第23話 たまにはゲーム内でも素直に甘える美紀



「何か不気味だな……」

 怪しげなダンジョンを見た蓮見が気の乗らない声と表情で言った。


「さっきまであんなに楽しみにしてたくせに着いたと同時にその声と表情変わるの早すぎ」


 隣にいる美紀を見ながら、視界に見えるロウソクを指さす蓮見。

「だって今どき洞窟の中をロウソクの火で照らすってないだろ。そもそもあのロウソク全部ノイズがかかったみたいに全部不安定なんだが……」


「全部複製されたロウソクって事なんじゃないの? だからあのロウソクも火も本物じゃないってことだと思うけど?」

 ため息を吐いてから身体に見合わず大きい美紀の胸を見て顔に視線を移す蓮見。


「今私の胸どうどうと見たでしょ?」


「うん」


 どうやら怒っているのか美紀が怖い顔になる。

「セクハラで訴えられたいの?」


「…………すみません」

「何で見たの?」

「いや重そうだなって。良かったら今日ログアウトした後に肩もんであげようかと……」


 突き刺さる冷たい視線。

「本音は?」


「マッサージでも何でもするのでボス倒して欲しいです。あれ、不気味過ぎて……怖い」


 今度は美紀がため息を吐く。

 そして少し呆れを含んだ声で言う。

「昔からこうゆう幽霊現象苦手だったわね。ほら、行くわよ」


 左手を蓮見に差し伸べる美紀。

 それを右手で掴んで後ろをついて行く蓮見。

 蓮見の全身はどうやら正直らしく小刻みに震えていた。


「今日ログアウトしたら全身マッサージお願いね」

「うっうん。みきがのぞむなら、あぁぁ、えぇいいうおねぇがぃしまぁしゅ」


 洞窟に入り出入口から入ってくる不気味な風とその音に合わせてロウソクの火が出現したり消えたりする不気味さのダブルパンチで最早何を言っているのかが蓮見自身わからなくなっていた。それはそれは美紀の本名を言ってしまうぐらいに何かに気を回す余裕などなかった。

 洞窟を進むにつれてモンスターが出るかと思ったが一体も出てこなかった。


 そのことに美紀が警戒する。

「可笑しい。モンスターが一体も出てこないんなんて。それに一本道まるで誘導されてるみたいに……」


「…………ぃぃきゃらはやくおわれせてください」


「黙って……っ!?」

 蓮見の手を強く握りしめてダンジョンの奥の方に急いで進む美紀。


 叫ぶ蓮見。

「えっ……あっえぇぇぇぇ!?」


 更に加速する美紀。

「スキル『加速』!」


 そして目の前に現れた木で出来た扉を蹴り破って中に入る。


 ――ドンッ!!


「やっぱり」


 息を整えながら蓮見が質問する。

「何が?」


「あれを見なさい」


 蓮見が美紀の指先にある物を見る。

「あれは?」


 蓮見が周囲を見渡しながら見つけた物それは大きな茶色い卵。その上、即ち空中に表示されている文字には「模倣完成率80%」と書かれていた。


 ボス部屋と思われる部屋の大きさは東京ドーム一個分の広さで迷宮をイメージさせるダンジョン構造となっていた。茶色い卵はその中心部にある高台の上にある。

「あの通路はロウソクが出現して消える度に私達の情報を読み取るセンサーの役割を果たしていたのよ。多分消えた瞬間にデータの送信、出現中に私達……いや私のデータのコピーといった所かしらね」


「えっ? でも何でそう思ったんだ」


「あれよ。数字の後ろに小さく「finish」って書かれてる。見たところ勇気がある者は弱いボスと勇気がないくせにオドオドとする者には強いボスと戦う仕組みっぽいわね。それに卵は一個つまり敵は一人。ならばクローンダンジョンって考えた時に出てくる答えは自分のクローンが敵ってことかしらね?」


「えっ?」


「提示板にこんな噂があるの。第一回イベント終わりに出現した幾つかのダンジョンの一つに限界を超えなければボスに勝てないダンジョンがあると。だけどそのダンジョンは強い意思を持つ者には試練を与えない。公式も似たような事を言っていたし私もずっと何のことかなって思ってたんだけどまさかこうゆうことだったとはね……」


 茶色い卵の表面にヒビが入り割れる。

 そこから出てきたのは美紀と外見が変わらないもう一人の美紀だった。

 違う点はLvと名前。


 一人はLv.33 里美 


 一人はLv.26 模倣


「なる程。80%という表記は私の八割の強さ……つまりもう一人の自分ってわけね……」

「えっ? えぇ!?」

「とりあえず今回は約束通り私が何とかするわ。幾ら私の劣化版とは言えレベル的にもいやそれ以前にステータス的にも蓮見じゃ勝てないわ。多分アイツ強い。同じボス部屋にいれば報酬は受け取れるからここでジッとしてて」

「あっあぁ」


「まぁいいわ。紅ううん蓮見に私の本気を見せるいい機会だし。これからパーティーを組んでずっと一緒にいるならお互いの手の内は把握しておいた方がいい。なにより明日は何があるかわからないから私が前衛、蓮見が後衛でエリカを護りながら私の補助がベスト。だからよく見ておきない。これがトッププレイヤーの実力よ」


 そこにいたのはいつもの美紀じゃなかった。

 真剣な色に染まった綺麗な瞳が見つめるのはもう一人の美紀。


 蓮見の様にKillクリティカルヒットを中心とした戦いではなく、己の力即ちプレイヤースキルでここまで来た真の実力者だけがもつ見えない威圧を放つ美紀。

 下手に声をかける事すら恐れ多く、手伝うにもこれでは足手まといにしかならないと蓮見の本能が悟ってしまう程の集中力。第一回イベントではどれだけ手を抜いてくれていたかが今ならわかる。


 だけど、この時。


 ――――蓮見は嬉しくてしょうがなかった。


 何がって。こんなに強くて優しい幼馴染が近くにいることがだ。

 おかげで明日の目標が出来た。


「ぜってぇー今日で美紀の本気を目に焼き付けて明日は足手まといにはならねぇ。盗める物は全部盗んでやる」

 蓮見はゾクゾクしながら呟いた。


 近しい存在だからこそ負けたくないと素直に思えるし、何より敵に向かって歩いて行くその背中がいつも以上にカッコよく見えた。

 そのせいかいつの間にか恐怖心が何処かに消えていた。


「悪いわねもう一人の私。私ねある感情を持ってしまった人にはなんだかんだつい優くしてしまうのとどうしても自分をよく見せたがる癖があってね。だから手加減はしないわ」


 美紀と模倣が同時に動く。


「「スキル『加速』」」


 二人が同じタイミングで同じスキルを使用し、空中で衝突する。

 美紀と模倣はお互いの手の内がやはりわかっており、純粋なPS(プレイヤースキル)は殆ど変わらない。



「「スキル『ライトニング』」」

 地面に到着すると同時に二人が持っている槍が白いエフェクトを放ち、雷撃を発生させ襲い掛かる。雷撃はバチバチと音を鳴らしている。


「遅いわね」


「なるほどね。プレイヤースキルはあまり変わらない。だけど魔法攻撃に分類されるMP消費系のスキルは全部2割減ってことみたいね」

 美紀は飛んできた雷撃を難なく躱しながら、冷静に状況を分析する。


 これが美紀の強みである。

 今の蓮見になくて美紀にある冷静さな判断力と精度の高い分析力。

 思わず息を飲み込み蓮見。


「「スキル『連撃』」」

 同じ動きをしてくるなら単純に差が出る攻撃をすれば勝てると考えた美紀は力で模倣をねじ伏せていく。集中し本気となった美紀は敵の突きを躱しながら相手の懐に入り攻撃していく。模倣のHPが2割減る。

 本来であればこれでもう少しHPを削れるはずだった。

 だが美紀の槍が模倣の身体に触れた瞬間、白色に輝く障壁が出現し攻撃を軽減させた。


「えっ!?」


「また厄介ね。あの障壁ダメージ軽減をさせているのね。私が持っていないスキル……いやボスだけが持つユニークスキルか……」


 模倣は再度近づいて攻撃してくる。

 美紀は落ち着いて回避しながら、攻撃の間隙を見極めて反撃していく。

 だがやはり障壁が邪魔で思うようにダメージが通らない。


「スキル『連撃』!」

 それでも徐々にHPを削っていくしかないので攻撃の手数で対抗する美紀。

 早くも模倣のHPゲージが5割まで減少しHPゲージが緑色から黄色になる。

 このまま行けば勝てると美紀が判断する。

 しかし、急に障壁が強くなりダメージが通らなくなる。


 周りを見渡し観察すると模倣を護っている障壁はどうやら茶色い卵があった高台に新たに出現した光輝く結晶が作り出しているのだとわかった。結晶にも模倣と同じくHPゲージがあり破壊可能オブジェクトとして存在している事から間違いないと確証する。


「ゴメン。やっぱり手伝って!? あそこにある結晶、あれが模倣に力を与えているみたい、壊してくれない?」


「おう! わかった」

 蓮見が弓を構える。


「スキル『イーグル』」

 蓮見の目が捉えるはKiLLヒットと呼ばれる一点。

 そして放たれた矢は一直線に結晶に向かって飛んでいく。

 結晶を護ろうと我が身を盾にしようとする模倣を美紀が阻止する。


「よしっ! 命中!」


「流石! 紅!」

 結晶が割れ、模倣を護っていた障壁が消える。


 だが何かが可笑しい。

 美紀がそう思った瞬間、悪い予感が当たる。

 割れた結晶が今度は模倣の身体の中に入っていく。


 不審に思った美紀が一旦距離を取り、蓮見の隣まで後退する。

 完全に結晶が取り込まれた模倣が初めて表情を変化させる。

 わずかに微笑み、そして一瞬で蓮見と美紀の背後に現れる。


「これは、あの時と同じ」

 反応が遅れた蓮見は第一回イベントで美紀が使った移動を模倣が使ってきた事に驚いていた。背後から突き刺さる槍。しかしその槍は美紀が蓮見の身体を押してくれたおかげで致命傷とはならなかった。


「スキル『ライトニング』!」

 美紀の反撃で模倣が大きくジャンプし距離を取る。


「大丈夫?」

「あぁ……HPが3割なくなった」

 慌ててアイテムからポーションを取り出し、苦しむ蓮見に飲ませる美紀。


「助かった。ありがとう里美」

「うん。ちょっとだけ私を信じてここにいて?」

「わかった」


「あんた……誰に手を出したかわかってる?」

 美紀が槍の矛を向け、まるで警告のように突き付ける。

 だけど表情は険しいのではなく何処か嬉しそうだった。



「見せてあげるわ。私の必殺コンボ!」



 MPポーションを飲んでから再度集中する美紀。

 意識を模倣一人に全集中させていた時は攻撃をしっかり躱せた。その事実が変わる事はない。模倣に向かって走り始めると『ライトニング』を連発して使ってきた。ギリギリまで攻撃を引き付けてから躱し距離を詰めていく。


「スキルってのはこう使うのよ。スキル『ライトニング』『連撃』!」

 槍が白いエフェクトを放つが雷撃は出現しなかった。

 美紀は雷撃を放つのではなく槍に敢えてそれを蓄えた状態で『連撃』の七連続攻撃を模倣に向けて放つ。雷撃を纏った一突きは強力で模倣の障壁を貫通しダメージを与える。更に雷撃の感電で動きが鈍った模倣に追い打ちをかける。HPゲージが残り2割まで減った。


「行くわよ。スキル『破滅のボルグ』!」

 槍が黒味のかかった暗くも白いエフェクトを放ち始める。

 美紀は大きくジャンプをして距離を取り、蓮見の隣にくる。

 そして投擲の構えを取り、全力で投げる。

 障壁を三枚展開して、美紀の一撃を無力化しようとする模倣だったが一枚、そして一枚、更に一枚と突き破り最後は模倣の心臓を貫き倒した。



 あっけに取られた蓮見に満面の笑みで美紀が言う。

「さぁ、終わったよ。帰ってマッサージよろしくね」

 さっきまでの茶番は何だったと言いたくなるようなスキルに蓮見はどんな反応をしていいかわからなかった。



 そしてようやく出てきた言葉は驚きの声だった。

「えぇぇぇぇぇぇぇ!? なにあれぇぇぇぇぇぇ!?」



「なに? って私のスキルよ。それより私頑張ったから疲れちゃった。帰りはおんぶして欲しいな」

 そう言って頬を赤く染めながら蓮見の背中に飛び乗る美紀。

 この時二人の頭の中に確かに聞こえてきたはずの『スキル『複製Ⅰ(別名 模倣Ⅰ)』を獲得しました』という声は届いていなかった。


 状況整理に頭が追いついていない蓮見。

 内心早く褒めてもらいたくて素直に甘える美紀。



 何だかんだお互いに言いたい事は沢山あったがそれは帰り道で話す事にする。

 こうして当初の目的であるスキルを蓮見だけでなく里美もゲットできたのだった。



 紅スキル


『イーグルアイ』『イーグル』『火事場の速射』『矢の自動生成』『火事場の俊足』『絶対貫通』『レクイエム』『連続射撃3』『弓兵の観察眼』『見えないふり』『複製Ⅰ(別名 模倣Ⅰ)』



 自動発動スキル


『詠唱』

『歌の魔力変換』

『領域加速(ゾーンアクセル)』 



 里美スキル


 『巨大化』『ライトニング』『二段ジャンプ』『加速』『連撃』『破滅のボルグ』『複製Ⅰ(別名 模倣Ⅰ)』



 街に戻る途中、蓮見は美紀の勧めで少し寄り道をして早速『複製Ⅰ(別名 模倣Ⅰ)』を空きスロットに装備し使ってみた。帰り道遭遇したモンスターとの実践練習で蓮見は頭のイメージだけで短剣を複製し形状変化できるようになった。また、意図的に矢を消滅させ新しい矢を複製などの基礎的な知識を手に入れる事ができた。


 その後街に戻った蓮見と美紀はエリカの元に行き結果報告を踏まえた明日の待ち合わせの時間と場所を話し合ってからログアウトした。

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