第334話 蓮見と朱音 電話にて


 いや訂正しよう。

 届いてしまったではなく、伝わったと。

 そこに大きな意味はないかもしれない。

 だけど蓮見の今の心情は限りなくこちらに近いのだ。


「お、お母様……タイミングよろしゅうことで……」


 まさかの展開に朱音だけでなく蓮見までも軽いパニック状態に陥る。


「え? だ、大丈夫?」

(私貴方のお母さんでもないし義母さんでもないんだけど……)


「……YES?」


「えっと……救急車呼んであげましょうか?」

(この子頭可笑しいのかしら……)


 とりあえず一度深呼吸をして冷静さを取り戻す蓮見。

 少し間を開け、自分のタイミングで返事をする。


「……NO。それよりちょっと聞いて欲しいことがあるんですけどお時間いいですか?」


「……いいけど……連絡先教えてから掛けてくるまでの期間えらい短かったわね」

(もしかして私も狙われているのかしら……)


「だってフレンドリスト登録もしたしゲームでもリアルでも仲良くしよ? って言うアレかと思ってたんですけどもしかして違いました?」


「う、うん……」

(本当は娘達が心配だったから監視の為なんだけど……)


「なら切った方がいいですか?」


「別にいいけど……どうしたの?」


「実はですね――」


 蓮見は一連のお悩み相談を勝手に始めていく。

 まず七瀬からからかわれたこと。

 その後、からかいが誘惑に変わり、再びからかわれたこと。

 そして瑠香が最近甘えん坊で可愛いのだが、直球過ぎて恥ずかしながら反応に困ってしまうこと。

 とりあえず朱音に話す内容としては以上の(二人の)事である。


「あはは……蛙の子は蛙って本当ね……あはは……」

(それ、私が旦那に……遺伝って恐いわね……あはは……)


 何処か愛想笑いの朱音の反応はまるで心当たりがあるかのようだが、残念ながら今の蓮見に相手の気持ちを察するだけの余力はなく。

 今はただこのモヤモヤした気持ちをなんでもいいから誰かに話して本当は好きだけど恥ずかしいからそうしちゃうんだよ、と心の安定が少しでも欲しくてしょうがなかった。その為、朱音の反応にいちいち耳を傾ける余裕も余力もない。

 そう、今の蓮見は小悪魔ちゃんたちの誘惑と囁きのせいで精神がかなり不安定になっていることから、蓮見からしてみれば仕方がないことである。


「――ってなわけですね、俺の心が今波瀾万丈なんですよね?」


「う、うん……それで?」

(言いたい事がいまいちわからない……)


「つまりこれは七瀬さんと瑠香に嫌われてないって思って正解なんでしょうか、お母さん」


「悪いけど私は本人じゃないからわからないわ」

(どう考えても女出している時点で好意しかないと気付かないのかしら……この子)


「お母さんでもわからないのか……」


 とにかく悩みを打ち明けた蓮見の心は少し軽くなった。

 それからスピーカー越しに「そりゃそうだよな」と一人納得をしていると、


「人の心なんてそうわかるものじゃないわ」

(これは二人も苦労するわ……恋する相手としては最悪の相手……見る目ないわね)


 と声が返ってきた。


「それとお母さんじゃなくて朱音って呼んでくれないかしら? 私まだ貴方の義母さん(お母さん)じゃないから」

(ヒントが伝わるような相手ではないか……)


「わかりました。なら朱音さんって今度から可能な限り呼ばせて頂きます」


「お願い」

(可能な限り? ってどういう意味かしら)


 ここまでくると話しのペースは自然と蓮見が握っていた。

 決して意図したわけではないが、結果的にこうなった。

 更には心の悩みを誰かに話す事で気持ちを軽くした蓮見は一旦頭をリセットしてまたしても一方的に用件を話し始める。


「で、ですね、話し変わって今日の事なんですけど」


「……ん?」

(急に雰囲気が変わった?)


「近いうちに遊びに来るって言ってたじゃないですか?」


「言ったわよ」

(ニュアンスが全然違うけど)


「もし俺が勝つかおかあ~かねさんに認めさせるだけの実力があると証明出来たら二人がこのまま俺の所にいる権利をください!」


 その言葉に嘘はない。

 蓮見は純粋にまだ七瀬と瑠香ともゲームがしたいと思っている。

 ただし二人の気持ちを聞いていないので、自分が万に一つ勝つことができたとしても強要ではなくあくまで二人がどうするかを決める事が出来る選択肢のある解答を提案する。二人から離れて行く分には蓮見自身しょうがないと思っている。だってそれは二人がそれぞれ自分達の意思で決めたことだから。でも自分達の意思とは無関係に渋々離れていくと言うなら【深紅の美】ギルドリーダーとしてそれを阻止する。そこに二人の笑顔があるなら当然。なにより家を出る前に見た、誰が見ても強がっているとわかる二人をそのままになんてできない。例え相手が実の親でも意見を言うぐらいは蓮見にだってできる。だったら言わないなんてありえない。


「もし嫌だと言ったら?」


 本当とも冗談とも取れる声で朱音が言った。

 蓮見は思わず息を飲み込む。

 少し間を開け、気持ちを落ち着かせてから答える。

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