CHAIN_101 千切れた鎖

 コムギに連れてこられたのは少し離れた家屋の中。部屋に横たわるエルマの体は損傷していて眠ったように目を閉じている。


「エルマは……」

「少し喋ったあとはずっとこんな感じで……」

「なんて言ってた……?」

「うんとね、約束守れたかなって」

「約、束……?」

「いざとなったらお兄さんの盾になるって」


 それは約束でもなんでもない二人がタッグを組む時の取るに足らない言葉。


「バカやろう……! そんな誰も覚えちゃいないようなことを……」


 ツナグはエルマのそばまで近寄って壊れたアイテムボックスからアイテムの『フルポーション』を取りだした。エルマから譲り受けて以来ずっと所持していたもの。


 どうにかなれ、と一か八かそれを使ってみるも、やはり何の効果も見られなかった。


「くそッ……!」


 この役立たず、とツナグはアイテムを壁に向かって放り投げた。たったそれだけで剥き出しになったベースレイヤー部分のひび割れが大きくなった。


「ツナグ君っ、あまり無理しないで」


 一目で分かる体の状態を心配してコムギが近くで落ち着ける。


 窓の向こうではシェラックと果敢に戦う二人の姿が。どちらもその実力は折り紙付きだが二人がかりでもかなり苦戦を強いられている。


 §§§


「氷帝っ! ちゃんと当てなさいっ!」

「そのつもりでやっているッ!」


 連続で氷柱の白波を飛ばし遠隔操作しても避けられてしまう。座標移動のことを知らない彼らにとっては消えては現れる幽霊のような相手。


「ただ速いだけじゃない……! いったいどんなトリックを使っている……!」

「来るわよっ!」


 スッと消えたシェラックはまたたく間に接近して光を纏わせた手を振るった。


「――氷柱の盾 《アイシクルシールド》」


 ヒサメは直感で出した盾で防いだが、シェラックは先を読む必要もないと言わんばかりに盾を軽く弾いた。たったそれだけで盾は破壊され、伸びた手がヒサメの首をグンと掴んで持ち上げた。


「白百合の成長 《リリーグロウ》」


 ユリカの手から撃ちだされた種子がシェラックの足もとに着地。そこから発芽して急成長を遂げる。身動きを封じるように茎が巻きついてその上に綺麗な百合の花が咲いた。


 しかしながらシェラックは物ともせずに拘束を解除。もう片方の手でユリカへ向けて光球を放った。


「白百合の 《リリー》」


 防御策を展開しようとしたがもう遅い。


「きゃああああああああああああああああああああッッッ!」


 光球を受けたユリカの体にブロックノイズが激しく波打った。尋常じゃない痛みが全身を駆け巡り、カイの時のように膨張を始める。


「こ、ここで……挫けて、たまるものですかァッ……ッ!」


 が、本気の意地を見せて膨張を無理やり抑え込み、元の状態へと収縮させてみせた。


「……うっ……はァ……はァ……」


 しかしもう立っていられなくなりユリカはその場に倒れてしまう。


 予想外の行動だったのか。それを見ていたシェラックはふと動きを止めた。その隙にヒサメはシェラックもろとも氷漬けにして、


「氷柱の爆裂 《アイシクルバースト》」


 巻き込み爆破を決行した。


 それにより敵の手から解放されたが爆風に吹き飛ばされてヒサメは地面を転がった。


 そこまでしても敵に大したダメージはないようだった。周囲を見渡して優先順位の最も高いツナグを探知して、その方向へ歩いていく。


「そっちへは……行かせるかッ!」

「そちらへは……行かせませんッ!」


 二人は倒れたまま顔だけを上げてスキルを行使した。


 ヒサメの頭上に現れた強烈な冷気を放つ巨大な氷柱。


 ユリカの眼前に生えたまばゆい純白さの巨大な百合。


「氷柱落とし 《アイシクルクラッシュダウン》」

「無垢の熱視線 《イノセントバーニングレイ》」


 ほぼ同時に今の二人が持つ最強の技が放たれる。


「押し潰せッッッ!」


 敵を目がけて宙を落下する厳かな巨大氷柱。


「燃え尽きなさいッッッ!」


 開いた花から放たれる狂熱を帯びた火炎砲。


 左右から特大の攻撃をその身に受けるシェラック。半身は凍える寒さで凍結し、半身は燃え盛る熱さで焼き尽くされる。


 このまま力を加え続ければいけると二人が思った矢先、


「……優先順位の変更はなし」


 シェラックは呟いたあとで双方へ光球を放った。それは巨大氷柱を粉砕して、巨大百合を木っ端微塵にした。


「……そんな……」

「……嘘……」


 最大出力のスキルまで破れて二人は絶望した。もう体が微塵も動かない。


 §§§


「……行かなきゃ」

「むっ、無理だよ、そんな体で……!」


 家屋から出ていこうとするツナグの手を握って引き止めるコムギ。


「放してくれ。俺が行かないと他のみんなが」

「みんなみんなって、じゃあ自分のことはどうでもいいの? 死んじゃうかもしれないんだよ……?」

「……それは。いや、いいんだ。俺のことは」


 少しのためらい。しかし脳裏によぎった幼少期の記憶がそれを一切合切振り払って自身を奮い立たせた。立て、迷うな、助けろ、と。


「だから行かせてくれ。みんなを助けたいんだ」


 その迫真さに気圧されてコムギはそっと手を離した。


「エルマのことを頼む」


 そう言い残してツナグは家屋を後にした。おぼつかない歩き方でシェラックのもとへ。


「……ツナグ。ごめん……」

「言わなくても分かってる。気にするな」


 申し訳なさそうな電脳の妖精に優しく声をかけるツナグ。


「さあ、来てやったぞ」


 シェラックの視界に入ったところで虚勢を張ってみるが実際は立つのがやっと。頭には鈍痛、体には激痛が走っていて、気持ちだけでどうにかなっている状態。


 それを分かっているのかいないのか、シェラックの姿が消えた。


「鉄鎖の拳 《チェーンブロー》」


 もはや鎖すら満足に巻けないその拳を当てずっぽうで振り下ろした。


「ぐゥッ……」


 当然空振りで気づけば次の瞬間には首を掴まれていた。


「削除実行」


 その手から溢れだす光がツナグの体に異変をもたらす。全身がブロックノイズで激しく波打ち、風船のように膨張し始めた。


「――ッッッッッ」


 痛みを超えて声にならない叫びが心の内に木霊する。


「――ッッッ」


 密接に繋がる人工知能も例外ではない。


「削除完了」


 感情の欠片もないその言葉でツナグは泡のようにパチンと弾けた。空中にデータのフラグメントを撒き散らして雪のように降り注ぐ。


 その様子を遠くで見ていたコムギは顔を両手で覆って膝から崩れ落ちた。


 ヒサメとユリカは気を失っているのか顔を伏せたまま動く気配がない。


「…………」


 背を向けて空を見上げるシェラック。そこに渦巻くマインドイーターの群れはただひたすら知を貪っていく。その数により街には暗雲のカーテンがかかっている。


 全ての希望は潰え、絶望の二文字が世界を跋扈する。






「……?」


 シェラックはふと何かを探知して振り返った。

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