CHAIN_50 情熱の白百合

「行ってきます」と言ってツナグが向かったのはテニスの試合会場。


 今日は親友センイチの新人戦がおこなわれる日だ。自宅のすぐそばから自動運転の公共交通機関を利用して大きな公園へ。その中にある屋外コートで選手たちが試合をしている。


 天気は快晴。試合をするには持ってこいの条件。


 デントのようにチケットを買う必要はないので、受付で見学者として登録してから座れる場所を探しているとすでに到着していたアイサと目が合った。


「ああ、ツナグ。こっちこっち」


 呼ばれてツナグは彼女の隣に座った。目の前のテニスコートでセンイチが試合前のウォーミングアップをしている。


 ツナグと目が合ったセンイチは軽く手を振った。


「まだしばらくかかりそうだから飲み物買ってくるよ」

「あ、私の分もよろしく」

「分かった。適当に買ってくる」


 ツナグは立ち上がって自販機のあるほうへ。携帯端末から注文して現在地まですぐに届けてくれる宅配ドローンの便利なサービスもあるのだがちょっと割高。飲み物ごときに使うまでもない。


 園内を少し歩いて自販機で紙パックのお茶を二つ購入。戻ろうとした時にうしろで物音がした。振り返るとそこには、


「……あなたは」


 あの時一緒に閉じ込められた女の子がいた。その燃え盛るような髪は顕在でよく見れば彫りの深い美麗な顔立ちをしている。


「――っ」


 彼女はいきなりツナグに抱きついてその胸に顔を埋めた。


「お、おい。いきなりなんなんだよ」とたじろぐツナグに、

「ツナグっ! 心拍数が急上昇してるよっ!」


 リンは警告サインを出しながら飛び回った。


 ハッとした彼女は慌ててツナグから離れる。


「ご、ごめんなさい。私ったらなんてはしたないことを……」

「べ、別に謝らなくていいけど」


 突然のことに驚いたもののツナグは一つ得をしたと思った。


「殿方との距離感があまりよく分かっていなくて」

「そうなんだ。それなら仕方ないな。……じゃあ、俺もう行くから」


 気まずくなって立ち去ろうとするツナグを彼女は引き留めた。


「待って! せっかくこうして出会えたのに!」

「そう言われても話はあれで終わりだろ。君が無事だったのは嬉しかったけどさ」

「そうよね。よく分からないわ」と横でリンも首を傾げている。

「……あれからずっとあなたのことばかり考えていました。朝も昼も夜も。あの勇ましい姿を思い出すたびに胸が高鳴って……自分では止められなくて」


 彼女は頬を赤らめながら手で胸をぎゅっと押さえた。


「ですから、どうか私の婚約者になっていただけませんか?」

「は?」


 ツナグは手に持っていたお茶を落とした。


「唐突なのは重々承知です。でもあなた以外に考えられない。今までの人生でこんな気持ちにさせられたのは初めてですから」


 どこかで聞いたような台詞に既視感を覚えたあとにツナグは名前も知らない相手からの求婚に改めて戸惑った。


「ごめん。本当に唐突すぎるって」

「……やっぱりそうですよね。でしたらせめてお茶だけでもいかがですか?」


 要求が一気にダウングレードしたと思いつつツナグは落としたお茶を拾って見せた。


「お茶ならこれでいいし、もうすぐ友達のテニスの試合が始まるから行かないと」

「私も同行していいでしょうか。たまたまこの辺を散策していただけなので」

「まあ、それは別に構わないけど」


 断る理由もないとツナグは彼女を受付へと案内した。


 受付で見学者登録を済ませる彼女の背を見ながらリンが愚痴を漏らす。


「また変なのが増えたわねー。スマートな私もこの人間の論理飛躍には頭を悩ませるわ」

「たぶん人間の中でも特殊な例だから参考にしなくていいぞ」


 人工知能にとって感情を持つ人間の行動予測は想像以上に難しい。人間同士ですら理解できない時のほうが多いのだから。


「登録できました」

「じゃあ行こうか」


 二人はテニスコートわきにある観客席へ。


「持ってきたぞ」

「遅い。もう始まってるよ……ってその子は誰?」


 お茶を受け取ったアイサの表情は硬い。金剛石のように硬い。


「ああ、この子が例のあの空間に一緒に閉じ込められたっていう。偶然会ったんだよ、すぐ近くで」

「……この子が。名前は?」

「あ、申し遅れました。私、牡丹一華ぼたんいちか女子高等学校の篝火かがりびユリカと言います」


 そういえば名前も聞いていなかったとツナグはそこで気づかされた。


「ふむ。その子、東京都四帝の一人ね。炎帝・篝火ユリカ」


 リンの検索結果にツナグは目を見開いた。


 東京都四帝とは全国でも屈指の実力を持つ都内のデントプレイヤー四名を指す。その中には氷天架ヒサメも含まれている。


「炎帝……?」

「その呼ばれ方はあまり好きではありませんが……」


 ユリカは小さくため息をついた。


「げえ。牡丹一華ってお嬢様学校じゃん」とアイサは面倒臭そうにしている。

「知ってるのか?」

「この時代に珍しい女子高で上流階級のお嬢様ばっかりって話よ。実際のところはどうなのかしら?」

「嘘か本当かで言えば本当です。私もいわゆる名家の出ですし。それよりもこの方とはどういったご関係で?」

「こいつとは幼馴染み。あそこで今まさに試合をやってるのが親友のセンイチ。二人で応援しに来たんだよ」


 言いながら席に座ったツナグの隣にユリカも腰掛けた。


「幼馴染み。つまりの男女の関係はないということですね。安心しました」

「安心ってどういうことよ?」

「そのままの意味です。私とツナグさんの仲に邪魔が入るといけませんので」

「ちょっと。ツナグ、どういうこと? 説明してよ」

「俺に聞かないでくれ」とその目は真っ直ぐ親友のほうを見て応援している。

「私はツナグさんに婚約を申し出ました。まあ、すぐに断られてしまいましたが」

「はあ? あんた頭おかしいんじゃないの?」

「そうなってしまうほどに情熱的な出会いでした。怪物に襲われていた時に颯爽と現れて救いだしてくださった私の王子様……」


 思い出し笑いならぬ思い出しもじもじするユリカ。それを見てアイサの脳裏にある男の姿が浮かぶ。そして静かに呟いた。


「……なんだかあいつと同じ臭いがする」

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