TEST Case. ~北人と南人と人間のものがたり~

水嶋 穂太郎

第1話

 水と空気。

 氷に閉ざされた北の群島。

 乾いた南の大地。

 それぞれに人間と呼ばれる固有種が住んでいた。

 彼らは『北人』、『南人』と風習で呼んでいる。


「またジャップ(北の人間を指す蔑称)を狩れると思うと心躍るな!」

「よせよ、ブロ(兄弟)。あいつら必死こいてわけわかんねえ文化にしがみ付きながら生きてやがるんだ、かわいそうだろう」


 言葉の意味とは裏腹。

 会話を弾ませる南人たち。


 彼らは文字通りこれから北人を狩りに行く途中で、潜水艦のなかにいる。


 文明のちからをふんだんに使う者たちに、北人はなすすべもなく殺されている。

 潜水艦からは、爆弾と呼ばれる炸裂兵器で。

 大砲と呼ばれる鉄球撃ち出し兵器で。

 上陸しては、鉄砲と呼ばれる小型の鉄球撃ち出し兵器で。

 あるいは、刃物で。あるいは、素手で。


 思い描くのはただただ反撃もなく殺されるのを待つ北人の姿。

 そいつらの息の根を止めることに、南人は爽快さすら覚えるのだ。


 暗い船内では鬱屈とした思考がより強くなる。

 早く。早く殺したいと焦がれる南人が、赤黒い照明を反射させて眼を光らせる。


「ああ! 早く殺してえ!」

「わめくな。もうじき着く」


 拳でてのひらを打ち鳴らす男を、そばにいた男が冷静にいさめた。

 しかし彼もまた狩りを心待ちにするひとりに違いはない。



「見えたぞ! 北の群島だ! てめえら狩りの準備はできてるか!」


 船内アナウンスが流れると、怒濤のような雄叫びが走った。

 まだ射程にも入っていないのに盛大に撃ち出される爆弾に大砲。

 それは祝砲のようだった。

 彼らにとってはまたとない娯楽がはじまったのだ。



 一方で。


「またか」

「はい、またでございます」

「人死にがでるな、なぜやつらは悲しもうとしないのか」

「同じ人間でも思想が違うのでしょう」


 北人を取り仕切る長のもとにも、南人の襲来を告げる轟音が遠くに響いてきた。

 付き人とも長い付き合い。

 いつ殺されてもおかしくはないが、それでも反撃はせず逃げる道を選ぶ。


「全区域に至急で待避を命じなさい」

「はい」


 付き人は北人のみに聴こえる特殊な音を出す笛で、合図を送る。

 音は風に乗り、そしてこだまし、群島のすみずみまで行き渡る。


 これがもし逆の立場で、南人が北人に襲われるようであれば、大混乱になるだろう。

 しかし、北人は違った。

 どんな状況であろうと、それを粛々と受け入れるのが彼らの生き方だった。

 北人に南人はわからない。

 南人に北人はわからない。


 同じ種族であるはずなのに、一方を滅ぼそうとしている。

 いったいなにがいけないのか。誰にもわからない。



 長く、とても長く、年月が経った。


 群島は削られ、残る北人はわずか。

 それでも反撃は一度たりともしていない。

 しようとする者もいない。


 南人も容赦はなく、最後のひとりまで殺しつくした……。


 研究者の一角が議論をはじめたのは、北人が絶滅してしばらくしてのことだ。

 北人は『神』を信仰していたのではないか、と。

 なにを馬鹿馬鹿しいと、一般の南人たちはおおいに笑った。

 なぜなら南人にとって『神』とは弱い者がすがる偶像であり、決して助けてくれたり、奇跡をおこしてくれたりするものではなかったからだ。そんなものをあてにするくらいなら自分たちでなんとかする。


 はたして、この仮説はおそろしい結果で実証されることとなる。

 最高の娯楽対象だった北人の狩りを失った南人はどうなったか?

 自分たちを殺し合うようになったのだ。

 殺して殺して殺し合って……笑いながら、楽しみながら、壊しながら逝った。

 助けも奇跡もなく、ただただ自分たちの思いのまますべてが進んだ。


 そして、北人も南人も、世界からいなくなった。

 残ったのは環境破壊からまぬがれた関係のない動植物のみ。

 絶氷の群島と、荒野の大陸が、失笑しているように大地の表面に出ている。

 あわれで、腹の底から笑えてしまう、種族はもういない……はずだった。



 いまとなっては誰も存在しない北の群島。

 その地下の最奥に、新たなる人間が誕生するのはもうすこし先のことだ。


 のちに栄える人間たちは、北人と南人の関係をひも解き、自分たちは滅びることのないよう唯一無二の認識を作った。


『神はいる』

『おれたち(わたしたち)の最初の存在がそれに違いない』



<おわり>




あとがき:

 ええー……夢の内容です。

 なんか人間がふたつの種族にわかれていて、一方を虐殺するんです。

 普通、我々の世界では報復措置が執られるわけですが、彼らはしないのです。


 いったいなぜかなーと見ていたら、考えていることがまるで違うからでして。

 知識がないのであまり語れないのですが、片方は民主主義です。

 もう一方はかなり古いっぽいですが、どちらかというとこっちが正しいように感じましたね、はい。


 最後は夢では出てきませんでした。

 わたしは哲学者でもなんでもないですが、こういう答えのでない議論をするのは昔から好きなので、やってみました。

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TEST Case. ~北人と南人と人間のものがたり~ 水嶋 穂太郎 @MizushimaHotaro

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