第205話 エリカの幸せな時間
――悪夢二日前。
先日借りたゴールドの返済込みの第三層ボス部屋で借りた龍の粉の代金返済として蓮見は放課後私服に着替えてエリカと一緒に映画館に来ていた。
映画館と言ってもリアルの映画館である。
白のワイドパンツに黒のサンダル、上はぴったりとした細めなもので暗めの色のカットソー姿のエリカは年上のお姉さんとしてとても魅力的だった。それに対して蓮見は紺色のジーパンにポロシャツととてもラフな服装である。首には先日美紀に貰ったペンダントを首からかけてちょっとだけオシャレをしている。
「お待たせしました」
「私も今来たところだから気にしないで」
「はい。ありがとうございます。ちなみにここでもエリカさんって呼んでいいんですか? それとも今は本名の方が良かったりしますか?」
「そうね――」
エリカは人差し指を唇にあてて、少し間を空ける。
リップを塗ってあるのか、プルンとした柔らかいピンク色の唇に蓮見はドキッとした。
「どっちがいい?」
「え? 俺が決めるんですか?」
「うん。美紀達にはエリカで押し通しているけど、蓮見君はどっちがいい?」
「なら慣れているのでそのまま俺もエリカさんって呼びます」
「そう? ならエリカでいいわよ。なら行きましょうか」
エリカがずっと前から見てみたいと思っていた恋愛映画を見る為に、二人は映画館の中へと入っていく。
「それにしてもカップルが多いわね」
「ですね」
「ってことで、手ぐらいは繋いでおきましょうか」
そう言ってエリカは蓮見の手をさり気なく握って、奥へと進んでいく。
緊張して戸惑う蓮見が周りを見渡すと、確かに若いカップルが多く、皆手を繋いでいたり、二人の距離が近かったりと少し羨まし……かなり羨ましく思えた。
それから視線を自分の手元に向ける蓮見。
(やべぇーめっちゃ緊張する)
エリカがつけている香水が蓮見の鼻を刺激してくる。
とても甘い香りに気持ちがどんどん揺らいでいく。
冷え性なのかエリカの小さくてひんやりとした手が蓮見の熱くなった手を冷やしてくれる。だけど二人の熱が混じり合い、数分後には熱く感じるようになった。
それからポップコーンを買って、席へと向かった。
――。
――――。
「それにしてもドキドキしたわね」
「はい。エリカさん最後泣いてましたよね」
「もぉ~恥ずかしいからそうゆうのは言わないの」
頬を夕焼けに染めて、エリカが言う。
その時に見た、微笑みはどこか嬉しそうだった。
「すみません」
「なら女の子の泣き顔見たんだし、もうちょっと付き合って」
映画を見終わった二人はそのまま外に出て、映画館のすぐ近くにあるゲームセンターに行く。
それから店内にあるクレーンゲームの前でエリカが立ち止まって景品を見つめている。
「可愛い……」
エリカはそう言ってガラスケースの中にある大きなぬいぐるみを見て、目をキラキラさせ始めた。
ガラスケースの中には大きなイルカやサメ、シャチ、後は……と、色々な動物が入っていた。
「エリカさん?」
「…………」
「エリカさん?」
「…………」
蓮見はエリカが壊れたと思った。
名前を呼んでも返事をしないからだ。
気になり、さらに距離を詰めて、真横から顔を覗き込んでみると、ぬいぐるみに視線が釘付けになっていた。
いつもお姉さんキャラのエリカが見せる女の子らしい姿にこんな可愛い一面もあるのだなと蓮見は思った。
「あの子欲しいなぁ~」
蓮見の問いかけに対する返事ではなく、エリカがぼさっと心の声を呟く。
「なら取ったらいいじゃないですか?」
「それはそうなんだけど……私クレーンゲームした事がないのよ」
「……え?」
驚く蓮見。
せめて一度や二度ぐらいならと思ったがどうやら本当にないらしい。
その証拠にエリカが。
「別にいいじゃない……私にだって苦手な事が一つや二つあっても……」
すると急に唇を尖らせて、拗ねた。
蓮見が笑って誤魔化そうとするが、さっきまでキラキラさせていた目を鋭い眼に変えて睨んできた。
これには蓮見も言葉を間違えたと反省する。
「なによ……」
「なんでもありません」
「別にいいわよ。さぁ、他のも見ましょう」
拗ねたエリカが物欲しそうにもう一度大きなイルカのぬいぐるみを見て呟いた。
そのまま怒っているのか、蓮見を置いてエリカは一人で店内を歩き始めた。
一人になった蓮見はどうしたものかと思い、チラッとエリカの背中を見て考える。
――仕方がない。取ってあげるか
そう思い、蓮見は財布から100円玉を二枚取り出して入れる。
これが美紀に見つかったら、げんこつかもなと内心思いつつ、エリカの気持ちも痛い程わかるので、蓮見は自分が犠牲になる事を選んだのだった。だって美紀だけってのは可愛そうだから。
どれどれ。
まぁ、こんな所か。
蓮見は手慣れた手つきでクレーンを縦に動かして、横に動かす。
「おっ……いい感じ!」
ごくり。
流石俺様、天才だなと蓮見は心の中で自分を賞賛する。
それから高さを調整してクレーンを止める。
「怒ってないから一緒に行きましょう? 一人は寂しいから」
一人ガラスケースの中の行方を見守る蓮見の元にエリカが一人になった事に気付き戻ってくる。
「いや……そうゆうわけじゃ……」
「なら早く行きましょう。どうせ取れない物を見ても仕方がないからね」
クレーンがイルカを穴へと運ぶ。
どうだ……。
「ねぇ、ってば。蓮見君」
無視される事が気に食わないエリカ。
だが蓮見は今集中していて返事どころではなかった。
そう後数センチで成功か失敗かの大一番なのである。
「よっしゃー!」
蓮見は大きくガッツポーズ。
そんな蓮見を見て、小首を傾げるエリカ。
それから景品の取り出し口から大きなイルカのぬいぐるみを少し強引に取り出す。
別にこれは蓮見が怒っているからとかではない。
ぬいぐるみが出入口より大きくて中々素直に出てくれないのだ。
「よっ……と。はい、これあげます。だから機嫌直してくださいエリカさん」
そう言って蓮見は今取れたイルカのぬいぐるみをエリカに渡す。
「えっ……いいの?」
「はい」
微笑む、蓮見。
嬉しくて目から涙を零すエリカ。
「ありがとう大好きよ、蓮見君!」
そう言って抱き着いてくるエリカ。
やっぱり大きいなエリカさんの胸……などと身体に触れるその弾力をしっかりと身体で受け止める。いつもお姉さんキャラのエリカがこうして蓮見の前では取り繕う事を止めて素に戻る瞬間を見た蓮見はやっぱりエリカも普通の女の子なんだなと思った。
それにこんだけ喜んでくれるのであれば、取ったかいがあったというわけだ。
「一生大切にするわ」
「そこそこに大事にしてもらえればそれでいいですけど……」
(200円だし……それに映画代出して貰ってるから……)
「ううん、一生大事にするわ」
「なら、それでお願いします」
「うん♪」
過去最高に上機嫌になったエリカは蓮見の手を握り店内を歩き始めた。
蓮見が恥ずかしくて手を離そうとするが、指を絡めてしっかりと二人が離れないようにするエリカに最後は負けた。
鼻歌を歌い、プリクラを撮ってはそれをスマホに保存して待ち受けにしてと正に付き合いたてのカップルみたいなデー……お出掛けの時間を二人は楽しんだ。
――幸せ。好きな人からプ・レ・ゼ・ン・ト・貰えるデートわ。
エリカはそんな事を思って蓮見との時間を大いに楽しんだ。
帰る間際にエリカは「今日のお礼よ♪」と言って蓮見と別れた。
その時に顔を真っ赤にした蓮見はとても可愛いくて愛おしくなったが、最後は小悪魔なお姉さんを演じて手を振り、別れた。
「頬っぺたでも私までドキドキしちゃったな~。今度はその唇もらっちゃおうかな……なんて~ね、うふふっ」
エリカは帰り道、蓮見の頬に触れた唇の感触を思い出しながら呟いた。
そして大きなイルカのぬいぐるみを抱きしめながら我が家へと帰ったのだった。
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