第117話 憲兵隊長と人工生命体
歩道を悠然と歩いてくる男の姿にはノエルも気づいていたが、彼女は少しばかり困惑を感じていた。
検問所の外側から何者かが侵入してくる可能性は予想していたものの、内側から現れる不審者に関しては正直あまり考慮していなかった。
ブロンドの男は検問所のすぐ近くにまで迫ってくる。
「そこでとまれ」ノエルはマリノフの存在を一時的に意識のなかから追い出してブロンドの男の前に立ちはだかった。「見慣れぬ格好をしているな。おまえは誰だ?」
ラファエルは人工生命体として誕生して以来初めて男言葉で話す女と対面した。
「私はエレボス研究所の所員です…何か問題でも?」
「生存者が発見されたという報告は聞いてないぞ」
「それはおかしいですね。高等弁務官が御自分の無事を通信で知らせて、いま救出部隊が現地に急行中のはずですが」
高等弁務官という言葉にさすがのノエルも動揺を隠しきれなかった。
「研究所で何があった?」
「人工生命体の…」
ラファエルがそう言いかけたときノエルは素早く「話は憲兵隊本部で聞く」と告げた。
マリノフが聞き耳を立てていることに気づいたからだ。
いままでに交わされた短い会話だけでもこの騒ぎが本当は演習ではないことが明らかであった。
「私は先を急いでいましてね」
「少し話を聞くだけだ。協力してもらえないだろうか」
「明日にしていただけないでしょうか。いまは先を急いでいるので」
「…まるで何かから逃げているようだな」鬼の憲兵隊長は相手の目をのぞき込んで何かやましさがないかを探る。しかしそこにあるのは恐ろしく冷たく無表情な瞳だった。「私は不思議で仕方がない。本来ならばおまえは救出された時点で取り調べのために拘束されているはずだ。それなのになぜ一人でここを歩いている」
ラファエルは右手の指をピンと伸ばす。
真空カッターでいつでもこの女の首を落とせるように。
『いや…ここで騒ぎを起こすのは賢明ではない。衆目を集めればラザフォードからの脱出は不可能になる。それでは地上に出た意味がない』
ラファエルは別の手段を選択することにした。
「私は先を急いでいると言っている」人工生命体はノエルの目を見つめ返した。「私に構っているよりももっと重要なことがあるはずだ」
ラファエルの催眠術には超能力者ですら効果があった。
だから鬼の憲兵隊長といえども生身の人間にしかすぎないノエルには有効な防御手段もあるはずがなかった。
「………」
相手への猜疑心が一気に吹き飛ばされたノエルは、虚ろな瞳で本当に重要なことは何なのかを考えはじめる。
「高等弁務官は危険な状態にある」ラファエルはノエルの心を煽った。「超能力者と人工生命体に命を狙われている…だから急がなければならない」
「そうだ…ここでおまえと話している場合ではなかった」
ラファエルは催眠術の効果を確認するとその場から足を進めはじめた。
立哨中の憲兵隊員はこの不審者をどうしたものかと、困惑気味の表情でラファエルとノエルの双方を交互に目を移す。
「通してやれ」
操り人形となった憲兵隊長は検問所の通行許可を部下に命じる。
障害を乗り越えたヴァンパイアは聞き耳を立てていた男に顔を向けることもなくその場から立ち去った。
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