第一章(4)以洋、懷天のベッドにお邪魔する

 ばたんとドアを開けて以洋イーヤンが飛び込んできた時、懷天フアイティエンはちょうどシャワーを浴び、寝間着に着替えて自分のベッドにもぐりこもうとしているところだった。

 勢いよくドアを閉めた以洋イーヤンが、それを背中で押さえようとするかのようにドアに張り付いたまま、怯え切った表情で懷天フアイティエンを見つめている。

 呆気に取られて、ベッドから懷天フアイティエンは起き上がった。

「どうしたの?」

 以洋イーヤンは真っ青な顔色で、荒い息を吐いている。しばらくしてようやくその口が開いた。

「……僕、……僕、今夜……こっちで、一緒に眠ってもいい……?」

 普段なら嬉しいと思うところだが、今の状況はどう見ても喜べるようなものではない。それでもほとんど躊躇いなく懷天フアイティエンは頷いた。穏やかに促す。

「もちろん。ほら、おいで」

 上掛けをめくってやると、すぐに以洋イーヤンがそこに潜り込んできた。懷天フアイティエンにぴったりとくっついて胸元に顔を埋める。

小陸シアオ・ルー、いったい何事だい?」

 以洋イーヤンの身体がかすかに震えているのがわかり、懷天フアイティエンはそっと腕を回して以洋イーヤンを抱き寄せてやった。こんなにも怯えた以洋イーヤンを見るのは懷天フアイティエンにとってもこれが初めてだ。

「……窓、……窓の外にっ……」

 まだ震えながら、以洋イーヤンがようやく僅かに言葉を絞り出す。

 窓の外。そこに何がいるのかはわからない。だがそれが何だったところで、自分には見ることができないものだと懷天フアイティエンは察した。

 不思議なのは、以洋イーヤンがなぜこんなに怯えているのかということだ。死者の霊やその他の、この世のものではないものを以洋イーヤンが恐れているところなど、これまで懷天フアイティエンは見たことがなかった。

 それでも、今の以洋イーヤンが怯え切っているのは明らかだ。

 軽く溜め息を吐いた懷天フアイティエンは、以洋イーヤンの身体に回している左腕に少しだけ力を込め、自分の懐に以洋イーヤンをより深く抱き寄せた。

 その後、右手をそっと以洋イーヤンの顎に添え、以洋イーヤンに顔を上げさせる。

「君が今警戒するべきなのは、窓の外の相手じゃないと思うんだけど?」




 笑顔で懷天フアイティエンにそう言われた以洋イーヤンは、きょとんとして目を瞬かせた。懷天フアイティエンの顔が近付いてきて唇に軽くキスを落とされ、反射的に飛び上がりかける。もともと早くなっていた鼓動が、さらに激しく脈打ち始めた。

 懷天フアイティエンの抱擁は温かく、それでいて力強く以洋イーヤンを捕らえていた。それでいて以洋イーヤンの唇をついばむようなバードキスはどこまでも優しい。

 以洋イーヤンの瞼が自然に閉じた。それとは逆に、唇をおずおずと開く。

「……ん……」

 懷天フアイティエンの舌がするりと口内に滑り込んできて、以洋イーヤンはぎゅっと懷天フアイティエンの服を掴んだ。どういう反応をするべきなのかわからないまま、頭がくらくらするようなそのキスにひたすら翻弄される。

 以洋イーヤンが何も意識できなくなったところで、ようやく懷天フアイティエンが唇を解放してくれた。名残りを惜しむように頬や耳元に軽いキスが降ってくる。

 腰をきつく抱き寄せてくれている懷天フアイティエンの腕になだめられたように、以洋イーヤンの震えは徐々に収まりつつあった。

「……ごめんなさい……」

 懷天フアイティエンの胸元に向けて、小さくつぶやく。

「なんで謝るの?」

 可笑しそうに訊ねられ、どう答えるべきか、以洋イーヤンは一瞬躊躇った。懷天フアイティエンに迷惑を掛けたと思っているから、だと自分が答えたら、懷天フアイティエンはたぶん喜ばない。

 無言のまま首を横に振っただけで目を閉じた以洋イーヤンに、懷天フアイティエンもそれ以上追及しようとはせず、ただそっと背中をさすってくれる。

「寝ていいよ。俺はずっとここにいるから」

「うん……」

 耳元に優しく囁く声にもごもごとつぶやき返し、以洋イーヤン懷天フアイティエンの胸により一層深く顔を埋めた。

 懷天フアイティエンの匂い。そして規則正しい懷天フアイティエンの鼓動。これまで一度もそれが乱れたことなどないのではないかと思えるくらいに落ち着いている懷天フアイティエンの心音に耳を傾けていると、なんとも言えず安らいだ気分になる。

 ゆっくりと以洋イーヤンは眠りに落ちていった。

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