第339話 蓮見VS朱音 


 オレンジ色の光が闘技場を包み込み、黒煙が闘技場全体を襲う。

 が、会場に設置されたカメラは常に視界良好で蓮見が手榴弾を暴発させた(誤りピンを抜いた)ところからバッチリと映し出している。ゲームだからこそ可能な、余分なデータを即座にカットし出力させる高感度カメラ。そんなカメラに撮影されているとは知らずに蓮見は悪い笑みを浮かべ、低空姿勢で視界不良の中を駆ける。


「……あっ、……さぁ、予定外のパーティータイムの開始だぜ、お母さん!」


 そのまま鏡面の短剣を複製し、手に持ち駆け朱音の背後から首を狙いに行く。


「ゲホッ、ゲホッ、開幕初っ端なから爆発って……頭可笑しいでしょ???」


 油断はしていなかった。

 それでも虚をつかれたと顔に出てしまう朱音。

 だけどそれも一瞬。

 すぐに目つきが鋭くなり、黒煙の中を動く影を黒い瞳が追い始めるがすぐに目を閉じて集中する。



 普通の人なら絶対にしないような作戦こそが朱音には有効策だと考えた蓮見は弓使いでありながら弓以外の方法でまずは攻めて見る事にする。プロなら対戦相手の特徴を調べ対策していても可笑しくないと予想したからだ。


「忍! お命頂戴!」


 渋い声で決め台詞を吐き、朱音の背後から短剣の剣先を向けて突き刺す。


「不意打ちするならまず気配を消さないとダメよ。後、足音と声もね」


 まるで後ろに目があるかのように攻撃をギリギリまで引き付けて難なく躱す朱音に蓮見は驚いてしまう。すぐに回し蹴りをして攻撃を繋げるが、バックステップでこれも躱されてしまう。そのまま自分が不意打ちで使った黒煙を利用して姿を暗ませる朱音に蓮見は軽く舌打ちをする。


「舐められてるな、俺」


 たった一度の攻撃で実力の差を肌で感じた蓮見は一度深呼吸をして息を整える。

 手からにじみ出る手汗は緊張しているから。

 もっと集中しないと――。


「スキル『サンダーブレイク』、『水手裏剣』、『ライトニングアロー』」


 黒煙の中から光る何かが見えてすぐのこと。

 朱音のいる方向から攻撃が飛んでくる。


「これは……七瀬さんの魔法?」


 慌てて回避行動に入るが、全部当てるのではなく『サンダーブレイク』と『水手裏剣』で蓮見の逃げ道をなくしての『ライトニングアロー』による雷の矢が蓮見の身体を貫く。


「うわぁあああ」


 たった一撃なのに左膝に受けたダメージがいつもより重く感じてしまう。


「いい? 不意打ちや相手の裏をかくってのはこうするのよ?」


 声が聞こえたと思った時には、気配も足音もなく朱音が蓮見の背後に杖を振り上げていた。


 ――!?


 その光景を首を捻り確認した蓮見は慌てて手榴弾のピンを抜き空中に放り投げる。

 更に身体を捻り回避を試みるが、身体に引き寄せられるようにして杖が追いかけてくる。

 わき腹に重たい一撃からの顎に一撃。

 続いて腹、右腕、右足と連続して攻撃してくる朱音に蓮見は初めてヤバイと感じる。

 攻撃がスムーズ過ぎて、回避以前に防御姿勢を取る事すらままならない。

 それに杖が自由自在に動き回っていると錯覚してしまうぐらいに、さっきから回転し無駄のないコースを最短距離で移動し攻撃してくる。

 一撃一撃に攻撃力はない分速い。

 これではPS(プレイヤースキル)で大きく劣る蓮見に抜け出す術はない。


「最初はやられた!? と思ったけど、一度でも嵌めれば脆い。初心者特有のパターン。さぁ、ここからどうするつもり?」


「……ぐはっ! ……ゲホッ? ……ッ!?」


 連続して攻撃を受け続ける蓮見は言葉にならない声をあげる。


「……ぁ……t、ぇぃびょ……う」


「――?」


「…………」


「スキル『ダブルサンダーブレイク』!」


 通常攻撃にスキル攻撃を織り交ぜられ、早くも大ピンチの状況に先程まで騒がしかった会場が静まり返っていく。耳を澄ませば聞こえてくる声は「おいおい、一方的じゃないか」「流石プロ……」「嘘だろ……おい。アイツがここまで一方的にやられるなんて」と最初優勢に立ったと思われた蓮見が一瞬で劣勢に立ったことへの驚きと、もしかしらと勝手に希望を抱いていた者達の心がどんよりとした雨模様になっていく落胆の声。


「……紅」


「……くれないさん」


 観客席から見守る七瀬と瑠香も流石にこれには声を失う。

 誰がどう見ても一方的過ぎるからだ。

 本来であればMMOゲームで槍を使い慣れた朱音が杖とレイピアを今回装備していることからもしかしたら勝てるかもと甘い希望を抱いていた。それが今音を立てて崩れていく。そんな表情の二人に美紀とエリカは言葉を呑み込んで、試合を黙って見守る。


「……ッ!? あぁぁぁあああああ!!!」


 たったの数秒がとても長く感じる。

 そしてようやく攻撃が止んだと思った時には、膝から崩れ落ちる蓮見。


「なにボッーとしてるの、次行くわよ? スキル『焔:炎帝の怒り』」


 攻撃が止んだのではなく、攻撃してMPを回復してからの次の攻撃の間隙だったと気付いた蓮見は肉食動物のように鋭い目を見てニヤッと微笑む。朱音の頭の上から先ほど放り投げた緑色の見慣れた物が落下してきたからだ。それは朱音の視覚外からの蓮見と朱音の間に落ちるようにして自由落下してきた――危険と書かれた手榴弾。それは放り投げる前にピンを抜いている。


 赤い魔法陣が赤く光始めると朱音が攻撃態勢に入る。

 だけどすぐに朱音の眼が大きくなる。


「へへっ、そのスキルは確かに強力ですけど、途中キャンセル出来ませんよね?」


 不敵に微笑み、反撃ではなく相打ちを狙った蓮見。


「しまっ――」


 大気中にある空気を圧縮し放つ前に手榴弾が起爆時間を迎え爆発する。

 巻き起こった爆風は蓮見と朱音の身体を軽々と闘技場の壁際まで吹き飛ばし、両者の距離が一気に離れる。身体を吹き飛ばされゴロゴロと三回転した所で蓮見の身体が止まりすぐに立ち上がる。痛みに表情が支配されるが、今はそんな事を気にしている暇はない。少しでも油断や隙を見せればどうなるかを身を持って知ったばかりだからだ。


「今ので三割持っていかれたのか……」


 まだHPゲージが七割あると思うのか、もう三割失ったと思うのか。

 どちらにしろ、空中にある朱音のHPゲージとMPゲージは満タンである事には変わりがない。状況としては決して良くはない。だから蓮見は朱音の動きに全神経を集中させて、朱音攻略の糸口を見つける事に専念する。同じ手が何度も通じる相手とは思えない以上、奇策で徐々にHPゲージを削っていくしかないのだ。

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