第338話 開幕初っ端



 普段無人に近い闘技場に集まった沢山のプレイヤー達。

 本来は戦闘の練習をする為の場所で、あまり人気がないのだが、今宵は違った。


 最早【異次元の神災者】現れる日、闘技場は盛大に盛り上がる、と言ってもいいのではないか。そう思えるほどに会場は熱気にさらされている。


 今まで見た事がない新規のプレイヤーを含めてゲーム開始から名を轟かせる猛者たちまでと更に増設された観客席を使っても入り切れない人達で溢れている。通路は満員電車のように埋まり自由に動く事すらできない。これだけで【異次元の神災者】の知名度がどれだけ高いかがわかると言える。闘技場外に取り付けられた大型ディスプレイでは入りたくても入れない観客の為に試合が見れるようになっている。


 さらに少し耳を澄ませば聞こえてくる声。


「とうとうプロゲーマーにまで目を付けられたのか……あの人。すげぇーよ、ほんと……マジで……」


「ったりめぇだろ! 紅さん舐めるなよ!」


「いやいや朱音さんったら、プロはプロでもMMOゲームではかなりの実力者で世界を舞台に今活躍している凄腕プレイヤーだからな? 流石に紅でも今回は厳しいと思うぞ?」


「バカね。紅さんも知名度だけで言えば世界レベルなのよ? そして今宵凡人には予測不能にして対策不可能行動をMMOゲームの最前線で戦う朱音さんに通用するのか? そこが皆知りたいの。勝ち負けじゃないのよ、皆が知りたいのは」


「それは違うわ。ここにいる多くの者が見たいのは――神災よ、ゆかり。神災が世界に通用するのか、しないのか、そこなのよ神災ファンが見たいのは」


「あー私はどっちを応援したら……。女として尊敬に値する朱音様か神災者として尊敬する紅様か……あー神よ、罪深き私をお許しください、アーメン」


 とあちらこちらから聞こえてくる声に観客席で蓮見と朱音の行方を見守る美紀達は観客席の最前列で苦笑いをしていた。

 まさか【異次元の神災者】を自分達が思っている以上に周りが過大評価していたからだ。あれだけ人様に迷惑を掛けるプレイしかしていないのに、周りからは期待の眼差ししか向けられない蓮見はやはりゲームに愛されている、としか思えなくなってしまった。


「そうだった……」


 少なくとも朱音の想像を超えなければ蓮見に勝ち目はないと美紀達は思っている。


「エリカ?」


「なに?」


「紅に勝ち目はあるのよね?」


 心配そうに質問する美紀にエリカは視線を蓮見に向けたまま、


「信じてあげたら、好きな人を」


 と、落ち着いた様子で答える。


「ならエリカは信じているの?」


 その問いにエリカはチラッと七瀬と瑠香を見て答える。


「えぇ。だけど勝てるかはやってみないとわからない」


「そうね」


 自分達の今後の命運が掛かっているという事実が七瀬と瑠香の口を重くする。

 二人が何かを美紀とエリカに言おうとするが、すぐに止める。

 美紀はそんな二人の仕草を見て見ぬふりする。


 ――やっぱり相手が相手だけに不安よね……


 美紀は知っている。

 朱音と言う人物が七瀬と瑠香とは違い、ゲームでそんなに優しくない事を。

 なにより昔から口だけの人物、特に口だけの男が大嫌いな事を。

 だからこそ、心配になる。

 もし、蓮見が負けたらと思うと。

 本当なら自分もこの件に口を挟みたかった。

 だけど蓮見が黙って一人抱え込んで頑張ってくれているのを知ったからずっと何も知らない振りをしてずっと何も言わずにそっと側を離れた。本当は隣に立って支えてあげたかったし、朱音と交渉もしたかった。だけど七瀬と瑠香、そして蓮見の思いを優先して今回は色々と我慢した。これは神様朱音が与えた試練。これからも皆仲良く遊ぶための……し、れん。そう思って……今日を見届けると心に誓ってここにやって来た。


 ――頑張れ、蓮見。


 心の中で祈る美紀。

 それを見て、微笑むエリカ。

 そしてさっきから黙って集中している七瀬と瑠香。


 そんな四人の視線は闘技場で向かい合う、蓮見と朱音に向けられていた。




 蓮見と朱音が武器を手に持ち向き合う。

 朱音は杖を持ち、腰にはレイピアを装備している。

 七瀬と瑠香が昔使っていた武器で今は朱音の武器となっている。

 防具は軽装と見た目より機能重視の動きやすい装備である。


「ルールはこの前話したとおりで問題はないかしら?」


「はい」


「勝算はあるのかしら?」


「ないならここにいませんよ、


「そう。ならの躾けとして現実を見てもらうしかないわね。ちなみにもし私に勝てたら約束とは別に私からご褒美をあげるわ。とても甘いご褒美をね♪」


「ほ、本当ですか!?」


「えぇ。勿論♪」


 満面の笑みで答える朱音。

 だがその笑みはすぐに裏がある笑みへと変わる。


「でも負けたら分かっているわよね?」


「……はい」


「ならいいわ」


 対峙する二人の上空にカウントダウンの数字が出現する。

 同時に二人のHPゲージとMPゲージも空中に出現し観客席からも視覚化できるようになる。

 

 戦闘準備態勢となり自動発動スキルが発動。

 やはりお遊び装備とは言え、プロ。

 ピンク色の粒子が身体からあふれ出しMPの自動回復を早くも始める。これは装備品の効果で間違いないと判断する蓮見。間合いは五メートルあるが、それでも感じる重圧。魔法使いの生命線を自動発動スキルで強化し、対面しただけでわかる目に見えない強者の覇気に蓮見の心がワクワクしてしまう。本当はワクワクして楽しんでいい状況ではないと脳では理解しているが、本能がそれを無視して目を覚ます。もし朱音に勝てたらと思うと心が躍ってしょうがない。だって、勝ったら――蓮見達の望みが叶うのだから。


「絶対勝って七瀬さんと瑠香を笑顔にしてやる。それとご褒美をもらう」


 ボソッと呟く蓮見。


 それを見た朱音は微笑む。

 この状況下で前だけを向いている蓮見に男を感じたからだ。


「口だけではないようね」

(それに噂通り目の前の褒美にはすぐに喰らい付く単純な子のようね。なら噂通りの相手と思ってまずは様子見からいきましょうかね)


 ―― 三


 遂に七瀬と瑠香の運命をかけた


 ―― 二


 戦いの幕が


 ―― 一


 もう間もなくあがる


 ―― 零!!!


 上空に出現した数字がゼロになった刹那、闘技場で早速が起きた。


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