短編の宝石箱

天城らん

万年筆の願い(物視点、作家)

らんさんの本日のお題は「文房具」、夢見がちな作品を創作しましょう。補助要素は「旅」です。



「万年筆の願い」



 私は、とある老齢の作家の万年筆。

 黒く光るペン軸に、金のペン先。

 彼の好みで、黒ではなく紺のインクが詰められている。

 私は、その深い青のインクで主の文字を、言葉を、想いを書き記す道具。

 時には、紙の上を滑るように黄金のくちばしは踊り、時には仏師ののみのように刻み込む。

 来る日も来る日も、原稿用紙に一文字一文字書き、彼と共に何十年も物語を紡ぎ続けた。

 彼は、『お前なしには、物は書けん』と私によく語りかけてくれた。

 私自身、彼の物語を楽しみにしていたし、彼の相棒であることを誇らしく思っていた。

 彼の人生の物語が終わる時も、私はその手に握られていた。

 書きながら逝けたら本望だと言っていたが、まさか本当にそうなるとは……。

 彼らしいような気もするし、もしかしたら寂しがり屋の私のために一緒に連れて行ってくれるつもりなのかとうれしくも思った。

 私を包む、彼のぬくもりが消える中、私の一生もともに終わったものと思った。

 それが、私の願いだったから。

 冷え切った体に、あるのは暗闇。

 それがただ無限に広がる。

 これが眠りで、死なのだと私は悟り、穏やかに目を閉じた。


 

 *



 あれから、どれだけの年月がたったのだろう。

 一筋のまぶしい光が私の黒い肢体を映し出した。

 あの時と同じ、時が止まったままのように、私の姿は寸分たがわず同じだった。

「これ、じいさんの万年筆じゃないか?」

 主とはちがう、青年の声。

 しかし、どこかその声は若かりし頃の主のものと似ているようにも思う。

 この青年は、主の孫だろうか……?

 私は眠っている間に、何を間違ったのか、棺の中ではなく書斎の引き出しに戻されていたようだ。

 主がいないのに、生き延びてしまった……。

 落胆している私を取り上げると、青年は暖かな日の光に私をかざしながらこう言った。

「インクを詰め替えれば、まだ使えそうだな。

 なあお前、これも運命だ。

 このまま駆け出しの三文作家の見果てぬ旅に付き合ってくれないか?」

 青年もまた作家だった。


 ――― また、物語を紡ぐことが出来る!


 暗闇から救い出され、同時に希望が与えられた。


 青年はどんな物語を紡ぐのか?

 私にどんな夢を見させてくれるのか?


 大切に握られる手のぬくもりに、明日を見据える真摯なまなざしに、今は亡き主の面影を感じ私は再び息を吹きかえした。


 末永く彼と共にあらんことを願いながら。



・ E N D ・

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