「……ッ!?」
確かな手ごたえを感じると同時に。
「私相手に目くらまし程度で勝てると思わないことね」
「……へへっ、それくらいしってr」
刺された男は何かを言い駆けて光の粒子となり消えていく。
偶然か必然か。
槍は寸分の狂いなく男の心臓を貫いていた。
「「「「「スキル『炎龍』!!!!」」」」」
すると、美紀が突撃した逆方向から掛け声が聞こえた。
見なくても背中越しに察知した圧は蓮見が第三回イベントの時に簡単に攻略した魔法使いによる連携魔法の一つ。蓮見の目は特別性で見えさえすればどんな攻撃も撃ち落とすことができるが美紀はそうはいかない。
「……この違和感……まさか!」
美紀の勘が警報を大音量で鳴らす。
これは本当に罠に嵌まっているのだと。
追い込んだはずの相手の狙いは最初から……。
「ま、まずい……」
一つではない。
四方八方から聞こえる声から次に来る攻撃それは。
「まさか……こいつら全員メインかサブ……杖なの!?」
そう――大規模な連携攻撃。
ただの中規模ギルドだと舐めていたのは美紀だった。
このイベントに参加している時点でそこそこの実力者の集まりなのは間違いない。
なぜなら運営による足切りはしっかりとあったのだ。
それなのにも関わらず油断してしまった美紀はイベント開始早々死の危険を全身で味わう。
「確かに……これはしてやられたわね。紅……ごめん」
一人限られた時間を使い反省する美紀。
「私……ちょっとの間偵察のこと忘れるね。スキル……『××』『
暗躍する影が光の世界を走る。
美紀がスキルを使うと眩しかった視界が晴れ元に戻る。
そして瞳を開けた美紀を待ち受けるのは十四体の炎龍。
龍の身体は炎で出来ており、その眼光は鋭く威圧を放っている。
美紀から見て正面と背後に二人の男が半数に指示を出していた。
見る所、術者たちの指揮官。
つまりはこの二人がギルド長と副ギルド長と踏んだ美紀の表情から笑みが消える。
ギルド長をしっかりとロックオンした美紀の身体から発せられる白いオーラ。
まるで誰かを意識したようなオーラは第三回イベントの時にはもう修得していたのにも関わらず今まで使わなかった美紀の切り札の一つであり、七瀬と瑠香と同じもの。
「覚醒……まさかこれをこんな初っ端なのこんな所で使わされるとはね。まぁいいわ、本気で相手してあげるからかかってきなさい!」
本来は蓮見の暴走を止める最終手段の一つだったわけだが、ここで切り札を温存して負けて相手を有利にし味方を不利にする失態は絶対にできない美紀は楽しそうに微笑んで「まぁ、いいわ。覚醒一つでここにいる全員を倒せるなら安いわ」と。
絶対の自信があるのか、低空姿勢で突撃を始めた美紀に襲い掛かる炎龍。
「知らないの? 私のパートナーが誰か」
「……【神炎の神災者】だろ……っ!!!」
「そう! 当然私たちメンバー全員は火耐性は完璧。属性ダメージは意味をなさない。それに幾ら炎龍が強くてもね、スキル『アクセル』!『加速』! さらに、行くわよ! スキル『ダブルユーズ』! つまりは術者を倒せば倒せる! もっと言えばその中心者である人物二人を倒せば戦意喪失は免れないでしょ?」
一度全てのMPをAGI強化に使う。
ダブルユーズ。使用後ステータス強化スキルを効果時間が切れると同時に再発動する。ただし使用者のMPをこのスキル発動時に後に発動するスキル分消費する。右手に槍、左手にはMPポーション。
「まるで【神炎の神災者】だな」
「本当は紅の逃走対策だったんだけどね」
最速で突撃した美紀は正面から襲い掛かる四体の炎龍の隙間を縫うようにして通り抜けギルド長の男へと攻撃。
「ふふっ、それでは甘い」
渾身の突きをギリギリで躱されてしまう。
そのまま小刻みに動きながら連撃を仕掛けるも防御に専念した男に上手くダメージが入らない。背後からは先ほどスルーした炎龍を含み七体が接近している。美紀に残された時間は距離から推測するに残り八秒程度。
もし七体の一斉攻撃を受ければ流石の美紀でもHPゲージ全損は免れない。
「へ~、それ私に言う? 悪いけど私さ、普段使わないだけで結構スキル持ってるんだよね」
「だったらなんだと言うのだ?」
「余裕があるなら私の後ろよく見てみたら?」
ここで美紀の背後から接近する炎龍に視線が移る男と術者たち。
可笑しい。
全員がそう思う。
なぜか炎龍が七体しかいないのだ。
倒されたわけではない。
まるで別の相手に惹きつけられるように、半数のメンバーが副ギルド長の方へと集まっているのだ。
――グハッ!
そして美紀が攻撃していないのにも関わらず炎龍が一体、そして一体と消滅していく。
「いったいなにが……起きている?」
「盗人ゴブリン……フレンドのスキルを一日一回無条件で使うことができるスキル。紅の言葉を借りるなら、里美ちゃん戦隊が頑張ってくれているだけって言えばわかるかな?」
全ての神災の原点にして頂点、紅。その紅を補佐する紅戦隊。
【神炎の神災者】を知る者でその悪魔的存在を知らない者はいない。
「ま、まさか!?」
「言ったはずだよ? 私本気って?」
息を呑み込んだ男の一瞬の動揺を美紀は見逃さない。
攻撃が通らなくても連撃を繰り返した美紀のMPゲージは既に回復している。
最近アップデートされ強化された美紀の必殺スキルの一つが発動する。
「ほぼ零距離なら確実に行ける! スキル『デスボルグ』!」
槍が魔槍へと変わり、赤みを帯びた黒いエフェクトを纏う。
槍は自動追尾性能を持っており美紀自身がハッキリと見えていなくても対象が認識できていれば問題はない。
「念には念! スキル『デスクロスオーバー』!」
槍を投擲し、腰から抜いた白雪の短刀も赤みを帯びた黒いエフェクトを纏う。
魔短剣と化した白雪の短刀は魔槍と同じく敵を殺める力を得る。
「そんな!? MPが……チッ」
男は気付いてしまった。
美紀の足元には空になったMPポーションの容器。
つまり一連の動作が素早く効率的なため、既に回復していることに。
デスクロスオーバーはデスボルグと同じ効果を持つ。そのため美紀は近距離にも関わらず短剣も全力で投げる。
そして、全力で走る。
少しでも炎龍から距離を取るためである。
たった数秒の時間稼ぎがいいところではあるが、その数秒で欲しい事象を手に入れた美紀は素早く槍と短剣を回収し、ギルド長と副ギルド長を失い指示を出す者が不在の中堅ギルドを十分少々で壊滅させ拠点を瞬く間に制圧することに成功。
息を荒くした容姿が全く同じ三人はHPとMPゲージを回復すると、すぐに三手に別れて更なる行動へと出たのだった。
この瞬間大規模ギルドは偵察隊を通して美紀の姿を同時に三ヶ所から報告される。まるで暫定第二位による純粋なPS(プレイヤースキル)によるプレイヤー狩りにして神災の助長あるいは前兆。ただし美紀に喧嘩を売ればただでは済まない。そんなのは百も承知。美紀のバックには必ず【神炎の神災者】がいることを意味しているからだ。つまり安易に美紀へと手を出せば【神炎の神災者】が必ず動きそのギルドは【ラグナロク】だろうが【雷撃の閃光】だろうが【灰燼の焔】であろうが大ダメージを受ける可能性が充分にあるというわけだ。それでも反撃をしなければ負けるジレンマに陥った者たちは覚悟を決め始める。故に噂をバックにした美紀の偵察の大部分は戦闘を含む結果となった。
これを合図に倒しやすいプレイヤーだけを倒しサクッとポイント狩りをしては次に行く美紀に仕返しをしようと多くのプレイヤーが一斉に動き始め、イベントは大きな流れを新しく作り始めていた。
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