オアシス(不況、いじめ?、サラリーマン)



 行き交うクラクションの音。


 アスファルトの焼けるような照り返し。

 街のノイズがイライラを増長させる。


 くそっ、なんでこう上手くいかないんだ!


 俺は、この夏の日差しに身を焼きながら歩くだけだった。

 ウサ晴らしに、ばーっと暴れたいという気力すら奪うこの暑さと気持ちの疲れ。


 気温36℃だ? ふざけんな!

 体温とそうかわんねえじゃないかよ!

 地球温暖化だと? なに甘えたこといってるんだオゾン層!


 俺達サラリーマンは、いくらぼろぼろになっても家族を守らないといけねえんだよ。


 ま、言ったところで俺の扶養家族はまだかみさんだけだけど……。


 それだって、この不況の世の中でリストラされないためにも契約を取らなきゃならない。


 契約……取れるわけがない。


 うちの会社が不況なのに、他の会社が潤ってるわけがない。

 みんな余裕がないのは同じなんだ。


 イライラは伝染する。


   *



 この暑さの中、契約を取ろうと飛び込みで会社訪問して、やっと話を聞いてくれる会社があった。


 しかもクーラーが効いてる!


 喜こんだのもつかの間で相手は最悪。


 流れる汗を、拭きながら名刺交換した相手の第一声は『疲れた格好で同情ひこうったって無駄だからな! うちだって経営が厳しい。ビジネスとして成立しないような話だったら即帰ってもらう。うちだって暇じゃないんだ!』


 同情ってなんだよ!


 課長だか係長だか知らねえけど、このハゲおやじ! 胸ぐら引っつかんで奥歯ガタガタいわせてやろうかと思うくらいカッカと腹がたった。


 同時に、やけに冷ややかな自分もいて……。

 もう、こんなことしてまで頭下げなくてもこのままこの会社のビルの窓からジャンプでもすれば、こいつもクビだろうしこの会社もお終いかもな……。

 

 なんて思って横に首を振る。

 それは、ただの妄想にしか過ぎない。


 俺は死にたくないし、食いぱぐれたくないから必死で働いてるんだ。


 死にたくない? 違う、生きたい! 幸せになりたいから毎日炎天下のなか営業して、頭を下げてるんだ。


 下唇をかみ締め固まっている俺の手から、相手が名刺をふんだくった。


 それで、正気にもどっていつもの営業スマイルで相手を見返すと、バツが悪そうに目をそらした。チャンス到来! 相手が俺に引け目を感じている内にサクサクッと営業するぞ! 


 意外にも最初ムカついたハゲおやじだったが、はなしは最後まで聞いてくれた。そして、返事は後日くれるという。




「いい返事期待してます!」威勢よくいうのは、俺のせめてものプライド。


 だったら威勢ではなく、虚勢じゃないか? といわれそうだが、それは言わない約束だぜ。


 ま、後日なんていうときは大抵悪い返事なんだけど……。

 今日は、もうよそう。


   *


 公園のベンチで、一休みする。


 長い一日は、もう終わりを告げていた。

 首をゴキゴキっとならして、片手でネクタイを緩める。


 そして、今日流した汗分の水分を缶ジュースで補う。


 鞄とともに持っていた背広の内ポケを弄るとセブンスターつぶれた箱に、数本タバコが残っていた。


 ラッキーだな。

 ささやかな、至福のとき。


 身重のかみさんの前じゃ吸えないとずっと禁煙していた。


 吐き出す煙に混ぜて、ため息も出し尽くしてしまおう。

 うすぼらけた都会の夜空に白い煙が消えてゆく。



 郷里じゃ、星が見えないことなんかなかった……。


 田舎へ、帰りたい。


 目を閉じると、小川のせせらぎが……。

 山を渡るさわやかな夜風が……。

 夜空を飾る夏の大三角と、星々が……。


 浮かんでは消えていった。


 つかの間の休息。




 そして、もっとも疲れが癒える場所へ足を速めた。


 家路オアシスへと……。



 END

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