第118話 悪徳男と人工生命体
マリノフは唖然としていた。
男なのか女なのかよくわからないその人物は(結局男だとはわかったが…)、石頭で有名な憲兵隊長をいとも簡単に説得し、検問を通過し悠然と歩き去っていくではないか。
ときおり耳にした二人の会話は、この騒ぎが明らかに演習でないことを示唆していた。高等弁務官云々という部分は悪徳社長の興味を著しく惹いた。
これは何かのチャンスなのかもしれない。
研究所へと急ぐ憲兵隊長を尻目にマリノフは正反対の方角へと早足に歩き出した。
これ以上ここにいて新たな情報を入手するよりは、ブロンドの男から聞き出した方が手っ取り早いというものだ。
「ちょっとよろしいですかね…」
マリノフは相手の背中に声をかけた。
ラファエルはその言葉を無視して歩き続けた。
「あの研究所で何があったのですか」マリノフは横並びの体勢になると歩調をあわせた。「軍が演習をおこなっているというのは嘘ですね」
「人工生命体の反乱だ」つきまとう蝿にラファエルは顔を向けることなく答える。「しかしすべては終わった」
マリノフの頭は抜け目なくその言葉を吟味しはじめていた。やはり演習だというのは嘘だったのだ。
軍…あるいは高等弁務官府は何かを隠そうとしているにちがいない。
「あの研究所では何が研究されていたのですか?」
まるで新聞記者のような口調でマリノフの質問はつきない。
「人の馬鹿げた夢と歪んだ欲望だ」交差路にたどり着くとラファエルは左右を見渡した。「チェックポイント・チャーリーにはどう行けばいい?」
「C検問所なら…」そしてマリノフは一瞬だが口をつぐむ。「…この時間帯には閉鎖されていますよ。外に出られるつもりですか」
「私はどう行けばいいのかを聞いている」
ラファエルは初めてマリノフに目を向けた。
そしてマリノフは相手の問い詰める瞳に、何かゾッとするものを感じた。
「巡回エアラフトを使えば寝ていてもたどり着けますよ。停留所はここから三百メートルほど歩けばいい」
マリノフはその方角を指さした。
「なるほど」そしてラファエルは言った。「これ以上私につきまとうな」
「何でしたら私もC検問所まで…」
「死にたくなければ私につきまとうな」その警告が嘘でないことをラファエルの瞳は示していた。「おまえは私と同じ匂いがするがいささかスマートさに欠けているようだな」
「………」
「悪は華麗な衣に包まれてこそ美学となりえる。おまえはそれを学ぶべきだ。露骨な手口は見た目に悪い。それに反動を招き寄せる」
ラファエルは右手で前髪をかき上げると、それ以上は何も言わずに巡回エアラフトの停留所へと足を向けた。
くだらぬ男に関わっている時間はない。
電磁シールドの外側に出られれば自由になれるのだ。時間を浪費すればそれに反比例して成功率は落ちることになる。
『私は不可能に思えた反乱を成功させた。だからC検問所も必ず突破できる。いまの自由はつかの間の自由だ。外に出なければ本当の自由はない』
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