死血月《しちがつ》

西順

第1話 7月2日

 2020年の夏、父が死んだ。他殺らしい。


 かなりの怨恨を買っていたらしく、父の遺体は刃物による刺し傷だらけだったとか。


 らしい。とか、だったとか。とか曖昧なのは、まだ僕たち家族も父の遺体とご対面していないからだ。


 7月2日、父の遺体はとある川の河川敷に打ち上げられた。どうやら上流で殺され、川を流れて来たらしい。


 その前日、7月1日に僕たち家族、僕、父、母、姉は、その川の上流にあるキャンプ場でキャンプをしていた。そう、父殺害の容疑者は僕たちだ。


「奥さん、前日の旦那さんはどのようなご様子でしたか?」


 刑事の質問に、泣き張らした目をした母が答える。


「いえ、いつもと変わらず優しい一家の大黒柱でした。アウトドア大好き人間なので、今日のキャンプを楽しみにしており、率先してキャンプ周りの事をやってくれていました」


 嘘である。父は酷いDV男で、家の中で喚くわ殴るわ蹴るわ、力で我が家を支配していたような男だ。


 今回のキャンプだって、本当は父の友人家族が誘ったからだ。だがその友人家族の子供が前日に熱を出して行けなくなったので、キャンプはキャンセルかな、と思っていたら「もったいない」との理由で俺たちは父にキャンプに引き摺られてきたのだ。


「お姉さん。お父さんどこかいつもと様子がおかしくありませんでしたか?」


「いいえ。父はいつもの優しい父でした。バーベキューでお肉を私と弟に率先して与えてくれていました」


 ああそういえば、僕らはバーベキューで焼く係にさせられて、焼くばかりで食べる事が出来なかったっけ。父一人がバクバク食べていた。


「では弟さん、何か変わった事はありませんでしたか?」


 僕の番か。僕らを犯人と決め付け、何とか自供を引き出そうとしている刑事たち。だが僕らは犯人ではない。


「刑事さんは僕らが犯人だと思っているんですよね?」


 僕の突然の詰問に動揺する刑事。


「いえ、そういうつもりではなく。…………はあ。そうですね。我々はあなた方の中に犯人がいると睨んでいます」


 僕たちより先に刑事がゲロしたな。胸襟を開いて本音で話し合おうと言う事だろう。


「だったら、もう一人容疑者を加えて下さい」


「もう一人?」


 刑事は怪訝な顔で尋ね返す。


「父をキャンプに誘った父の友人です」


「? どういう事だい? 君ら家族だけでキャンプ場に来て、友人家族は来なかったはずだ」


「確かに家族では来ませんでしたけど、父の友人が一人でふらっとやって来たんです」


 驚き顔で母と姉を見遣る刑事。しかし母姉は首を横に振る。


「二人は知りませんよ。丁度二人が席を外している時にやって来ましたから。何でも約束を反古にしたお詫びに、とお酒の差し入れを持ってきてくれました」


 僕はちらりとキャンプのテーブルの上に置かれた空の高級酒を見遣る。それにつられた刑事が「成程」と頷いた。


「それから父と友人は酒を酌み交わし、川辺の方に涼みに行きました。帰ってきたのは友人だけで、「父は?」と尋ねると、ま「だ川辺で涼んでいる」と。そして友人はそのまま車で帰っていきました」


 刑事は俺の話を聞き終えると、直ぐ部下に友人への捜索令状を裁判所に発布して貰うように告げると、僕たちを解放して、キャンプから父の友人宅へと飛んでいった。


 その後、父の友人宅にあった車から三本の血塗れの包丁が発見され、友人は父を殺した犯人として逮捕されたのだった。



後日。


「しかしあの時来ていたあいつの友人のトランクに、私たちがあいつを刺した包丁を忍ばせておくなんて、やるわね?」


 姉が僕の頭をわしわししながら褒める。


「それにしても、死んでからも他人様に迷惑掛けるんだから、やっぱり最低な奴だったわ」


 とは母だ。


 父とキャンプに行った日。それまでの鬱憤が溜まりに溜まり、僕らの殺意は爆発した。


 川辺で釣りに興じる父を三人で包丁で襲撃し殺害すると、急流な川に放り棄てたのだ。


 その後川辺を血溜まりを母と姉が綺麗にしている間に、僕は凶器となった包丁の処分を任されていた。


 そんな絶好のタイミングで現れた父の友人。正に悪友と言うべきこの友人にも、僕らは悪感情を抱いていた。


 俺は一計を案じて話を合わせつつ、隙を見て車のトランクに包丁を忍ばせて見送り、この友人を犯人に仕立て上げたのだ。


 こうして僕らの平穏な生活が確約された。

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死血月《しちがつ》 西順 @nisijun624

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