第200話 瑠香と鬼武者
それから十分程、早歩きで歩いていると、江戸の町の外に出た。
そこから更に五分程歩くと、恐らくここであろうと思える草原に到着した。
「あれ、ここだよね?」
瑠香は蓮見ではあるまいし、地図を見て迷子になり、もしかして別の場所に来てしまったのではないかと、急に不安になって周囲に視線を飛ばす。
だが何もない。
まさかの迷子か……。
そう思いこれからはこの手の時は七瀬もしくは里美に頼んで案内してもらおうかなと考えていると、巻物が急に瑠香の手元を離れて空中浮遊を始めた。
「ん?」
小首を傾げて、念の為に少し離れる。
「なにか起きそうなんだけど、なにも起きない?」
瑠香はキョロキョロしてみるが、敵どころかこの辺には誰もいなかった。
不自然に空中浮遊をしたままの巻物。
「もしかして、私知らず知らずのうちにクエスト発生条件は満たしているけど、まだ全部は満たしてないってことかな?」
そう思い、巻物に手を伸ばして回収を試みる。
すると、バチッと電流が手に走った。
「え?」
それと同時に周りの雰囲気が良くないものへと変わり始めた。
誰も近くにいないはずなのに、殺気に満ちた狂気が瑠香の肌に触れる。
慌ててレイピアを腰から抜く。
『今度は子娘が相手か?』
巻物から声が聞こえてきた。
大きくジャンプをして距離を取る。
『いい判断だ。俺の殺気を見抜いたか、小娘』
殺気?
間違いないあの巻物が殺気を放っているんだ、そう瑠香が思った時だった。
巻物が勝手に開かれると、書かれていた中身が変わっており、人物像になっていた。
「誰?」
巻物に書かれた人物が吐き出されるようにして出てくる。
若くて頭の後頭部の上の方で長い髪を一つに束ねた少年は腰にある剣を抜き構えると、何も言わずに突撃してきた。
「は、はやい……!?」
――。
――――スパッ!
「鬼の剣……耐えたのか……」
剣の鬼と呼ばれる鬼武者は剣についた血を振り払うような動きをして呟いた。
「いてて……」
なんとか防御が間に合ったと言うよりかはステータスに助けられた感しかない瑠香は吹き飛ばされた身体を起き上がらせる。
攻撃される瞬間、バックステップをしていなかったら今頃とっくの昔にやられていただろう。
「アイツ強い。いいじゃん、本気で行く」
瑠香は笑っていた。
予想外な所で予想外に強い敵が現れたのだ。
それに今の一撃を受けて気が付いてしまった。
今の自分には何が足りないのかを。
そう思うと、嬉しくて仕方がなかった。
敢えてHPポーションは飲まずに、鬼武者を射抜くような視線で睨みつける。
「かかって来な」
第三回イベントぐらいからだろうか、瑠香の戦闘本能が表に出るようになったのは。
瑠香は嫌な雰囲気を感じとった。
直後。
また目に見えない猛ダッシュからの剣の一振りが顔目掛けて下から上に振り上げられた。
――うそ!?
だけど、今回はギリギリまで剣の動きを見る。
そして、ギリギリまで引き付けて、逃げるのではなく、反撃する。
「スキル『睡蓮の花』!」
剣が空を切り、レイピアが鬼武者の身体を貫き、そのまま駆け抜ける。
正に間一髪だった。
タイミングが少しでもズレていれば今頃勝負はついていた。
絶妙のタイミングだと思ったが、どうやらダメージは受けてしまったようだ。
HPゲージがさらに減少する。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
今まで以上に集中してもまだ見切れない。
鬼武者はゆっくりと身体の向きを変えて瑠香を見る。
「面白い。合格だ」
剣を腰に戻しながら、鬼武者が言った。
「え?」
「冥土の土産としてこれを見せてやろう。俺の剣は心眼でなければ捉える
ことは出来ないと知れ、小娘」
「心眼?」
「奥義『抜刀――雷切』!」
声が聞こえた。
それと同時に音が聞こえた。
カチャ
それから鬼武者の姿が消えた。
そう思った時にはもう遅かった。
鬼武者が瑠香の正面まで超低空姿勢のままダッシュしてやって来たのだ。
そして。
抜かれた剣が、抜刀術が、剣技が、瑠香の身体を引き裂いた。
血のような赤いエフェクトが鮮血のように舞った。
薄れゆく意識の中、鬼武者の声が聞こえた。
『今からここで二十四間だけ待ってやる。出直してこい小娘』と。
瑠香は笑みを溢して最後の力を振り絞って言う。
「上等……明日はその首貰うから」
NPCにここまで無様に負けて悔しかった。
だけど瑠香は思った。
まだチャンスはあるのだと。
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