第190話【神眼の神災】への切符


「後四体……」


 その四体がまた強いのだ。


 美紀の『破滅のボルグ』や『連撃の舞』、瑠香の『睡蓮の花』でも忍者のHPゲージが多すぎて一度に良くて六割弱、悪くて一割とどう当たるかによってかなりブレ幅があった。ましてや七瀬の『焔:炎帝の怒り』のような単調な遠距離魔法は当たる以前にかすりもしない。全部避けられていた。


「里美さん!」


「わかってる、ルナ伏せて。スキル『破滅のボルグ』!」


 態勢を崩し空中に吹き飛ばされた瑠香が美紀に助けを求める。


 槍が黒味のかかった暗くも白いエフェクトを放ち始める。


 大きくジャンプした美紀が投擲の構えを取り、全力で投げる。


 槍は一直線に忍者に向かって飛んでいく。


 すると別の忍者――分身が標的となった忍者を護った。


「んっ?」


 だが『破滅のボルグ』の命中率は絶対。

 躱す事は出来ない。

 そうなると必然的に撃ち落とすか、障壁等で完璧に護るしかない。

 そう疑問に思い、美紀が槍に集中していると、ボス特有の障壁が展開され防がれてしまった。だが今回の障壁はそこまで強力ではないらしく一撃で粉砕された。


「障壁……意外に向こうも奥の手を使うまで追い込まれているのかな……」


 瑠香は空中で素早く立て直しながら状況を分析していた。


「ありがとうございます! 里美さん助かりました!」


「オッケー!」


 腰から白雪の小刀を抜く。

 美紀は背後から忍び寄る忍者の一撃を受け止めてスキル巨大化の効果を使い手早く槍を回収する。


「ルナ! アイツが本体よ。絶対に逃がさないで」


「はっ、はい。わかりました。援護ありがとうございます!」


 お礼を言い、瑠香がようやく見つけた本体へと一直線に向かって走る。

 それを見た分身三体が本体のカバーに行こうとするが美紀が分身の一体をそのまま引き付ける。


 このまま振り切れないと踏んだのか忍者が逃げるのを止めた。


「笑止。忍法多重幻術分身」


 忍者のHPゲージ、そしてMPゲージが共に一まで減る。今から一撃でも攻撃を与えれば勝てる状況になった。


 だが忍者の攻撃パターンを含めた、アルゴリズムが変わった。


 瑠香が息を飲み込む。


 正面にはクナイを前に出して、構える忍者が十五人。


 これが今回第三層を護る忍者の最後の抵抗だと肌が感じ取る。

 それに視界の隅ではさっきまで減少していたMPゲージが減少を止めた。

 


 美紀が最初出現した残りの分身を倒して、瑠香の元へと駆け寄る。


 だが二人のスタミナはもうガス欠寸前だった。






 七瀬も気付けば口で息をしている。

 分身とは言え蓮見とエリカの援護だけでなく、自分も近づいてくる忍者と闘っていた為に想像以上に体力を使い切っていた。普段七瀬が持っている杖がおばあちゃんが立つのに使う杖みたくなっているのが何よりの証拠だ。エリカはまだ七瀬に比べれば体力が残っているが、視界の先にいる美紀と瑠香の援護に行くには明らかな実力不足だった。なによりエリカは第三回イベントでこそギルドの為を思い最前線に出たが、今も昔も生産職がメインのプレイヤーである。


「大丈夫。ミズナ?」


「はい。なんとか」


 エリカはフラフラし始めた七瀬の身体を支える。

 この状況をなんとかしたいところではあるが、美紀と瑠香、忍者が睨み合っている状況から先に動いた方が負けると直感で感じ取った。その為下手に声すらかけれない。達人同士の斬り合いのように今三人の中では目に見えない高度な駆け引きが何度も行われているのだろう。

 それでも勝率だけを考えれば負ける確率の方が大きいのは確かだ。


「後残る希望は……」


 七瀬はそう言って何処か満身創痍の蓮見を見る。

 エリカの手をどけて杖を使い、その朧げな足取りで近づいて行く。


「紅?」


「はい」


「戦うの怖い?」


「…………」


「そっかぁ。紅もようやくここまで来たんだね」


 そう言って七瀬は蓮見の頭を優しく撫でる。

 怒るわけでもなく、攻めるわけでもなく、ただ子供を慰めるお姉ちゃんのように。


「私やルナ、後は里美だって今ではこんな感じだけどね、昔は紅のように自分の力全てが否定されたことがあるんだよ」


 ゆっくりとした口調で七瀬が蓮見の心に訴えかけて行く。


「それでね、私達はここまで来た。だから紅さ」


「はい」


「もう嫌だって思うならゲーム止めた方がいいと思う」


 その言葉は蓮見の心にしっかりと届いた。

 優しい言葉は蓮見の目から涙を零させる。


「でもね、もしまだ遊び足りないとか私達と一緒に強くなってもっともっと仲良くなって一緒に遊びたいって思ってくれてるならさ……立ち上がってくれないかな?」


 七瀬の瞳には口をへの字する蓮見の顔がしっかりと映っていた。


「私は紅の事好きだし、何より頑張る紅が好き。だからね、また見たいな誰よりも自由な紅の姿を」


 七瀬は一瞬エリカを見て微笑む。

 エリカの目が大きく見開かれる。

 しまった、そう気付いた時にはもう遅かった。


 七瀬は囁くように悪魔の言葉を並べて行く。

 蓮見の耳に甘い、甘い、甘い、とても甘い、吐息が掛かるようにして。


「まだまだ成長しちゃいなよ。そしたら里美やエリカさんだけじゃなくて私とルナも虜にできるかもよ……」


 ――チュ


 頬に甘いキスをさり気なくして、不敵な笑みを浮かべる七瀬。


 エリカはそんな七瀬を見て少しご立腹のようだ。

 かつて自分がしたことは棚にあげた。

 だって一人だけズルいから。


 だがまぁ落ち込む男子高校生、しかも彼女の一人すら出来た事がない青少年にとっては効果が抜群なわけで。

 七瀬も蓮見が単純な性格で良かったと内心ホッとした。

 だって年下の男の相手にこんな事言えるのは蓮見だけだから。なにより第三回イベント終わりで急に女の子扱いされたんだし、少しはお返しと言う名の仕返しをしないと気が済まなかったってのもある。一人だけ気持ちを揺らされたままは割に合わないから。唇は付き合ってから頂くとして――。


 その男は前を向き、口角を上げて、目をキラキラさせ目の前の状況を楽しみ始めていた。

 どうやらネガティブな思考からポジティブな思考に切り替わったようだ。


 そのまま蓮見がエリカの所に来て、アイテムを要求する。

 ピッケル最強伝説みたいなことはもうないだろうと思い、エリカは蓮見に言われた物を渡した。


「流石エリカさん。出来る女は用意がいいですね。リアルの時のご飯といい今といいエリカさんって本当に抜け目ないですよね。いつもありがとうございます。これからも一緒にいてください、俺頑張りますから!」


 いきなり一緒がいいと言われたために頬が真っ赤になったエリカは「はい。こちらこそ」と頷きながら返事をして蓮見の背中を見送った。




 ――【神眼の天災】は【神眼の神災】(しんがんのしんさい)への切符を手に入れた。

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