第330話 マインドクラッシュと宣戦布告
昼食を食べ終ってすぐのこと。
七瀬に予備のゲーム機とハードを借りてログインした蓮見は二人の心配等気に留める止めることなく、姉妹の母親が待つ場所へとやってきた。
その後方では。
七瀬と瑠香は見守るように少し離れた所から蓮見と母親を見守っている。
アカウントを持っていると言っても母親のアカウントは娘達とゲーム内で会うためだけに作られている。けど装備やアイテムは七瀬や瑠香が使わなくなったものをそのまま使っている為、そこそこに強い。なので万一対人戦闘となった場合においては蓮見の方が圧倒的に不利だと二人は考えていた。
「お姉ちゃん本当にこれで良かったの?」
「だって仕方ないじゃない。お母さんがあそこまで会わせろって言ってくるんだから」
「それにしても紅さん相変わらず動じてないね」
「相手が誰でもこのゲーム内では【異次元の神災者】に勝てる者は限られているし、紅に敵対意識はない。つまりお母さんが味方だと認識している以上問題はないんじゃないかな」
「それもそうだね。もしこんな所で二人が本気の本気で衝突したらたまったもんじゃないからね」
当然プロゲーマーである母親に勝てるとは思ってもいない二人。
母親の実力は確かであり、それはデバイスやソフトが変わっても大きくは変わらない。
そして自分達がなんでもありの勝負では勝てそうで勝てないと思われる相手もまた母親とは別路線でその腕前は確かで人を巻き込み、人に絶望を与え、人様の都合を一切考えてくれないぐらいにはある。
「てか二人共さっきから笑っているけど、なんの話ししてるんだろ」
「さぁ? 少し距離があって声が聞こえないけど、楽しそうな様子だし悪い話しではないと思うけど」
「ならなんでお母さん笑顔だけど、目が笑ってないんだと思う?」
「それは……なんでだろ?」
まだ三十代と女子高生の娘をもつ母親にしては比較的に若い女は微笑んでいた。
フレンドリストに新しく登録された名前と目の前にいる男を交互に見ては。
だけど目だけが笑っていない。
簡単に言えば愛想笑いなのだが、いい意味でも悪い意味でも鈍感な蓮見がそのことに気付く事はやはりない。
「それで俺と会いたかったんですか。いや~嬉しいです。これからも頑張りますので、応援よろしくお願いします!」
しかし、蓮見の笑みは純粋無垢と裏表がない。
褒められたと言ってもその内容は薄く、第四回イベントでの勝利を祝ってだ。
第一位を逃し最終的に第四位となったわけだが、最後の敗北さえなければ間違いなく一位を手にしていた事への皮肉を込めた労いの言葉だった。だけど蓮見は負けは負け、だけど楽しかったから後悔なしと既に受け入れているので、皮肉にイラつく事も、皮肉に気付く事もなく、ただ女から見た場合はそう見えた。
「えぇ、もちろん」
その為、女が蓮見を見極める為に、わざと試練を与えている等考えもしない。
「一応聞いてあげるけど、娘二人は貴方をよく思っているわ。でも私は貴方をよく思っていない。その事実に貴方はどう思うのかしら?」
「……え?」
唐突の質問に首を傾け困り果てる。
そのまま腕を組んで、チラッと七瀬と瑠香に視線を向けてから戻す。
「どうって言われても……それはそれで仕方ないかと……」
「……はぁ?」
少し間を開けて、
「えっと……認められるように頑張りますとかないの?」
それはそれで困ると言いたげな表情を浮かべる、女――七瀬と瑠香の母親。
「ないです!」
即答する蓮見。
「俺はただ里美って言う幼馴染と一緒に楽しくゲームをしたいって気持ちでこのゲームを始めました。でも今は違います。今はエリカさんそしてあそこにいる二人を入れて五人で仲良く楽しく馬鹿騒ぎしながら楽しみたいんです。その中でミズナさんやルナがお母さんが心配して……と言えば考えますが、皆で楽しく出来ている間はそれが一番だと思っています。正直に言うと、俺は里美だけでなくミズナさんやルナよりかなり弱いです。もっと言えばエリカさんにも頭が上がらないくらい俺頼りないんです。だから隣に立つ資格なんて本当はないんです。でも皆優しいからこんな俺を受け入れてくれていつも俺を支えてくれる。だったら俺がすることって一つしかないんですよ」
「なにかしら?」
「コイツと一緒にゲームしてて良かったな、って思ってもらえる存在になる事です。それともう一つあると言えばあります。それは皆勝敗にこだわってますけど、それ以上に大切な事があると気付いて欲しんです。確かに勝った以上の喜びは中々ありませんけど、それ以上の喜びを俺はミズナさんやルナに教えて貰いました。だから今度は俺がそれを伝える番だと思っています。だからプロである××さんにもいつかそれが届けばいいと思っています」
それはまさに第四回イベントで最も注目された【神眼の神災】の行動原理そのものの言葉だった。
そして、笑顔で言い切る――蓮見。
「だから今は分かり合えないと言われればそれを素直に受け入れます。だけどいつか俺とミズナさんやルナが会ってよかったと思える日を実現させて見せます」
その言葉に女は鼻で笑った。
プロ相手に臆することなく、自分の意思を素直に伝える者は珍しい。
だから今度は親として。
「そうは言うけど貴方聞いた話ではギルドメンバーの女の子にデレデレしているみたいだけど、私の娘に嫌らしいこととかしてないでしょうね?」
「……当たり前じゃないですか! 俺を誰だって思ってるんですか!」
「娘から聞いた話しでは最低野郎だけど?」
――グハッ!!!
数話前で聞いた事がある言葉にメンタルブレイクしそうになる蓮見。
冗談だよね? と言いたくなるような演技のようで演技じゃない光景はあまりにも滑稽。心臓に手を当て、唇を噛みしめる姿は負け犬のよう。
目から涙を零して、かすれた声で心情を伝える。
「仕方ないじゃないですか……。俺だって少しぐらい青春を送りたいんです。でも皆好きな人がいるって言うんですよ……。なのに……童貞……バカ……の俺をからかってくるんです。俺が単純なのを知っててですよ。だったら、付き合えなくても、少しぐらい夢を見てもいいじゃないですかぁ! それにキスでもされた日には嫌でも意識しちゃいますよ! だって皆可愛いかったり、綺麗なんですから……。悪いのは女の子の方なんです。だから俺は悪くないですよね、お母さん!?」
必死に訴え同情を求める蓮見の瞳に女は思わず一歩後退り。
そもそも蓮見にお母さんと呼ばれる筋合いはない女。
だから本来であれば強く言い返されても文句は言えないわけだが、あまりにも熱意のこもった言葉だった為か、女は躊躇いを見せる。
「……そ、そうかも……しれないわね。ならなんで手を出さないの?」
真剣な瞳で女を見つめて蓮見。
「わかりませんか?」
「……えぇ」
ここはハッキリと言葉を言うべきだと思い、涙を拭き、大きく深呼吸をして。
「皆の幸せを願ってです」
「……つまり言い方を変えるとチキンってことよね?」
――バリンッ!!!
まるで音を鳴らし割れたガラスのように蓮見の中で何かが割れる音が響いた。
そのまま膝から崩れ落ちていく。
「上手い事言ってるけど、本当は振られる事が恐くて手を出せないだけよね?」
――ガハッ!!!
蓮見の心の奥深くを見通したように、どこか冷めた声で続けてくる女。
「本当は手を出したい。でも失敗した時のリスクが大きいから手を出せない、つまりは――」
それを見た七瀬と瑠香が大慌ててでやって来ては蓮見の身体を支える。
そして、メンタルダメージが大き過ぎる為に、意識が朦朧とし始めた蓮見に変わって七瀬が口を開く。
「お母さん! もう止めて! 紅が可哀そう!」
「でも本当のことよ?」
「そうでも止めて! そうやって興味がある相手を弄って何が楽しいの!?」
「蛙の子は蛙なの知ってるわよね? とりあえず今日は大人しく帰るから許してちょうだい。それとそこのメンタルブレイク君に伝えておくわ。後日この遊び装備でその首を狙いに行くわって。そこで簡単に負けるようなら今日の言葉は嘘と判断して、二人にはそろそろこっちの世界を教えることにするわ」
そう言い残し立ち去ろうとする母親に瑠香が断言するかのように声を上げる。
「む、無理だよ。お母さんでも本調子の【異次元の神災者】には勝てないよ!」
「根拠はあるのかしら?」
「あるよ。【異次元の神災者】の近くにいるって事は強いプレイヤーから狙われるってことでもある。だったら必然的に強くなるしかない。それは私達だけに限った事ではないの。それは【異次元の神災者】にも限ったことだからね」
その言葉に今度は母親の笑みをこぼして。
「そう。ルナにそこまで言わせるのならそうかもしれないわね。ミズナ?」
「なに?」
「もう少しだけ自由にする時間をあげるわ。好きにしなさい。ただしこれだけは言っておくわ。世界は広いわよ」
そのまま視線の矛先を変え、二人の愛娘に介護される者に告げる。
「気を付けなさい。貴方はこれから更に多くの者から狙われるわ。私はその序章にしか過ぎない。これを乗り越えれないようだったら、貴方に未来はないわよ」
それから手を振り立ち去っていく母親の背中を蓮見と一緒に七瀬と瑠香が見送る。
その後三人は一旦ログアウトし、現実世界へと戻っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます