ハイライト~前世からの繋がり~

Sawaha

第1話 遭逢

 ふと思い立って薄い部屋着のままベランダに出る。肌寒いけど、どこか澄んだ空気が気持ちいい。呼吸をする度に白い息が夜空に溶けていく。ぼーっとしながらそれを眺める。最近の楽しみはこれぐらい。

 何をしても上手くいかない。もっと何でも上手くこなしたいのに......。ちゃんと勉強しているはずなのに結果が出ず、学校の成績も落ちてきている。私が何かしたわけでもないのに、友達は離れていく。家ではお父さんは私を理解してくれるけど、お母さんは邪魔者扱いしてくる。私、沢田文美香の人生はなぜこんなにも恵まれていないのか......。

 考えるだけでいやになって、部屋に戻りベッドに潜り込む。ずっとこんな一人の時間が続けばどんなに楽だろうか。そんなことを思い浮かべながらベッドの温もりに包まれてすぐに夢の中へと導かれた__。



<............丈夫?>



 誰かの声がする。目を擦り、声のする方を振り返る。光が差して眩しくて見られない。それでもなんだか私のことを呼んでいる気がして、立ち上がり光に向かって歩いていく。


これは夢?


 頬をつねると痛くない。とうとう自分はストレスが原因で幻覚まで見え始めたのかと思ったが、これが現実ではなく夢だと分かって少し安心する。暖かい光。ずっと包まれていたいと思ってしまう。歩いていくと、どこが壁でどこが隅なのか分からないほど真っ白な部屋にたどり着く。目が疲れる。目を閉じ、ぐっと目頭をつまむように押さえると再び声が聞こえる。



<君なら大丈夫>


『僕達がここから見守っているよ』


[何かあったら絶対に助ける]


《僕達を信じて......》



 声がする後ろを振り向く。少し離れたところに誰かは分からないけれど四人が立っている。逆光で顔がよく見えない。四人はそんなことお構いなしに去ろうとする。



「待って!あなた達は誰なの?!」



 私の声が届いてないのか、彼らはそのまま歩き続ける。夢の中でも私をひとりぼっちにするの?やだ。絶対にやだ!追いつけ!走り出し、必死に手を伸ばす__。



「はあ、はあ、はあ......」



 目が覚めた。私は手を伸ばしたまま勢いよく上体を起こしていた。夢だということを知っていてなぜ私はあんなに必死になっていたのだろうか。ただ、今の自分が求めていた言葉をくれて、どこか温かく、現実味のある夢に胸がざわつく。伸ばした手を静かに下ろし、カーテンの隙間から見える青空を見上げる。雲一つない清々しさが、余計に寝汗が身体中にまとわりつく気持ち悪さを促す。



                  ◇



 学校に着くといつものぎこちない雰囲気と冷めた視線に包まれる。今日もぼっちか。そりゃそうだ。急に仲良くしてくるなんて裏があるとしか考えられない。誰も話しかけてこない方が何もトラブルがなく、安全だ。まあ慣れたしいいか。一つ溜め息をこぼしながら、席について授業の準備をする。



「えっと、1時間目は......」



 ごそごそとリュックの中を漁っていると机を軽く突く音がした。屋上への呼び出しの合図だ。毎朝ではないが、よくあるクラスのカースト上位の女子がこうやって私を呼び出しては理由もなく当たってくる。身体的にも精神的にも。そんな私を親友、横田桜__今となっては友達とすら言えるのかどうか分からない__が助けてくれず、避けているのは自分も標的になって被害に遭いたくないからだろう。もし私が同じ立場であれば、同じように避けるかもしれないから仕方のないことだと腹をくくってはいる。しかし、少しでも助けに来てくれるんじゃないかという希望を抱いてしまうのは、私の悪い癖だろうか。

 重い足取りで屋上に向かう。どうか今日は暴力を振るわれませんように、と一段一段踏みしめるように願う。そして屋上へのドアを開けようとすると、ふと背後から聞き覚えのある声が聞こえた。



[僕達が守るから]


《君は僕らを信じて》



 夢に出てきた声だ。はっとして振り返る。でもそこには誰もいない。勘違いかとあまり気にせず、再び屋上のドアノブに手をかける。鈍い金属音を鳴らし、開いたドアの向こうにはいつもの景色とは違い、目を疑った。



「え、なんで......」



 なぜなら偉そうにしているカースト上位の女子のリーダーの前で頭を下げている桜がいたのだ。必死に頼み込んでいる姿が何かあったのかと気になり、息を潜めて聞き耳をたてる。



「なに?」


「もうやめてくれないかな......?文美香は別に悪いことをしたわけじゃないと思うんだけど......」


「はあ?何言ってんの?あんたに関係ないでしょ」


「......関係ある。私の親友なの」


「だから?いじめても抵抗しなかったから丁度よかっただけだけど?」


「そんなのいじめていい理由にすらなってないんじゃないかな......」


「なに、あんたも巻き込まれたいの?」


「いや、そういうわけじゃないけど......」



 少し後退りしながら怯えている桜に、リーダーはまるで獲物に逃げられないように頬を平手打ちした。痛さと自分も標的にされたという恐怖で桜は倒れ込んでしまった。私のこと勇気を出して守ろうとしてくれている。助けに行かないといけないのは死ぬほど分かっている。でも桜は私を避けた。上手くいけば私はいじめの対象を免れるかもしれない。そんな良くない考えが脳裏を過ぎる。悩んでいるうちに桜は蹴られては叩かれの繰り返しで、苦しそうな呻き声が耳に入ってくる。どうすればいい?頭を抱えてしゃがみ込む。焦って呼吸が荒くなり、鋭く突き刺さるような耳鳴りがする。



『一歩踏み出せば世界は変わるよ』



 まただ。誰かが私に伝えている。そうだ。自分で決められないなら、一旦声の言うとおりに行動してみるのも悪くないかもしれない。要は試しだ。どちらにしろ、すぐには彼女らの遊び相手からは抜け出せないのだから。そう考えると気分が楽になり自然と脚も動いて思い切りドアを開けた。一気に注目の的になる。倒れ込んでいる桜に駆け寄り、身体を支える。



「こんなに傷ついて......。私のために庇わなくていい。大丈夫だから」


「......そんなの嘘でしょ?」


「本当だから。だから心配しないで」


「絶対嘘。知っているから」


「何を?」


「文美香がこうやって傷ついていること、私を恨んでいること」


「恨んではいない」


「でも淋しい思いをさせた。痛い思いもさせた。私がこうやって痛い思いをしている何倍も文美香は傷ついている。私は早く助けにいけたら良かったのにって、なかなか勇気が出なかった自分自身を恨んでいる。こんな自分さえ良ければいいって少し思ってた私は文美香を助ける資格もないかもしれない。ただ、もう苦しんでいる姿は見たくなかったの。ごめんね。許して......。」



 桜は、しゃがんでスカートが捲れて見えた、私の太もものくすんだ紫色の痣を見て歯を食いしばった。その姿を見て、桜のことを責めてはいけないと胸に堅く誓ったと同時に、助けに来てくれた優しさに溢れた涙を隠すように桜を抱きしめた。そんな私たちの様子を見て、リーダー達はこれ以上は見ていられないと呆れたように溜め息をついた。



「はあ、なんか気が引けた。面倒くさい」



 そしてつまらなそうに頭を掻きながら屋上を後にした。私たちは呆気なくその様子を見ていた。



「帰った......?」


「そうみたい?」



 お互いに顔を見合わせると、同じような素っ頓狂な表情をしていたもんだから笑えてしまう。また私たちは親友に戻れるよね。そんな心配は今朝とは少しだけ違うように感じる青空に消え去っていった。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る