ホワイトアウト~吹雪~(雪女、遭難、まぼろし)

「White Out~吹雪~」  



「あなたの願いかなえます★」

 吹雪で視界ゼロの状態に、不意に女性が現れた。

 俺の願いをかなえるだぁ?

 なに寝惚けたこと言ってんだ。

 今はそんな場合じゃないんだよ。

 俺は、雪山でなんと『遭難』してしまったらしいんだから!

 他人にかまってる暇はない。

 雪をかき分け、前へ進もうとする俺をさっきの女性が強く引き留めた。

「聞こえてないんですか? あなたの最後の願いをかなえてあげるって言ってるのに!」

 よく見ると彼女は、美人だった。

 透けるような白い肌、薄い絹のようなワンピースを着ていた。

 かなり美人だが、なんとも思わない。

 だって、一番愛してるのは一カ月後に結婚式を控えてる俺の彼女だけだ。

「それより!  お前、雪山をなめてんのか!  そんな薄着して、俺みたいに遭難するぞ!?」

 俺は、本気で怒った。

 なんで、こんな雪山に美女がいるのかとか、最後の願いをかなえるとか、そんな不自然さにも気がつかない。

 俺が気になったのは、美女の雪山にのぞむ服装だけだった。

「あの……そんなことより、もっと言うことがあるんじゃないですか…?」

 確かに冷静になろう。

 でも、これ以上冷たくなっても困るんだけどなぁ……。

「あんた何者だ? 俺の願いを叶えるってどういうことだ?」

「よかった、話通じてますね。願いをかなえるって言うのは本当です。ただし、人生最後の願いですけどね★」

 ハートマークが凶悪だぜ、ちくしょう!

「人生最後だと? まだ死ぬ予定はない。他を当たってくれ」

「あなたに予定がなくても、私の方は予定たてちゃった。てへ」

 あっ、ちょっと可愛いかも知れない。

 でも、俺の春美の方がずっと可愛い!

『山男なんか好きになるんじゃなかったわ』なんて、出かけに頬をプゥーと膨らまして言われたときには、思わず抱きしめてしまった。

 その春美のためにも、絶対こんなところでくたばるわけにはいかないんだ!!

「あんたが、雪女か死神か……そんなことはどうでもいいんだ。俺は、死なない!」

 必死に、雪をかき分けて進む。

 そんな手も、すでに寒さで感覚がなくなってきていた……。

 

 *


「もう、疲れたでしょう。ゆっくり休みたいと思いません? 一言、言ってくだされば暖かい安らぎを与えてあげることもできるんですよ。永遠に……」

 そう言った時の彼女の顔は、体温が感じられないばかりか、とても寂しげに見えた。

 ……本物の雪女だ。

 そう思うと目が離せなかった。

「さぁ、永遠の安らぎ……欲しくはないですか?」

 雪女の白く細い指が、俺の頬そっと撫でる。

つめたい……氷柱つららみたいだ……。

 ぼんやりとする俺の胸に、ふいに暖かな光が生まれた。

『のぼる! しっかりしてよ。私のことおいてっちゃうつもり!? 許さないんだから!』

 雪女が焼け石に触ったかのように、さっと手を引いた。

「きゃ、春の精がじゃましてるわ! ますますものにしたいわ、この男!」

「お嬢さん、そういう口の聞き方ははしたないですよ……」

 俺は、いつのまにか余裕が出てきた。

「まぁ、聞いてらしたの? 吹雪ふぶき、恥ずかしい~。

 でもね、春風はたくさん色々なものを持っているんだから一つくらい、吹雪に分けてくれてもいいと思いません?」

「俺は分けられない! 願い事もない。帰ってくれ!!」

「本当にないんですか?」

 吹雪が、上目使いにちろっと俺を見る。

「実は…ある。けど、それはもう…叶うから……」

 瞳を閉じると、春美のまぶしい笑顔が思い出された。

 ほら、もう暖かい……。

「あなたの勝ちね、春の精さん。今回は見逃すわ……」

 遠くで吹雪の寂しそうな声が聞こえた気がした。


  *


 俺が、ゆっくりと目を開くと……。


 真っ白なドレスを着た春美が立っていた。

「のぼるの寝坊すけ! もう式の日だよ。早く教会に行こう!!」

 ぼんやり見える春美の顔は、泣いてるのか笑っているのか怒っているのか……。

 けれど、とてもうれしそうに見えた。

 

 白い白い、雪のようなウエディングドレス。

 

 まぶしく輝いて、俺にはもうそれ以外何も見えなかった。




  * E N D *

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