第5話 都会って恐い。聖女って凄い。


 故郷のアルス村とは、大きく変わった俺たちの日常。


 大都会というだけあって、ここ『崖の都市』ジークタリアスでは、ソフレト共和神聖国でも若者たちが好む″イケてる生活″を送ることができる。


 イケてる生活とは何か?

 それは″お金を使う″ということだ!


 村にいた頃では、お母さんの手伝いをして羊を育てて、メェメェ鳴く彼らから刈り取った毛と、小麦を交換していたものだが、ここでは物々交換なんてしないしない。


 金貨、銀貨、銅貨。


 村では数えるほどしか見たことなかったこれらの貨幣を使って、あらゆる物を買うことができるのだ。


 これは凄いことだ。


 オーウェンと一緒に泊まっている宿だって、お金があれば、ずっと泊まっていていいんだ。

 今はお母さんとお父さんが持たせてくれた貯金を使っているが、自分たちの手で稼いだお金を使うことだってできる。


「オーウェン、見てくれよ、このりんご! 外の屋台でで売ってたんだ! 安いだろ!」


 俺は神殿からの帰りによった、露店街での収穫をかかげて、宿の床で瞑想めいそう中のオーウェンに見せつけた。


 オーウェンはゆっくり目を開けて「銅貨1枚……?」と怪訝な顔でつぶやいた。

 

「マックス、銅貨1枚あれば、りんごを5つはかえるぞ」

「え?」

「思うに、おまえは騙されている。仕方ない。この貨幣について造詣ぞうけいの深いこの俺が俺がお金について教えないといけないようだな。ふっ、金貨1枚と値が張る名著『賢いお金の使い方』を読みこんだんだ。任せておけ」

「あれ、オーウェン、その本なら俺も持ってるぞ。露店に銅貨1枚で売ってたけど」

「……」

 

 オーウェンはかたわらの刀を手に持ち、ゆっくり立ちあがる。


「マックス…………都会って恐い。これを覚えておくといい」

「……だな」


 彼にはいろいろ言いたいが、ぐっと堪え、俺たちはともに宿をあとにした。


 悲しみと、都会の恐さに心をえぐられた俺たちが、やってきたのは露店街だ。


「そういえば、オーウェン」

「なんだ、マックス。俺が今から値段交渉というものを見せてやろうとしているのに」

「俺さ、仕事見つけたんだよ」

「……もしかして、マリーか?」

「ぇ、なんで、わかったの? 勘? オーウェンってたまに凄い勘発揮するよな」


 オーウェンは目元をおさえ「すまない。アドバイスを間違えたかもしれない」と一言謝ってきた。


「過ぎたことは仕方ない。これから気をつければいい。マリーは聖女として、豊かな報酬を国からもらってる。俺たちは幼馴染だが、男としてマリーのお金に手をつけるわけにはいかない」


「それって、お賃金はもらうなって事か? でも、オーウェン、そこらへんハッキリさせるのが恋愛で大事だってーー」


「違う。頑張って、マリーに尽くせという事だ。そうすれば見えてくるものがある」

「っ、オーウェン……」


 目の前のイケメンに、つい俺が惚れそうになってしまう。


 つまり、オーウェンはこう言いたいんだ。


 仕事見つかってよかったな、て。


「店主、この銅貨でりんごを5つ貰えないか?」


 水々しい果実で、俺の就職を祝おうと言うのか。

 これがイケメンにだけ許されたムーブというやつだな。カッコいい。


「坊主たち田舎から出てきたのか? 銅貨1枚じゃ、りんご5つなんて買えやしないぜ! せいぜい2つがいいところだ」


 あ、この店主、俺たちが世間に疎いからって!


 ーーチャキっ


「ッ」


 刀の鞘口さやぐちから銀色の刃をのぞかせ、オーウェンは視線を鋭く店主を睨みつける。


「5つ、と言ったのが聞こえなかったのか? 俺たちを舐めると、りんごに加えてその腕をもらうことになるが」


 怖気ける店主は、申し訳なさそうに頭をペコペコ下げ、りんごをひとつおまけして、6つ寄越してくる。


「マックス、これが値段交渉の基本だ。覚えておくんだぞ」

「凄いな、オーウェンは。これがってやつか」

「フッ、そういうわけだ(上手すぎるぞ、マックス)」


「あ、いたいた、マックス! オーウェン!」


 腕を組み得意げなオーウェンの、奥手からマリーが手をふって走ってきてるのが見えた。


「あ、おじさん、今日もりんごくださいなっ!」

「おお! 聖女様、いつもありがとうございます! 今日もおまけして、りんご10個あげちゃおうかな!」


 俺たちの時とは、えらく接客態度の違う店主。

 というか、無料りんご10個って、おまけじゃないだろ。なんだこの扱いの差は。


「マックス……聖女って凄い。これを覚えておくといい」

「うん……そうする」


 俺たちはこれから買い物をする時は、マリーを必ず連れて行くことをともに心に決めるのだった。

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