チョコミントで十分だ(高校生、カップル、甘々)

『チョコミントで十分だ』


 青い空に白い入道雲。昇降口に立ちながら、照りつける太陽を眼鏡の奥から恨めしげに睨む杏子の姿があった。


 長い髪は、暑さに負けて涼を求めた結果、髪止めで結い上げてあり、白いうなじにどきっとする。

 新聞部の副部長でおしゃべりが大好きな杏子と俺が付き合い始めてから半年ほど経つが、なぜ口下手な俺を見染めてくれたのかはいまだによくわからない。俺の方は、元気で溌剌とした彼女のことを随分前から目で追っていたものだが……。


「すまん、待たせたな」


 そう言って杏子の顔を見ると火照って真っ赤だった。

 もしかして長く待っていたのだろうか? と俺は心配になる。

 今は夏休み中だ。授業がある時と比べるとどうも時間が自由で際限なく練習に打ち込んでしまう。

 俺は部活動が終わった後という漠然とした時間で待ち合わせしたことを反省すると、杏子の方は気にしてない様子で話はじめる。


「そんなに待ってないよ。それより、猛烈に暑いね! アイスが食べたーい!!」


「アイスか……。冷たいものは食べたいが、アイスは甘いからなぁ」


 俺は、甘いものは苦手だ。


 そりゃ、子供のころは好きだったが高校生にもなるとあまり甘ったるいのは口にしようとは思わない。

 アイスにチョコがかかっているなど言語道断。

 アンパンに砂糖をまぶすアンドーナツなど、想像しただけで震えがくる。

 部活後のけだるさと別のげんなりした俺の様子を確認し、杏子はフフンと笑う。


「甘いのダメだったね!」


 このネタのときは、杏子はいつもうれしそうだ。柔道部で、体格も大きく腕っ節だけがとりえのような俺の弱点が『甘味』なのが面白いらしい。

 苦虫を噛みつぶしたような顔をしながら唸ると、杏子は今日もファミレスかと諦めたように言う。


「あーあ、当真くんとアイスが食べたかったなぁ。フォーチュンのダブルチョコキャラメル!」


 フォーチュンは、有名なアイス専門店だ。季節に関わらず30種類もアイスがあるとか。

 考えただけで震えがくる……。

 しかし、今日ばかりは覚悟を決めて杏子のリクエストを聞こうと思った。

 甘い物が苦手だとからかわれたのが悔しいわけではない。

 彼女は否定したが、長い間そとで待っていてくれたのは明白だったからだ。


「……そうだな。暑いしアイス屋に行くか」


「え、いいの!? やったー! でもフォーチュンはアイス専門店だから、アイスコーヒーないよ」


「……30種類もあるんだろ? 甘くないもあるんじゃないか……?」


「どーかなー。気が変わらないうちに行こう!」



 俺は、彼女に強引に腕を取られると引きずられるように学校を出た。


 

   *



 そうしてやってきたアイスショップのフォーチュン。


 白い壁にピンクの水玉。いや、これはドットというのだ……。

 パステルな色で埋め尽くされた店内におよそ俺は場違いだった。

 しかし、ここまで来てアイスを頼まないわけにはいかない。

 ごくりと唾を飲むと、唯一食べることができるチョコミントアイスを注文した。


「ええっ! なんでチョコミントなの!」


 エメラルドグリーンのアイスにチョコチップが混ざったポップなチョコミントが出て来ると、杏子はなぜか親の敵とばかりに睨んだ。


「何かまずかったか?」


 とんでもないヘマをしたのではと心配しながらおそるおそる尋ねると、杏子が自分のアイスを落とさんばかりに振り上げ怒る。


「私、アイスの中ではチョコミントは絶対却下なの! 私はこやつの存在を全否定する!」


「同じアイスだろ? なにか違うのか??」


「だって、アイスのクセにガムみたいな味じゃない。歯磨きみたいな味じゃない。湿布みたいな味じゃない!!」


 要するに、杏子の口に合わず、嫌いだということだ。


「……そこまで言われるとなんだか食欲が……」


「私、子供の頃にこのエメラルドグリーンの色を見て、スイートなメロン味だとばかり思って食べて、げーっとしたことがあるから、二度と食べない」


 ぷいと横を向き、自分の極甘のアイスを口にする。確かダブルチョコキャラメルとかいうので、俺にとってはそっちのほうがよほどありえない。

 ただ、いつもはなんだかんだと味見と称し俺の分も取り返えして食べられてしまうが今日は、その心配はないとわかると余裕が出て来た。


「ふうん……。じゃ、お前にとられることは絶対ないんだな」



 そりゃ、少しは甘いがこのスースーする後味は病みつきになる。



「な、何よ。いつも私がとっかえしてるみたいじゃない」


「違うのか?」


「……だっ、だって当真くんが食べてるのは、お、おいしそうなんだもん!!」


 杏子は、なぜか口ごもって赤くなる。


 女子なのに大食いが恥ずかしいのか?

 俺は、杏子の食いっぷりが気持ちいいと思ってるから気にしない。


 それより、俺の食い物を取り返すのは何か他に意味があるのだろうか?



   *



 アイスが、ほてった喉をすうと滑り落ちると体が冷えて涼しくなってきた。


 たまには、こういうのもいいかもしれない。

 めずらしく甘い物を黙って食べている俺を、杏子は興味津々と見ている。


「ねえ。ホントに美味しいの? チョコミント」


「お前が期待するほど甘くはないだろうけど、さっぱりしてうまいよ」


 すると、苦手意識より好奇心が勝ったのか杏子が手を伸ばしてきた。


「うう。やっぱり食べてみたい。交換!!」


「おい。俺はそっちの甘いのはいらん」


「じゃ、黙って持ってる!」


 強引に、ダブルチョコキャラメルを持たされると、キャラメルとチョコの甘い香りだけ酔いそうになる。

 くらくらしている俺を尻目に、杏子がペロッとチョコミントアイスを舐めた。


「あ、意外においしい。今なら食べられるかも」


「全部食うなよー」


「いやだー。食べちゃうかも」


 しばらくご満悦でアイスを食べている杏子の目が、ふっと何を思いついたのか悪戯っ子のようにキラッと光った。


「……ねえ、今なら好みの甘さだろうから味見する?」


 と言って、杏子が濡れた唇を突きだしてきたのだ。



 ――― ○×▲□★!??



 ダブルチョコなんだっけ?? を落としそうになりながら、俺は裏返った声でたじたじとなる。


「お、おい。突然なに言い出すんだ!?」


 からかわれていると分かっていても、今のつやつやの唇は反則だろ。

 どんなつわものにも臆することはない俺でも、動悸めまいで気が遠くなったぞ。


「ふっふっふー。ちょっとどきどきした? した?」


 杏子に、してやったりと無邪気にはしゃがれ、俺はぐったりとテーブルに突っ伏した。



「……つ、つかれた」


「鍛え方が足りないね。しかたない、アイス返してあげるー」


「おう」


「やっぱり、こっちのが好きー」


 と、杏子は幸せそうに極甘アイスを口にする。



 

 俺は、負けっぱなしなのは悔しいと思い、


『でもたまになら、極甘を味見してもいいんだぞ?』


 と、言ってやろうかと思ったが、それこそ俺の苦手な極甘だと気がついて、食べかけのアイスで我慢した。



 甘さに慣れるまでは、チョコミントで十分だ。





      終

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