第210話 実食と審査
――悪夢十五時間前。
美紀とエリカはそれぞれが鮭をメインとした最高の一品を作った。
それをお盆に載せて蓮見の待つ、二階に持っていく。
「お待たせ~。部屋にあるテーブルの上に置くわね」
「あっ、はい。ありがとうございます」
「どういたしまして」
まずエリカが蓮見の部屋に入り、料理を置く。
そのまま後ろから付いてきた美紀が料理を置いて三人が席に座る。
「おっ、美紀のもきたな。どれどれ」
蓮見は二人の料理を見て、目をキラキラさせた。
「お~、なるほど! エリカさんがお茶漬けで美紀が焼き鮭なのか。二人で一つの料理を作ったのか!」
蓮見は席に座り、良い香りがする焼き鮭の匂いをクンクンと鼻で嗅ぎながら言う。
「んなわけないでしょ」
「えっ?」
「とりあえず蓮見一口ずつ食べてどっちの料理が鮭の美味しさを活かしてるか審査してよ」
美紀の一言に「あ~なるほど」と言って蓮見が納得する。
蓮見はそう言えば二人がそんな事を言って階段を下りて行くのを見たなと思い出したのだ。
「個人的にでいいの?」
「うん、蓮見が美味しいって思った方でいいよ」
「私もそれでいいわ」
「ならいただきます」
蓮見が箸を持ち、いざ実食。
まずは鮭のお茶漬けから。
口に入れた瞬間、鮭の香ばしさが口の中で弾け鼻孔を刺激する。
それに玄米茶を使っている事から、味が口説くなくほうじ茶を使った時のような渋みや緑茶を使った時の苦みもなくサッパリとしていた。
なんとも食べやすくて美味しい。
料理の専門家ではないが、素人の蓮見ですらそれくらいに思える一品だった。
それに鮭全体の身がとても柔らかく、フランス料理の技法が使われていた。技法名は確かポワレとかそんな感じだったなと思う蓮見。
「うん、めっちゃ食べやすくて美味しい。それにエリカさんただお茶漬けを作るんじゃなくて玄米茶を使っているのも中々の高得点かな……」
蓮見が舌で味わいながら感想を言う。
それを見て、エリカが胸に手をあててホッとする。
「よかった……」
そのまま蓮見が今度は美紀の料理を食べる。
だがここであることに気がつく、エリカ。
「ねぇ、美紀。なんでお茶にもこだったことに蓮見君は当たり前のように気付いたかわかる?」
「うーん」
小声で質問された美紀が何かを思い出したように同じく小声で返事をする。
「多分蓮見のお母さんが一度作ったからかな。なんか最近話す度に朝はお茶漬けとか言ってたし、蓮見のお母さんは私より料理上手だからね」
「なるほど。つまり蓮見君は既に一度食べ比べてたってことか」
「多分そうゆうこと」
美紀はドヤ顔で言った。
その表情は私は全て知っているのよ、と言いたげな表情に満ちていた。
そんな余裕の美紀にエリカが「ずるっ……」と言って悔しそうに視線を逸らす。
そのまま美紀から蓮見に視線を移すエリカ。
『どうか美紀(エリカ)にだけは負けませんように』
と二人が心の中で祈りながら、美紀も蓮見の方に視線を向ける。
「うん、普通に超うめぇ。それにキャベツのピューレとも鮭がマッチしていてこれまた高評価と……」
一人頷き、美紀の料理にも満足の蓮見。
美紀もここでまずは一安心する。
「うん、普通にどっちの品も美味しいってことで引き分けだな。鮭の脂身で言う目利きではエリカさんの勝ちだけど、料理のまとめ方は美紀の勝ち。そして総合的な評価は正直限りなく等しくて勝ち負けの優越をつけにくいぐらいに拮抗しているってところかな……」
初めて聞いた蓮見のまともな言葉にエリカがつい言葉を失い口をポカーンと開けて戸惑ってしまった。確かに素材選びという面で美紀よりいい鮭をさり気なく選んだのだ。それを当たり前のように気付いてくれたことに驚いてしまった。
対して美紀もエリカと同じように驚きに満ちた表情で目をパチパチさせて固まってしまった。エリカが先に鮭を選んだ結果、材料選びで抱えたハンデを強引に発想力でカバーしたのだが、それに蓮見が気付くとは思っていなかったからだ。
二人は料理できないのに料理の感想を言わせたら凄い! とつい思ってしまった。
「だそうよ、美紀」
「そうね、エリカ」
「「今回は引き分けでいいわ」」
二人がお互いの顔を見て微笑む。
エリカは美紀の方が素材を活かせるのだと思い、美紀はエリカの方が瞬時により良い素材を見極められるのだと認め合ったのだ。
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