くちなしの悪戯(幻想、あやかし、現代)

 らんさんの本日のお題は「仕事」、メルヘンチックな作品を創作しましょう。補助要素は「白昼夢」です。


 突然、あやかしに奪われた大切な人。

 あの時も、甘い香りが立ち込めていた。


  * * * * * *



『くちなしの悪戯』



 俺は、不思議なものを見ることが商売だ。

 不思議なものというのは、人外のことで狭義に言えば妖怪や付喪神と言ったものだ。

 それらが原因で引き起こされる事象を解決することでお金を得ている。

 もっとも、昔ほどそういう厄介ごとがあるわけではなく、情けない話、本職というより副業となりつつある。

 本職にとって代わりそうな副業は、絵描きだ。それほど画才があるとは思わないが、普通の者が見ない景色。俺が見ている景色を描いているだけなのだが、割と評判はいい。


 あやかしは恐ろしい。

 けれど、時に美しくもあるから……。


「こんなことでは、月下げっか師匠に顔向けできないな……」

 気がつけば、あのときの師匠の歳と同じになってしまった。

 スケッチをしていた手を休め、天にまでとどかんとする入道雲を見上げると軽くめまいを覚えた。



  *


 ギラギラと照りつける太陽。

 白昼夢にいざなうような、甘いくちなしの香り。

 この香りをかぐと胸が切なくなる。

 師匠との別れの時も、漂っていた甘苦しい花の芳香。

 師匠を妖魔に奪われたあの時、俺はまだ子供だった。

 なんの力もなく、ただ守られるだけの弱い存在。

 俺さえいなかったら、彼女は今頃幸せな家庭を築いていただろうか?

 それとも、相変わらずの放浪を続けていただろうか……今となっては分からない。

 逆光で見えなかった師匠の別れ際の顔。

 俺は知りたいんだろうか。それとも知りたくないのだろうか。

 十年間ずっと考え続けている。


 *


 ――― 透徹とうてつよ。

 お前は本当に穢れのない目をしているな。

 その目、その心はお前の財産だ。

 失うんじゃないよ。

 お前には、この世は生きにくいかもしれない。

 でも、決してこの世はお前を拒んではいない。

 あやかしを憎んではいけないよ。

 人間もあやかしも憎めばそれは、自分に返ってくるだけだ。

 受け入れるのは難しいようで、そうでもないもんだ。

 気楽にな。 ―――



 何が気楽にだ。

 あんたみたいに生きるのは容易じゃない。

 ずっとそばにいて教えて欲しかった……。

 あの暖かい日々。懐かしい想いだけ残して突然消えてしまうなんて。

「ずるいよ。

 俺はあんたのことが好きだったのに……。

 十年も伝えられない片思いなんて笑えないだろう」


 表情の見えない月下げっか師匠の影が言う。

 それは、くちなしの香りをまとっていた。


透徹とうてつよ。

 そういうことを声に出して言うんじゃないよ。

 人は、言霊にしばられるものだから……』


「じゃあ、師匠は俺のこと好きじゃないのかよっ!」


『馬鹿な子だね。お前は、言わなきゃわからないのかい?』


 くすくす。

 くすくす……。

 師匠の笑い声……?


 ――― 違う!


 ハッと身を起こすと、頭がくらくらした。

 暑さで倒れた俺に、くちなしの花が見せた幻。

 花に化かされたか……。

 一人前になっても、まだあやかしにからかわれるとは。


 まあいい。悪い夢じゃなかった。


 庭で、真っ白な花がふわりと揺れた。



  <終わり>



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