ひーちゃんのように(思い出、小学生、ハートウォーミング)

らんさんの本日のお題は「怪我」、やさしい作品を創作しましょう。補助要素は「引っ越し先」です。


  *


 「ひーちゃんのように」


 やさしくなりたい。

 やさしくなりたい。

 あの子に許してもらってから、ずっとそう思っている。

 僕にできなかったことを教えてくれたあの子のように、いつかきっとやさしくなろうと。

 

 *

 

 小学6年生の頃のことだ。

 父の仕事の都合で、突然引っ越すこととなった。

 電車で1時間や、2時間ではすまない遠いところだ。

 卒業まであと半年。同じアルバムに写ると思っていた仲間と別れなければならないと知り、布団をかぶって声を殺して泣いた。

 僕には弟もいるし情けない姿を見せたくなかったのと、親に心配をかけたくなかったからだ。

 泣きはらした目で学校へ行くと、事情を聞いた友達がお別れ遠足をしてくれた。

 タイムカプセルを埋めた木。

 ザリガニ釣りをした川。

 スケボーをしたサイクリングロード。

 いつも隠れ家にしていた神社。

 思い出を巡る遠足は、とても楽しく一層別れがつらくなった。

 別れを惜しみ、夕日が傾くまで遊んだが終わりにしたくない僕は駄々をこねた。

「いやだ、いやだ! みんなと別れたくない! 一緒に卒業したいよ……」

 みんな一緒に泣いてくれたが、仲間の紅一点ひさこちゃんにはお姉さんのように『みんなの前では泣いてもいいけど、お父さんやお母さんを困らせちゃダメだよ』と諭された。

 もっともなことだったが、それが癇に障った僕は、自分の自転車に八つ当たりをして蹴とばした。

 すると、ひさこちゃんの自転車を巻き込み倒してしまった。

 運悪くひさこちゃんの足元をすくう形になりひっくり返る。

「ひーちゃん大丈夫!?」

 大丈夫と起き上ったひさこちゃんの額からは、だらだらと血が流れていた。

 眉のあたりが切れたらしい。

 あわててハンカチを借りて抑えるが、見る間に真っ赤になる。

「ごめん。ごめんなさい。どうしよう、ひーちゃんが死んじゃう!」

 気が動転し、わんわんと泣くとひさこちゃんは落ち着いた様子で僕を慰めてくれた。

「ちょっと痛いけど、死なないよ。顔は怪我するといっぱい血が出るんだよ。お兄ちゃんに野球のボールが当たった時もそうだったもの」

 ひさこちゃんは、泣かなかったし、怒らなかった。


 両親とともに謝罪に行った時も、ひさこちゃんの両親もひさこちゃんも怒らなかった。

 僕には、どうしてそんなことができるのかわからなかった。

 僕だったら、怪我をさせられたら許さないかもしれない。

 怪我をさせた相手を憎むはずだ。

 とりわけひさこちゃんはかわいい女の子だし、顔に傷が残ったら『絶対に許さない!』と僕と二度と会ってくれなくとも不思議ではない。

 なのに、大きな絆創膏を額に貼りながらも笑顔で『引っ越し先でも元気でね。手紙ちょうだいね』と、何事もなかったかのように握手をしてくれた。

 僕たちは仲良しだったけれど、僕にはひさこちゃんと同じことができただろうか?

 そう考えたとき、それはとても難しいことに思えた。

「ねえ、お母さんどうしてひーちゃんは許してくれたのかな?」

「ひーちゃんは、太一の気持ちを一番に考えてくれたのよ。許してもらえなかったら、太一はつらいでしょ? 自分が痛いことより、太一の心の痛みを心配してくれたのよ」

 僕は、それを聞いて声を上げて泣いた。

 転校で失ったものが、自分が思っていたよりもっとずっと大きなものであったことに今更ながら気づいたのだ。

 許すということは、とても難しい。

 たぶん、ひさこちゃんが許してくれなかったら僕は一生そのことを知らなかっただろう。

 

 ――― ひーちゃんのように、やさしくなりたい。


 大人になった今でも、別れ際のあの小さな手のぬくもりを思い出すと胸が熱くなる。



・END・


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