第348話 告白成功OR失敗?



 四人の女の子に連行されて部屋へと戻った蓮見とそれを見て一人楽しそうな朱音がそれぞれ空いている場所へと座る。


 普段であれば穏やかな空気に溢れ、何よりもリラックスできる空間。

 なのだが、今夜は違った。

 いつもより重たい空気が部屋中支配し、なにやら殺伐とした視線があちらこちら向けられ、リラックスどころか気を抜く事すらできない。

 もしそんな事をすれば一瞬で誰かに命を取られると錯覚するほどに自室が息苦しく蓮見は特に美紀のご機嫌を損ねないように洗いざらいエリカの一件から朱音の一件に至るまで全て話していく。

 ここでもし、美紀のご機嫌を損ねるようなことがあれば今後の学校生活にも影響を及ぼすかもしれないと考えればここは優先順位をしっかりとつけて対処するに他ならない。だからと言って他をないがしろにすれば……それはそれで後がマズイので気持ちの問題でもある。


「――と言う事がありまして、お母さんの些細な冗談が美紀に誤解を与えたあげく、お母さんの予期せぬ突撃訪問の為エリカさんとの約束を破ったように見えたのだと思います。告白の件につきましては、さっきお伝えした通りその場の勢いで異性としてではなく人として好きだということです……本当にみさかいなしに暴れて誤解を招いてすみませんでした!」


 蓮見は五人相手に頭を下げ、土下座をして謝った。


「それじゃ、納得できない! 私ハッキリ聞いたわよ、結婚してって!」


 だけど朱音はそれじゃ納得がいかないらしい。

 恐る恐る顔を上げる蓮見が見た朱音は。

 納得以前にこの人はこの状況をめっちゃ楽しんでいるようにしか見えなかった。

 目から涙を零しているが理由が違う気しかしないし、よく見れば口元が笑いを堪えており演技に綻びがあるのだ。なにより忘れてはいけないのが、この人は指輪こそしていないが立派な既婚者なのだ。

 簡単に浮気を通り越して再婚と言うわけにはいかない立場でありながら、娘二人の前で再婚話しとは正気の沙汰とは思えない。


「別にお母さんが再婚しても問題ないわよね?」


 そんな母親に反旗を翻す者達がいた。


「大有りよ! なんでお母さんが私の友人と結婚する気満々なのよ!」


 朱音の娘の一人七瀬である。


「てかお母さん! お父さんはどうするの!」


 さらにもう一人の娘、瑠香である。


「重婚したら問題ないわ。そしたら浮気や離婚の心配いらないし。海外じゃそれが当たり前の国もあるのよ♪」


 娘二人をからかい余裕の表情で言いきる朱音に美紀が口を挟む。


「ここ日本ですよ?」


「大丈夫よ、彼を拉致して連れていくから♪」


 犯罪予告をされた蓮見は言葉を失った。

 物凄く軽いノリでさっきからめちゃくちゃを言っている朱音の冗談が全部冗談に聞こえないからだ。


「……え?」


「私と結婚してくれるのよね? 誰も貰い手いないで寂しいんでしょ? ならいいわよ、私が貰ってあげるから、うふふ」


「……ガハッ」


 蓮見の心が抉られる。

 童貞、非モテ、彼女いない歴=年齢、というコンプレックスを見透かされたような気分になった蓮見は涙を堪える。


「いいわね。その反応好きかも。見てて面白いし」


 楽しそうに微笑む朱音。


「ば、バカにしないでください! 貰い手の一人や二人ぐらいいますよ!」


「そんな女の子がいるの?」


「当たり前じゃないですか!」


「なら聞いてあげるけど、誰なの?」


「そ、それは……」


 蓮見が周囲に視線を飛ばすと美紀、エリカ、七瀬、瑠香とそれぞれ視線が重なり合う。皆私を選んでという視線に対して蓮見はそんな相手いるの?と誤認識してしまう。その結果、ここには誰も味方がいないと結論に至った蓮見は床に地面を付けて叫ぶ。


「ら、来世にはきっと……」


「ぷっ」


 蓮見の言葉が積もったのか。


「あはははは!」


 朱音がお腹を抱えて大笑いを始めた。


「ら、来世って……アンタ輪廻転生する気満々なの!? 仮にしてもアンタを好きな人がそこにいるかもわかんないのよ? だったらここは高望みせず、手頃な人達で我慢した方がよっぽど現実的だってのに……あはははは、あー笑い過ぎて涙が止まらないわ……あはははは!」


「そんな事言ったって……皆高嶺の……ハッ!」


 何かに気付いたように顔を上げて。


「もしかしてお母さん! 俺を本当に貰ってくれるんですか!?」


 その言葉にずっと黙っていたエリカが蓮見の腕を引っ張って身体を引き寄せる。


「あ、あげませんよ? 蓮見君は私が貰いますから!」


 敵対心むき出しの眼差しでエリカが朱音を見る。


「え、エリカさん……」


 目をウルウルとさせて蓮見が嬉しそうに声を出す。


「そっかぁ。私を選んでくれるなら今夜一緒にお風呂でも、と思ったんだけど仕方がないかー♪」


「お母さん是非一緒に入りましょ――」


 その言葉は途中から小さくなり聞こえなくなる。

 

「「この変態!」」


 美紀と七瀬が両サイドから蓮見の口をふさぎにかかったからだ。

 そして蓮見の前に瑠香が背中を向けてやってきて朱音から守るようにして立ちはだかる。


「幾らお母さんでもあげないから!」


「あら、そうなの?」


 とぼける朱音。


「うん」


「ならいいわ。瑠香に言われたら引き下がるしかないわね。ってことでごめんなさい。告白嬉しかったけど今回は断らさせてもらうわ。でも次は私じゃなくて言うべき相手を考えてあげなさい。君の周りには沢山の女の子達がいるんだからね♪」


 片目ウインクをしてから部屋を出て行く朱音。

 それを静かに見守る蓮見達。

 その背中は何かを納得したように嬉しそうだった。


「朱音さん……?」


 美紀がポツリと呟くとエリカがそれに続く。


「もしかして……」


「「お母さん……」」


 朱音の気持ちを察した各々は心の声を口にするが、蓮見だけは黙ったまま視線を階段を降りて行く背中に向けたままだった。なにを隠そう。さっき朱音が言った言葉の意味が正しく理解できていなかったからだ。


「あっ! 言い忘れてたけど、賭けはアンタの勝ちでいいわ。これからも娘達をよろしくねー、ダーリン♪」


 階段下から聞こえてくる声に蓮見の目が大きく見開かれる。

 そして。

 煩悩は都合の良い方向へと働く。


「そ、それは本気ですよね!?」


 大きな声をあげて確認する。


「うふふっ。もちろん♪」


「やっ――」


 そんな冗談をまともに受けた蓮見にエリカを筆頭に四人の女の子が同時に蓮見へと襲い掛かった。


「「「「は冗談に決まってるでしょ!!!」」」」


 エリカが蓮見の身体を自分に引き寄せて抱きしめるとそれに嫉妬した残りの三人が左手、右手、背中をそれぞれ引っ張り自分の方へと引き寄せる。

 結果蓮見の身体がゴム人間のように強制的に限界まで引っ張られ伸びていく。


「ギャアアアアーーーー!!!」


 そんな言葉は最早誰にも届かない。

 それから数分。

 蓮見争奪戦は熾烈の戦いとなり、激痛を得て弱々しくなった蓮見を手に入れたのは――。

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