江戸時代に封印された鬼娘がサイバーパンク世界に来る話

星野谷 月光

三百年ぶりの江戸は魔界都市トーキョー

あたしは正直困惑していた。

三百年ぶりくらいに封印を解いて現世に出てきたは良い物の……一体、こりゃなんだ?

あのでかい墓石みたいな光るものはなんだ!?空を轟音を上げて飛ぶぴかぴかしたものはどんな妖だ?

光る板で動いてるのは浮世絵か!?

地面は黒い小石みたいなので固められてわけのわからない模様が刻んであるし。

それに何より……なんだこの息苦しいくらいにいる人と妖は!


「えらく……三百年で都会になっちまったんだなあ……」


しかしどうした訳だ。

角のあるのやら、獣の顔をしたのやら。あるいは、鉄の手足をつけたやつやら。

男はみんな地味な色の袴みたいなのを穿いてるし、女はひらひらした短いのを穿いてる。

恥ずかしくないのだろうか?


「ずいぶん服も変っちまったんだな。い、今はあんな短いのが流行なのか?」


おっ、あたしと同族の鬼がいる!見たところ、誰も気にしてない……

ははあ、さてはこの三百年のうちに妖怪が天下を取ったんだな!

よし!後をつけて人通りの少ないところで話しかけてみよう!


「しかし変だな?妖怪だらけなのに人間もたくさんいるし……

その割には誰も人を食った血のにおいもしない……どうなってんだ?

今はどんな世になっちまったんだ?」


前を歩く鬼の娘が人気の少ない道に入る。

細い路地だけど、両脇に飲み屋らしき店が建ち並んでる。

どこもぴかぴか光る看板やにぎやかな声がする。

そしてすごくうまそうな肉と醤油の匂いだ……

人気が少ない、今だ!


「な、なあ!あんた鬼だろ?あたしもなんだ!同族のよしみで話を聞いてくれ!」


振り向いた鬼は赤い肌にわかめみたいにうねる金髪、銀色に光る耳輪なんかつけてた。

でも、たしかに額から中指ほどある角が二本生えてる。

気配から感じる妖力も鬼のそれだ。


「え?あー……まあ。そうだけど。何?てゆうかこの季節に浴衣?マジウケる」


鬼の娘は光る板をちらちら見ながら面倒臭そうに言った。

何から話せば良いんだ……色々とありすぎるけど、事情を言わなきゃダメだ!


「あたしは野吹山の白部童子!今三百年の封印からよみがえった!

……というわけで、浦島太郎みたいに今の世がぜんぜんわからない!

たすけてくれ」


目の前の鬼はまた光る板を弄っている。ぱしゃって音が鳴ったぞ今!

甘い花のような香りの……香か?そんな匂いもする。

鬼の表情からはただただ面倒だという様子が見て取れる。


「あー……マジ?」

「マジだ!本当に三百年ぶりに起きたんだ!」

「三百年っていうと、江戸時代しょ?勘弁してよぉ……ウチがなんとかしないといけない系?ええ……

ゴメン、無理だわ。市役所行ってくれる?受付でおんなじ事言って「宣言」したいですって言えば世話してくれっからさあ……」


鬼の娘は角に手を当てて困り果てた様子で悩んで、それから指を立てて何事か呪文を言った。


『慎みて請う祖霊なる鬼神、我が権能たる鬼火を請う。呪して曰く導べとなって導け。急々如律令』


爪の長い指先から拳ほどの鬼火が出てふわりと舞った。


「これ追ってって。案内してくれっから」

「鬼火か!ありがたい!」


なるほど鬼火の妖術か!今はそんな使い方もあるんだなあ。

街ゆく者たちは鬼火に何も興味を示さない。気づいて無いわけじゃないらしく目線は炎を見ているが。

町中で妖術を使ってもかまわない世の中か。


「たすかった!そうだ!今の世は妖が天下を取ったんだな?」

「えっとねえ……あー歴史の授業ちゃんと受けてたらよかったよー!

そういう訳じゃないから。普通に共存してるだけだから。

人とか食べちゃダメだよ!後はとにかく役所に行って説明してもらって。

あ!あと『狩人』に喧嘩売ったらだめだからね!じゃあね!」


そう言うと鬼の娘は走って逃げ出してしまった。

鬼火も動き出してゆくべき道を示している。


「あっ!せめて名前を……何かお礼をだな!しょうがない。役所とやらに行ってみるか」


しかしどうしよう。一文無しでお役所に鬼が行く?本当にいいんだろうか?

いや、それが許される世の中なら暮らしやすそうだ!


「とにかく、あたしはどうにかしてこの時代で生きてかなきゃいけないんだ」


封印される前だって好きで山賊まがいのことをやってたわけじゃない。

鬼に働き口なんてなかった。だけどこの時代の鬼はなにやら羽振りがよさそうだ。

ひょっとしたら、人並みに暮らせるのかも知れない。そうだったらいいな。


「なんとかして食っていく方法をみつけるんだ」


とにかく役所とやらの場所だけでも確認してみよう。

あたしは再び黒い小石の道を歩き出した。



同じ頃、退魔師は割れた封印の石を見てため息をついていた。

一軒家の小綺麗な庭の一角に、割れた石を見る男が一人。


「あーあー、こりゃあ中の人、出ちまってますねえ……

江戸時代の鬼がこの東京に?さあてどうなることやら」


プカリとタバコを吹かすと退魔師は灰皿でそれをもみ消し、コートを取りに家の中へと戻っていった。


「まいったね、こりゃあ……」


退魔師は煙を吐き出し、これから起こるであろう面倒事に立ち向かう気合いを入れた。

この東京で鬼ごっこが今始まった。


■退魔師が治安維持する世界


「ほんとにこの道でいいんだろうな?」


なんだか歩く度にさみしい風景に変っていく。

さっきまでの人混みはあたしにはしんどかったから、この方が居心地はいいけど。

しかしあのばかでかい墓石みたいなやつが多いな。

光ってるのは……窓か?中に人影がいる?

そうか!これは城か!城なんだな!こんなに城が建ち並んで一体どうなっちまったんだ。


「うん?こりゃあ、血のにおい?」


懐かしい、人血の匂いだ。それもすごく近い。油と火薬の匂いもする。

かかわるべきじゃないだろうけど、鬼火はその道を飛んでいく。

どうしよう。


「うっ……」


鬼のあたしから見てもそれはすさまじい殺し方だった。

下手人は三人。みんな黒い羽織みたいな服(コートというのだと後で知った)に黒い帽子だ。

手には種子島か?それとよくわからないノコギリ刃がついたうなり声を上げる油臭いカラクリ。

他にも斧や大金槌を持ったやつもいる。

どれもすさまじいほどの返り血を浴びて、死体になったやつを何度も何度もすりつぶすように切って殴ってつぶしたと解った。


「辻斬りか?」


かかわるべきじゃない。回り道しよう。


「おい鬼火、回り道できるか?」


ふらふらと鬼火は小さく回ったあと、別の道へ進み始める。


「ありがとう」


ああ、でもなんて美味しそうな淀んだ血だ。そういえば何も食べてない。

腹が減ったなあ。


ぐうう、と腹が鳴った。


黒づくめの奴らが一斉に振り向いた!


「すいません、『獣』に対する公務執行中です。回り道してください」


近づいてくる!

な、なんだ?何を言ってるんだ?とにかくヤバい奴らだ!

どうしよう、逃げるか?


「な、なんだやるのか?」

「すいません、ご迷惑をおかけしてます。これは正当な公務執行です。

撮影などはお断りしています。どうぞあちらから回り道してください」


やりあう気はないみたいだな。しかしこいつら、人間か?

人間……だよな?いやでも中には腕や足を鉄にしてるやつもいるし、純粋な人間からは匂わない妖の血のにおいもする。

そうか!こいつら退魔師か!?そんな感じだ!いやでも今の世は人と妖がきょうぞん?してると言うし、どうなってるんだ?


「お前ら何だ!何なんだ!?」

「狩人です。あー、すいませんが身分証はお持ちですか?『宣言』はお済みですよね?」


宣言?そういえば役所でしてこいと言われたやつか。

狩人とは喧嘩を売ってはいけない奴らだったな。


「みぶんしょう?よくわからないが何も持ってない!宣言?というのはこれからしに行く所だ!」


ふーっと、黒づくめの男達はため息をついて顔を見合わせた。

面倒なことになったという顔だ。

露骨に態度が適当になって犬でも追い払うように手を振る。


「ああそう、じゃあ『宣言』早めに済ましてくれる?とりあえずここは見なかったことにして役所とかで説明受けてね」


その時、死体の下からもう一体死体が見えた。

それには、鬼の、角が。


「てめえら同族を!」


気づけば目の前の黒づくめを殴っていた。

狩人とやらはやはり退魔師らしく、人間の限界を超えた速さで動いて防御していた。

あたしの拳と狩人の大金槌が甲高い音を立てる。


「誤解だって落ち着けよ話聞け!それ以上すると公務執行妨害で逮捕になるけどいいの?」


残りの二人も武器を抜いて近寄ってくる!

種子島をこっちに向けて短く怒鳴った。


「手を上げて膝をつけ!」

「抵抗するなら撃つ!」

「御用である神妙にしろってこった。おわかり?」


分が悪い、やっちまった!逃げるべきか?同族を殺したやつを目の前に?

相手は三人でたぶん退魔師だ。


「妖術を解除しろ!」

「『不動明王に請願いたす!鬼火怪異の障りあらば滅尽に滅尽したまえ!成就あれ!』」


鉄槌を持ったやつが呪文を唱えると鬼火はじゅうっと音を立てて消えてしまった。

なんてことしやがる!あの同族の親切を!

分は悪い。だがあたしは鬼だ。同族を殺したやつはそれに報いを与えなきゃいけない!


「膝をつけだと……!なめんなよ人間が!」


距離を詰めて殴る!やってやったぜ!

あれっ、頬肉が削れたのにあいつ立ち上がって帽子をかぶり直してやがる……!


「公務執行妨害で現行犯逮捕な」

「現捕了解!」


後ろのからくりを持ったやつがからくりのヒモを引く。

すると、どるんどるんと吠え声がしてからくりはノコギリの刃を回し始めた!

そうかああやって使う物なのか!あれで斬られたらものすごく痛そうだ。


「やってやらあ!役人か退魔師か知らねえけどこちとら鬼なんだよ!」


道に敷き詰められた黒い小石を蹴って相手にぶつける。


「ああそうかい。理解できたのは偉いね!頭良いじゃんその上でそうすんのか。じゃあ文句はないよな死ねよ糞袋女が!」


金槌の黒づくめは小石が腹に刺さったのに平然とこっちに向かってくる。

残りの二人は……


「撃て」


種子島だ!その場からとっさに離れる!

避けれた!

ただしそれは最初の一発だけだった。

何秒も連続して鳴る銃声は無数の弾をはき出してあたしを追ってくる。

避ける!避ける!

塀を蹴り、壁を走り、屋根に飛び乗る。


「これでもくらえ!」


近くにあった屋根の一部をもぎ取って投げる!

金槌野郎が短筒をこっちに向けた。

銃声!


「いてえ……撃たれた!ちくしょう!」


それだけで腹の肉が削り取られ持って行かれた。

下手すると腸が飛び出そうだ。

種子島ってこんなに威力があったのか?!


「よう剥奪者(ハグレ)の糞袋女が!鬼ごっこは苦手か?追いついたぜ。一つ質問だ。あんたは人を食った?」

「ああ食ったさ!鬼が人を食って悪いか!」

「ああそうかい、じゃあ死ね!時代遅れの遺物かテロリストのお仲間か知らねえけど」


大金槌が振り上げられた、と思ったらあたしの視界は半分になっていた。

痛い。気持ち悪い、吐き気がする。

頭をつぶされた!空中に吹き飛ばされて……地面に落ちる!痛い!


『閻魔不動に誓願いたす!邪鬼が障り、御身が火世三昧の炎にて滅尽に滅尽せよ!成就あれ!』


呪文と共にごうっという音がして炎の匂いが立ちこめる。

大金槌の先に炎を灯して黒づくめがこっちにやってくる。

あれはまずい。本物の不動明王の炎、地獄の炎だ。

金槌の先がらんらんと赤く燃えて、火の粉が立ち上っては舞う。


「じ、地獄の炎……!やめろそれは嫌だ!」

「おっ、よく知ってるな物知りさんめ!じゃあまあチェーンソーから行ってみようか。

そんで大人しくしろ!現代文明を体験していけ!」


ばるばるばる、とカラクリの唸りが近づく。

あのノコギリも嫌だ!

ぎゅっと目をつぶる。そのとき、タバコの匂いがした。


「はいそこまで。お久しぶりですねえ、『鉄槌』の」

「ああ!?……ああ、あんたか『花屋』の。悪いけど後にしてくれる?見ての通り今忙しいんだわ」


いつのまにか、四人目の退魔師がいた。緑色の羽織みたいな服に口にはキセル。

あの恐ろしい地獄の炎から火を取って平気でタバコを吹かしている。

片手をあげて、鉄槌と言われた黒づくめを止めているみたいだ。


「ああ、やっぱりやっちまいましたか。すいませんね、その子ウチで封印してたみたいでしてね。

まあ、あれですわ。保護義務があるんでこっちでなんとかします」


その言葉で鉄槌の男が止った。


「あー、そういうことになっちまうか。でもこいつ人食ったって言ってたけど?」

「封印が解けたのが今日の昼、んでもってアタシの鼻にも血のにおいはしませんや。

食ったってのは封印される前の話でしょうよ。時効でしょうや」


鉄槌がフウ、とため息をついて顎をしゃくって『ちぇーんそー』を持ってた退魔師を止める。


「おいおい、面倒な話になってきたなオイ。こっちの治療費と制服代、報告書は『退魔百家』から俺ら宛てにたのむわ。

あとそいつの治療費とこいつがぶっ壊した屋根とかの修理代もそっち持ち。オーケー?」

「いいんでしょ、それで手を打ちまさあ。ご迷惑おかけしましたね」


しゅう、と地獄の炎が一瞬で消える。


「あーもー書類めんどくせえなあ!勘弁してくれよ!」


タバコの男『花屋』はクックックと笑いスパッと煙を吹かす。


「それも仕事でしょうや……まあ、あんたもこの子が人をこの時代で食っちゃいないのは薄々解ってたんじゃないですかい?」

「そんな気はしてたけどさあ、とりあえず腕の一本二本落とさないと話聞いてくんないじゃんこういうのって!」


そう言いながら『鉄槌』は種子島をしまって腰につけた小袋から銀色の何かを取り出した。

中からにゅるりと膏薬らしきものが出て、その薬を自分の頬や体につけるとあっというまに血が止って肉が盛り上がり皮が張っていく。

なんだあの薬は。河童の膏薬か?


「だからこれで手打ちでさあ。こんど一杯奢りますよ」

「いつになったら奢ってくれんだよ……まあいいや、じゃあこいつは任せる」

「へいへい」


そう言うとあの恐ろしい黒づくめの男達は去って行く。

これは助かる流れなのか!?


「まあ、話は聞いてたでしょ?そういう訳であんたの身柄はアタシがあずかった。

とりあえず話を聞いてくれんなら怪我も治しますし、この後の世話もしやす。

どうします?」


緑色の服を着た退魔師があたしの前に来て尋ねる。

あれ?この顔と声、どこかで覚えがあるような……

ん?封印?


「おまえ、名前は何だ?」

「アタシですかい?花屋草平でさあ。お嬢さんのお名前は?」


『花屋』覚えがあるぞ!あたしを封印した奴らの一人だ!

確かキセルを持ってて……花を使う陰陽師で……こんな顔だ!

この狐っぽいなんか小狡そうな感じ!


「あーっ!やっぱりお前!あたしを封印したやつ!……の子孫か?お前は」


うっ、叫ぶと傷が痛い……


「でしょうねえ、まあ親の罪は子にあらずって事で勘弁してくださいよ。

それとも、あの連中をもっかい呼んで来ましょうか?」

「それは困る!」

「じゃあ、大人しくしてて下さいや。よみがえって即ムゴい死に方はしたかないでしょう?」


ううむ……確かに親と子は同じではないし、こいつ自身に怨みはないんだよなあ。

それに、助けてくれた事は確かだ。借りができちまった。


「とりあえず大人しくしてくれりゃ、傷も治しますしとりあえずの世話もしやす。

飯と住むところと仕事の当てくらいはね。もちろん女衒とかに売り払ったりもしない。

騙しもウソもなし。あんた暴れない、アタシ騙さない。どうですかい?」


うさんくさい男だよなあ……あいつもそうだった。

でもあの男は最後まで騙しはしなかったんだよな。

それに本当に傷が痛い、まずい……


「わかった!信じる!」

「暴れないと誓えますかい?もちろんずっとじゃありません。とりあえず事情を説明するまで……

そうですねえ、3日だけでも抑えてください。できますかい?」


騙している感じはしない。

それに本当にこのままだと死ぬ!

流れに乗るしかない!


「わかった!あたしの名前『白部童子』に誓う!」

「おっ、やっと名前が聞けましたね。わかりやした、この花屋草平、誠心誠意お世話させてもらいまさあ」


こうして、この月夜からあたしと花屋の奇妙な暮らしが始まったんだ。

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