第412話 美紀と二人の時間は気まずい


「私と甘酸っぱい夏の思い出たくさん作りましょ♪」


「はっ!?」


 これは蓮見の声ではない。

 蓮見の目の前にいる美紀のとても低い声である。

 背中がゾッとした蓮見は慌てて口を開き事を鎮静化させようとするも、朱音の方が一歩早かった。

 この時朱音は不敵な笑みをこぼし、悪い顔をしていたとは知らない蓮見は頭が軽いパニック状態に入り始めていた。

 朱音のジョブ連発に蓮見自身が早くもついて行けなくなってきたからだ。


「ゲームの中でのダーリンはとても魅力的だった。とても活き活きとしてて楽しそうだった。だからね、最初は冗談のつもりだったんだけど、ダーリンと海の思い出もいいかなって思ってね。それとゲームのデバイスとソフトは持ってきてね。私の別荘で夜はゲームするから」


「……べ、別荘?」


「そう。こう見えて別荘持ちなのよ、私。なら一週間後迎えに行くから。とりあえず三泊四日の予定で宜しく♪ それと声聞こえたからついでに言うけど奥手の美紀ちゃんもいらっしゃーい! 私騒がしくて賑やかな方が好きだから! あと、エリカちゃんは娘達から声かけてもらうから夜はゲームとは別にガールズトークしましょうね! 細かい予定は娘達とこの後話して伝えるように言っておくから安心していいわ! じゃーあね、ダーリン」


 声を張り上げて、スマートフォンのスピーカーから声が漏れる。

 そのため蓮見だけでなく、美紀の耳にも朱音の声がハッキリと聞こえる結果となった。朱音はそれを確信してか、愉快な声でダーリンと最後に告げると電話を切った。その後すぐに訪れる気まずい雰囲気に蓮見は戸惑う。


「はすみぃ~?」


 ゴクリ。

 思わず息を呑み込んだ。

 ただ幼馴染に名前を呼ばれただけのか弱い少年はスマートフォンの画面を閉じて手元に置き、相手の目だけをしっかりと見て頷く。


「海行くの?」


「……は、はい」


 これを断れば朱音が再度家に訪問してくるかもしれない。

 それはマズイ。

 なぜなら朱音が家に来ると、予期せぬ展開に発展するから。

 それもほぼ不可抗力な状態で。

 それは過去の一件で確信していた。

 そして。

 ここでこの返事をすればどうなるかわかっていたはずなのにやっぱり美紀が恐い。

 そもそも美紀は何故ここまで機嫌が悪いのだろうか……いや約束の件だけにしては少々大袈裟だとも思うがそれは言えない臆病蓮見は美紀の恋心までには気が回らないでいた。


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