掛《か》け軸《じく》のツバメ(田舎、幻想、少女)
お題は「鳥」、しっとりした作品を創作しましょう。補助要素は「和室」です。
『
「ふわぁあ~」
妙子は、大きな欠伸をひとつすると縁側から青々とした庭が望める客間にごろんと仰向けに寝そべった。
コンビニに行くにも車で30分はかかる山の中にある平屋の広い日本家屋。
のんびりとした昼下がり。夏休みで父の実家へ来ていた妙子は、ひとりでくつろいでいた。
木目の美しい天井を見上げながら、来年は高校受験を控えているためこんなのんびりした休みはお預けだろうなと考えがよぎる。
思わず小さなため息を漏らすと、開けはなたれた引き戸からしっとりとした緑の風が入り妙子の汗ばんだ肌をやさしく撫で心が軽くなる。
マンションの我が家とは違う。青い畳の香がする。
――― 私の故郷じゃないけど。どこか懐かしい……。
これが『田舎』というものなのかとぼんやりと思っていると、さかさまの視界に
床の間には品の良いキキョウの生け花。祖母が飾ったものだろう。
そして、花の後ろには掛け軸がかかっていた。
白と黒の濃淡で書かれた、水墨画。
絵心のない妙子は、以前美術館で水墨画を見たときタダの線の集まりでつまらないと思った。
しかし、この水墨画は違い、目が釘付けになる。
彩色されていないというのに、そこには生きているかのような3羽の鳥が描かれていた。
空を舞うツバメだ。
風を切るように、
地をかすめるように、
太陽へ向かうように翼を広げる三羽のツバメ。
――― 生きてるみたい……。
魅入られたように、しばらく見つめていると妙子の頭上を黒い影が横切った。
「えっ!?」
掛け軸から一羽のツバメが飛び出したのだ。
あわてて起き上がり、追いかけるとスイと弧を描いて青空にとけて見えなくなった。
「今のはいったい……」
ミーン ミーンと蝉の声だけが響く空を見上げ妙子が呆然としていると、祖母が声をかけた。
「妙ちゃん、スイカが冷えたからどうぞ」
「おばあちゃん、今、ツバメが!?」
「ツバメ? ああ、掛け軸のね」
祖母は、ふふふと静かに笑っただけだった。
掛け軸を見れば、3羽いたはずのツバメが2羽しかいなかった。
「この絵のツバメは……」
『最初は、3羽いたよね!?』言いかけて妙子はやめた。
掛け軸から、鳥が飛びだしたなどと言って、祖母に心配をかけたくなかったからだ。
「ツバメは、生まれたところに帰ってくるんですって。だから、今年は譲り受けたこの絵を飾ってみたのよ」
さあ、冷たいうちにスイカをどうぞと促され、妙子は赤いスイカを頬張った。
冷たく、甘い果汁が口の中に広がると体が潤い元気なってくるのがわかる。
――― あのツバメも、帰ってくるのかな?
それを確かめに、忙しくても来年もここへ来ようと妙子はひそかに決意した。
・ E N D ・
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