九州北部爆破合戦

長内 志郎

第1話

二人のヤクザ者は、互いににらみ合っていた。

一人は、九州興堂会若頭補佐、、面堂修一。年の頃は三十代を少し過ぎた頃の、色黒で、精悍な顔付き、デップリとした巨体に、脂汗を浮き上がらせて腹を押さえていた。

射出穴が背中に出来、血が止めどもなく流れ出ている。即死だった。

撃ったのは、山工組・北九州支部のチンピラ、高藤次男、64歳の初老に手が届いた白髪の男であった。

手から、マカロフ自動装填式拳銃を、落として、一発暴発し、その店、スナック・マリーの天井に弾丸が食い込む。

「きゃー、誰か警察ば連絡しとくれ」

この店のママ、西田まみ子は、大声で叫び、涎と、涙を流しながらあたふたと、店内を歩き回る。

高藤次男は、マカロフを拾い上げて、ズボンのベルトに刺し、外で待機していた、SUV車、マツダ・CX-8に乗り込み、平和通りを走り去って行く。

「兄貴、殺りましたぜ、面堂のタマ取りやした、バィ」

兄貴と呼ばれた男、佐藤光矢は、CX-8のハンドルを握りながら、横を向き頷く。

佐藤光矢は28歳である。マツダCX-8は、国道十号線を走り抜け、JR日豊本線、城野駅東口に位置する、十号線沿いに有る、山半ビルディングの地下駐車スペースに、滑り込む。

山半ビルは、地上6階地下2階の、中規模なリゾート関連会社、不動産会社の入った、テナントビルで有る。その会社は、何れも山工商事が経営していた。

20XX年9月15日のことで有る。そう近くもなく遠くでもない未来の話で有る。

山半ビルの中に二人入り、エレベーターホールに二人は立つ。上からのエレベーターが下がって来ていた。

エレベーターが地階駐車場に止まる。中から、肩まで垂らした長髪に、アイパーのかかった眼鏡をかけたインテリそうな、男が出てくる。年の頃は三十代中半だ。

「これは社長、どうもバッテン、面堂のやつkillしてきました」

その男、九州山工組、紅・栄次郎、若頭は、黒いスーツを着、手にはアタッシュケースを持ち、その長身で痩せた体をエレベーターの、壁にもたれ掛からせて、フンッ、と頷く。

「で何や、戦争になったら、お前らもキッチリ、片付けてくれんと、困るがな、ワーたか」

「ヘイ、若頭・・・・・・」

二人は同時に答えて、紅は、ポケットから札束を取り出す。

「三十万あるよって、これで鋭気でも養ってこい」

ポンッと、ホールの床に投げて、二人は這い蹲って札束を、拾い集める。

「アハハハハ、コジキが、もっと這い蹲って頭を下げんかい」

紅は、スタスタと歩み去り、駐車スペースに停めてある、ポルシェルーフカレラに乗り込み、駐車場から発車させて出て行く。

二人は、恨めしそうな顔で、それを見送る。

CX-8は、二時間後、福岡市・西鉄福岡天神駅前に在る、興堂会第四ビルの前の有料パーキングに、駐まっていた。

深夜になるまで、二人は車で籠もっていた。

夜十一時、興堂ビルから、6人の男が出てきた。そこへ、黒塗りのセダン・トヨタセンチュリーが、玄関口に止まる。ビルから6人の男に守られて、白髪の女が、紺のブレザー、スラックス姿で、センチュリーの後部ドアーを開けて貰い、後部座席にヒップから入る。

遠目から、赤外線双眼鏡で、覗いていた、山工組のチンピラ高藤次男が、パチンと指を鳴らす。

コクピット側の、ウィンドーが開き、佐藤が高藤の顔を見る。

「オイ、長野様子か?」

「ヘイ、長野に間違い有りませんバイ」

長野様子は、興堂第四ビルに入って居る、有明物産と言う、会社の社長である。有明物産は、三十年前に設立され、初代社長、多久磨友示が、興堂会の支援を受け、アーケードゲーム機の九州に於いての卸業、そして筑豊平野で採れる、米の全国卸業他、を生業にしている。初代社長、多久磨が、

五年前、死亡すると、役員で有った、長野様子が、直ぐさま後を継ぎ、二代目社長に就任する。

ちなみに長野社長は、興堂会、先代会長の、妾であった。

長野様子の周りを、黒服の若衆達が、ビッシリガードし、運転手の他には、磯貝と言う拳銃使いが、前部ドアーから、助手席に乗り込む。

「オイ、次男、助手席に今乗ったの、磯貝じゃ、ねぇーのか?」

「ハイ、そうみたいっす、バイ」

センチュリーは、スルリと、興堂第四ビルから、滑り出して、国道202号線の方面へ走り出して行く。

CX-8は、車止めの鉄板のガードを、高藤が足で踏みつけ、その隙に、車を出す。素早く助手席に乗り込み、ハンドルを握る、佐藤は、ゲートの棒を薙ぎ倒して、路上に躍り出ていく。凄まじい、ホイールスピンとタイヤ痕を、路上に残し、センチュリーを追う。

トヨタ・センチュリーは、60㎞で走り抜け、福岡城趾を右手に見て、赤堀3丁目の信号を右に曲がり、国体通りに入る。CX-8は、前方500メートル程に、センチュリーを捉えて、国体通りを、後続車に紛れて、右に折れる。

深夜、人気のない、国体通りで、気象台前の信号のセンチュリーを、佐藤のCX-8が後方5メートル付近に着ける。テールトゥノーズ、ケツにピタリと張り付き、二車線有る、右側を走るセンチュリーを、左側に並び、右側フロントフェンダーを、センチュリーに軽く当てる。

「オイ、山中、今隣の車が接触したぞ、車停めろや、オイ」

CX-8は、センチュリーにもう一度、フェンダーと、バンパーを当てた。センチュリーの左側助手席部分が、凹み、激怒した磯貝が、一向に停車せずに、前を見つめて、脂汗を流している、運転手の山中に業を煮やして、サイドブレーキを、思い切り引っ張り、車輪をロックさせる。

ギャー、と音を発して、センチュリーはリヤータイヤを、滑らせて、2回、3回転と路上を回転しながら、中央分離帯に乗り上げて、ボムっとタイヤ、ボンネットから煙を沸き出させて、急停車する。

CX-8は、センチュリーの脇に止まり助手席から、64歳になる、ベテランの殺し屋、高藤次男が腰に差していた、マカロフ自動装填式拳銃を抜き、センチュリーに、一歩、一歩近づいて行く。

ゆっくり、近づきセンチュリーの助手席のドアーを蹴飛ばす。

ドカ、メキ、スバ、と三回蹴飛ばすと、助手席のエアバックに包まれて、頭部を守った磯貝が、しばしの失神から目を覚まし、黒目を剥いて、高藤を睨み付ける。

磯貝は、ドアーを開ける。高藤は、腰に差してある、マカロフ自動装填式拳銃から、9ミリ弾を3発磯貝の顔面へ撃ち込む。

トンパントン。至近距離からの攻撃で、磯貝は銃を抜く間も無く絶命した。

高藤は、ニヤリと笑い、運転手の山中も、2,5メートルの距離で射殺した。

後部座席で、脅えている、有明物産社長、長野様子を、車から引きずり出して、腹に蹴りを入れる。「オイ、オバハン、悪く思うなよ、これも仕事バッテン死んでもらうバイ」

「助けてください、私が死んだら、興堂会のアサシーン部隊が、貴方を付け狙うわよ、助けてくれたら、興堂会には何も言わないであげる、ひぃー痛い」

マカロフの銃口から9ミリ弾が射出され、二発、長野の脇腹に食い込む。

「やめて、痛い、怖い、私が何したって言うのよ、ひぃ~」

「お生憎様だな、お前さんはもう助からないバイ、これから山工組の本家が、全国の助っ人が、この九州に来るバッテン死んでもらう」

「あ~つ~、興堂会が山工組何かに、潰されて、、、痛い、たまりますか・・・」

その言葉を最後に、長野様子は、頭部に一発弾丸がめり込み、死亡した。

翌、九月十六日は、小雨がぱらつき、何とも湿気が多く、不快指数の高い日で有った。

福岡の中州端から、約500メートルの場所に、興堂会の秘密のアジト、大島ビルディングと言う建物が有る、大島ビルは、地上三階、地下二階と、地階が広く、上の階は全く関係の無い、末広屋と言う、洋菓子の卸業者が、間借りして一階二階を、専有していた。

午前4時、大島ビルディングに、一大の軽自動車・スズキ・ハスラーが、路上に止まる。ハスラーの黄色いボディーを暗夜に光らせながら、ライトのスイッチを切る。

男女一組のカップルが出てきた。カップルは、大島ビルディングの地階への入り口に立つ。三人の若い男達に、目顔で挨拶する。

「これはおやっさん、朝早くからご苦労ですタイ」

この男、九州興堂会、会長、加島一鉄42歳である。

加島一鉄は、元、東京で商運会社の社員をしており、父、加島総鉄こと、宗・正貴の死去に伴い、会社を辞め、九州福岡の実家に帰り、極道だった父の跡目を継いで、興堂会、会長の、長倉の補佐として十年ほどしのぎを削っていた。

しかし、三年前、会長の長倉が死去し、その跡目が居ないのを好機と、利用し、幹部に大金をばらまいて、興堂会の会長に納まった。

 興堂会は、数度に渡る、暴対法により、弱体化を余儀なくされてていたが、堅気と変わらない風体、生業をし、裏では武器弾薬を、備蓄して、何時いかなる時でも、その暴力機能が発揮できる様、有事に備えていた。

 加島は、連れてきた女とともに、大島ビルディングの地階へ消えて行く。大島ビルディングの地階2Fでは、九州興堂会の幹部、4人が顔を揃えていた。

 興堂会若頭・野瀬純一、小倉興堂会・岡山一正、福岡成本屋社長・成本東大、九州興堂商店店主・市路聖路、何れも40代前半の年頃で有り、会長の加島一鉄の腹心で有る。

 加島とその女、上宮杏は、地階二階がシェルターになっている、大島ビルディングの広い居間に入る。ソファーに4人腰をかけていた。

 「昨夜、有明物産の長野の姉御が殺られた」

 加島は、上座の席に着くと、目を見開いて、一同を睨み回す。

 「殺ったのは、山工組九州支部のチンピラ、高藤次男と、逃走に使った車の運転手は、同じくチンピラ、佐藤光矢と報告が有りましたバイ」

 若頭の、野瀬純一が、アイスティーのグラスを傾け会長加島の中指にはめているダイヤを、チラリと見る。

 「で報復は、鉄砲玉は、向けたのか?」

 「ハイ、福岡ドームの裏にホームレスとして潜んでいた、倉田ば、百万くれて差し向けましたバッテン」

 「そうか、後は任せたバイ、奴らの鼻を明かしてくれようバイ」

 山工組が、興堂会を狙った理由は、多々有るが、半年前から、九州山工組の傘下企業で有る、山仁ホールディングスと言う、九州小倉に有る、企業の買収を、興堂会傘下の、有明商会が、手掛け、株の40%ばかりを、買い占めた。そして、山仁ホールディングスは、多額の裏金で、経営陣が、興堂会に寝返り、二週間前神戸に有る、本家山工組組長、大山石山に宛て、絶縁願いを出した。

 大山石山は、激怒し、山仁ホールディングス社長、山川仁助を破門した。

 そして、その黒幕で有った、興堂会・若頭補佐、面堂を手始めに葬り去り、次に直接手を下した、長野様子をあの世に送った。

 ホームレスをしている、倉田保は、今年で52歳、彼に年齢を聞いても、とうの昔忘れてしまい、年齢など、適当に答えられるだけで有った。

 倉田は、福岡ドームの脇に有る、公衆トイレに入って行き、大きめのボストンバッグから、ダブルのスーツを出して、ハンガーに吊り、トイレの個室の仕切りに掛けた。バッテリー式の電動バリカン出して、自らの頭髪を刈る。後頭部が見えないが、構わず刈り、序でに髭を当てる。

 約十五分程で、スキンヘッドになり、歯を磨き、素肌になり、体中を手ぬぐいで拭う。バックから、レイバンのサングラスを出して、吊ってある、ブラックのスーツの胸ポケットに入れ、スーツに着替える。

 バックの一番底から、ブローニング・ハイパワー、口径9ミリの、自動拳銃を出し、腰のガンベルトに吊ったホルスターに、仕舞う。

 スーツに着替え終り、レイバンのサングラスを掛けて、ボストンバッグを片手にぶら下げて、福岡ドームの敷地内から出て、客待ちをしているタクシーに乗り込み、タクシーはソロソロと発進して行った。

 「お客さん、どこまでですタイね?」                        

 運転手は、右腕だけ日に焼けた腕を、窓から出して、禁煙パイポを、横咥えしながら言う。

 「取り敢えず、小倉の堺町まで行ってくれ」

 「ヘイ、ロングですか嬉しかばい」

 車は、九州道へ入り、スムースに流れる高速道路を、90㎞で、走る。

 「お客さん、何の商いしてはるバイね?」

 運転手は、口笛を吹きながら、上機嫌で、倉田をルームミラーで見ながら訪ねる。

 「オイ、人様のこと一々詮索するんじゃなかとよ」

 思い切り、運転手の背もたれを蹴飛ばし、プラスチックの仕切り板を殴る。

 運転手は、首をすぼめて無言になり、ラジオを点ける。

 ラジオで、ホークスの試合が流れている。

 「オイ、お前どこのファンバイね?」

 「ハァ~、西鉄時代からのライオンズのファンですタイ」

 「フン、ロートルめ」

 倉田は、鼻であしらい、流れる窓からの風景を見ていた。

 タクシーは、勝山ICで降り、県道266号線を左に折れ、平和通りの駅前で止まる。

 「ヘイ、着きましたバイ、しめて4万3千円です」

 「フン、これでも喰らいな」

 倉田は、鋭利な自転車のスポークの様な針金を、運転手の首筋に突き立て、絶命させる。運転手は、絶命とともに脱糞して、室内に異臭が漂う。

 平和通りを歩き、堺町一丁目に有る、第二山半ビルの前へ立つ。

 第二山半ビルは、地上4階、地下1階の、テナントビルで、現在、2Fに、角田薬品と言う、製薬メーカーの、事務所が入っており、他は空き家である。

 何の気の無い顔で、倉田はビルの正面玄関の前に立ち、立ち小便を、エレベーターホールの真ん中でした。

 2Fへ昇り事務所の中へ顔を出す。

 「どなた様ですか?」

 角田薬品の受け付けの女の子が、白い顔を覗かす。

 「ハァ~、社長の角田さんご在社でしょうか?」

 「ハイ、ただいま呼びます、二分ほどお待ちください」

 角田は直ぐさま出てきて、受付のカウンターに顔を出す。

 「これは、どなたでしたっけ?」

 「フンッ、これでも喰らいな」

 倉田は、腰に吊った、ブローニング・ハイパワーを抜き、トリガーをフルオートで引き射出される。弾丸が、角田の体中に命中する。その距離3メーター程だ。

 「何してる、お前ぶち殺しちゃるぞ」

 社員達が、度肝を抜かれて、事務所内はパニック状態になる。倉田は、スーツのポケットから、手榴弾を二個取り出し、ピンを二本の指で一気に抜く。

 それを室内に投げる。一人走って逃げようとする、中年の男に銃弾をお見舞いさせる。

 無煙手榴弾は、事務所の床にゴトリと落ち、角田薬品社員達は、皆身を、デスクの下へ移し、這い蹲って隠れる。

 「じゃあな、アバヨ」

 倉田は走って、非常階段を下へ降りる。

 ドーンバリバリバリ。もの凄い轟音と共に1階エレベーターホールまで、破片が飛んで来る。その足で、ビルから脱出し、平和通りから姿を消した。

 

 その日の早朝5時。小倉・明和町に在る下山ビルディングの前に、三台のパトロールカーが止まる。

 小倉警察の、マル暴担当、西上警部と、部下の、城内、上下の二人を連れ、九州山工組7代目、下山健一宅の、下山ビルディングの、玄関口に立つ。周りを五人の制服警官が、囲むようにして立つ。

 チャイムを押すと、下足番の男が、キャメラアイ、監視カメラで外の様子を見る。

 中には、50人程の組員が詰めて、戦支度をしていた。

 下足番の、矢井田が、大声で奥に呼ばわる。

 「兄貴、サツが来たバイ」

 奥から出てきた、若頭・紅栄次郎が答える。

 「何人や?十人ほど討って出いや」

 大声で下命すると、十人ほどのチャカと、日本刀で武装した男達が、裏口から出て行く。

 「どなたですバイ?」

 下足番の矢井田は、ソラッとぼけて応対に出る。

 「あ~、早よからすまん、小倉警察の西上や、ちょっと聞きたいことが有って、来たバッテン、ドア開けとくれ」

 その時、後ろにいた5人の制服警官が次々と銃弾や匕首で倒され、反撃する暇も無く絶命していく。

 西上と、二人の部下、城内と上下は、焦り、西上は、先頭に立つ若頭紅に訴えかける。

 「オイ、ちょ、ちょっと待て、紅、こんあぎょうさん警官殺したら、死刑やぞ」

 「うっせえ、皆、いてこましたれや」

 十数人の、組員達は、一斉に射撃をし、三人の刑事達を、射殺する。

 「ホナ、そこの三人、死体小倉警察署の前へ返してきな」

 三人指名された、高藤次男、矢井田隆、佐藤光矢は、死体を、ハイエースワゴンに乗せて、血生臭い臭いの残るまま、小倉警察署の前にある、松本清張記念館の玄関口に捨ててくる。

 一連の爆破、射殺事件のニュースは、全国を駆け巡り、深刻な社会問題として、連日マスコミを賑わせた。

 同じ日の、午後八時。博多駅西口を、倉田は歩いていた。はかた駅前通り沿いに有る、山半ハウジングビルの、エレベーターホールに入る。日もとっぷりと暮れて、辺りは、ネオンが煌めき、周りのビルを、赤や黄色に光が交錯し反射している。

 倉田は、エレベーターホールの案内板を見て、5階、山工興業と出ているのを見て、笑う。その笑いに、残忍さに人が見たら震え上がるだろう。

 山工興業は、公然と山工組が、経営する芸能プロダクションである。九州や沖縄からタレントを発掘して、次々と福岡ご当地アイドルを、世に送り出している。

 「フン、何ば言うても、ヤクザ者はヤクザ者やバッテン」

 倉田は一人つぶやき、ショルダーバッグから、導火線の長い、ダイナマイトを取り出して、エレベーターで5階まで昇る。

 エレベーターを降りると、まだ事務所は、開いており、出入り口付近で数人の男女が一つの灰皿の前でタバコを吹かしている。

 「何ですか?、当社に何かご用でも?」

 タバコを吸っていた一人の男が、倉田を誰何して、倉田の右腕を掴む。

 「何やバッテン、社長に急用が有るから面会さしてくればい」

 倉田は、ウッカリ懐からダイナマイトの束三本を落とす。

 「何やこりゃ、アホの興堂会の鉄砲玉か?われ、ぶち殺すど」

 焦った倉田は、男の手を振りほどき、三本のマイトに、ブローニングハイパワー自動式拳銃を、フル掃射する。

 「アホやめろ」

 社員達は口々にわめき、懐から、コルトガバメントを、抜き倉田に向けて発砲する。

 ドーンガラガラガラー。

 倉田の撃った弾丸が、一本の、ダイナマイトに命中し、轟音を上げて辺りが白くなる。五階は吹き飛び、天井と床が抜け落ちてパニックになる。

 その夜興堂会は、インターネットを通じて日本全国の山工組傘下の組織に宣戦布告した。

 その日の夜から、全国から、九州山工組傘下の組織が、続々と北九州に集結した。

 それに対して、反山工組の極道が、興堂会の元に、これもまた、集結しつつ有った。

 秋雨前線が、太平洋側に停滞していた。ここ一週間気温も低く、つい十日前まで、気温30℃を超えていたのが嘘のように涼しい日が続いていた。IT企業GOYOO中目黒支店に、植えてある紅葉の葉が少し黄色くなっていた。

野中正男は、執務机で、何か手書きで書き物をしていた。疲れているようで居ても、頭がすっきりしていて、秘書に昨夕作ってもらった甘いコーヒーを、一杯飲み、頭の回復を、試みた。

 IT企業・株式会社GOYOOは、創立は、1980年代終だ。創設者・金会長が設立した会社だ。当初は、出版部門、そして1990年代に、ITに、参入し、インターネット回線、そしてプロバイダー業、IP電話、土木建設、金融業、そしてインターネットTV他多岐に渡り、手広く経営していた。

 野中正男は、本社付き専務から、新設された中目黒支社に、移動して久しい。

 時間を見ると、午前2時になっていた。特殊警察携帯電話が、突如けたたましく、エマージェンシーコールで鳴る。

 「チッ、また田宮か、しょーがねえな」

 野中は、携帯を取ると、Pメール・・・ポリスメールが着信していた。Pメールは従来の一般のCメールEメールと異なり、警察関係者しか使用できないコードで、送受信されるシークレットメールで有る。

 特殊警察携帯を開くと、一件のメールをタッチパネルでクリックする。

 (件名・山本ノリ食うか?)

 野中は無言で返信する。

 (返信・コテちゃん美味い)

 これだけで、事は足りた。次に、特殊携帯に着信が有る。マナーモードにしているが、エマージェンシーコールだけは、受信音が鳴り響き、耳に痛い。

 「ハイ、野中だが?」

 (今晩ちゃ~、野中さん久しぶりです元気してた?)

 「うっさい、元気だろうが、病気だろうが、俺の勝手だろ?」

 (ハァ~そうっすね、実は折り入って頼みたいことが有りまして、今から行って良いっすか?)

 「何分でこれる?」

 (二十分ほどでお伺いします)

 警視庁、公安生活安全課の、チーフになった、田宮からであった。野中は、苛ついて一日十本に減らしていたマルボロの箱を取り出して、立て続けに二本吸った。

 野中は、机にどかりと足を乗せて、眼鏡の曇りを拭う。

 十五分すると、社の前の街道から、マセラティ・メラクの、黄色いボディーが、闇夜に浮き出る。その野太いエキゾーストノートが、徐々に近づき、近くで、夜遊びをしている少年少女が、目をむいて後退りする。

 マセラティは、GOYOO中目黒支社の前で、エンジンブレーキをきかせて、ドリフト気味にパワースライドをさせながら、地階駐車場に入っていく。

 役員用駐車スペースに、マセラティは止まり、左座席のコクピットから、その重いドアーを、開き、田宮は社員通用口へ向かう。

 社員通用口で、IDカードをドアーの脇の認証機に差し込む。

 セキュリティーコンピューターが本人確認をする。

 指紋認証を終え、ロックが解ける。自動ドアーが開き、中で詰めている警備員に、目顔で挨拶をし、地階エレベーターホールに向かう。

 エレベーターホールに、一人の女性が立っていた。紙を後ろで縛り、濃紺と、白いストライブの入ったGOYOO社の制服を着ている。田宮は、エレベーターが来るまで世間話をしようと近づき、声を掛ける。

 「今晩は、夜遅くまでご苦労様」

 言ってOLの肩に手を掛ける。

 「ハァ?どちらの部署の方ですか?」

 OLは少し、体をよじらせて田宮から離れる。

 「ハハハ、野中専務の所にちょっと野暮用が有ってね、きゃは」

 田宮は、OLの、ミニスカートに近い丈の裾に手を入れて、ヒップを揉む。クニャリとした感触が、手に伝わってきて心地が良い。

 バチン、とOLは田宮の頬を張り手を払いのける。

 「嫌、Hセクハラで訴えますよ」

 田宮は、肩をすぼめて、やって来たエレベーターに乗り込む。少し打たれた頬が痛い。エレベーターで、最上階に有る、専務役員室のドアーをノックする。野中は、ウェブカメラで田宮の顔をチェックして、部屋へ招き入れる。

 株式会社GOYOO社は、約30年前から、国家公安生活安全課の、協力者で有り、その人事部と、総務部は公安の手先として使われ、拳銃所持、逮捕権を極秘に有する。

 謂わば、秘密警察機構で会った。

 「こんばんちゃ、野中専務、元気そうで何よりです」

 田宮は先程打たれた右頬を濡れたハンカチで、冷やしながら来客用のソファーに座る。

 「で、今日は何用かな?」

 「はい、実は折り入って頼みたいことが有りまして」

 田宮は、バッグの中から、夕方買った、ケンタッキーフライドチキンの包みを出して、チキンを囓る。

 「頼みって、まさか只じゃ無いだろうな?」

 「ハァ、実は九州で起きている事件御存知でしょうか、てか、知らない筈有りませんよね」

 「ふむ、ヤクザ者同士の喧嘩か?」

 「ハイ、ご名答、実は上の方からの緊急命令で、対テロリスト班と連携して、山工組と、興堂会の両方を力で潰してしまえと・・・・・・」

 野中は、ブルーマウンテンを、コーヒーメーカーから、マグカップに注ぎ、田宮に出してやる。

 「対テロリスト班って、野口と一緒にやれと?」

 「ハイ、野口さんは、もう九州に飛んで潜ってる筈です、ハイ」

 「で、報酬は幾らだ、ウチも会社組織でな只では働けないよ」

 田宮は、マグカップのコーヒーの中に、ガムシロップを、3つ入れ、半分ほどを一気に飲む。

 「ハイ、今回は、国の方から二億円出ます、不足は無いでしょう、もう、野中さん、お金の話やめてくださいよもう~」

 野中も苦笑し、田宮の、チーフ就任を祝った。

 その頃、九州博多・明治町通りで、興堂会が裏で、経営する飲食店の入ったビルの前に、マツダ・CX-8が、ソロリソロリと徐行をしながら入ってきた。

 ビルの名は、博多第二緑ビルと言い、一階に喫茶店・モーニングという店が入っており、二階に堅気の企業、片岡商会と言う、事務機会社が入っている。三階は、空きテナントで有り、年末から、NPO法人が借り受け、オフィスとして使う為、現在改修工事が入っていた。

 CX-8は、約100メートル程、行き過ぎて止まり、助手席から背の少し高い、初老の男、九州山工組のチンピラ、高藤次男が、少し大きめのボストンバッグを手に提げて、第二緑ビルの前へ歩いてくる。

 時間は、午前十時で、人並みは疎らで有る。

 高藤は、ボストンバッグから、手榴弾を一個取りだし、ピンを抜き、喫茶モーニングの、自動ドアーを開け、投げ込む。100メートル走って、待避し、状況を伺う。

 三十秒ほどして、人が二人走り出てくる、高藤は、爆弾を見届けて、半壊になったビルを見て、CX-8に戻る。

 助手席に戻ると、兄貴分の、佐藤光矢が、青ざめた顔をして、ワナワナと震える手で、ハンドルを握って居た。

 CX-8は、そのまま表通りを走り去る。

 その、二十分後、北九州市、戸畑駅前の、南鳥旗町・料亭・三江・に於いて、山工組の助っ人に来た、親分衆五人が、食事をしていた。

 三江の前に、一台の軽自動車、スペーシアカスタムが、止まる。

 三江の前には、五人の親分衆の付き添いが、黒眼鏡を掛けて、辺りを睥睨していた。

 スペーシアカスタムのリアウィンドウが、ガバッと開き、中からH&K写生のサブマシーンガン・MP5が、銃口を鈍く光らせ顔を覗かせる。

 「おっ?」

 一人の見張りの男が気づくが、時既に遅く、9ミリパラベラム弾が、射出される。

 トパパパパトトト、連続発射音と共に、五人の男達は、血を吹いて倒れる。

 そこへ、助手席から、一人の男が出てきて、主屋に、ピンを抜いた手榴弾を投げる。

 ドバーンガリガリリーン。爆発片が、辺りに飛び散り、2個、3個、手榴弾を追加で投げつける。

 男は素早く、軽自動車スペーシア・カスタムに戻り、車は出て行く。

 この事件で、山工組系・矢坂一家の組長、矢坂友大、そして、同じく、田子一家組長・田子龍也が、死亡。山工組系・広島講仁会の会長・二谷信男、三州会会長・戸谷十鬼、北陸須坂組。須坂大雄が、手足がもげる重傷を負い、病院に救急搬送された。

 この一連の事件で、ますます抗争は激化し、泥沼にはまり込んでいった。

 翌日、九州山工組・組長の下山健一宅へ、小倉警察の人員約15名と、九州管区機動隊の約60名が、包囲する。

 小倉北警察署の、刑事7名が、強制捜査に入ったところ、家の中は、もぬけの殻で、チンピラの、宮崎、小峰、田坂の三人しか家にはおらず、ガサ入れは空振りに終わった。

 横水一也は、博多の街を、フラリとブラついていた。横水は、昨夜、福岡空港に空路入って来、博多に有る、ホテル・プラザーINに、チェックインしていた。

 先程から、後ろから人が着けてくる気配感じ、竹下通り沿いに有る、洋食レストラン・ヤヨイ亭・にスッと入っていく。

 レストランに入ると、ウェイトレスを、無視して、勝手に窓際の席に着く。

 横水は、この年で60歳に手が届く年齢になる。GOYOO社に来て早30年近くなる。役職は、部長で、キャリアにしては低いが、主に、社員の内偵や、警察からの依頼で、有事が有るごとに、秘密捜査員として、その有能な手腕を発揮してきた。

 席へ着くと、お冷やが運ばれて来る。5分ほどして、店内に男が一人入ってきた。

 サラリーマン風の、地味なスーツを着て、ソフト帽を目深に被り、鋭い眼光を、隠すためか、少し薄い、ブラウンの眼鏡をかけている。

 スタスタと店内に入ると、その長身の男は、横水の席の前に立ち、口髭を歪ませて、何かつぶやいた。横水は聞き取れないのでもう一度聞くと。

 「オホーツク海行ったか?」

 横水は少し考えて答える。

 「蟹ぎょーさん食ったバイ」

 その男は、右手を出して、横水とガッシリ握手をした。

 「野口さん、何で俺が此処に来ていることを?」

 「横水さん、ここのビーフシチュー、格別ですよ、まあ良い食べましょう」

 この男、野口は、公安対テロリスト課のチーフにして自らも、野に有って秘密捜査員をしてる男だ。この年で56歳になる。

 普段は一体どこで何をしているのか、誰も分からない神出鬼没の男で有る。

 「で、野口さん、山工組の幹部が雲隠れしたって話ですが、何か掴んでいるのですか?」

 「ふむ、下山健一、支部長ですな、その下健が、何処にいるかは我々も皆目見当が付かない、我々はテロリスト、そう、ヤクザどもですな、それを退治しなくてはならないので、下健のアジトを横水さんに洗ってもらいたい」

 野口は、ビールを注文して、禁煙ぱいぽを、出して大きく吸う。

 それを見て、横水は苦笑する。

 「野口さん、大のヘビースモーカーでしたね、ここ十年が所、国を挙げて喫煙者狩り、一体政府も何考えてるのでしょうな」

 「ふむ、タバコは体に毒と言うが、何が健康推進だ、吸わねー方がストレスで毒だ、タバコの次は酒かもな」

 野口は、毒づいて出されたビールを一気に飲む。横水は、前菜のスープを、飲みながら、外の景色を見る。皆、こぎれいな身なりをして、何不自由なく、暮らしている。こんなシラケた世の中は、ヤクザ者に破壊されて戦々恐々と、あんな奴等脅えて縮こまって生きろ、と思い、出された日本酒を一気に煽る。本音はざまあ見ろ、で有った。

 「興堂会の加島一鉄も、何処に潜ったかあ分からない、行方知れずだ、そっちも洗って欲しい、見つけ次第射殺して良いとさ」

 その頃、中洲川端駅近くの、ホテル・ソルト・と言う興堂会系のホテル近くに、マツダCX-8が、そろりと路上に止まる。

 コクピットで、ハンドルを握る、佐藤光矢は、助手席の、高藤次男に、弾薬の入った、マカロフ自動拳銃と、パイナップル型手榴弾を3つ渡す。

 ホテルの入り口を見ると、黒服の男達5人に、戦闘服を着た男達30人ほど、列を作り、一人の男が出てくるのを、待っていた。

 「兄貴、本当に熊井会の7代目が出てくるんでしょうか?」

 高藤次男は、体を小刻みに震わせて、パイナップルを、上衣に着ている革ジャンのポケットに2つ入れ、一個を右手に持つ。

 「間違いない、熊井のやつは、今日ホテルから出てくる。奴等の兵隊が邪魔だとおやっさんから言われている、組員が揃っているときに、一気に今殺っちめぇ、バイ」    

 十五分ほどすると、ホテルの中から、目付きの鋭い男3人に ガードされた、三十代後半位の、男女が出てくる。

 「やつが熊井バイ、そら行け」

 高藤は、助手席からスルリと出て行くと、何気ない仕草で、歩み寄る。そこには、もう怯えや迷いはない。

 三十メータほど近づくと、高藤は、手榴弾を右手に持ち替え、大声を出して言う。

 「熊井の親分さん命もらうですバイ」

 次の瞬間、パイナップルは、弧を描き飛び、熊井の手前、十メートル付近に落ちる。まだ、爆発はしていない。子分の一人が、驚き、拾い上げようとする所に、高藤は、マカロフを、素早く抜き、全弾を、見当を付けて、打ち込む。6人ほどの男達が倒れ、高藤の方へ、戦闘服を着た男達が走り寄ろうとした時、突如、爆発が起き、十数人の体が吹き飛ぶ。

 「ギャー助けてくれ・・・・・・」

 「ヒィー痛い、痛い」

 出入り口付近に立っていた熊井は、首から上が吹き飛び、同伴していた女は、手足がもげて、一面血の海を作っていた。

 高藤は、残り2個の手榴弾を投げて、走ってCX-8の助手席に乗る。車はゆっくりとスタートし、明治通りを走り去る。

 水上公園付近で、後方を見ると、パトロールカーが5台程追ってくる。

 佐藤光矢が、カーTVを点けると、画面にテロップが流れた。

 【先程、中洲川端のホテル、ソルトで、何者かによって爆弾のような物が投げ込まれました。死傷者多数、詳細は不明】

 TVを見て、逃げる佐藤光矢は、ハンドルを握りながら、

 「ひゃっほーい、やったバイ」

 と叫び声を上げる。

 高藤は、マカロフのマガジンを換え、助手席から身を乗り出して、後方へ発砲する。すぐ後方のパトロールカーに銃弾がフロントガラスの周囲に当たり、スピンをして後ろ二台を巻き込む。

オマケととばかり、残った二台の、パトロールカーに、パイナップルを、タイミングを合わせて投げる。

パイナップルは、空中で爆発し、パトロールカーの前で炸裂し、一般車をも巻き込み、パトロールカーは、スクラップと化した。

 三日ほどそれから経った。横水一也は、筑肥線、下山門駅を降りて、タクシーに飛び乗る。

 「何処までですか?」

 タクシーの運転手は、おもむろに、車を出してから聞いて、目深に被っていた制帽を、少し上に上げてルームミラーで横水を、にらむようにして見る。

 「石丸の三丁目辺りで下ろしてくれ」

 運転手は、「チッ」と舌打ちして、対向車がいないのを、後方を確認して車をUターンさせた。

 車は15分程走り、石丸三丁目の住宅街の、歩道脇で止まる。

 石丸三丁目の住宅地を歩き回り、青い屋根に、パラボラアンテナが設置されて、無線のアンテナが立っている、家の前で足を止める。家には、表札の他に看板が出ており、看板には【公義塾】と、大書されていた。

 「ほう、ここか・・・・・・」

 横水は、思わず声に出して感心し、庭に並んでいる、街宣車を見て、観察していると、一人の老年の男が庭いじりをしていたらしく、玄関口に突っ立っている、横水に声を掛けてきた。

 「何ばしちょる、家に用があるタイか?」

 横水は、老人の顔を見てハッとなり、二十年前、詐欺を働いたグループ・松山商事の、社長を関西の自宅で刺殺した、町田洋山と、すぐ判明した。

 町田洋山は、今年で9X歳になる。16歳の時、任侠組織・九州羽田一家の舎弟になる。羽田一家で10年修行をし、羽田一家の若頭となる。しかし、好事魔多し、昭和30年代、小倉に有った、羽田一家は、山工組の全国制覇の的になり、組長は脅しにより組を解散させた。

一匹狼の、無頼と化した町田は、北海道で、流れ者として客分となり、しのぎを削る。

 50代後半で、妻を娶り、一男、政治を設ける。町田は、故郷九州に帰り、長年貯めた蓄財を投入して、新右翼団体、公義塾を結成して、青少年の社会から落ちこぼれた者達を救済していた。

 そして、二十年前、知人が相次いで、松山商事のネズミ講の、餌食にされ、義侠心に駆られ、軍刀で関西に在住していた、松山商事社長・松山史正を刺殺した。その模様は、多くのマスコミの前で行われ、報道され一躍全国に名を知られるようになった。懲役、40年を喰らい、模範囚として高知の刑務所から二十年足らずで仮釈放され二年になる。

 今は、二代目・政治の代になり、愚連隊や、不良少年を舎弟にして、公義派組を結成し、福岡でその勢威を伸ばしていた。

 横水は、チョコンと洋山にお辞儀し、口を開く。

 「町田洋山先生ですね、折り入って頼みたい事が有りまして、お伺いしました」

 町田は、持っていた高枝切り鋏を、軒下に置いて、その日に焼けた老顔を綻ばせて言う。

 「ワシッ見たいな老い耄れに様とはこれは奇特な事ですな」

 横水は、持ってきた、長崎カステラの包みを、洋山に手渡して頭を下げる。

 「これは、これは、有り難く頂戴しておくタイね、ま、上がってくんしゃい」

 八畳間の応接間に通されて、横水は、部屋を観察する。

 部屋は、和室になっており、日本刀が二振、刀掛けに飾られており、その後ろに、岡本太郎直筆の、サイケデリックな絵が飾られてあった。その上に、朱塗りの槍が掛けてあり、微塵流の皆伝書と、掛け軸に、大望夢の如し、と書いてあるのを見て取った。本棚には、四書五経の古書が並び、大日本通史と言う題名の本が目を引いた。

 洋山は、野良着から着流しに着替え、茶の道具を、若い少女の様な女が持ってきて、洋山が茶を立てる。

 和菓子が付き、横水は、少し緊張した面持ちで茶が立つのを見守る。

 「粗茶で御座います一茶どうぞ」

 洋山は、天目茶碗を差し出して、横水に勧める。横水は、一礼して、茶碗を目の前に持ってきて、上に捧げて一口、口を付けて洋山に手渡す。洋山は、くるりと茶碗を半回転して、ズルリ、と半分ほどを飲み干し、茶碗を置く。

 「結構な、お手前で・・・・・・」

 横水は、感心しながら洋山の目を見ずに、鼻の辺りを見つめながら黙り込む。

 「ハハハ、良い天気ですのう、で、お手前は、名前ば何と言いなはる?」

 洋山は、片耳が悪い、横水は少し恐縮して、目元を見ずに答える。

 「ハイ、私、国家公安生活安全課の横水と申します、折り入って頼みが有りまして」

 「皆まで言わなくとも分かる、生活安全課ば部署は、良く知らんバッテンが、公安は、福岡、北九州の抗争を止めさせたいと思うチョルバイね」

「ハイ、その通りです、町田先生の力で何とか手打ちに持って行けないでしょうか?」

 横水は、急にタバコを吸いたくなる衝動を、堪えながら、手に震えが来るのを我慢して言う。

 「宜しかバッテン、一肌脱ぐと、言いたい所だが、アレはもう戦争バイ、終は見えない」

 洋山は、柏手を打ち、次の間に控えてる息、政治を呼び出す。

 襖がスッと開き、応接間に二代目公義派組組長、町田政治が中へ入ってくる。

 「ハッ父上何用ですか?」

 政治は、上下に紫色のジャージを着て、今時珍しいリーゼントの頭を、手でポリポリ掻きながら、シルバーのフレーム眼鏡を掛け直す。

 「さっきから、そこで話を聞いていたのは知っている。この人の力になってやれんかのう?」

 「では、父上席を外していただきたい、二人きりで話したい」

 「ウム、分かった、それでは横水君、席を外させて貰うバイ、失礼」

 洋山は、席を立ち、再び庭へ向かい、庭の掃除をしている一人の青年の近くへ歩み寄り、池の鯉に餌を与えている。

 「では、横水さんとやら、話ば全部隣の部屋で聞きましたバイ、いか程出せますか?」

 横水は、手の指を2本出して言った。

 「二千万で、どうですか?」

 政治は、眼鏡の縁を指で揉みながら、

 「五千万円、びた一文負けんバッテン、嫌ならやらんで良いですバイ」

 横水は、政治に少し待つように言って、警察から支給されている、特殊警察携帯電話を、胸ポケットから取り出して、タッチパネルでアドレス帳を開き、野中正男GOYOO専務に発信する。

1コールで野中は出た。応接間の時計を見ると、午前11時半を少し回ったところだ。

 (ハイ野中だ、何だ横水、九州で女に振られたか?ハハハハ)

 「はぁ~、まだ味見もしてませんよ、実は協力者の有力な、公義派組に、5千万円費用として出して欲しいとの事、公安から引き出して貰いたいのですが」

 受話器の向こうで野中は、「チッ」と舌打ちして言った。

 (何?公義派組、俺の所にそんなリストは載って無いぞ、誰がそんな所に頼めと言った)

 野中は、怒り心頭で、横水を怒鳴りつける。

 「ハイ、私の独断ではなく、野口と相談した上で、現場で決めました、必ず有力な助っ人として機能して貰えます、5千万円今日中に私の口座に振り込んでくださいでは・・・・・・」

 横水は、野中の返答を無視して、強引に押し切った。ボストンバッグから、百万円の束を3つ出して、政治の前に積む。

 「何バッテン、三百万じゃ話にならんタイね、五千万用意できたら、又話に乗るタイ」

 政治は、福岡に有る、オフィスの住所の入った名刺を差し出して横水に渡す。

 横水も、GOYOO人事部の名刺を渡す。

 「それでは、これは手付けで、後は又渡します」

 横水は、仕方なく、福岡のホテルに帰ることにした。

 その頃、野口率いる、対テロリスト班は、別府に有る、兼ねてから内偵していた、武器弾薬庫に、ガサを入れる事に踏み切った。

 ここは、山工組の九州支部が運営する、東南アジアとのパイプを持つ、貿易倉庫で有る。

 会社名は、山九運送で、野口は、部下が15人集まるのを待って、踏み込むことにした。

 「チーフ、山崎と黒田がやって来たら全員です」

 野口は、レミントンのショットガンを、愛車にしている、三菱・コルトのトランクから出して、山九ビルの出入り口が見える、街道沿いの空き地で準備する。

サブリーダーの、川山が、皆と打ち合わせをしながら、ナンブ2022年式の、リボルバーの弾倉をチェックしている。

 十五分ほど待つと、山崎と、黒田が、タクシーで乗り付けた。

 「チーフ、お待たせしました、福岡県警の、山寺さんに攻撃許可を取り付けました」

「フーン、では、全員配置について、武器弾薬庫のガサだ、抵抗するものは射殺していい」

 野口は、ゴルフバッグに入っているレミントンを、担ぎ、各々ポリスリボルバーの、弾倉をチェックして、ホルスターに仕舞い山九運送に歩き出す。

 集合場所から約600メーター離れており、歩いて五分で、山九運送に辿り着く。

 野口と川山が先頭に立ち、事務所の鉄筋2階建てのビルに、おもむろに入って行く。

 「誰ですか?」

 一番奥の執務机に座っている、六十がらみの、太った男に言われる。

 「公安の野口という者だ、今から第一倉庫の中を見せて貰いたい」

 「令状は、有るのかね?」

 川山が、警視庁発行の、捜査令状を出して見せる。その男、山工組・九州支部、代貸しの、長岡行助は、眼を剥いて、唇をワナワナと震えさせて、周囲の男たちに、右手人差し指を立てて、何かの合図を送る。

 野口は、ゴルフバッグから、レミントンを取り出し、天井に向けて一発撃つ。

 ドパーン、と物凄い音を発して、天井に吊ってあるLEDの蛍光灯が、粉々に割れて、四散する。

 「おわ、君は一体何をするタイね」

 「今何かしただろう、横山に、佐貫、そこにいる男たちの懐を探れ」

 五人いた、事務の男達に、二人の公安刑事は、近寄って行き、ホールドアップの、姿勢男達を、身体検査する。 

 出て来たのは、コルトの、オートマチック銃が、5丁、ナイフが各々二個づつ、持ってい、野口の前の机に、ゴトリと置く。外では発砲音を聞き付けた社員たちが見に来て、十人程の人垣が出来る。

 「第一倉庫の、案内頼むぜ、長岡さん」

 野口班は、十五人手分けして、山九運送の内部を捜査する。

捜査の結果、バツーガ砲二門、ミサイルランチャー一基、自動小銃20丁、小型自動拳銃200丁、パイナップル型手榴弾が300個、出て来た。十五名は、広場に社員達を集め、身体検査と、取り調べを始め様としていた。

 そこへ、3台の警察車両のマイクロバスが入ってきた。

 皆シールドを持ち、完全武装で、山九運送の社員達を取り囲む。

 一人の男が近付いてきた、福岡県警、捜査二課の山寺警部で有った。

 「これは一体何の真似だ山寺さん?」

 山寺は、加熱式たばこを、一服吹かして、野口を見据えてひと言言う。

 「この現場は、只今より、我々福岡県警が取り仕切る。ご協力有り難うございました」

 山寺は、敬礼して、隊員たちに指示を出しに行く。野口は、「かッ」と唾を地面に履いて、

「あー皆撤収だ、あー辞めた馬鹿らしい」

 横水一也は、明治通りを、朝の散歩に出かけていた。空は青く澄み渡り、渡り鳥達が大濠公園の、お堀端で、羽根を休めてる。十数羽居ようか、シロサギが美しく、白と青紫の毛を繕っていた。

 最近福岡の街は、荒れ果て、極道者たちが、堅気と変わらぬ風体をしているので、ソレとは気付かず、警察も見過ごしていた。

大濠公園能楽堂の出入り口で、朝の一服を着いていると、車が二台、カーチェイスをしながら、走り寄ってくる。横水は、「オヤ」と思い、エクストレイルの最新型と、V6エンジンを積んだ、日産スカイラインが、ぶつけ合いながら、こちらに急接近して来る。

 ギャッギャッ、とタイヤを軋ませながら、お堀端のガードレールに、二台のマシンは、ブツケテクラッシュした。

 横水は、急ぎ、電柱の陰に隠れると、車の中から、エクストレイル5名、スカイライン、4名の人員が車両から降りてきて、日本刀を、振りかざす者、自動拳銃を発射するものが、道幅一杯に、銃撃戦を繰り広げている。

 横水は、大勢が決まるまで、見守る事にした。

 銃撃戦は、終わりなく続いて、双方50メートル程の距離で撃ち合い、弾丸の無駄を繰り返していた。

 横水は、スルリと、エクストレイルの男たちの後方へ着く。男が一人振り向き、横水の顔を胡散臭げに見つめる。

 「オイ、兄さん等、俺は山工組の助っ人、拳銃雄太って者だ、お前らあのスカGの奴等殺したいんだろ?一番偉い奴はどいつだ?」

 「これは、助っ人有り難うやんす、アッシ等、上州から来た、山正会の、九州山工組に助っ人に、参りやした、斎藤って者でやんす、奴らの一番頭は、今ボンネットに上がっている、木山という悪党です」

 「良し、任せておけ」

 横水は、バックパックを下ろし、モーゼルの自動拳銃を取り出して、50発の弾倉帯を、セットする。銃弾は引っ切り無しに、エクストレイルの方面に飛んでくる。

 モーゼルを、セットし終えると、エクストレイルの陰から向こう側を覗く。

 スカイラインGTRの上で、て下から、マシンガンを受け取り、木山は、狙いも付けずに、こちら側にフルオートで掃射して来る。銃身が上に上がり、お話にならない程、下手な射撃だ。横水は笑い、モーゼルの、50発余りの弾薬を、木山めがけてフルオートで放つ。木山の体の周りに銃弾が飛来して、GTRにも命中し、フロントタイヤを打ち抜く。

 「ヘへへ、ヘボ、当てて見ろ、タイ」

 横水は、再び車の陰に隠れて、自分でカスタマイズした、ナンブ2028年式・ワイルドカスタムの、リボルバーを、おもむろに、抜き、見当をつけて、木山の頭付近を狙う。

 トンパントン、甲高い鈍った銃声を発し、横水は、左から右に、一発、一発修正しながら、3発撃つ。最後の3発目が、木山の顔面へ食い込む。ピシャリ、と奇妙な音を発して、木山は車のボンネットの、お立ち台から、滑り落ちて、頭の半分が無くなっていた。

 「おー、やったぞ、流石拳銃使いの雄太さんだ」

 向こう側にいた、チンピラ三人は走って

逃げて行く。

 拳銃雄太は、関東三社会に、在籍していた流れ者の拳銃使いで、今何処にいるか定かではない。公の場には、顔を出した事が無い、人相風体は不明で有った。横水は其処を突き、成り済ましたのであった。

 「それでは、俺はホテルに帰るよ、死体ちゃんと片付けておきな」

 横水は、サッと身を翻して、ホテルの方角に歩いてゆく。

 その銃撃戦の三日後、百年橋通り沿いの、ビル・山半第四ビルの前に、ダイハツの軽自動車ムーブが、ゆっくりと走って来、止まる。

 山半第四ビルの前には、警察官が二人立ってい、パトロールカーが、一台わきの駐車場に停めてあった。

 ムーブが止まると、その制服警官が、一人近付いて来る。誰何しようと近寄ってきたらしい。ムーブの中には、男女二人乗車している。

 ハンドルを握るのは、二谷颯太28歳、助手席に座る女は、三井麻美23歳と、警官の尋問に答えた。

 「で、ここに車置いちゃ困るんだけど、このビルに何か用?」

 三井麻美はにこやかに答える。

 「あの、このビルの四協興産に、これお届に参りました」

 スッと、出した手には、小型リボルバー拳銃が握られてい、麻美は軽く引き金を引く。

ペン。一発で警官の額に穴が開き、警官はその場にくたりと膝をついて絶命する。

 運転席から、颯太が出て来て走って来る、警官にサブマシーンガン、MP5を、引き金を絞り、左から右に薙ぐようにして警官の胴を打ち抜く。

 警官は、胴体が千切れ、防弾チョッキを、貫通し、見るも無残な肉塊と化した。

 麻美は、着ていた作業ズボンのわきのポケットから、手榴弾を取り出し、口でピンを抜く。ビルの中から人々が走り出てくる。颯太は、笑いながら、走りくる人々をMP5で掃射する。

 タタタター、一戸の弾倉の中の弾が無くなると、麻美の投げた手榴弾が入り口付近で大爆発を起こす。巻き添えを食わぬように、二人は素早く車に戻り走り去って行く。

 あくる日、午後二時、インターネットの無料掲示板に、興堂会が、間接的に裏で経営する介護施設・いこい苑・に時限爆弾を仕掛けたと、爆破予告があり、福岡県警の、爆発物処理班が、出動し、捜査したところ、ロビーに不審物が入ったバッグが、ニコ発見された。

 しかし、中身は脅迫状が入った偽の爆弾であった。

 警察のIT捜査班が追跡したところ、市内に住む、大学生・横山正道23歳の、いたずらと、判明。横山が書類送検され、今後類似の愉快犯を防止ため、興堂会の関連施設に、警備の警官を、多数配置することになった。

 全国から、5万人体制の警察官を動員し、山工組九州支部及び、興堂会系の組員等を、計五百名逮捕した。

 しかし未だ闘いは、終ってなかった。

 小倉駅に、20数人の山工組系の、極道者が集まり、興堂会の経営する、クラブ・ロゼッティーに、乱入した。

 ロゼッティーには、興堂会の下部組織の、半グレ団体、九州鬼神のOB、三十名が集まり、酒を飲んでいた。

 入口のチェックを無視して、二十数名の極道者が店内に雪崩れ込む。

 最初に殺害されたのは、ロゼッティーのマスターで、興堂会の構成員、山田聖矢(29)が山工組九州支部に、助っ人として参加していた、神戸本家山工組の、組員、西川神介(42)の放った、ベレッタの自動拳銃からの、二発の銃弾を腹に貰い、血を流して倒れる。

 そしてVIPルームに、山工組の5人が乱入する。

 その時、九州鬼神・十七代目ヘッドの、岡崎真弓(38)が、山工組傘下の、広島・北村会の、鈴木安男のついてきた短刀によって、全身7か所を刺され出血多量で死亡。

その場に居た、九州鬼神のメンバー、田坂誠(26)と、中川春男(39)が、山工組系・北村会の組員、幸山稔侍の放ったコルト45口径の銃弾により、ショック死。

 そして、その場に居合わせた、福岡に在住する、家事手伝い、田中美子(36)と、小倉に住む主婦、才田美貴江(29)の二人が巻き添えを食って死亡。

 ホールでは、鬼神のメンバー30数名が、山工組・大阪天王会員、神田哲限によって、神田の持つ、トンプソンの旧型サブマシンガンの餌食になり、15名負傷。そして、残る15名中3人は、店外に逃れ、十二名は銃弾により死亡して行った。

 この事件の犯人は、北九州に潜伏し、未だ警察も逮捕出来ていなかった。

横水一也は、福岡駅前の、第二十六銀行の、口座の残高を、記帳して調べる。口座には、昨日付で、二億入っていた。

 その場で、GOYOO人事部専務役員、野中正男に、確認の電話を入れる。警察から特別支給されている、特殊警察携帯電話を、シークレットモードに切り替えて通話発信させる。野中正男GOYOO人事部専務は、2コールで受話器を取る。

 「横水か、何の用だ?」

 野中正男は、不機嫌そうな声音で、努めて冷静に話すよう努力している。

 横水一也は、二億振り込まれてる件に付いて、質問をし、そして答えを待つ。

 「二億の件は、好きに使うが良い、この状況が後二週間続く様であれば・・・」

 野中曰、この山工組と、興堂会の抗争が、二週間続けば、北九州及び福岡に、戒厳令が敷かれ、自衛隊レインジャーからなる、特殊部隊と、米軍沖縄に駐留する、特殊部隊が連携し、九州各所にいる極道のテロリストを、一掃すると日本国内閣総理大臣と、アメリカ大統領が、極秘に電話会談をしていると、警察庁の上のほうから聞き及んだ。

 「じゃあ、二億円は好きな様に使わせて貰います、それだけです、情報提供有り難うございます」

 横水一也は、それだけ言って、特殊警察携帯電話のタッチパネル・通話終了・の項目を叩き電話を切る。

 西鉄福岡駅から、電車に乗り込み、右手に下げた、アタッシュケースを大切そうに持つ。

 一つ目の駅、薬院という場所で、列車を降り、歩いて城東橋を渡る。役員ビジネスガーデンの裏側にある、東西マンションと言う、建物の入り口に立ち、インターフォーンで、603号室の木更木と言う、家の呼び鈴を、鳴らす。ここは、公義派組の福岡のアジトである。

 「はい、何方です?」

 インターフォーンには、カメラが付いており、横水の人相風体を確かめている様だった。中から、若い女の声が響き、横水は、少し緊張した面持ちで答える。

 「はい、東京から来た横水と言います、政治さんに取り次いでいただきたい」

 オートロックの自動ドアーを開き、横水はするりと中へ入る。エレベーターホールに、眼付きの良くない、青年三人が待ち構えていた。

 「横水さんと言いましたね、政治のオヤッサンが、お待ちかねです、中へどうぞ、その荷物もアッシ等に渡してくださいや」

 三人の青年は、横水のボディーチェックもしないで、エレベーターに一緒に乗り込む。

 「今日も中州で、爆発事件が有りましたね」

 横水は、三人の中でも、一番年嵩の、中万と名乗った兄貴分に話しかける。

 「まったく、山工組と興堂会のお陰で、ワシ等極道もんは商売上がったりですタイね」

 公儀派組は、福岡で洋菓子メーカーを、営んでおり、最近、極道の企業と言うだけで、謂れもない手入れを喰らって、営業停止処分にされたばかりで有った。

 603号室の前へ行くと、若頭・黒木と言う男が出て来て、小腰をかがめて、横水に挨拶をする。横水は、若頭に持たせていた、アッシュケースを、返して貰い、マンションの奥に設えて有る、応接室に通される。応接室の、ソファーにドカリと座る、中年の男がいた。

 公儀派組二代目組長・町田政治で有った。

 「これはこれは、確か横水さんとおっしゃったバイね、約束の5千万、用意できたのですか?」

 政治は、揉み手をしながら、横水のアタッシュケースを見つめる。

 「5千万円、耳をそろえて、持ってきましたよ」

 横水は、アタッシュケースを開き、百万円の束を、50個机の上に広げる。

 「で、警察バは、何をワシ等にしろと言うちょるタイね?」

 横水は、注がれたブランデーのグラスを、顔の付近に近づけて、町田と乾杯した。取り敢えず、本当のことを、包み隠さず言う事にした。

 まづ第一に、山工組北九州支部長・下山健一、及び興堂会・会長・加島一鉄の抹殺。

 第二に、全国から招集された、山工組傘下のヤクザ及び、反山工組の興堂会の助っ人ヤクザを、和解させること。

 そして、爆弾テロ及び、暗殺の防止の為の各組長への裏工作。

 それだけ言うと横水は、町田の顔を見て、(こいつは乗り気だな)、五千万円と言う餌に引っ掛かて来た、町田を腹の底で笑った。

 公儀派組は、元手になる、五千万円で、沖縄に人員を派遣して武器弾薬を調達するのに5日掛かると言う。

 公儀派組に、沖と言う沖縄に太いパイプを持つ男が居ると言う。この沖を使って、自動小銃、パイナップル手榴弾、オートマティックの小型拳銃を、百丁程用意する。

 「で、横水さん、成功の暁には、〆て、三千万円追加で貰いたい。そして興堂会の縄張りを、ウチに回してくれれば御の字だ」

 OKサインを出して、横水は急用があると言い、公儀派組のアジト・東西マンションから、辞去した。

 横水は、午後7時に、人に会う約束をしていた。公安のスパイで、北関東に根城を持つ、別所鉄也、率いる、北関組と言う、任侠団体の幹部・保科誠という男に、博多駅前で落ち合う約束をしている。

 保科は、二十年、関東北部のヤクザ組織を洗ってい、こんどのテロリスト騒ぎに乗じて、山工組の助っ人として、福岡に乗り込んできていた。年齢は、40代の中半であろう。その太った体格で、空手をよく使う。

 横水は、時間まで後一時間あるので、博多の街をブラ付いていた。駅前のレストラン・パーラードンタクと言う、店へは入り、クリームパフェと、コーヒーのお替りで、タバコの吸えないのを呪っていた。

 後ろのBOX席に、サングラスを付けた、4人組の男が入ってきてドカリと座る。4人の男は、後ろの席の背もたれ越しに、横水に語り掛けてきた。

 「山本のり食うか?」

 横水にしか聞き取れない程の小声で、真後ろの男は言った。

 「コテチャン美味い」

 公安の手の者で有るらしいと分かり、ひと呼吸ついて少し、安心した。

 「俺は、公安二課の草部と言う者だ、公義派組は、協力してくれるのか?」

 「まぁ、協力してくれそうです、今日は、人に会う用事があるので又の機会に・・・・・・」

 横水は、邪魔が入ったと思い、軽く舌打ちして、「ではまた」と言い残し、店の会計を済ませ出て行った。

 フラリと裏街に来てみると、平成時代の名残りのような、スナックが連立している、地域に来ていた。裏町は、人気がなく、野良猫がゴミバケツを、ひっくり返して食物を物色していた。

 路上に人影が二つ浮き出てきた。一人は、紺色のスーツを着てネクタイを締めていた。もう一人は、黒い革のジャンパーを着て、懐から匕首を抜き、もう一人の男に迫っていた。

 横水は、興味本位で近付いてみると、匕首を持った男が、小声でブツブツと何かを言っていた。

 「興堂会の、村上だな、俺は山工組、下健一家の多川と言う者だ、死んで貰うぜ」

 匕首を持った男は、村上と言われた男に、体ごとぶつかる様にして、切っ先を突き付ける。

 次の瞬間、多川の頭は、半分吹き飛び、辺り一面、血の海になった。

 横水は、呆気に取られて、思わず隠れていた軒下にあったポリバケツを、足で引っ掛けた。

 「誰でぇい、そこにさっきから隠れているのは分かってんだぞ出てこい」

 横水は両手を挙げて、ホールドアップの姿勢で、村上の前にゆっくり出て行く。

 「参ったよ、村上さんとやら、俺は、この辺りをブラ付いていただけだ、今の事は誰にも言わないから開放してくれ」

 村上は、横水の言葉を聞き、せせら笑いながら、有無を言わさず手に持った、45口径のリボルバーを、横水にゆっくり狙いをつける。横水は、脇の下から冷や汗が噴出して、手を下に下げて行く。

 「じゃあな、アバヨ、地獄で会ったら仲良くしてくれ」

 村上が、引き金を引く前に横水は、右に飛んだ。村上は慌てて、引き金を引く。さっき横水が立っていた、スナックの玄関に置いて有る、看板を粉々にして、ガラス片が飛び散る。

 横水は、一回転して、手にナンブ・リボルバーを握り、四発村上に発砲する。

 1発は空中に飛んでいき、2発3発と、村上の腹部に命中する。村上は、4発目が左胸に当たると、血を撒き散らしながら、地面へ倒れ伏す。それを見届けて、横水は、路地裏から走り出ていく。遠くから、パトロールカーのサイレンの音が近付いて来る。

 辺りは日も沈み、暮れなずんでいた。西鉄福岡駅の西南に位置する、通り沿いに、バー・ゴンドラ・と言う店が入った、ビルが建っている。午後6時40分頃、横水一也は、店に入り、カウンターを一回、コツン、と叩くと、ブランデーのグラスが、バーテンダーの手から滑り飛んでくる。

 ブランデーを、二杯目飲んでいると、隣の止まり木に、一人のスーツを着た男が、座る。その男、保科誠、横水の肩を叩くと、椅子に座る。濃い口髭が特徴の男だ。

 「いや、待たせちまった様だね、スパゲティ一皿奢るよ」

 横水は、この男を見て、ニコリと笑い、ブランデーを追加で注文する。

 「で、横水さんの事、ウチのオヤッサンに話したのだけれでも、助っ人で来てくれるのなら、支度金二百万だすと言ってたよ」

 保科はビールの大ジョッキを一気に煽り、口髭に泡が付く。

 「じゃあ、明日の朝にでも行くよ、場所は、博多のホテル・ジャーニー・だったな、飯食ったら帰るとするか、疲れた」

 「で、通り名の方は、雄太で通すのかい?」

 横水は、コクリと頷き、酒をまた一気に飲む。

 博多通り沿いに、興堂会の、経営する、ホテル・プリズム・と言う建物があった。一階のロビーに、全国から集まった親分集が、二十数人会食のため、一階のレストランに入って行く。筆頭は、上州・加茂川会会長、小林道衆、その補佐として、信州、村上の常吉が、着いていた。

 興堂会の会長、加島一鉄は、現在全国指名手配受けてい、現場には姿を現さない。

 その代わりに、興堂会臨時顧問になっている、是枝剣が姿を現し、接待している。

 皆が席に座ると、店内、店外を、五十数名の若衆が、警護の為、警戒の目を光らせている。各々懐にはハンドガンを、呑んで、何時でも外敵が来たら撃ち殺せるように上着のボタンを、外していた。

 「えー本日は、皆様集まっていただき、誠に有り難うございます、本日のメインディッシュは、松坂牛のステーキで御座います、ではゆっくりと食して下さい」

 是枝剣の挨拶が終わると、皆静々と、ナイフとフォークで前菜を、食べ始める。

 広島の、江藤商会の江藤陸造に着いている、ガードの男、長野音名が、皆が食事に入った隙を突いて、ハンドガンを持ち、是枝の座る上座の席の方へ、ツカツカと歩き出す。

 それに続いて、その部下の五人の若衆も、無言で是枝の方へ歩み寄る。

 「コレコレ、君達、折角の食事に、埃が入る、そうザワザワと歩かないでくれ」

 東京の、反山工組の旗頭、工文正人が独り言のように小声で言う。

 長野は、是枝の近く、10メートル程接近した。無言で皆が、呆気に取られて見ている間に、発砲する。

 「是枝、死にんしゃい」

 そのブローニングの、自動拳銃から、弾丸が三発発射される。周りにいた、警護の者達が、是枝の盾になり、弾丸を三発受ける。

 後ろに続く五人は、拳銃を抜いた瞬間、八方から銃弾に見舞われて、蜂の巣にされた。

 長野は失敗を悟り、裏口に走り寄り、室内に発煙筒を投げつけて、逃走にかかる。

 「一体、どーなってんのや、江藤はん?」

 江藤も笑いながら、煙幕の中、走って逃げる。一同、呆然の中、八人程がこの二人を追跡にかかる。

 江藤と長野は、裏口で待って居る、リンカーンのリムジンに、乗り込む。後ろから追ってきた8人は、待ち伏せしていた江藤の手の者に、次々と撃たれ死んでいく。

 リンカーンの運転手は、現場を離れ、何処ともなく去って行く。

 横水一也は、明くる朝、ホテルをチェックアウトして、博多南線・竹下駅近くにある、日西第二ビルと言う、ビルの地階に潜伏している、北関組の保科誠を頼る。

 日西第二ビルは、地上8階、地下3階の規模を持つ、山工組が裏で繋がっている、化粧品メーカー・資栄堂の、福岡支店である。

 地下は、1階駐車場、2階、3階は、山工組、北九州支部の、隠れ家的存在で、ホテルの様になっている。ここに下山健一の、腹心、紅栄次郎以下、40名が寝泊まりしている。そして、助っ人としてやって来た、北関東最強を誇る、北関組の幹部数人も泊まっていた。

 横水一也は、タクシーを降りると、資栄堂の入った、日西第二ビルの地下へ、非常階段を降りて行く。非常階段を出ると、小さなロビーになっており、そこに、北九州支部の若衆が、三人見張りとして立っていた。

 若衆三人は、横水を認めると、まづ、身元確認のため、姓名を名乗らせた。

 「俺は、流れの拳銃使い、石嶺裕太、通称を、拳銃裕太と言えば分かるだろう。北関組の、幹部、保科誠さんに呼ばれたってーか、雇われてきた者だ、北関組の組長、別所鉄也の親分にお目見えさせて頂きたい」

 横水は、そこまで言うと、言葉を切り、若衆の兄貴分である、横道と言う男の目を射る。横道は、拳銃裕太の名前に驚き、咄嗟に小腰をかがめて、頭を垂れる。

 「裕太さんば来たバッテン、北関組の居る、地下三階の特別室ばお通しして差し上げろバイ」

 若衆の一人、元西は、横水一也ならぬ、拳銃裕太を、地下三階の一番奥にある、特別室と言う、デラックスな部屋へ、案内される。

 若衆の、元西は、拳銃裕太を連れて、特別室の前で、インターフォーンを合図である、三回鳴らす。中から野太い声で、北関組・若頭の、上杉翔の声が返って来る。

 「誰でぃ、その顔は、チンピラの元西か、何の用か?」

 元西は、少し口ごもり、「拳銃雄太さんを、連れて来ましたですバイ」と、前置きして、ドアーの開くのを待つ。ドアーは、二重構造になっており、鉄の扉で出来てい、核ミサイル攻撃がなされた場合は、シェルターとしての機能も備えていた。

 「今開ける、待っとれ」

 二重構造のドアーが開き、中から電動ロックが解かれ、自動ドアーの様に扉が開き、横水は、公安のファイルで、予め見知っている、若頭の上杉翔と、顔を合わす。

 「ウヌが、拳銃使いの雄太か、噂は兼ねがね聞いている。話によると、マニラから一週間前に戻ってきたそうじゃないですか、まぁ立ち話も何だから、中へ入ぇって下さい」

 公安対テロリスト課のチーフ、野口は、博多駅前の、淀橋キャメラの、二階パソコン売り場を、歩いていた。今日は良く晴れ上がり、九月下旬だというのに、残暑が厳しく、二十九℃と蒸し暑い。

 野口は、紺のスラックスに、上は上着を着けずに、Yシャツ姿で、右手にボストンバッグをぶら下げて、パソコン売り場でノートパソコンを、弄る振りをして、横3メーター程で、パソコンソフトコーナーで、ソフトを物色している、ある男を観察していた。

 その男は、妻子を連れて、家電売り場からパソコン売り場まで、商品を見に来てる様だ。

 その男、高藤次男だと、野口は直ぐに看破して、尾行を行っていた。高藤は、黒いフレームの眼鏡を掛け、白いチノパンを履き、白い薄手のブルゾンを羽織り、若い妻と、小学校高学年くらいの女の子を、連れて歩いていた。

 高藤は、家電コーナーを移動して、洗濯機コーナーで家族とともに、洗濯機の蓋を、開けたり閉めたりしている。

 「パパ、次は、TVの方行きますか?」

 妻らしき女は、TV売り場に高藤を誘い、高藤もそれに追従する。

 高藤一家は、一時間程、淀橋キャメラで、ショッピングをし、エキナカから西口に抜けて、出て行く。高藤の周囲を事細かく観察していると、尾行が後ろに3名、前方に2名配置されているのを、プロである野口は、看破した。西口の博多区役所に、抜けると、センターストリートを、一家は歩き、それに応じて、尾行者たちも何気なく動き出す。

 一家、和気藹々と歩き、センターストリートから、一本路地へ入る。尾行者たちは、3人路地の入口で待ち、スマートフォーンを弄っている。

 高藤は、一本入った路地の一角にある、和食レストラン【ポント屋】と言う店の、暖簾をくぐり、二階座敷に上がって行った。

 野口は、一階の入り口付近の、座敷に着き、後から入ってきた、二人組の尾行者を、観察する。一時間程、【ポント屋】で食事を摂っていると、二階から高藤一家が下りてくる。

 野口は、いち早く会計を済ませ、【ポント屋】から出ていく。路地裏でセブンスターのメンソールを吹かす。二人組も店から出てくる。

 野口は、何気ない顔で、タバコを吹かしながら尚も、尾行者を観察する。

 二人組の尾行者は、白いYシャツに、グレーのスラックスを履き、二人とも、175センチ前後の身長で、眼鏡を掛けてい、ビジネスバッグを持った、いかにも営業マンと言った、風体だが、体の筋肉が発達してい、警察関係者と言った、体格をしている。

 五分程待つと、高藤次男が出てくる。野口は二本目のタバコに火を点けて、メンソールの煙で目をしばたかせる。

 二人の尾行者は、高藤に近づき、右手をぐいと引っ張り、もう一人の男は手錠を取り出して、高藤を拘束しようとする。

 「何ばしょっとね、イキナリ何人の体、掴んで、ぶちのめすバイね」

 高藤の妻と娘は、呆気に取られている時、二人の尾行者は、高藤を手錠で拘束して、顔面に蹴りを入れる。野口はそれとなく、見ていると、拘束している二人組は、ニヤニヤ笑いながら、高藤の顔面を殴打して、鼻から血が噴き出てきた。

 野口は持っていた、ニューナンブの5連発入りの弾倉シリンダーを開けてチェックし、再びシリンダーを戻し、カチャリと回す。殴る蹴るの暴行を加えている二人組に近付き、野口は言った。

 「オイ、やめんか、こんな往来で殴ることないだろう」

 2人組の男の仲間、3人が走って近付いてきて、野口の肩を掴み、

 「オイ、俺たちは警察の者だ、お前邪魔すると、公務執行妨害でお前もブタ箱に送るぞ」

 野口は、義憤に駆られて、走ってきた三人組に、警察手帳を見せる。三人組と先程まで、高藤を殴っていた二人は驚き、手を止める。

 「お前が野口か?、こいつはテロリストだが、一級の証人何だ、お前ら対テロリスト課には、渡せん消えれ」

 野口は、その言葉にカッとなり、一人の男に鉄拳をくらわす。残った四人が、野口の背後から殴りつけて、野口は地面に突っ伏す。

 「お、お前ら、所属はどこだ、後で査問会議に掛けられても知らんぞ・・・」

 野口は、口の中に溜まった血を地面に吐き、呻くようにして言う。

 「山城課長の部下だ、査問会議?、笑わせるな、そんな脅しは、通用しないぜ、コイツは後でたっぷりと吐いてもらわないとな・・・・・・」

 野口は、薄れゆく意識の中で山城公安三課・課長の顔を思い出していた。吐き気がした。

 北九州市小倉の、平和商店街の一角に、九州山工組が、管理する、キャバクラが有った。

 秋の風が深まり、時折北西風が強く吹き、肌寒さを感じる一日で有った。北関一家に、この度助っ人として雇われた、拳銃雄太こと、横水一也は、この夜、小倉のキャバクラ・スウィーツー・に居た。

 客は、関係者以外入れずの貸し切りである。

 雄太の周りには、北関一家親分、別所、その隣に、若頭上杉、幹部の保科、野崎、幸山と揃ってい、後は若衆が20名ほど集まり、酒宴と相成っていた。

 山工組からの出席者は、北九州支部若頭、紅栄次郎、補佐、多藤、幹部の追美、そしてそれをガードする、7人の男達が、脇を固めていた。

 横水は、別所に酒を注いで貰い、形だけの固めの杯をして貰う。横で飲んでいる女が、緊張もせずに拳銃雄太事、横水一也に、撓垂れ掛かる。

 「ヘイ雄太さん、腕前をまだ見てなかったな、後日で良いからそのチャカの腕前見せて貰いたい」

 北関一家の幹部、野崎が言うと、雄太事、横水は、五百円玉を指で弾き、空中に飛ばした。その時、雄太の脇の下からS&W三十八口径のリボルバーが、早抜きで抜かれ、銃弾が三発、発射された。五百円硬貨は、穴が開き、十メートル向こうのガードするチンピラ、佐藤光也の前でポトリと落ちる。

 「キャー」キャバ嬢達は、今何が起きたのかを、知らず、悲鳴を上げ、テーブルの下へ潜る者が続出した。

 拳銃雄太は、素早く銃を脇の下のホルスターに戻すと、北関組の幹部達が、拍手を送り、紅達もそれに釣られて拍手をする。

 その頃、北九州小倉に在る、キャバレー・クラブ、【スウィーツー】の周囲に、拳銃とライフルで武装した、興堂会系、梨田一家の若衆が、ワンBOXカーの4台に分乗して、店の前に止まった。梨田一家の若衆達を、誰何しようと山工組北九州支部の、【スウィーツー】の玄関先を守る、八井田という男が、ワンBOXカーに、近づく。ワンBOXカーの中の人員は20人ばかり居て、近寄ってくる八井田の腹に、問答無用とばかり、サイレンサーの付いた、コルトの45口径、自動式拳銃を発砲させる。

 トンパンドン、と三発至近距離から撃ち込まれた銃弾は、八井田の腹を抉って、貫通弾となり、背中に射出穴を開ける。

 店の前で、守っていた若衆6人は、腰を抜かし店内に逃げていった。

 興堂会のリーダー、川元は、20人の攻撃隊を率いて、サブマシーンガンを店舗の入り口付近に向けて、掃射し中へ入っていく。

 二十人は、各々ライフル、自動拳銃を、構え、店内に乱入する。

 横水一也こと、拳銃雄太は、隣に座っていた、ホステスを、盾にして乱射してくる、銃弾を躱して、懐からS&Wのリボルバーを構えて、机の下へ隠れる。拳銃雄太は、北関組の、幹部達を、逃がして山工組、北九州支部の若衆達に混じり、銃撃戦に参加する。山工組からも、ショットガンや、対フルで応戦し、双方死者の山を築いて行く。

 中々勝負が決まらない銃撃戦を、尻目に、興堂会側から、パイナップル型手榴弾が、横水の方へ投げ込まれて来た。雄太こと、横水一也は、パイナップルを投げ返す。山工組の人員は、建物から外へ出て行き、横水と九州支部のチンピラ、佐藤光也が、二人で残り、威嚇射撃を繰り返していた。

 パイナップル型手榴弾は、又もや投げ返されて、爆発まで後数秒と、言った所まで来ていた。横水は、思い切り手榴弾を蹴飛ばし、走って裏口から店外に出た。

 佐藤光也も、後ろから付いてきて、横水が銃弾に倒れないよう、援護射撃をしてくれた。

 横水こと、拳銃雄太は、裏口から小倉駅前へ通ずる、路地裏へを走る。至近距離で、キャバクラ【スウィーツー】が大爆発を起こし、ビルの粉々になったコンクリ片が無数飛来してくる。横水と佐藤は、スナックの看板を、盾にして、爆煙から身を守った。

 「オイ、お前名前何てぇーんだ?」

 「佐藤光也って言います、宜しゅうにお引き立て下さいバイ」

 横水は、一連のテロリスト騒ぎの、主犯格、佐藤光也が引っ付いてきているのに、内心驚く。

 後方から、4人ほどの追っ手が掛かり、路地裏を使い、駅前方面へ走って逃げる。

 しかし、敵も執拗に追い掛けてくる。拳銃雄太こと、横水は、角で待ち伏せをして、始末することを考えた。佐藤を右側、自分を左角の位置に配置して、S&Wのリボルバーの弾倉で有るシリンダーに、5発、補弾して、シリンダーを戻し、カチャリと半回転回す。

 一人走って、死角になっている、待ち伏せ場所にやって来た。雄太は1発で決めた。

 撃たれた男は、手にショットガンを持ち、目を見開いたまま、眉間に銃弾を喰らい、その場に倒れた。後3人、佐藤光也は、近付いてくる前に、15メートル程の距離に居る、3人組を威嚇射撃し、立ち往生させる。

 横水こと雄太は、飲食店の看板に身を隠した3人組を、誘き出すために、路地の中央を走って3人組へ接近した。

 4発、雄太の銃弾が、空を切り裂いて飛んで来る。一発雄太の股の間を通り抜け、ヒヤリとする。三人は、隠れていた看板から出てきて、雄太を狙撃しようとするが、雄太はジグザグに走り、走りながら三人の内、2人の左肩に銃弾を命中させる。

 そして残った一人、弾切れで有ろうか、撃ってこず、逆方向元来た道を、雄太に背を向けて逃げ出そうとしている。

 雄太こと、横水も弾丸が尽きて、撃てなくなった。最後の一人は、白兵で片を付けようと、S&Wのリボルバーを仕舞い、懐から、匕首を出して後ろから心臓を目掛けて、ズブリと刀を右手にして刺す。そして抉った。

 その男は目を見開いたまま絶命していた。

 風も収まった。深夜の時間帯に入っていた、

 ここ数日、冷たい風が吹き、人々は、一週間前までの、気温30℃を超す暑さから、解放されて人心地付いていた。

 午前2時を回った所だろうか、博多駅前西口に、涼を取りに、十数人の興堂会系のチンピラが、集まり、酒で酔った頭を、風に当たりながら冷やしていた。

 車が3台西口ロータリーに、入って来ていた。九州北部は、警察の検問も厳しく、車内に、棒の切れ端すら持っていると、厳しく誰何される程で有った。

 ワンBOXカーが3台、西口ロータリーの中央に停まると、中から素手の若者達が、降りてきて、計13人の若者が涼を取っている、興堂会系の若い衆、十数人の面前へ行き、罵倒し出した。

 男達は、互いに睨み合い、一触即発の空気が流れた。興堂会の数は12名、一方、ワンBOXカーで現れた男達が、13名とほぼ互角だ。駅前を巡回している、箱番の巡査達4名が、駆け付け、これを制止しようとして、ワンBOXカーの男達5名に、袋叩きの目に遭う。

 「オイ、銃バ奪ってしまえ、それであいつ等撃ち殺しゃええバッテン、殺っちまえ」

 警官4人は、身包みを剥がされ、ワンBOXカーに乗ってきた、東・秀木が巡査の、持っていた、サクラ・リボルバーを奪い、興堂会の、男たちの方へ発砲する。

 バン、ドン、カイィーン。三発発砲すると、興堂会側の男からも銃弾が返って来る。

 約25名が乱闘になったのは、この時からで有り、非常線を張っていた、警官達が、パトロールカーで駆け付けた時は、双方死者が出ていた。

 この事件で、逮捕者9名、重軽傷者4名逃げて行ったものが十数名いた。

 ワンBOXカーに乗って現れたのは、岡山から、助っ人に来ていた、仙神会の、若い衆と、山工組北九州支部の、連中だと後に分かった。

 一人、ポツンとしていた。今日も当て所もなく、博多の街を、フラついてみた。

 野口はサングラス越しに、道行く人の、人相風体をチェックし、その感だけを頼りに、駅前でベンチに座る。

 昨今導入されている監視カメラ、セキュリティーチェックまど、当てにしないで、長年養ってきた、頭脳と感を、飽くまで頼りにして、街を見張っていた。

 一体、九州山工組の幹部と、興堂会のトップ達は、どこへ、雲隠れしたのか?、横水からの連絡が途絶えて3日経つ。

 野口は歓楽街の片隅で、サングラスとマスクで、面体を隠している、30代中半と思しき、女に目を付けた。

 ダンガリーのシャツを着、黒いロングスカートを履き、ニット帽を目深に被り、イエローのサングラスを掛け、顔はマスクで覆われていた。

 野口は、フラリと立ち上がり、その女を尾行する。西口から、承元寺通りを、足早に歩み、国道202号線を、右へ曲がり、緑橋を渡り、川沿いの市営住宅へ消えて行く。

 野口は五分ほど、市営住宅の出入り口の所で、タバコを吹かしてから、女の後を追った。

 市営住宅は、5号棟になっており、遠目でその3階の部屋へ、入って行くのを見る。

 野口は、一拍おいて、市営住宅の5号棟に、入って行く。ポストに、5-302号室の名札を見ると、雑賀と出ており、エレベーターで、302号室へ上がって見ることにした。

 302号室の、前へ立って、何のためらいもなく、インターフォーンを押す。

 「ハイ、どなたですか?」

 「あの私、市の住宅事情に付いてのアンケートを、取っている者ですけど~、奥さんほんの5分ほどでよかバッテン、アンケートに答えて下さぁい」

 女はすぐに、ドアーを開けて、出てきた。

 女の顔に見覚えが有った。野口は、市役所の名刺を出して女に渡す。女はまじまじと、名刺を見て信用したようだ。

 「はい、一体何のアンケート?」

 「はい、この市営住宅ばの、住み心地についての、一問一答して下さい」

 野口は、それとなく、部屋の奥に目をやる。キッチンの向こうに、男がいる気配を感じる。

 この女、興堂会、須策一家の、代貸しの、女、仁志京子と、野口は思い出した。代貸しの名前は、高島安彦、今踏み込んで、捕えても良かったが、相手が何人いるか、分からない。現場を調査して、後で踏み込むか、野口は迷っていた。

 「オイ、京子、何してんじゃ、早よ、飯作ってくれ」

 中から、男が一人現れた。その男は、高島安彦ではなく、別の顔だった。

 「あ、ご主人ですか、今、市のアンケートバして貰ろうちょりますバッテン、ご主人もアンケートに答えてくれますか?」

 「あー?俺今忙しいんだ、早よ終わらして、飯バ作って貰わんと困るタイね」

 「あの、ご主人様のお名前は?」

 野口は、アンケートを、取る振りをして、ノートに家の内部の間取り、男と女の人相風体と、眼に見える情報を書き込んでいた。

 「俺か、名前は、田代ってぇーんだ、コイツが女房の京子だ、早く終わらせて帰れ」

 田代と言うのは、偽名であろう。野口は、アンケートを取り、すぐさま市営住宅から出ていき、近くの公園で、コンビニで買った弁当を食べる。

 昼食を終えると、特殊警察携帯で、仁志京子の項目を検索する。

 仁志京子・34歳。実家は北九州市・小倉の、仁志健の次女として生まれる。

 23歳の時、一度結婚してい、3年4か月で離婚した。26歳の時、福岡でデートクラブの会員として、売春で、懲役3年の刑に処せられる。現在、福岡市の市営住宅に在住。田代海と言う、在日韓国人と同棲中。

 野口は、田代海の項目を、クリックし、タッチパネルを叩く。

 田代海。本名・朴・英心44歳。在日本コリアン会九州支部の、事務。12年前、空巣、窃盗で、大阪府警に検挙されている。2年前、在日本コリアン会九州支部の、事務として就職。兄は、九州興堂会、須策一家の組員、田代渡(46)で有る。現住所・・・・・・。

 野口は、午後3時まで公園で過ごしていた。午後4時10分前、野口は、重い腰を上げて、市営住宅の周りを、一周する。市営住宅の敷地内で井戸端会議をしていた主婦の3人へ接近してみる。

 「あの、大変忙しい所恐縮ですが、ここの302号室の、ご夫婦っていつから住んでいるかご存知でしょうか?」

 野口は、警察の身分証明を出して、3人の主婦の目を見て話す。3人の主婦達は、一様に驚いて、眼を見張り、一番右側に立っている、太った40代の主婦が、声を潜めて語り出す。

 「はぁ、あの302号室の、仁志さんバ、引っ越して来たのは、確か2年前になるタイね」

 「そうですか、何で覚えてるのですか?」

 「そりゃあもう、あの日以来、外車が沢山そこの駐車場バ占拠して、ウチの主人の車バ、置けなくなって困って苦情入れたことも有るタイね」

 そこまで一気に太った主婦は、話すと、目をしばたかせて、3階の方を見る。

 「それに・・・」

 主婦は、少し口ごもる。野口は何とか、聞き出そうとして話を向けた。

 「それに、何ですとな、困ってる事バ有ったら言ってください」

 「夜になるとば、若い怪しい男達が出入りして、時々大声で喧嘩ばしちょるタイね」

 野口は、そこまで聞き、団地の敷地から出て行った。午後5時頃、野口は車中の人となっていた。公安生活安全課・対テロリスト班の、岡嶋刑事の運転する、トヨタクラウンの助手席に着いて、双眼鏡を片手に、市営住宅の302号室の窓辺を見入っていた。

 街道から、窓辺を見ていると、時折男が、出て来て此方の方に眼をやっている。

 男の顔は、田代ではなく、若い20代の男の様で有った。野口は夜食のコンビニで買った、弁当を食べながら、岡嶋の方に眼をやる。岡嶋は、特殊警察携帯で、何かを調べていた。

 「野口さん、15分程前に、呉服町のビジネスセンターの前の路上で、銃撃戦があった様ですね、今行っても間に合いませんが、現場視察してみますか?」

 野口は、首を縦に振らないで、この現場を、見張れと言う。

 午後8時半、車、外国車の、アウディーのの新型マシンが、市営住宅の敷地に入って行く。野口は、車をそっと出せと言い、クラウンをゆっくり、市営住宅の敷地へ入れる。

 アウディーは、来客用の駐車スペースに入り、男が二人出て来て、周囲を伺ってから、市営住宅の、エレベーターホールへ消えて行く。野口は、双眼鏡ではっきりと、男二人の顔を見る。一人は、興堂会、須策一家の、半藤啓助、と野口は覚えていた脳内のリストから、その男を判別する。もう一人は、同じく、須策一家の代貸し、田代渡と解り、ニヤリとする。

 「こりゃー大物が網に掛かりましたね、応援呼びましょうか?」

 「うん、出来るだけ人数が揃うまで見張ろう」

 岡嶋は、無線で、博多警察署本部に、応援の要請をした。10分後、野口のグループの、宮崎吉子と、斎木奈々が、市営住宅の駐車スペースに、日産の軽自動車に乗り、入って来る。

 4人は、駐車場で打ち合わせをし、応援が来るのを待つ。

 「野口チーフ、私が先行きますから、エレベーターホールで3人は待機してください」

 「うん、分かった、頼むよ宮崎君」

 野口のグループは、エレベーターに乗り、302号室の前へ、行き、取り合えづ、宮崎吉子が玄関の呼び鈴を鳴らした。パトロールカーが、その時居2台、市営住宅の敷地内に入って来るのを、宮崎刑事は見た。

 「はい、何方ですか?」

 「あの、夜分申し訳ありませんが、宮崎と言って、田代さんに渡したい物がありまして」

 「少々お待ちください・・・・・・」

 パトロールカーの赤灯は、暗夜の下、回って光り輝いている。

 「はい、俺が田代だが、あんた誰?」

 玄関が、パッと開き、田代は宮崎女刑事の腕を掴まえて、室内に引き入れようとする。

 「あ、痛い、何するの、野口さん強制捜査お願いします・・・・・・」

 宮崎刑事と、田代が揉み合っている隙に、野口、岡嶋、斎木が、銃を持ち、室内に突入する。室内には、男が3人、そして仁志京子の顔が有った。

 4人は斎木刑事が既に、制圧し、ホールドアップをしていた。一番初めに出て来た田代渡は、野口が制圧し、手錠をはめていた。パトロールカーが、2台から、3台に増えて、エレベーターから、制服警官が上がって来る。

 仁志京子の部屋から、自動小銃3丁、ハンドガンが2丁、手榴弾が5つ出て来て、京子は凶器準備集合罪で逮捕されていった。

 横尾アヤは、高校2年の秋を迎えていた。

 家には3カ月帰っていないが、彼氏の高城要は、この年で24歳、SNSでアヤと知り合い、同棲状態が3カ月続いていた。

高城要の、職業は、パチンコ店の店員、鹿児島本線・吉塚の妙見寺通り沿いにある、パーラー・スモモ、と言う店で働いていた。

 パーラー・スモモは、山工組北九州支部の、紅栄次郎の、縄張り内にある、シノギの一つで有る。ここ数日、店長が行方不明になり、スモモの店員だった、高城は、店長見習いに抜擢されて、張り切っていた。

 アヤの実家は、福岡市内の、福浜団地内に在り、父と母は、三年前別れて、別居状態で有った。アヤは、母と妹と、三人で暮らしていたが、母は水商売をやり、3日に一度しか帰ってこなく、今は妹一人家の番をしている。

 父は、若い女と再婚を前提に同棲しており、家にはいくばくかの、養育費を入れているだけであった。

 アヤは、県立若宮高の二年で、学校はそれ程楽しくなく、3日に一度程度しか顔を出さなかった。

 連日行われている、北九州地帯の、爆発、暗殺騒ぎの渦中の、この地域は、次第に人の外出が少なくなり、高校の方でも、騒ぎが収まるまで登校しなくても良いとの通達が来たのは、十月も初旬で有った。

 そんな夜、アヤは、要と二人で晩飯の、マクドナルドのチーズバーガーを食べていた。

 高城は、思い出したかのように、バッグから油紙に包まれている、銃を出してアヤに自慢気に見せる。それは、ロシア製の拳銃・マカロフで有った。

 「何?、そのおもちゃ?」

 「何言ってるバイ、玩具な訳ないぜ、コレ社長から貰ったバイ、これで俺も、一人前の極道になるバッテン、男上げたる」

 アヤは、そんな要が好きで、「カッコいい」と、目を潤ませて抱き着きキッスをする。

 「何バ言うても、興堂会の奴等許せんバイ、これで明日の夜、長浜にある興堂会のアジトを、襲うバッテン、お前にそれ終ったら、ステーキ、ごっつぉう(ご馳走)するバイ」

 「本当、約束よ指切りげんまんして」

 マヤは、記念と称して、マカロフを構える高城要の写真を、スマートフォンで撮り、2人でツーショットの写真も撮る。

 翌日は、高城はパーラー・スモモに、通常通り出勤した。社長である、紅栄次郎は、夜の0時近くになり、スーツ姿で現れた。男が二人付いてきている。

 店が終わり、残務整理をしていると、中肉中背の、男と、少し小柄な男が入ってきた。

 社長室に、高城は、呼び出されて男二人と対面した。

 「こっちが、銃の名手、拳銃雄太さんで、助っ人として来て貰っている。もう一人は、佐藤光也だ、今夜はしくじらず、興堂会のアジト、千堂ビルにある、クラブ、モスキートを全滅させてしまえ」

 三人は、佐藤光也の運転する、マツダCX-8に、乗り込み、長浜二丁目の、大正通沿いに在る、千堂ビルの駐車スペースにマシンを入れる。高城は、物怖じもしないで、懐から、マカロフ自動拳銃を抜き、スライドを引き、薬室に一発弾を、装填させる。三人は隠密行動をとり、クラブモスキートの、店内に入る。

 店長は、佐藤光也の顔を見て、片頬を引き攣らせる。

 「お客さん、飲み物は何になさいますか?」

 この店長、山並は、興堂会の中堅幹部で、舎弟で有った。

 「取り敢えず、これでも喰らいな」

 拳銃雄太こと、横水一也は、懐から、早抜きの、S&Wの、リボルバーを、抜き、店長の眉間へ一発お見舞いさせる。

 場内は、スワッとなり、高城も持っていた、マカロフ自動拳銃で店内のそこかしこを、乱射する。佐藤は、カウンターを乗り越えて、マスターの、藤山と言う男を、射殺した。店内に、用心棒5人が雪崩れ込んできて、店は、パニック状態に陥る。

 「良し、全員ホールドアップだ、こちらは5人、つまり5ツの銃がある大人しく、降伏しろ」

 その言葉を吐いた、男を、拳銃雄太は十五メートル程の距離で、眉間を撃ち抜く。

 「ギャッ」と、叫び拳銃雄太は素早く5人の、用心棒に、銃を向けて一人づつ射殺していった。

 高城は、興奮の余り、小水をちびらせるながら、一般客を狙い、一人づつ銃撃して行った。5人程、銃殺して、ここの社長、仲野友と言う、三十代半ばの男が出て来た。

 「まぁ、君たち辞めたまへ、これだけ人が死んだんだ、今すぐ立ち去れば、何もしない、これ以上やると、また死人が出る、貴方達の方にな」

 横水は、せせら笑いながら、シリンダーから、薬莢を抜き、スピードローダーで五発、六発弾を込める。

 高城は、目を吊り上げて、必死に恐怖を、堪えていた。社長・仲野友は、次の言葉を出せない内に、横水の銃弾で倒れて行った。

 クラブ・モスキートは、次の週の頭に閉店した。

 高城要は、アヤとデートする為、スーツを着込み、借りて来た、日産スカイラインGTRを駆り、宮崎県の日南海岸に来ていた。

 アレ以来、何事もなく、内心ほっとしてい、最近は、山工組・北九州支部のバッヂを貰い、鼻高々に暮らしていた。

 日南海岸で、二人は寄り添い、波打ち際を、歩いていた。向こうから、高校生位の、男が歩をゆっくり進め、近付いて来る。高城は、何の警戒もせずに行き過ぎようとした。

 その時、高校生くらいの少年は、脇の下のベルトに挟んでいた、匕首をスラリと鞘を抜き、後方から高城要を、刺し貫く。高城は、悶絶して腹から血を流して目から涙を、溢れさす。

 「痛い、まだ死にたくない、助けてください」

 高校生くらいの年齢の少年は、ズブリと抜き、「武士の情けだ」と、一言低い声で言い、喉元を掻っ斬って、歩いて、元来た方向へ去って行く。

 「アヤは、高城要の死体にツバキを吐き掛けて言った。

 「カッコウだけ付けても、弱い男は嫌い、私はこの男と、関係ない」

 アヤは、高校生程に見える、暗殺者の後姿を追って、海岸を走っていた。

 釜山の港は、良く澄んだ水で、魚釣りの人々が、鯵や鰯を狙って、構えていた。

 釜山市内は、その日は、山工組九州支部の、焼き肉パーティーが、催されてい、韓国の警察当局も、厳重警戒をし、戦々恐々としていた。横水一也こと、拳銃雄太は、並み居る極道の大物たちを、前に、少したじろいでいた。

 北海道から、極北会の世良六助、青森から、山工組系三つ葉会・大島友規、秋田から、山工連合総長・田伏総司、山形から。保呂屋建設社長・保呂井美津男、仙台から、育栄会理事・万保千休、群馬から、北関一家組長・別所鉄也、東京からは、小金銀次郎一家が、東京代表として、6代目・美能只高。等々、全国の山工組友好団体が、集結して慰労会を、開いていた。

 店の名は、【花月桜】と言って、釜山で1、2を争う、焼き肉レストランで有った。集まった人員は、二百名を超し、一番上座の席に、九州山工組組長・下山健一の顔が見えた。

 「本日、お集まり下さいまして、誠に有難く存じます。日本の未来を賭けて、悪の組織、興堂会を壊滅しましょう、では皆様に、感謝して乾杯」

 横水は、大広間の遥か上座に座る、下山健一の顔を見て、今手が出せないのが悔しくて、唇を噛む。

 横水一也は、北関一家の、保科誠と隣り合い、ヤケ酒を二人は飲んでいた。

 一時間程経過した。横水に会いたいと一人の初老の男が、北関一家の与えられた席に、近付いてきた。取り次いだのは、保科誠で有った。保科は、公安生活安全課のスパイで、北関一家に潜り込み、幹部になった男である。

 その初老の男は、山口県の下関で、組を構える、関根裕示と言って、この年で、64歳だと言う。是非伝説の拳銃雄太の、神業を見てみたいと言って、近寄って来たので有った。

 「初めまして、私が拳銃雄太です、以後お見知りおきを」

 関根組長は、近くに射撃場があるから、そこで是非見てみたいと言った。

 宴ももたけなわの、午前11時、関根組長は拳銃雄太こと、横水一也と関根組組員3名を、連れて、釜山の漁港近くにある、金商会と言う、漁業を仕切る、会社へ、タクシーで乗り付けた。金商会は、創業六十年、社員百名を超える釜山では、大手の漁業組合だ。

金商会のロビーの応接室に、関根組組長、と、関根組の組員3名、最後に拳銃雄太こと、横水一也が、ソファーに座らされた。

 「一体何でこんな場所に?」

 「訳は聞かないで下さいや、向こうの出方次第で、君のチャカの出番だ、好きに撃って良いです。しかし私が合図した後で・・・・・・」

 金商会、会長の金が、大男3人を連れて応接室に現れたのは、十分ほどしてからだ。

 金会長は、身長175㎝程、でっぷりとした巨体で関根組長を見て、にこやかに握手を求めて来た。関根は、組員と、雄太を紹介して、ソファーの前のテーブルに出されたジャスミンティーを、一啜りする。

 「久しぶりですのう、関根さん、今日は一体何の用件で?」

 金会長は、ダイヤの指輪を、キラリと、光らせて、関根組長を上から見下ろす。

 「先月、竹島付近で、我が船団操業していた所、君の所の船とかち合って、銃撃を受けて、二人死亡した事件で、貴方から何の詫びも無い、一体どうなっている?」

 関根は、努めて冷静に話をしているが、声高の調子が、怒っている風に感じられる。金会長は、小馬鹿にした顔付で、関根を更に、見下ろして答える。

 「何を馬鹿な事言ってるの、独島でアンタ達の船が操業しちゃ行けないのは、当たり前でしょ。あそこは、我が領土であるからにして、そっちが違法働いて、謝るのはそっちでしょ?」

 「何をぬかす、竹島は、古来から日本固有の島だ・・・・・・」

 関根が答えると、金会長は、目を吊り上げて睨みつけて言った。

 「何を馬鹿な事言っている、ブチ殺されたくなくば、即刻この場で土下座して謝れ」

 関根は、組員3人が拳銃を抜くのを見て、拳銃雄太に、目で合図した。雄太こと

横水は、脇の下に吊ってある、ショルダーホルスターから、何時も使っている、S&W社製の、ショートリボルバーを出して、驚く金会長の耳に狙いをつけて、一発トリガーを引く。金は、次の瞬間、耳の半分が千切れ、用心棒としてその場に座ってた、大兵の男3人も、拳銃を抜くと、雄太の正確無比な、銃撃で左手首を三人共、撃ち落されて、手だ使えなくなっていた。

 外部から、人の来ない様に、金会長を、盾にして雄太を先頭に、会長室まで歩いて行く。関根組長は、会長室に、金会長を投げ入れて、ソファーの上で右耳を、踏み付ける。

 「いだいいだい、助けてください、アイゴ、幾ら払ったら許してくれる?」

 「そうだな、当面の慰謝料として、4千万ばかし」

 関根の部下は、金会長に金庫を、開けさせて、百万円の札束を、40個ばかり出して、ボストンバッグに詰める。横水は、外から入って来ようとする、社員達に、銃を向けて、にやりと笑い天井にもう一発発砲した。

 海が凪いでいた。夕凪時の午後も4時半を少し回った頃であろうか、関門橋を渡り、門司インターチェンジの【めかり】パーキングエリアに、BMW2026年式のマシンを操り、PAに入ってきた。

 グレーのシューティンググラス越しから、PA内を見渡すと、奥の一列に、黒いセンチュリーが、一台止まって居るのを、目にする。そのセンチュリーの、左横に、BMWを、横付けする。センチュリーの後部座席は、フルスモークが貼られて、中は見えない。運転手の30代中半の男が、コクピットから出て来て、BMWの脇に立つ。

 「よう、広島の親分はあの中か?」

 左ハンドルの、コクピット側のパワーウィンドウを下げて、その男、野中正男・GOYOO人事部専務は笑い掛けた。

 「ヘイ、遠路はるばるご苦労様です」

 その男、運転手の新田は、軽く頭を下げて、センチュリーの後部ドアーを開き、中から60代と見られる、でっぷりと太った男が、ステッキを突き出て来る。

 この男、広島公仁会会長・安元幾郎64歳。主に呉から、海田まで縄張りを持つ、山工組系の友好組織である。野中とは、会社ぐるみでの付き合いである。それは、表向きは交流はないが、GOYOO社の、金会長が懇意にしている間柄で、警察当局は、目を瞑っている。

 「これはこれは、野中氏、遠路ご苦労様なこった、ワシの行き付けの料亭ででも、飲み始めるかい」

 安元は、眠た気な目をしばたかせて、野中と握手を交わす。野中は、シューティンググラスを取り、最近少しふっくらとして来た、顎と腹を気にしながら、安元の手を握る。

 「本日の所は、酒を、ご遠慮させて頂きます、まづ、前金の五千万円を受け取ってください」

 安元は、野中からアタッシュケースを、受け取り、その金歯で彩られた前歯を出して、ニィ~と笑う。

 「で、ワシに何か特別な、任務は有るのかい」

 「はい、まづ、山工組北九州支部の若頭、紅を始末したい、何処に潜伏しているか教えて頂きたい?」

 野中は、セブンスターのメンソールを、一本出して、火を点ける。PA内は、基本禁煙だが、そんな事は、頓着せずに思い切り吸う。

 「あ~、あの若造か、一つ忠告しとくけど、紅は、身の回りに、拳銃雄太ちゅう拳銃使いを、配置させて身を守ってるんじゃ、この間も、興堂会のヒットマンが3人殺られたんじゃ、くれぐれも気を付けとくれ」

 「ほう、拳銃雄太ね・・・・・・」

 野中は、努めて冷静に話を聞く。無論、雄太の正体が横水だと分かっているが・・・。

 安元は、運転手の新田に、後部座席から。一つの木箱を、取り出させて、野中に渡す。木箱の大きさは、直径40センチ程の大きさで、黒く木箱はペインティングされてい、その上箱に、ドイツ語で、WALTHER・と刻印されている。箱の横にPPKと、古ぼけて、擦れた文字で描かれている。

 「これは?」野中は、中身は何か直ぐに気付いたが、一応質問してみた。

 「アンタ、丸腰であの物騒な福岡に入るんか、これは、ワシからのプレゼントじゃ、弾丸は百五十発あるけぇ、気を付けてくんない」

 野中は、箱を開けて中身をチェックした。

 箱は、古いが、まだ新品に近い、黒いワルサーPPKが木箱の中に納まっている。野中は、分解してみると、薬室の中には、埃一つ入って無い状態だ。

 「どや、気に入ったかい、ワシの古いコレクションじゃ、使ってくれたらワシも嬉しい」

 野中は、九州山工組幹部の、紅栄次郎の隠れ家を聞き出した。山工組傘下の組員が、三十名以上詰めてると聞いた。

 「次に・・・・・・」

 野中は、言葉を切ったが、以心伝心、安元は分かったと答える。

 「山工組の、下山健一の居場所やろ、あの男は、海外に居てるよ、先日行われた、韓国の釜山の焼き肉パーティーの時は、京城にいたと聞いてます」

 野中は、自前の特殊警察携帯電話、所謂、特携の画面をタッチパネルで押して、メモ代わりに文字を入力した。

 「それでは、先を急ぎます、協力有り難うございます」

 野中は、一礼して、BMWのコクピットに座り、特携の、着信音を聞く。2コールで野中は出た。声の主は、気が知れた野口からであった。

 「ヘロ~、野中さん、私です分かりますか?」

 電話口に出た、野口は少し声のトーンが何時もより低い。連日のテロリストヤクザの抗争で疲れて居る様で有った。

 「ああ、久しぶりだな野口さん、アンタの情報で、ウチのスタッフがやり易くなって、皆喜んでるよ」

 野口は、最近体重が十キロ減ったと言って、大笑いする。野中は、野口ほどの男がこうまで手古摺る何て、並大抵ではないと思い、ゴクリと唾を飲む。

 「助かってるのはウチのスタッフの方です。横水さんの捜査で、大分、事件、いやこの内戦も終結を見るのは近いと思われます」

 野口は、電話口で、明るく振舞っている様だが、その疲れの度合いが、計り知れる。

 ここまで、山工組と興堂会の、抗争での犠牲者は、山工組側が、二百人弱、興堂会側が、百六十人程、そして、一般市民の犠牲者は、四十六人と、警察庁は発表している。しかし、野中の情報によると、死者はその倍は居るだろうと、感じていた。

 野中は、BMWを走らせ九州福岡へ急ぐ。

 中洲川端駅近くの、明治通りを、ヨレヨレの、グレーのスーツを着た、中年の男がボストンバッグを右手にぶら下げて、ツカツカと、歩いていた。博多大橋を渡り、川沿いへ右手に曲がる。

 ボストンバッグの中身から、カチカチと、時計の音が聞こえて来た。その男は、川沿いに在る、游幻館と言う、娯楽施設に入って行く。

 パチンコ、TVゲーム、奥はボウリング場となってい、平日の昼間だと言うのに、人が十数人程、詰めかけて遊んでいた。

 游幻館の、ロビーに、その男は腰を落ち着かせて、噛んでいたガムを、ティッシュペーパーで包み、ポケットの中へ仕舞う。

 奥のボウリングのレーンでは、二組のカップルが、ゲームを楽しんでいた。

 その男は、カチカチ鳴る、プラスティックの箱の時計版を覗いてみて、「あと十分か・・・・・・」

 溜息を吐き、ベンチの下へ置いた。

 男は、セブンスターを、一本取り出し、火を点けて、早足で游幻館のロビーから、出ていく。男が再び、博多大橋へ出ると、ものすごい爆音と共に、游幻館から火が出た。

 男は、ニヤリと笑い、中洲川端駅近くへ歩み去ろうとしていた。

 「ちょっと、そこの人」

 振り向くと、パトロールカーのサイレンがけたたましく、鳴り響く。游幻館の方から、血まみれの男達が、数人走って来る。

 「何スか?」

 その男は、制服警官が、疎ましく、話を合わせて、この場からさっさと、立ち去ろうとしていた。警官は、挙動不審者と見て、男の近くへ寄ろうとしていた。火薬の匂いが仄かにする。

 「ちょっと君、身体検査して良いでしょうか」

 男は、懐から、握っていた、コルトの自動式拳銃を、ポトリと路上に落とす。抜き撃つ積りで思わず手から落としたのであった。警官は、目を見開いて、落ちた自動拳銃を、拾おうとして、自転車から降りて、手を伸ばしてきた。男は、警官の手を払い除け、拳銃をいち早く拾い、警官に向けて、二発発砲した。一発の積りが二発、がく引きで、発射されて、一発が警官の腹に銃弾が食い込んだ。

 撃った側の男は、驚いて、中洲川端駅近くの喫茶店へ、急いで潜り込んだ。後ろから、制服警官が5人程駆けてき、男は店内にいた、女性客を人質に取り、立て籠もった。店内にいた男性客とこの店の店主は、いち早く外へ脱出して、男が一人で、女を人質にし、コルトの自動拳銃を、外へ構え、二発ウィンドウ越しに発砲した。

 男は、女を持っていた腰のポーチに入っている、手錠を出して拘束した。

 外では、制服警官が6人と、覆面パトカーで駆け付けた、2人の刑事に包囲されていた。男は、店の中の冷蔵庫から、食べ物を出して、貪り食う。女は悲鳴を上げるのを、あきらめて、床でぐったりと黙り込んだ。包囲している警官は、成す術も無く、只見守っているだけであった。

 三時間が経過した。包囲中の警官たちは、疲れが来て、突入をするかどうか、協議をしていた。

 警官たちは、20人に増えていた。

 「ここは、穏便に済ますより、第一班と、第二班に分けて、突入して奴を、ひっ捕らえましょう」

 福岡県警の、粕谷刑事が、上司で有り木村警部に進言する。

 「分かった、人質の安全が、建前上必要だ、あの男を、油断させるために、小松聖羅君に交渉に当たらせよう」

 小松聖羅警部補が、店の入り口近くに立ち、犯人を説得しようと試みる。

 二十分程、小松警部補が、説得に当たって居ると、犯人の男は、少しづつ心を許し始めて来た。あと一押しで犯人の心が和む所、包囲していた警官の、第一班が店のガラスを、カチ割り、強行突入してきた。

 犯人の男は、眼を剥いて人質の片足を、コルトの自動式拳銃で撃ち抜いた。

 犯人は、人質を羽交い絞めして、拳銃を突き付ける。

 「貴様ら~、ワシを小馬鹿にしおって、こうなったら、この人質と、お前等ポリも、皆殺しじゃ」

 それから、一時間程、膠着状態が続いていた。包囲する警察官の群れの後方に停まっているパトロールカーの、後方に、BMWが止まる。中から、グレーの高級イタリアンスーツに、身を纏った、野中正男が、人垣を押しのけて警戒線の中へ入って来る。

 「アンタ、何バしよりに来ました、今凶悪犯人が、人質バ取って、立て籠もってるから、急ぐなら遠回りして行きんしゃい」

 木村警部は、大声で怒鳴り、野中を追い払おうと、務めた。野中は、グレーのシューティンググラス越しに、木村を見て、公安生活安全課の身分証を見せた。

 「これは、失礼しましたバッテン、公安の人が、こんな所に何の用バ有るタイね?」

 「ここは、俺に任せて貰えませんかね、木村警部、五分ほどで、片を付けて来ますよ」

 「何バ言うちょる、相手は人質を持っとるし、まさか射殺して人質ごと、殺すと?」

 野中はそれには、答えず、喫茶店の方へ歩を歩める。喫茶の中から、犯人の男が野中を見つけて、コルトの自動拳銃を、発砲してくる。

 「やれやれ、当りもしないのに無駄弾が多いこと・・・・・・」

 犯人は、野中が一人でやってきたのを見て、油断をし、そして侮っていた。

 「やい、逃走用の車と金持ってきたのか?」

 犯人の男は、人質の女の後ろに着き、女を盾にして、顔をひょいと出して野中の方を凝視した。

 野中はその時、0、01秒の早抜きで、ショルダーホルスターから、ワルサーPPKを二発発射した。ペンペン。鈍い音を発し、薬二十五メートルの距離を、380ACP弾が飛来する。一発は、男の右手付近に当たり、コルトの銃を取り落とす。二発目、男の眉間にぽつりと穴を開ける。

 「ぎゃ~ぎゃ~助けて~」

 人質の女は、悲鳴を上げて床に転がる。

 十分後、野中は、木村警部の苦情を物ともせずに、BMWに乗り込み、去って行った。

 雨が、降っていた。大粒の雨から、霧雨に変わり、街道を歩く人々は、皆傘を差して、肩をすぼませながら、家路へ急いでいた。

 香推線と、篠栗線が交わる駅、長者原駅の北側を走る、国道607号線沿いに、バー・ステイツ・と言う店が在った。バーステイツには、今夜は、6人の客の顔が並んでいた。

 山工組北九州支部若頭、紅栄次郎、その配下の若衆、横道、林崎、朴、工藤、そして拳銃雄太こと、横水一也の6人だ。

 紅は、今夜お忍びで来ていた。午後8時、6人は貸し切りの状態で、酒を煽っている。

 「オイ、お前等、何通夜見たいな顔して飲んでるんや、皆パッーとなんか歌えや」

 紅は、若衆達に、ハッパを掛けて、明日襲撃する福岡市にある、興山ビルディングの、間取り図を、拳銃雄太と、何かボソボソと話しながら、覗き込んでいた。若衆達は、程よく酔い、皆騒がしくなってきた時、街道沿いを、一台のワンボックスカーが、走り寄ってき、バー・ステイツ・の駐車場に入って来る。

 ワンボックスカーには、6人の人員が乗っていた。公儀派組若頭、黒木を先頭に、世谷、中谷、鈴木、元浦、矢吹の6人衆が、皆手に手にハンドガンを持ち、店へ入って来る。

 「何や、ワレ等、何してん?」

 入口付近にいた、林崎が、ハンドガンを持った一団に、銃口を向けられ、次の瞬間、腹に銃撃を喰らい即死していた。

 横水は、咄嗟の出来事に、カウンター内に紅を、避難させて、脇の下に吊ってある、S&Wの、ショートリボルバーを天井にある、LEDの照明に向けて一発、二発、三発と、撃ち込み、店内を、真っ暗闇にした。

 「やい、紅、出てきんしゃい、出てこんと店ごと燃やすバイね」

 公儀派組、若頭黒木は、言うと、店内で匕首を抜き、世谷、中谷が同士討ちを恐れて、短刀を構える。外から懐中電灯を鈴木が持ってきて、店内を照らすと、山工組側の4人が血を吹いて倒れていた。

 紅と、雄太は裏口から逃れて、公儀派組の、追撃を振り切ろうと、この店へ乗って来た、日産セレナのコクピットに、乗ろうとして紅は、背中を、棍棒で殴られた。衝撃を受けて地面へ転がる。

 「う・・・・・・雄太はん、何してんねん?」

 殴ったのは、拳銃雄太こと、横水一也で、更に腰に蹴りを入れ、紅はのたうち回る。公儀派組の若頭、黒木は、ニヤニヤ笑いながら、紅と横水に接近してくる。

 「おー、良い眺めバイね、横水さん、その男此方へ渡してもらいたい」

 「ウム、しかしコイツを生かしておくと、後々祟りになるぞ、殺してしまおう」

 黒木は、懐から匕首を取り出し、紅の首元を一刺しする。「うげぇ~」と呻き声を発した切り、紅は絶命した。

 同時刻、地下鉄箱崎線、箱崎宮前駅近くの、ホテル・プリティガー・の一室に、山工組系・愛心会・会長、山木勝が、愛人の女と一緒に食事を楽しんでいた。山木は、酒をしこたま飲み、愛人敬奈の、口移しでソーメンを食べる。

 山木は、フロントに酒と食事の追加を頼むと、十分後、一人の若いボーイが入って来た。

 「何じゃいボーイ、ワッシに何か文句でも有るんか?」

 ボーイの、反藤雄馬は、おもむろに、懐から匕首を抜き、山木に体当たりをした。 山木の胸板を、匕首は抉り抜き、血を噴出させて、のたうち回る。女の敬奈は、部屋から脱出しようとし、後部から心の臓を一突きであの世に旅立った。

 それから、一時間後、中洲川端近くの、興堂会の秘密のアジト、大島ビルディングに、公儀派組の、組長町田政治が、車4台を連ねて、横付けして、約8名で殴り込みをかけた。

 地下への入り口を手榴弾で破壊し、8名は、白煙渦巻くビルの地階に突入して行く。地階には、加島一鉄の姿はなく、若頭、野瀬純一率いる、約35名の組員が、待ち伏せしていた。

 町田政治は、4人1組2班に分けて、自動小銃、米軍製旧式M16で、野瀬の部下、11名をあっという間に殺害し、更に地下3階へと降りて行く。

 興堂会側は、サブマシンガンを出してきて、応戦し、町田の部下3名が、命を失った。残った6名は、地下へ退却し、入り口から、手榴弾を、地階へ投げ込み、車で走り去って行った。

 この事件で、町田側、公儀派組は3名の死者を出し、興堂会側は、ビル1個を吹き飛ばされ、重軽傷者、20名、死者11名を出した。野瀬は、この夜重傷を負い、福岡県警に逮捕された。

 翌日、山工組北九州支部の組長、下山健一は、インターネットを通じて、興堂会に対して、徹底抗戦の檄文を載せた。

 一方興堂会も、地下へさらに潜り、反山工組への、裏工作を、幹部である岡山一正を初め、成元東大、市路聖路が、各組長へ資金をばら撒いていた。

 野中正男は、BMWに乗り、中州にある、高・正人と言う華僑が経営する、ビジネスホテルの、ロビーで、社長で有り支配人でもある、高に取り次いで貰った。

 高・正人は、長崎の生まれで、父が中華料理屋を、営んでおり、高もまた、中華料理の道へ入り、十五年修業した。その後店は、発展し、高は巨額の富を得、市内に4ツのビジネスホテルを持ち、大いに繁盛し、福岡はおろか、九州各地の顔役となった。

 高正人は、野中を迎えて、笑顔で自己紹介する。

 「私が、このホテルの支配人、高正人と言います、このロビーでは何ですから、応接室の方へ場を移しましょう」

 高は言うなり、踵を返して、北東にある、応接室に野中を誘う。

 高は、50代中半の中年の男で、野中と同年配だ。その脂ぎった顔に、チョコンと銀のフレームの眼鏡を掛けて、小さな目を、丸くしてい、どこか愛嬌が有った。

 野中は応接室へ通されると、公安生活安全課の課員の身分証を出して、高に見せる。高は少し驚いた様な顔をして、野中に、ケトルに入っていた、ジャスミンティーを、茶碗を差し出して注ぐ。

 「して、野中さん、私に何の用が有って?」

 「実は、今福岡、北九州で起きているテロ合戦の終結を急いでいるのです、単刀直入に言うと、興堂会の会長、加島一鉄氏と直接談判したい、貴方は加島氏の居場所を知っていると我々の、捜査網で知りました」

 高は、少し下を向き、野中の腹の内を探っていた。野中は、持ってきたボストンバッグから、五百万の束を取り出して、テーブルの上に置く。

 「い、一体これは何のお金ですか?確かに私は、加島一鉄の居場所を知ってますが仲間を金で売れと?」

 野中は更に、無言でボストンバッグから五百万円出して、高の顔色を見る。高の顔が、現金を見て紅潮して、野中の顔色を伺いながら、一千万円を、手に取り、金庫に持っていき仕舞う。

 「分かりました、加島一鉄の居場所に連れて行きましょう、会見の場は私がセッティングします・・・・・・」

 約束は、三日後の朝7時にこのホテルに、迎えに来ると約束した。

 その夜、野中は福岡に滞在している、公安三課チーフ、山城に福岡にある、ホテル・マーベラスと言う高級ホテルのスカイラウンジレストランで会う事になった。

 午後九時、ホテルのスカイラウンジレストランに、野中正男は、着いた。ウェイトレスに案内されて、一番奥のVIP席に、誘われて席に着く。十分ほど待たされて、公安三課の山城課長が姿を見せた。

 「野中君、少々の遅刻申し訳ない」

 山城は、ゴルフウェアーを着て、良く日に焼けた顔を綻ばせながら席に着く。

 「山城課長、私に一体何の用で?」

 「実は、君が高正人と、接触してたと言う情報が入っててね、高と言えば、興堂会の顧問、何か進展が有ったのかい?」

 野中は出されたラム酒を、一気に飲み、前菜のスープに口をつける。

 「実は、三日後に興堂会の加島一鉄と会う約束を、取り付けましてね・・・」

 「ほう?一体どこで?」

 山城は、野中一人じゃ心許無いだろうと言って、公安の課員三名と、自分も行くと言って聞かない。山城は、癖なのか、眼鏡のフレームをやたらと触り、目元を揉む。

 野中は、不承不承、OKのサインを出した。

それから三日間、テロ騒ぎは起きず、久しぶりの平穏さが戻ってきていた。

 午前10時、長崎県長崎市にある、ホテル・バールの駐車スペースに、公安第三課の課員、上松の運転する、日産プレジデントが、滑り込むようにして入って来る。プレジデントには、運転手の上松、公安三課の山城課長、GOYOOの野中、三課課員の重信、幸田、の5人が乗っている。この行は飽くまで秘密なので、山城は、警察の上層部には報告していない。個人プレーなのであった。地階駐車場から、1階のロビーへ出ると、待合のソファーに、高・正人がコーヒーを飲みながら、座っていた。

 高は、野中を認めると、手を挙げて、ソファーに誘う。山城と、他3人も着いてきて、ソファーに座ると、高は、顔色を変えて野中に抗議の目を向ける。

 「野中さん、一体この人たち、若しかして刑事さんですか?、加島氏を逮捕しないって約束でしょう?」

 高の質問に、野中は答えられずに、代わりに山城が答える。

 「初めまして高さん、私は警視庁公安三課の山城と申します」

 山城が自己紹介すると、名刺を差し出して、高の顔色を伺う。続けて山城は言う。

 「高さん、加島会長の身の安全は、保障するよ、今日の会談次第では、国外へエスケープの約束もしよう、もちろん偽造の身分証明書を作ってだ」

 高は、少し安心した様な顔をして、約束の時間が迫っていると言い、最上階にある、加島一鉄の部屋へ案内する事にした。

 加島一鉄の部屋へ一行は、案内されて行く。

 602号室の部屋の前には、丸坊主の大兵の若い男が、黒いスーツに身を包み、脇の下にハンドガンを吊って、険しい顔で、山城たちを睨み付ける。山城は、少したじろぎ、高が男にチップを渡すと、ニコリと笑い、部屋の中に一声掛けに行った。五分程待たされて、男は出て来て、「中にどうぞ」と、ドアーを開けて皆を中へ通す。

 中へ通ると、若い女が応接セットの有る、部屋へ案内して、6人はソファーに座る。

 まだ加島一鉄は出て来て居なかった。若い女が、皆に茶を出して、高大人に、目配せし隣の部屋へ入って行く。

 十分程すると、加島一鉄と、興堂会幹部、筆頭の岡山一正、成元東大、市路聖路が順々に部屋へ入ってきて、皆に握手を交わし、会談が始まった。

 「まず、私どもの身の安全を保障して貰いたい」

 開口一番、加島一鉄が山城と野中に向かって口を開く。

 「それには、ここにいる幹部の誰かを、逮捕させて頂きたい、その人物が全責任を取って、貰わねば私ども警察の面子が立たない」

 山城は、加島に向かって、大声を張り上げて言う。加島は、少し沈黙し、幹部の一人一人の顔を見回す。

 「やった事の、責任を取って貰わないと困ると言っている。この事件で、何人の命が、犠牲になったか・・・極道として男として誰か縄に掛かって詰め腹を切って貰わないと、当局としての面子が立たないと言っている。後、この惨状が何日か続くと、米軍の特殊部隊と、陸自の特殊部隊が、福岡の街に投入されて、あなた方の仲間は、皆殺しの目に合う、加島さん、貴方の一存で多くの人の命が助かるどうです?」

 加島以下、幹部の連中は、沈黙し、動揺の色は隠せなかっつた。

 「では、私メが全責任バ取って、死刑になりましょう」

 筆頭の、岡山一正が、意を決して、名乗り出た、そして、

 「いや、岡山の兄貴、ワッシが責任バ取るタイ、岡山の兄貴は、オヤッサンを守って行かねばならないですから」

 幹部で、一番戦闘的な成元東大が、口を開く。

 「そうか、成元有り難う、お前が死刑になったら、墓バ立派なもんこさえて皆で祭ってやるタイ」

 話は、これで決まった。翌日、神戸にある、本家山工組・大山石山に、加島一鉄は、詫び状を送り、二十八人の幹部の小指を添えて送った。

 そして仲介人として、大阪の博徒の大物、中村合軒と言う男に、山工組、興堂会の手打ちに、協力してもらった。

 手打ちは、この三日後に、大阪府の天満、料亭・ごの子・で行われ、九州に終結していた極道たちは解散した。

 しかし、闘いはまだ終わって居なかった。九州山工組支部の、下山健一は、密かに、本家山工組に、反旗を翻していた、。

 山工組と興堂会の手打ち式の後、興堂会№3の成元東大が、大阪府警に出頭し、その関係者34名が逮捕された。

 そして、興堂会会長、加島一鉄他数名は、その日から消息を絶ってその行方は誰も知らなかった。

 野中正男・GOYOO専務は、一応事件が落着したと見て、東京へ帰って行った。

 北九州と福岡は、至る所に瓦礫が残り、そのヤクザ同士の爪痕を残していた。

 福岡にまだ滞在している、横水と、公安対テロリスト課の、野口は中州の一杯飲み屋・ゴテン・で、酒を酌み交わしている。

 横水は、今夜4杯目のウーロンハイを、お替りして、鱈の塩焼きを口に運ぶ。

 「しかし横水さん、下山健一は、一体どこへ?」

 野口は、ヱビスビールを大ジョッキで三杯目を頼み、ムツゴロウの姿焼きを、一つまみする。横水は、答えに迷ったが口を開いた。

 「奴は、京城に、女を3人囲って暮らしている、まだ何かやらかしそうだな」

 野口は、特殊警察携帯のタッチパネルを、操作して、山工組・北九州支部の、ホームページを検索し、ブラウジングする。下山健一の、声明が載っていた。

 【本日を限りに、山工組を破門された。しかし、我々下山組は、まだ負けてはいない、先代の恩を忘れた大山石山に、鉄槌を加える用意がある。泣いて詫びてももう遅い、大山は最後の悪あがきをするだろう】

 野口の、説明によると、山工組で、下山の下に着いたのは、64名。その内大物は、桜田元春一人だけで、後は箸にも棒にも掛からないチンピラだと言う。下山の側近は、この無謀な男とに愛想が尽きて、皆下山から離れて行った。そして、九州興堂会は、跡目を作らずに、解散して行った。

 「フム、で興堂会の縄張りと、シノギの企業を公儀派組が一手に引き受けて、反発する勢力は、皆無と言っても良い」

 「この店も、公儀派組の島内に入るよ」

 野口と、横水は、午前0時まで飲んで、二人は別々の方角に分かれて帰って行った。

 横水は、宿にしているホテル・ニュー福岡に、戻る途中、銃撃を受けた。

 明治通りを、水上公園へ、向けて歩いていると、脇にマツダ・CX-8が、その青メタリックのボディーを、街灯に照らして、不気味に光る。車は横水の歩いてる先、500メーター程前へ停まり、3人の男たちが、飛び出してくる。3人は手に手にハンドガンを持ち、横水の前方に立ち塞がる。

 「一体連中は何だ、ヤクザにしちゃ、娑婆いな・・・・・・」

 酒に酔っている横水は、はっきりと相手が見えるまで、前後不覚で有った。

 男3人は、100m程接近して来た、横水に、銃撃を加えて来た。銃火が、夜の歩道で、炸裂するのが見えて、横水は電柱の陰に隠れた。

 3人の男達は、徐々に接近して来た。身に覚えのある銃撃で有るからして、予期していた。S&Wのショートリボルバーを、懐から抜き、走って来る男に狙いを付けて、2発は放つ。パンドン。銃火が木霊してその男の、ドテッ腹に一発入る。残った二人は、CX-8の方へ戻り逃げて行った。

 横水は、その倒れた男の方へ歩み寄る。 

 男の顔は見覚えのある、八田雄と言う、少年であった。腹から血を流して、手遅れだと思い、その場を立ち去った。

 下山健一率いる、下山組は、完全に孤立したと言う訳では無かった。下山組は、先日までチンピラで有った、佐藤光也が、代貸に出世し、若頭に、加納青貴と言う若い三下が、成り上がった。古参の組員は、その配置に、異論は無いが、腹の中で燻っている物が有った。

 福岡市の天神に有る、秘密クラブ、【蜜月】に於いて、公儀派組の、町田政治の親分就任のお披露目と、花会が、催されていた。山工組をまだ破門されてない、下山健一の協力者、三州桜田一家の、桜田元春が、子分を二十人連れて、花会に参加していた。

 桜田は、宴もたけなわの午前一時、公儀派組の、若頭、黒木と、些細な事で口論になり裏口に連れて行き、匕首で刺殺した。

 桜田の、この行動を予期していなかった、公儀派組の面々は、20人居る、桜田の子分たちに、花会をつぶされ、反撃もできぬまま、逃亡を許した。

 桜田はその足で、北九州に組を構える、下山組に草鞋を脱いだ。

 翌日の、昼過ぎ、本家山工組の、大山鉄山は、インターネットのホームページに於いて、桜田元春に、絶縁状を送った事を、報告している。桜田は、組員20数名と共に、下山組のある、山半ビルディングに、籠城の構えを取った。

 それから3日経った。北九州に根城を持つ、下山組は、何事もなく、平穏無事に思えた。

 山工組は、北九州小倉の、下山組の目と鼻の先に、新しく事務所を、構えた。住民運動が起きる前に、堅気企業としての、事務所で、山工興産と言う、表向きはコンビニエンスストアに、雑貨を卸す問屋の企業として、県に申請していた。

 社長は、本家山工組から送られてきた、真山世名と言う、30代の男で、最近関西では、ビリヤード場を経営し、時折、賭博を行っていた。頭社長に、山内真吉と言う、老齢の男で、神戸に一家を構えていた事も有り、その能力は、組同士の出入りの差配に着いては、山工組屈指の男である。

 他62名が、神戸の本家山工組から送られて来ていた。

 小倉の駅前にある、中古ビルを買い取り、この山工物産の目的は、言うまでもなく、下山健一及び、桜田元春を、潰すことで有った。

 人数は多いが、62名中、21名が堅気の衆で、雇われてきたアルバイターと、失業者の集まりで有った。

 下山健一は、韓国京城から一歩も出れなくなった。代貸の佐藤光也には、専ら、携帯メイルでの支持を出していた。下山は、連日飲んだくれては、日本にいる、子分衆と連絡を取っていた。

 十月の中旬、佐藤光也は、昼過ぎの時間帯を狙い、東比恵の百年橋通りにある、四ツ輪銀行・博多支店を、襲った。計8名のギャング達は、目出し帽被り、自動小銃を振り回し、銀行員を2名射殺して、現金四千万円を奪った。この資金で、街にチンピラをスカウトして、計12名の人員を、増やして行った。

 横水一也は、その頃東京へ帰京していた。自宅のある、東京都小平市の、マンションで、横水は3日間、食事の時以外は、寝続けた。

 悪い夢を見るのでも無く、楽しい事も無く、只、只管、泥の様に眠っている。

 3日後の、午後8時、目が覚めて、妻の作ったトンカツを、白米で食べた。

 特殊警察携帯を、見ると、着信6件メイル2件と、少なかった。タッチパネルを叩くと、アンドロイドOSが、立ち上がり、メイルのチェックをした。

 【件名・至急来たれよ】

 【本文・今週の土曜日の、午後8時、東京警視庁・公安第三課に来られたし】

 メイルは、三課の山城からであった。横水は、妻に今日は何日か聞き、土曜日である事が分かり、急いでシャワーを浴びて、髭を当て、黒いスーツに着替えて、妻に一言も言わずに外へ出た。

 横水は、青梅街道を、歩いて、空のタクシーを拾うのに、十分と掛からなかった。

 「どちらまでですか?」

 運転手は、ぶっきらぼうに言って、勝手に新宿方面へ、走り出す。

 「桜田門の警視庁まで行ってくれ」

 運転手は、「ヘイ」と返事を返して、スピードを、上げもせず、落としもせず、安全運転で走り出した。

 桜田門に着くと、料金を払い、タクシーから出る。支払いはモバイルスイカで有った。

 警視庁の門を潜ると、もう時刻は、11時を回っていた。横水は、出入り口で立ち番をしている、顔見知りの刑事に、挨拶をして、中へ入って行く。

 エレベーターで地下の三階へ降りる。深夜なので、通りかかる人は居ない。公安三課は、地下三階の、一番奥に有った。白い壁に、交通安全のポスターや、アイドルの一日署長の時の写真が貼ってある。よくよく壁を観察してみると、数多くのポスターの中に、GOYOOトラベルの、旅行案内の、ポスターも見える。

 横水は、三課のドアーをノックもしないで、おもむろに開けて中へ入る。

 中には、男が二人、デスクに突っ伏して、寝ていた。三課の井上と、安田で有った。

 横水は、そんな二人を無視して、右奥にある、課長室のドアーをノックする。山城課長は、タバコを吹かしながら、何か読み物をしている。最近、タバコをオフィスで吸うのは、山城課長と、GOYOOの野中だけだ。

 そう思うと苦笑いが出る。何せ横水も、大のヘビースモーカーであったが、吸わないことは無いが、今は、滅多に吸わない禁煙組の仲間になっていた。

 山城は、顔を上げて、読んでいた本を、机に置き、ジロリと横水を、睨み付ける。 

 横水は、山城課長の読んでいた本を、チラリと表紙を見ると、最近またブームの兆しが有る、モーターサイクルの雑誌で有った。

 「横水、遅かったな、3時間の遅刻だぞ」

 「ハァ、良く寝ていました物で、メイルの気が付いたのは、今夜の8時でした」

 横水は、言い笑う。山城は、「まあ良い」と言って、もう一本両切りピースの缶を開けて、吸う。横水は、応接用ソファーに座り、さっき出入り口の自販機で買った、缶コーヒーを飲み、山城からピースを一本貰い、火を卓上にあるライターで灯す。ライターは、コルトの45口径の形をしてい。今時、珍しいと言って笑った。

 「横水、九州での件ご苦労だったな、S&Wはどこで手に入れたんだ?」

 「そこは、餅は餅屋ですよ、拳銃雄太は、S&Wだと、聞き及んでいたので、野口と二人で、極道者から売って貰ったんですよ」

 山城は、野口の名前を聞き、一瞬不快な表情をして、もう一本ピースに火を点ける。

 「そのS&Wにまた、活躍して貰いたいのだが、君は九州で起きている事件を知っているのか?」

 「はぁ、三日も寝て暮らしてたんで、良く知らないです」

 「山工組が、破門した下山一家がどうやら絡んだ、銀行強盗が有った、それに、殺しも相次いでいる。このまま放置していると、またやらかしそうだ、明日にでも九州に飛んで貰いたい」

 横水は、不承不承、承知したがかなりうんざりした表情で、山城を見つめる。山城は、2階の経理の所に行って、旅費と滞在費を、出して貰えと請求書の入った封筒を手渡してきた。それから約30分、山城と会食をして、2階の経理課に行き、金250万円を出して貰う。経理の夜番をしていた、三田と言う婦警は、横水に金を手渡すとき不快な表情で、睨まれたのが印象的で有った。

 午前1時を回っていた。通りでタクシーを拾い、GOYOO中目黒支社に急行する事にした。予め、特携で、野中にメイルを入れるのも忘れなかった。

 夜は更けていく、中目黒の街路には、人っ子一人として歩いていなかった。街路樹に、遅咲きの蝉がまだ少数であるが、鳴いている。

 横水一也は、タクシー・渋谷無線と言う会社の41号車と、記憶して料金を支払い降りて行った。

 GOYOO中目黒支社の正面玄関は、閉まってい、社員通用口で、セキュリティーチェックを済まし、IDカードでドアーを開ける。

 窓口で横水を見て、軽くお辞儀をする。

 エレベーターホールに出、最上階の役員室へ向かう。

 支社長室の隣に、専務役員室は有り、今は、支社長の小泉は、深夜帯なので、不在で有った。横水は、専務室のドアーをノックし、中へ入る。中では、野中が、デスクに向かいパソコンで、何かを入力していた。

 「今晩は、専務、報告に来るの遅れまして済みません」

 野中は、「ああ」と一言言って、横水に向き直る。横水は、ソファーに座り、久しぶりに出社して、随分社内の雰囲気が変わっているのに驚いていた。アニメのキャラクターのポスターが少なくなり、代わりに、女性タレントや、スポーツ選手のポスターが目立つ様になっていた。

 野中は、まじまじと横水を見て、

 「拳銃雄太って誰のことだ?」

 真面目な顔をして、呟いた。

 「アハハハ、その話は止しにしましょう、雄太の本物が現れたら事ですからね」

 横水は笑ってお茶を濁した。野中は、デスクの引き出しから、車のキィを、一つ取り出して、横水の胸元に投げて寄越す。軽くキャッチして横水は、ニヤリと笑った。

 「何ですかこのキィーは?」

 「飛行機じゃ、向こうに行ってから不便であろう、俺のトヨタ86貸すから持って行け」

 横水は、野中の早耳なのに驚いていた、相変わらず田宮からの、ご注進なのだろうと思い、嫌な気分になる。

 横水は、山工組九州支部解散についての報告を、手早く済ませ、早々と、GOYOO社から退社していった。

 帰社する間際野中は言った。

 「佐藤光也だけは生かして捕らえろ、高藤次男の自供によると、まだまだ余罪が有るみたいだ、彼奴らは、死刑は免れないだろうけどな」

 西鉄香椎駅の近くに、サニーマンション・香椎西と言う建物が有る。建物は、5階建て、築年数は28年と少し古い、平成の初期から中期に建てられたマンションで有った。

 10月の晴天の中、野口は、日産セレナの後部座席で401号室を見張っていた。

 もう、三日も経つのに部屋の主は、一歩も外へ出てこなかった。野口は、匿名のタレコミで、その部屋の主、小久保年矢が、爆発物製造に関わっていると、福岡県警に、電話が有ったが、県警の者は、多忙と人手不足の為、ガサ入れも行えない状態で有るので、対テロリスト班として、見張ることになった。

 野口は、爆発物製造のタレコミを信じた。セレナの、後部座席でコンビニのお握りを食べながら、時折双眼鏡を覗く。人の出入りは、2日前の深夜2時に、中年の女が、一人入って、3時間後の明け方5時に、出てったきりだ。

 野口の調べでは、小久保年矢はこの年27歳と若い。現在、福岡県立高鷹大学の学院生で、物理学を専攻していた。出身地は、岡山県倉敷市で、両親は健在であり、父は、薬科大学の講師をしており、現在59歳。母は、給食センターのパートとして働いており、同じく59歳。

 交友関係は、少なく、女性問題でのトラブルもない。

 しかし、3ヶ月前から、元九州山工組支部の、戸崎明と言う、中年のヤクザと、度々福岡の飲食店で、飲んでい、それを、店員が目撃したとの情報を、聞き込みで裏を取っている。

 その戸崎明は、現在、下山組で、運転手として活動しており、興堂会の二宮金次と、国枝正成を、1ヶ月前拳銃で殺害した容疑で、県警が追っている。

 野口は、車内で暇つぶしに、携帯電話でゲームをしていると、人が一人、401号室へ上がっていくのを横目でチラリと見る。下に、軽の自動車が止まっており、女はまだ若そうに見えた。野口は、水道メーター脇に仕掛けた、盗聴器のバンドに合わせ、カーラジオを点ける。ボリュームを上げる。

 (あの、クリームの美和と言います~)

 中から出てきた、小久保年矢と思しき青白い顔をした青年が、(ああ、中へ入って)と答えると、スッと部屋へ入っていく。

 「何だ、デリヘルか何かか?」

 野口は、昼過ぎの一時を、缶ビールで心を癒やし、眼鏡を取り、目を少し瞑る。何だか妙に胸騒ぎがして、車から降り、マンションの101号室の管理人に、オートロックを開けて貰い、401号室の前へ行く為、エレベーターで急ぐ。

 401号室の前へ立ち、ドアーに耳を当ててみる。外の車の音で良く中の音が聞こえない。

 微かに、声音が聞こえる。声は女の声で、何か怒鳴っている様だ。

 「てめぇ~、早く、ブツ作らないと、おやっさんが困るんだよ、公義派の奴等に一泡吹かせるんだバカヤロー、本家が攻めてきたら遅いんだからな~」

 女の声は、そこで途切れ、玄関口へ惑ってくる。足音で野口はサッとエレベーターホールに行き、外の景色を眺めている振りをする。女は、ボストンバッグを、ぶら下げて、エレベーターホールの前に居る野口を、胡散臭げに見る。女は、エレベーターに乗り込む。野口は、後ろに続いて乗り込む。女の化粧臭さと、香水の臭いで室内でムッと咽せる。

 「あの~私、野口という者ですが、お姉さん背中に虫が付いてますよ」

 女は、「キャッ」と騒ぎ、後ろを向いた瞬間、野口は女の持っていたボストンバッグを引ったくる。

 「きゃ~オジさん虫取って~」

 野口は、ボストンバッグを、エレベーター内で中身を、ブチ捲けて、チェックする。

 ゴトリと、45口径の、オートマティック銃と、時限爆弾の部品であろうか、コイルに巻いた針金が出てくる。その他は、衣類とマクドナルドのハンバーガーであった。

 「オイ、これは何だ?」

 女は、ハッとなり、右頬をヒクつかせて、野口を睨む。エレベーターは、1階で止まり、ドアーを開放させている。

 「何するんじゃ、このジィジィ、人の物勝手に、変態かオヤジ~」

野口は、サッと女の持っていた、45口径のオートマティック拳銃を拾い、薬室に一発装填されているのを見て、スライドさせて抜き、ベルトに挟む。

 女は、ポケットから、ナイフを出して、野口の右腕を斬る。野口の着ているMA1ジャケットの、右袖が破けて、血が滴り落ちて身を引く。

 女は、無言で睨み付けてくる。女は、次の攻撃を仕掛けてきた。野口の眼鏡がナイフの切っ先で床にポトリと落ちる。額が斬られ、目に血が染みて入ってくる。野口はエレベーターから出て、女は、走って外へ逃走しようとする。その時、野口は、脇の下に吊って有る、コルトガバメントのセミオートマティック銃を抜き、2発発砲する。

 一発は、女の尻に命中し、もう一発は、天井の桟に当たり弾けた。女は四つん這いになり泣いていた。

 十分後、パトロールカーが5台駆け付けて来、覆面パトロールカーで、福岡県警の西松警部も部下を三人連れてやって来た。

 県警は、傷害と銃刀法違反で、女、川西年加(24)を逮捕し、401号室に住む、大学院生の小久保年矢を、任意で事情聴取をし、次の日、小久保の部屋へガサが入った。ダイナマイト10本、手榴弾4つ、他、時限発火装置など多数出てきて、県警は逮捕に踏み切った。

 野口は、右腕に全治一ヶ月の傷を負い、額に切り傷5針を縫った。

 そして、下山組の戸崎明は、報奨金300万円付きで全国指名手配になった。

風がやけに強かった。神戸港から吹き付けてくる、浜風が、車体を大きく揺らし、生田川を過ぎた頃から、雨がポツリポツリと降ってきていた。今年は、阪神タイガースが久しぶりに優勝し、関西はお祭り騒ぎの真っ只中で有った。京橋を経て、阪神高速3号神戸線を、降りて、浜平バイパスに乗り、2号と合流する。ホテルオークラ、ハーバーランドと、左手に見て、弁天町で、右折し、国道2号線と別れを告げる。

 みなと元町を通り抜け、兵庫県庁を左に折れる。

 予め、連絡を取っておいた。神戸本家山工組の、組長、大山石山は、横水一也こと、拳銃雄太に会う約束をしていた。

 横水の駆る、トヨタ86は、大倉山公園を右手に見て、楠町一丁目の市街地へ消えてゆく。

 一際大きな邸宅が有る。石作の壁に囲まれて居、丸で砦の様な門構えで、門の前に見張りの男が三人程ウロチョロして、トヨタ86が門の前に止まると、其方をじろりと睨む。男達は、ジャージ姿で、手に手に木刀を持って張り込んでいる様だった。

 男の一人が86のコクピット側のウィンドーを、コツコツと叩く。パワーウィンドウを下げて、横水はサングラスを外す。

 「兄さん、何かウチに用でも?」

 「石嶺雄太って言います、親分に目通りをさせて貰う約束をしてまして・・・」

 男の一人が、中へ連絡する為、インターフォーンで確認を取る。男が戻ってきて、横水の車の助手席に乗ってくる。

 「でわ、おやっさんの所に案内します、中へゆっくりと入って下さいや」

 横水は、車をゆっくり走らせて、奥の主屋の脇に有る駐車スペースに車を入れる。

 主屋から、柔和な、50代と思しき、和服を着た男が顔を出す。公安ファイルで見知っている、代貸しの、山元通、通称ヤマトーで有った。前科三犯で何時も巧みに警察から、逃れていた。十五年前、ホストクラブの従業員を、女性関係で口論になり、腹部を匕首で刺して重傷を負わせて以来、警察当局の手に、陥ったことは無かった。

 そんな、ヤマトーもこの年で50歳になっていた。

 「これは、ようお越ししまして、私が山工組、9代目代貸、山元通言います、宜しゅうに」

 山元通は、笑顔で横水を迎え、正面玄関に誘う。中へ入ると、玄関口に、縞馬の剥製が置いてあり、下足番に靴を脱がせて貰う。主屋は広く、離れになっている奥の部屋まで通して貰う。

 離れに二人の、阪神タイガースのはっぴを着た中年の男と中年の女が、じゃれ合っていた。

 「アハハハ~ンこそばゆい~ん、親分

さんもっと優しくしてぇ~な」

 「ワハハ、オメコ触らせて~な、由美ちゃん」

 ヤマトーこと、山元通は、横水のボディーチェックをして、何も出てこないと

、親分で有る大山石山に、一つ咳払いをして、声を掛ける。

 「おやっさん、忙しい所失礼しやす、客人を連れて参りやした」

 山元通は、頭を下げてはっぴを着た男、大山石山に言う。大山は、ピクリと眉を動かし、鋭い目で横水を睨む。直ぐに柔和な顔に戻り、横水の方へ向く。

 「雄太さんですやろ、遠慮せずに、ササ、中へ入って下さいや、料理を運ばせまっさかいどうぞごゆるりと」

 横水一也は、呆気にとられ十秒ほど固まったまま、口を開かなかった。

 「お初にお目に掛かります、石嶺雄太と申します、以後お見知りおきを・・・・・・」

 横水は、正座をして、深く頭を下げる。大山石山は、ウンウンと頷き言った。

 「ささ、気楽にして、オイ、ヤマトー、酒の用意をさっさと初めんかいボケ」

 ヤマトーは、「ヘイ」と一言言って、渡り廊下を、主屋の方へ歩いて去って行く。

 横水は、中へ誘われて、六畳ほど有る、和室の下座へ座る。大山石山は、TVのスイッチを点けて、其方に目をやり、横水の方を向き言った。

 「広島の兄弟からの紹介でしたね」

 「ハイ、公生会の勝山の親分からの・・・・・・」

 「単刀直入に言うと、小倉のウチの立ち上げた会社に入りたいんやろ?」

 「ハイ、もう一旗上げて独立の任侠団体を、作りたいと思ってます」

 「アンタが任侠?アッハハハ、まあ良~やろ、真山の奴に紹介状と電話入れまっさかい、安心してぇ~な」

 大山石山の隣に座っていた、由美と呼ばれた女は、TVのスイッチを、リモコンで弄り、吉田興業の喜劇にチャンネルを回した。

 「アハハ、雄太はん、この番組オもろいで、一緒に見ながら酒でも飲もう」

 一晩山工組本家、大山石山邸に於いて、酒宴に付き合わされて、横水は寝室を宛がわれた。

 翌朝、早朝に目が覚めた。昨夜抱いた、ナミと言う娘を於いてトイレに立った・

 早朝から、山工組の部屋住みの若い衆が、家の中を掃除してい、横水を見て皆一様に畏怖の念を持ち、頭を下げた。

 朝食は、主屋の大広間で皆で食べた。客人で有る横水は、その小柄な体を見て、少々小馬鹿にする幹部もいた。

 「雄太はん、拳銃無いと、外にもおちおち歩けないですやろ?喧嘩したことありまっか?スデゴロで?」

 幹部の一人、外木と言う男が、横水に、執拗に絡む。横水は、皆の見ている前で、馬鹿にされては後に引けない。外木を庭へ連れ出して言った。

 「外木さん、何も怖くてチャカ持ってるんじゃ無いんですよ喧嘩なら何時でも買いますよ」

 外木はその、180㎝120㎏の巨体を揺らして笑い飛ばす。横水は構えもせずに、突っ走って居た。

 「おー外木、負けたら一ヶ月の便所掃除や、やってこませ」

 大山石山は、こう言う喧嘩が好きだった。外木が負けるとは思わず、止めるどころかむしろ嗾けた。

 「ホナ、雄太はん行きまっせ」

 外木は、気合い声を掛けて、習い覚えている空手の正拳突きを、横水の顔面目掛けて放つ。

 「トア~」横水は、放ってきた正拳を取り、一本背負いで外木を投げ飛ばした。投げてから、外木の腹部に、足刀を入れる。外木の肋骨が軋み、苦痛のあまり白目を剥く。朝食の席に居た一同は驚き、感嘆の声を上げる。外木は、車に乗せられて病院へ直行していった。

 昼過ぎに、横水一也は、皆に見送られて、神戸の大山石山邸から辞去した。トヨタ86のガソリンが少ない、近くのガソリンスタンドに寄ることにした。

 十月も下旬に近くなり、秋鳥たちが騒がしく鳴きさざめく。

 野口は怪我もあり外出は控えていたが、福岡市内にある、ホテルに不審物が見つかり、もしかして爆発物かも知れないと、県警から連絡が有り、公安生活安全課の、対テロリスト班に、在籍する伊藤友奈の運転で、福岡にある、ホテル・ニューリバー・に赴く。

 現場は、シールドを持った機動隊員に囲まれ、爆発物の入った、紙袋が駐車場に持ち出されて、立ち入り禁止になっていた。

 keepoutと英語で書かれている、テープの仕切りを潜り、伊藤女史と二人で、県警の、山寺警部の元へ歩いて近寄る。

 山寺は野口の顔を見て、緊張の面持ちで見つめ言った。

 「野口さん、アレは爆弾でしょうか?今すぐ調べて下さい」

 野口は軽く頷くと、紙袋に入った、黒いプラスチックで出来た、BOXを手に取り、耳を当てる。カチカチと、時計の音が響き、時限発火装置を見つけて腰に差していた、マイナスドライバーでネジを緩めて中身を見る。

 これは、中東地域で良く使われる爆弾で、野口は以前、3つ解除したことがあるタイプだと看破した。

 「しかし、チーフ、私やったことが有りません、教官のレクチャーで、模擬爆弾しか・・・・・・」

 野口は、伊藤女史にまず、どのコードを切ったら良いか訪ねる。

 「あ・・・赤かしら、それとも緑ですか?」

 野口は、「青のコードだバカヤロウ」と叱り点けて、今赤切ったら爆発するぞ、と笑いながら言う。時限爆弾の時計は後5分を指し示していた。うかうか出来ないと、野口は、伊藤女史にプレッシャーを掛ける。

 その時、野口の携帯に上司から電話が入る。野口は、電話に出て話し始めた。

 伊藤女史は、まず青のコードを切り、次のコードを探す。まだ解除されていない。

 複雑でも、簡単でもない仕掛けの爆弾で、それでも初めての伊藤女史は、ニッパーを握る手が震え、野口に助けを求める目をして、中半絶望していた。

 「次は、緑のラインだ、この配線が発火装置と爆弾に繋がっているんだ」

 伊藤女史は、言われたとおりに緑のラインをニッパーで切断する。後の二本の配線が分からない。赤か白いコードか、何方に誘爆装置が繋がっているか、見当も付かない。

 残り、二分を切った。野口は、電話を切ると、伊藤女史からニッパーを取り上げて、白いコードを気軽に切断する。時限爆弾は、沈黙した。

暑い日差しが戻って来て居た。気温は32℃と、十月に夏のぶり返し来たと、真山世名・山工物産社長は、ハンカチで汗を拭った。夏日和の中、横水一也は、山工組が借り受けている、アパート・天竺荘と言う、小倉の郊外に有る借家から這い出して近くの居酒屋で、一盃飲んでいた。

 その居酒屋に、真山世名と、秘書の江田サツキと言う27歳になる女が、やってきたのは、午後5時半で有った。

 真山は、横水に酌をしながらしきりに汗を拭う。

 「雄太さん、一体何でウチの会社に来たのですか?」

 江田は、横水が余りにも無口なので、間が持てず、質問した。

 雄太である横水は、それには答えず、鰹のタタキで一盃飲んでいた。

 「明日の夜十時に事務所で、ミーティングを開きますから、皆に顔見せの序でに、出社して下さい」

 真山は、それだけ言うと、江田と共に、店の勘定を、横水の分まで支払い出て行った。

 横水の座っている座敷へ、男が一人テーブルを挟んで前へ座った。

 「山本ノリ食うか?」

 相変わらず、陳腐な暗号だなと思い、横水は苦笑して、合言葉を返す。

 「コテちゃん美味い」

 これで、二人の信頼は固くなった。横水は、この男、林大樹の顔をまじまじと見て、酒をもう一杯、追加で頼んだ。これで、八杯目になる。どうにも暑くて酒でも煽ってなければやり切れなかった。本日西日本は高気圧の張り出しにより、亜熱帯の様に蒸し暑い。ここ30年が所、日本は熱帯に急激になった、異常気象だと横水は、思っていた。世間の人々は、30年以前の日本の気候を忘れたかの様に、この気温を受け入れていた。温室効果ガスの影響かも知れないと、気象庁に問い合わせた所、広報が言っていた。

 林は、生ビールを頼み、晩飯の積もりか、お好み焼きを頼んで横水の方を見る。何か言いたそうだなと、思ったが相手が口を開く前に話はしないのがこの男の心情で有った。

 林大樹は、この年26歳、まだ新米に毛の生えた程度の、公安刑事で、コイツを一人で寄越した田宮の傭兵の下手さを、横水は思い、心の底で嫌気がさしてきていた。

 林は、公安生活安全課の課員にして、ドイツ語に堪能な男だ。しかし、国内でドイツ語など、丸で役に立たないと、横水一也は、以前笑ったのを思い出した。学生時代二年間ドイツに居たことが有るだけで有った。

 林は、何から切り出そうか迷っていた。何せこの横水は、若者を馬鹿にする癖がある。自分は、何時も馬鹿にされていると自覚している。

 「横水さん、このリボルバー忘れて出て行ったでしょ、田宮チーフから渡せと言われて持ってきました」

 林は、油紙に包まれた、横水愛用のS&Wのショートリボルバーを、テーブルの下で渡してきた。

 「ああ、三課に置いて来たんだけど、コイツを又使えと?」

 「殺生はよくありませんから、飽くまで護身用です、それに、チーフから言われてきたのですが、助手として居させて下さい」

 横水は、嫌な顔をして、S&Wのリボルバーを、何時も持ち歩いている、セカンドバッグに仕舞う。結局林は、横水のアパートまで着いて来、着替えと身の回りの荷物を乗ってきた、アルファードから出して、奥の部屋に積む。横水は、この男何が出来るのかを考える。

 翌日、二人は、昼間はゴロゴロとTVを見ていた。福岡の繁華街で昨夜、半グレの少年同士が、乱闘になり、一人の少年が死亡したと、ニュースで見た。

 林は、日がな一日、スマートフォンを、弄り、横水は、無視をして、TVを見ながら、軽く一杯ビールを飲んでいた。タバコが禁煙地区が、こうも多いと、酒くらいしか楽しみが無くなってしまう。酒ですら、路上飲酒を禁止している地域が多い。昔は良かったと横水は思い、又酒を煽る。

 夜7時になった、二人は歩いて、北九州きっての繁華街小倉の街を歩く。京町三丁目に在る、山仁ビル3Fと4Fに、事務所を構える、山工物産のエレベーターに乗る。

 建物は古く、壁の所々にひびが入っている。横水と林は、4階で降りて、山工物産の会議室へ入る。

 中には、十人ほどの社員が座って議論をしている。社長の真山世名が、横水が入ってきたのをチラリと見て、笑顔で挨拶する。

 「おはよう、私は、今度入社した、石嶺雄太って言います、コイツは助手の林と言います、皆さんよろしくお願いします」

 その夜は、取り敢えずの、挨拶だけ済まして、家へ帰った。

 佐藤光也は、しのぎが無くなり困っていた。

 下山組・組長の、京城に居る下山健一に、資金を送りたいが金庫の金が底をついていた。幹部四人を集めて、資金繰りに付いて、相談する。客として来て居る、桜田組に頼りたいが、桜田は、毎日街に繰り出して、遊興放蕩の限りを尽くしていた。

 幹部の一人、蓑田と言う男が、公儀派組の、福岡市の外れの千早に在る、公儀会と言う、一家の金庫番を買収していると言う。深夜公儀会を、襲えば、金庫の中の5千万円の金を、軽く強奪出来るだろうと、提案する。

 まづ選抜メンバーを決める為、くじ引きをする。引田と言う若頭補佐が、六人を連れて行くことになった。

 翌深夜2時、引田率いる6人組は、千早の駅前に集結した。多々良と言う土地に、公儀会の事務所は在った。ベストビルと言う3階建てのビルが、街道沿いに建っている。下山組のチンピラ、越田と言う男が、サイレンサー付きの拳銃で、セキュリティーシステムを破壊する。続く蓑田が、バールで玄関ドアーを、こじ開け、6人中へ侵入して行く。

 蓑田を先頭に、中へ入る。中へ入ると、一人の男が席に座ってにこやかに笑っている。

 「アンタが、関元か?」

 関元と言われた男は、三十代の後半と思われる、年格好で、イキなり、机の下に隠し持っていた、自動小銃を乱射してくる。

 ドドドドドドド。フルオートマティックで、一斉掃射され、六人組の蓑田班は、全滅に陥った。上の階から、公儀会会長、小手川と言う男が、降りてきて、チンピラ達の死体を片付けるよう命令する。小手川と、チンピラ3人に、死体を運ばれて、小倉の山半ビルの前に捨てられていた。

 翌日、インターネットの、下山組公式HPで、下山健一組長が声明を発表した。

 (公儀派組に。宣戦を布告する。皆殺しにするまで我々は戦う。一兵たりとも生かして置かない。)

 まづ、桜田組が動いた。福岡市に在る、公儀派組系、豊洲会・会長の自宅へ、手榴弾を、五個投げ入れて、これを爆破した。桜田が、九州に連れてきた子分、三橋と山根が、男を上げた。死者9名、豊洲会会長、豊洲合健は、右足を失う重傷を負い、死線を彷徨っていた。

 その同日、小倉に在る、第百二十銀行が、佐藤光也率いる、15名のギャングによって、1億円強奪された。その際、抵抗した、警備員、銀行員6名が射殺され、世情を賑わせた。

 その翌日、九州管区機動隊によって、山半ビルは包囲された。しかし、ビルはもぬけの殻で、ネズミとゴキブリが走り回っていた。

 下山組は何処かへ、雲隠れをしてしまっていた。

 それから、半月の日が流れた。十月の下旬に入っていた。北九州は、秋の色が濃くなり、紅葉真っ盛りで有った。

 下山組は、雲隠れして出て来なくなっていた。チンピラ16名が潜伏先で逮捕されただけで、大物がまだ捕まっていなかった。

 横水一也と、林は、熊本県の豊肥本線、南熊本駅野近くの、岡田町に在る、一軒の百姓家の前に、トヨタ86を着けた。

 百姓家の前を、トラクターが行き過ぎる。

 家から、赤子を抱いた、二十歳くらいの色の白い女が出てきて、買い物に出掛けたようだ。

 二人は、その百姓家の玄関の前に立ちインターフォーンを鳴らす。

 「ハイハイ、何ですとじゃ?」

 庭に居た、老婆が出て来て、横水に視線を向ける。

 「あの、光也君居ますでしょうか?」

 「はぁ?、光也さんか、ちょっと待っちょりな」

 5分程待たされて、幾分か痩せた、佐藤光也が、ジーンズ姿で出て来た。横水を見ると、警戒の色を無くし、笑い泣きのような顔で、横水と握手を交わす。

 「何だ、雄太さんじゃなかとですか、いや、懐かしい、家へ上がって下さい」

 拳銃雄太をまだ覚えているらしい。

 「いや、立ち話で何だが、近くの公園にでも行って話したい事が有る。コイツは俺の助手、林だ」

 近くに在る、白山小学校の校庭に二人は入って、ベンチに座る。

 「一体何でここが、分かったんですか?」

 佐藤は、ピースを一本出して、火を点ける。

 「何でも、お前が此処に居る、菅原敬子と、同棲してたのを思い出してな。あの子供はお前の?」

 「ハイ、恥ずかしながら、式も挙げずに、籍も入れてませんが、子供だけいっちょ前に出来て恥ずかしいですタイ」

 横水と林は、少し沈黙して、佐藤にタバコを一本を貰い、火を分けて貰う。

 「雄太さんは、山工の手下になったんですか?僕を射殺しろとでも言われてんですか?」

 「いや、もうお前は年貢の納め時だ、自首しろ悪い様にはしない、警察を甘く見るな、お前は福岡に戻ったら射殺される、両手を出して大人しくしていろ」

 佐藤光也は、両の手を差し出すと、林公安刑事が手錠を掛ける。

 「アンタ、いや雄太さんは一体?・・・」

 横水一也は、タバコを吹かしながら、遠く阿蘇山の山並みを見つめる。佐藤光也は、この時逮捕されて、下山組の犯罪を自供し始めた。

 下山健一は、ボディーガードと共に、ソウル市内ショッピングモールを、愛人と歩いていた。

 「ナハハハ、ソニリンちゃん、何が欲しい?」

 「私、今日、TV、小型の買ってぇ」

 ショッピングモールを出ると、外は広い歩道が続いていた。警察官が一人、青い制服を着こなして長身の体で、大股で歩いてくる。

 「ガハハハ、ポリがまた居よったワイ」

下山健一は、高笑いし、日本語でまくし立てる。

 警察官は、通り過ぎると、腰に吊って有る、自動拳銃を狙いを付けて、発砲した。

 トントンパンパン。計四発、女共々銃殺された。下山健一は、目を剥いてソウルの街頭で倒れていた。ボディーガードは、何処かへ走って逃げ出し、撃った警官も、行き方知れず、何処の部署の誰かも、分からなかった。

 十二月になってようやく横水は、この事件から解放された。山城警視はこの件によって、一階級昇進、横水は、福岡でこの報を聞いて、野口と林、三人でヤケ酒を飲んだ。           終

 


 

 

  

 











 

 

  

 









  

  

 














 

  

 

















  

 

 




 


 


 






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九州北部爆破合戦 長内 志郎 @mura-

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