CHAIN_71 排泄と渇き

「お、お兄さーんっ!」


 エルマが手を振りながら駆け寄ってきた。救助したプレイヤーたちを引き連れて。


「大丈夫か?」

「はいっ! 僕もみんなも大丈夫です。お兄さんのおかげですよ」


 目を輝かせながら返事をするエルマ。


「あ、ありがとう。君がいなかったら俺たちほんと……」

「俺たちじゃ全然敵わなかったのにそれをたった独りでやってのけるなんて」

「正直、私もうダメかと思いました……」

「すげえな。びっくりしたよ」

「助かった。でもまだ体が痛むよお……」

「途中から記憶がないよ。めちゃくちゃすぎてさ」


 六人はまだなんとか大丈夫そうな様子で口々に思ったことを言っていた。


 そしてもう一人。最初に助けた男が前に出てきた。


「改めて礼を言わせてくれ。本当に助かったよ。ありがとう」

「困った時はお互い様だ。こんな状況ならなおさら」

「そうだな。途中からログアウトができなくなるし化け物も出てくるしで本当におかしなことになってる」


 男が言うと他のプレイヤーたちも神妙な面持ちになった。


「俺たちもう帰れないのかな……」

「お、おいっ。そんなこと言うなよ。縁起でもない……」

「ちょっと! なんてこと言うのよ……」


 ふとした弱音で場の雰囲気がより一層沈み込んだ。


「気になってたんだけど、みんなはチームなのか?」


 ツナグがそう聞くと最初に助けた男がそれに答えた。


「元々はバラバラだったけど、異変後に俺が一人ずつ声をかけて仲間にしたんだ。そのほうがいいと思って。……あ、悪い。まだ名乗ってなかったな。俺の名前はコージだ」


 そう名乗る男は大人びていて部長のケイタに似た雰囲気をしていた。


「俺はツナグ」

「私はリンっ! って言ってもどうせ気づかないわよねー」


 他の人間に伝わらないと理解しているのでさすがの人工知能も諦め気味。


「その強さを見込んで頼みがある。どうか俺たちと一緒に来てくれないか。そうしてくれると俺たちも心強い」


 コージが言うと周りは弱々しくうなずいた。


「ツナグ。大人数での行動は控えたほうがいいわ。この子たちには頂上のお城へ行ってもらいましょ。今のところは安全なはずよ」

「お城か……」


 途中で下りてきてしまったが、坂道の頂上には小さなお城がある。風間の一件以降誰とも何とも遭遇していないのでまだ安全圏である可能性は高い。


「コージ。悪いけど今は一緒には行けない。他のみんなも助けたいんだ」

「そうか……」落胆の声。

「その代わりあとで合流ってことにしないか? この坂道を上っていくとお城があるんだけど、たぶん今のところは安全だと思う」

「……なるほど、お城か。じゃあ他のプレイヤーたちを助けたあとはそこに連れてくるってことだな」

「ああ。そういうことだ」

「分かった。じゃあ俺たちは一足先にそこへ向かおう。強いのはもう分かっているが、くれぐれも無理はしないでくれ」

「そっちこそ。またあとでな」

「ああ。またあとでな」


 二人は最後に握手を交わしてからともに別行動を開始した。


「あっ、あの、僕は……」ポツンと取り残されたエルマが不安そうにツナグを見やる。

「大人数でいたいなら向こうについていってもいいし、これまで通りこっちについてきてもいい。お前次第さ」

「ぼ、僕はもちろんお兄さんについていきますっ!」

「ならいちいちビビったりするなよ。またあいつらと会うかもしれないんだ」

「わ、分かってますよっ!」


 エルマは両手を何度も振って訴えているがその手は小刻みに震えていた。


 そのあと二人はさらに下って風間たちと戦ったエリアの境目まで戻ってきた。森林エリアだった向こう側は砂漠エリアになっていた。


「あれ……?」

「たぶん森林エリアが封鎖されたから代わりに砂漠エリアがここに繋がったんだ」

「なるほど。それなら納得です」


 エルマは砂漠へ歩み寄ってしゃがみ込んだ。両手で砂を掬い上げると指の間からサラサラとこぼれ落ちていく。それは本物のような質感。


「向こうに複数の反応があるわ。プレイヤーもしくはマインドイーターということになるわね」リンがある方角を見ながらそう話す。

「もしかしたらその両方、交戦中かもしれないな。行ってみよう」


 ツナグが境目をまたいで先へ進むとエルマは慌てて立ち上がりあとについてきた。


 来た時変わらず殺風景だが、現実と違ってむせ返るような暑さがないのでそこは非常に助けられている。それでも砂地を見ていると喉が渇いてきた。


「……これじゃ休憩もできないな」


 ログアウトができない今の状況では休憩どころか水分補給もできず食事をすることもままならない。


「おい、大丈夫か?」


 ツナグは振り返る。さっきまですぐうしろにいたエルマがだんだんと遅れてきている。どうも様子がおかしい。


「だ、大丈夫ですっ!」


 そう強がってはいるが明らかに落ち着きがなく何かを隠しているような雰囲気。


「どう見ても大丈夫じゃないだろ。気にせず話してみろよ」

「そ、それはちょっと……」エルマはうつむいてもじもじしている。

「言いたくなければ別に言わなくてもいいけどさ、あとでごねるのはなしな」


 そこまで言うとエルマは口をパクパクさせながら、


「……お、お手洗いに行きたくて……」恥ずかしそうにそう言った。

「お、お手洗い? なんだそんなことかよ。なら最初からそう言えって。……ん? ちょっと待てよ。この場合ってどうなるんだ」


 現実世界に戻れないこの状況では垂れ流し以外に道はない。


「お前のDIVEってどっち仕様だ……?」

「……スタンダード仕様です……」


 そう言うエルマは涙ぐんでいた。ツナグはというと打つ手がないので頭を抱える。


「ああもう。どうすりゃいいんだ。いや、どうしようもないだろこれ」

「ううう……もう、限界です……」

「せ、せめてそこの物陰に隠れてみるってのはどうだ。多少は気持ちも落ち着くだろ」


 ツナグが崩壊した小さな建物を指差すとエルマは突然硬直した。


「――あっ」

「あっ……?」

「ま、まだ大丈夫です。行ってきます」


 間一髪。なんとか耐え切ったエルマは小走りでそこへ向かった。

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