第312話 【神眼の神災】逃走伝説


 本体蓮見がラクスと交戦を始めた頃、分身蓮見の二人は――。


 ――。


 ――――。


「くそぉ……当たらない! スキル『連続射撃3』!」


 矢を増やし、無駄なMP消費を避け、手数で勝負していた。

 神眼モードとなっても相手も速度が速く、『領域加速(ゾーンアクセル)』を使っても全部は避けきれない。大袈裟に言えば素人とガチ勢の攻防などそれなりのハンデがないと対等になるわけがないので当然と言えば当然である。そこにスキルの重複などされた日には蓮見では手に負えないのだ。


「甘いよ。スキル『加速』『パワーアタック』!」


 飛んでくる矢を最小限の動きで躱し、攻撃をしてくる綾香。

 その為HPは削られるが、こちらの攻撃が当たらない事からダメージを受けてしかMP回復が出来ないでいた。当然MPポーションを飲ませてくれる余裕もなければ、向こうもこちらを警戒してか大技は使って来ない。

 過去の蓮見に良いようにしてやられた綾香はこの状況を楽しんでニコニコしているが、そこに油断は一切なく戦闘に対する集中力は美紀と交戦する時以上と蓮見からしたらとても厄介極まりない。


「負けてられねぇ! もういっちょ、スキル『連続射撃3』!」


 だけどそれでも当たらない。

 それはもう一つの分身も同じでソフィも綾香と同じく油断も隙もなかった。


「悪いが、お前が本体でなくとも性格が同じなら本体と同じくらい警戒させてもらうぞ神眼。スキル『連続切り』!」


「くっ……」


 追い込まれる二人の蓮見。


「「くそっ……もう一人の俺ふざけるなぁ!!!」」


 攻撃を受けきった二人は反撃と一緒に声を上げる。

 分身は複製された時の本体のスキルをそのままコピーし、スキル残数もコピーするが、アイテムだけはコピーが出来ないので残念ながら大爆発を現時点で起こす手段は持っていない。


「せめて大量の爆薬があれば……」


「それは残念だったね、紅。よそ見している暇はないよ! スキル『パワーオーバ』『連撃』!」


 綾香の連撃でさらに減るHPゲージに蓮見の表情が徐々に曇っていく。

 綾香の使った『パワーオーバ』は『パワーアタック』の上位スキルで攻撃力が三十秒間攻撃力が二倍になる。

 このままでは間違いなく後数分で負ける。

 そう思ってしまった、二人の蓮見。

 だけどここで――。


「覚醒が切れた!」


 白いオーラが綾香とソフィから消えようやく勝機がと言いたいが、時すでに蓮見のHPゲージは一割を切っておりギリギリもいいところまで来ていた。

 無酸素運動で動けばすぐに息が切れるのは明白。

 故に、蓮見の息は乱れており、今から走って逃げ、最後の時間稼ぎをしようにもできない状況に早くもなっていた。

 これが蓮見と綾香とソフィの本来の実力差。

 たった一分程度でも正面からまともにやり合えば一方的になってしまう。

 今まではその場の機転でどうにかこうにかやり過ごしてきたが、機転がなくなれば必然的にこうなる運命。

 美紀、七瀬、瑠香の三人は平気な顔をしてこの二人と戦っていたが、それはトッププレイヤーと呼ばれるだけの実力があってこそ初めて出来るわけで、実力がない者が見よう見まねでホイホイと出来るような事ではない。


「くっ……当たってくれ……」


 今も攻撃の合間に距離を取ろうとするが、間合いは中々広がらない。

 神災モードと言うアドバンテージを最大限に活かしても間合いを保つが精一杯な蓮見。何本の矢が空を切りどこかへ飛んでいく。そのたびに一気に間合いを詰められて反撃されないかとても不安になるのは、両者の間にそれだけの実力差があるからと言えよう。


「まずい……なんとかしないと……」


 焦る蓮見。

 その手には汗と心に余裕がない。


「スキル『アクセル』!」


 綾香の移動速度が二倍になる。


「またか!?」


 一旦攻撃の手を止めて、今度は逃げてスキルの効果が終わるのを待つことに全力を尽くす。背中を見せれば間違いなくやられることは直感でわかるので、攻撃に使っていたエネルギーを回避へと回し、視線は綾香に向けて攻撃するフェイントだけを入れていく。

 立ち回りという点においては分身の方が上手いが、本体との最大の違いは機転が回るか回らないかの差だった。あんな常識外れの機転とそれを実行し成功させる度胸と勇気は分身にはない。と言うか、それを運営が意図しプログラムできるわけがないのだ。あくまでAIと言うことを忘れてはいけない。言い方を変えれば神災に近づける事は出来ても神災を超える事は絶対に出来ないと言った方が正しいのかも知れない。


「……ん?」


 だけどここで逃げに集中した蓮見の視界にエリカが沢山置いて行った毒煙のモグラ君が目に入る。本体はこれで何をしようと最初考えていたのかそう考えるとなんとなくだが想像がついた。


「……あはははは」


 マジックで言う仕掛けと種が用意されたこの状況で分身蓮見は苦笑いをするしかなかった。何をどうすれば何が起こるかをリアルに考えてしまったのだ。

 そして――。


「本体だったらやりかねん」


 それから妙に納得してしまう。

 間違いない。

 これはこういう用途で開発されたのだろうと。

 そこに間違いはない。

 なぜなら全ては【神眼の神災】がルールとなる戦場がいつの世もあるからだ。

 例えそれが偽物だとしても、【神眼の神災】が準備をし、【神眼の神災】から後を託された物がトリガーを引けば神災が起こる可能性は十分にあると言えよう。

 そして運営は学ぶだろう。

 人工知能は精密に作り過ぎない方が良いと。

 そして分身は学ぶだろう。

 後で自分達がしたことの重大さを。

 だが今は【神眼の神災】の分身。

 やると決めた以上、後退のネジは全て外す。


「動け! 毒煙のモグラ君!」


 綾香のスキルが切れるタイミングで分身――蓮見が叫ぶ。

 そのまま攻撃を躱した反動を利用してソフィと交戦中のもう一人の蓮見の方へと走っていく。

 それをすぐに追ってくる綾香だが、毒煙のモグラ君が高速移動し放つ毒煙に視界を遮られたのか動きが鈍くなった。これはチャンスだと思い、最速で向かう分身は同じく毒煙のモグラ君によって視界を奪われたソフィの隙を見て合流し、一緒に近くの大木の裏に隠れて先ほど思いついた作戦を共有する。


 それから毒煙のモグラ君の効果で広範囲に視界が悪くなった毒煙の中、タイミングを合わせて大声で叫ぶ蓮見。


「「スキル『覚醒』!!!」」


 投影スキルによるコピー。

 水色のオーラに白いオーラが纏わりつく。


「「「今こそ目覚めろ。最恐にして最強の力。法陣は更なる進化の過程に過ぎず。矢を正義とするならば、悪を貫く理由となるだろう。目覚めろ『猛毒の捌き』!!!」」


 最大火力の猛毒の矢は魔法陣から射出され、毒煙で視界が悪くなった綾香とソフィ目掛けて飛んでいく。

 詠唱により強化された六十本の毒の矢は全てKillヒット狙い。


 ここまでなら正直他のプレイヤーでも簡単に思い付く。

 相手の視界を潰し、不意打ちによる一撃を与えればいいのだと。




 だけど――【神眼の神災】は




 午前の部で二回、午後の部では葉子戦で一回。

 つまり今のを入れて後一回残っているので、


「「「今こそ目覚めろ。最恐にして最強の力。法陣は更なる進化の過程に過ぎず。矢を正義とするならば、悪を貫く理由となるだろう。目覚めろ『猛毒の捌き』!!!」」


 再び詠唱からの猛毒の矢。


 だけどまだ終わらない――悲劇は……。


 綾香とソフィ相手にこの程度は時間稼ぎ程度にしかならないことは、過去の対戦で重々承知している。だから時間が必要だったのだ。そう最後の時間が。


「これだけ時間稼ぎ頑張ればきっと奥の方まで行ってるよな?」


「あぁ」


「追いつけるかな?」


「どうだろう?」


 その場でストレッチを始める二人の蓮見。

 そのまま乱れた息も一緒に整える。

 これが後に本体へ光速の異名を与える事になるとはこの時誰もが思わなかった。

 想像して見て欲しい。ないとは思うが、今後光速で動き回る『とある誰か』が目にも止まらぬ速度でフィールドを駆けぬけながら神災をまき散らす日が……おっとこれ以上は止めておこう。


 毒煙が晴れだし、案の定強化した所で時間稼ぎにしかならなかった猛毒の矢は一本も残らず双剣で斬り落とされた。


「行くぞ?」


「おう」


 最終確認をした二人の蓮見は本体になりきる。


「「スキル『アクセル』!!!」」


 さらにもう一度綾香のスキルをコピー。


 だが、これではまだ温い。


「「スキル『加速』!!!」」


 準備は終わった。

 ――さぁ、始めよう。


「「行くぜ!!! 俺の全力シリーズ、全力で全速ダッシュ!!!」


 ミニイベントの再来、逃亡する【神眼の神災】。

 だけどあれは序章だったとここで証明される。

 それは過去最速でステータスが大台の四桁どころではない。


 本来神災モードの蓮見は周りよりAGIがとても高いと噂されているが、そのステータスはそれでも千程度。なのでAGIにも元々力を入れているプレイヤーならば強化系スキルをある程度使えばその速度に追いつく事が可能なのだ。

 だが今の蓮見二人は覚醒を使った事でその二倍。

 さらにアクセルを使った事でさらに二倍。

 最後に加速を使った事でさらに一・五倍と計算したら最後。

 もはやゲーム内の最速スパートを叩き出すことに成功した【神眼の神災】。


 それはもう追いかけようとしたときには姿が見えず、瞬きした時には遥か遠くに背中が見え、トッププレイヤー二人――綾香とソフィを持ってしても反応すら出来ない速度だった。偶然近くでこの戦いどうなるのかなと様子見していたプレイヤー達ですら「「「はっ?」」」と声を上げる時には数百メートル先にその男二人はいたのだった。まるでスポーツカー並みの速さと動きを手に入れた【神眼の神災】はまたしても多くの者の度胸を抜く。


「うそっ……?」


「な、なんだあの速さは……」


「消えた……? ワープ……? ……一体なにしたの……くれない……?」


 理解に苦しむ綾香。

 視界が悪く、蓮見が具体的に何をしたかがわからないのだ。


「どうする? 追いかけるか?」


 もうなんて反応していいかわからなければ、どう対応すればいいかもわからないソフィは綾香に判断を任せる。


「いやいやいやいや。あれは無理でしょ……流石に……」


「だな……。流石にあれは規格外過ぎる……」


「あれはもう……【異次元の逃亡者】だね……」


「い、いじげん……の……とうぼうしゃ……もしかしたらそれすらアイツには生温い名かもしれんな」


「だね……」


 空を飛ぶ機動力を手に入れるだけでなく、目にも止まらぬ速度で駆けるまでに地上でも機動力が上がった【神眼の神災】。まさかの展開で綾香とソフィに諦めさせることができた蓮見二人は本体と僅か一分足らずで合流する結果となった。



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