CHAIN_83 秘密の誘惑
その後、一階を探していると行方不明だったマリアに出くわした。その鎧はかなり傷ついているものの当人は無事のようだ。
「あ、マリアさん」
「ああ、君か」
「今までどこにいたんですか?」
「内部へ侵入しようとしていた敵の残党、マインドイーターと言ったか。そいつらを片づけていた」
「そうだったんですね。てっきりあの光線に巻き込まれたのかと」
「巻き込まれかけたがな。第二射目で。おかげでこの有り様だ」
それはエルマが煙幕で狙いをズラしたせいなのか。マリアは自身の鎧を一瞥したあとに鞘から剣を抜いた。その剣も途中から折れていてもう使い物にならない。
「それってアビリティなんじゃないんですか?」
「そうだ。武装解除 《ディスアーム》」マリアは武装を解除。剣も鞘も鎧も消滅して元々のフルボディスーツに戻る。
「私のアビリティは武装の力を持つ。様々な武器や防具を見に纏うことができる。損傷しても自動修復するがそれには時間がかかるんだ」
「なるほど。そうだったんですね」
「話は変わるが、正直私は君の実力をみくびっていたようだ。遠くから見ていた。あの圧倒的な強さを持つ敵との戦いを」
「はあ、どうも」
「その強さを見込んで頼みがある。私たちの騎士道連盟に入ってくれないか。おそらくあの男がすでに何度も誘いをかけているだろうが」
「……それは、まあ」
ツナグの反応を見てマリアは確信した。
「やはりな。そちらへ行ってはダメだ。秩序がない。こちらなら悪いようにはしない。ただ先のような不測の事態に陥った時に私たちのことを優先してくれるだけでいい。みんなもきっと喜ぶだろう」
「……考えておきます」
ツナグはカイの時と同じように言葉を濁す。どこかへ肩入れしてしまうといざという時に自由が利かなくなってしまいそうで躊躇していた。
「少人数のほうが楽よね」
そう口を挟んだリンはツナグの心を読んでいるかのようで。事実、少人数のほうがすこぶる気が楽だった。
「もしこちらへ来てくれるのなら……」
マリアはツナグへずいと近寄り、その耳もとで何かを囁いた。
「…………」ツナグの目が見開かれる。
言い終えたマリアはそっと離れて意地悪そうな笑みを見せた。
「君だけの特典。悪い話ではないだろう? ここでやってもいいし、現実世界に帰ってからがいいと言うのであればそれでもいい」
「…………」
「今ここで返答は求めない。よく考えてくれ」
マリアはそう言い残して去っていった。
囁きの内容は肉体関係をそそのかすもので真面目そうなマリアが言うとは到底考えられないものだった。だからこそツナグは余計に驚いていたのだ。
「異性との交渉については私もまだまだ勉強不足なのよね。もっとデータを収集しないと」
あくまで興味の対象として調査に前向きなリンに対して、
「せんでいい」
ツナグは一言、そう言い放った。
§§§
一階をくまなく探したあとに広間に戻って待っていると、エルマが帰ってきた。両手でバツのポーズを取っていることから収穫は何もなしだったことが窺える。
「使えそうなものはありませんでした」
「こっちも特になかった。地下室のほうに行ってみるか」
「そうですね。便利アイテムならもしかしたら……」
運良く崩壊を免れた階段を使って二人は地下室へと下りていく。松明が頼りの薄暗い場所だったのが、今では天井に走る大きな亀裂から光が差している。そのことにエルマは大層ほっとしていた。暗い場所はやはり苦手らしい。
隠し部屋のある場所へ到着した二人は立ち止まって目を丸くした。なぜなら本来解除コードを使用して開閉する壁に裂け目ができていて向こう側を覗くことができたからだ。
「なんか通り抜けられそうですね」
物は試しとエルマは体を縮めてその裂け目の中へ。するりと入って横歩きをすればあら不思議。簡単に通り抜けることができてしまった。
「あっ!」続けてエルマが叫ぶ。
慌ててその裂け目を通り抜けたツナグが見たのは、
「――あれ?」
大きなレバー以外何もない部屋だった。まだ数多く残されていた便利アイテムが夜逃げでもしたようにすっかり消えてしまっている。
「あれだけたくさんあったのにどこにいってしまったんでしょう」
「……さあ、分からない」
元々は未実装のデータ。調整不足で存在が不安定だったとしてもおかしくはない。しかし以前から保管されていた事実を考えれば誰かが持ち去ったというほうが自然。ツナグは心当たりを探した。
「やっぱり誰かが持ち去ったと考えたほうがしっくり来るな」
「えっ!? でもいったい誰がそんなことを……?」
裂け目ができたのはまず間違いなく光線による攻撃を受けたあと。それが第一射目か第二射目かは関係ない。その時に城の内部へ行くことができたプレイヤー全員に容疑がかけられる。
ツナグが疑っているのは帰りの遅かったマリア。だとすれば確かめなければならないとリンを見やった。目が合った彼女は人間の少女のようにかわいく首を傾げた。
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